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12.暑い夜
しおりを挟む「わ、私たち夫婦になったんですし……さすがに今、子どもができちゃうのはお仕事的に困りますけど、ひ、避妊さえしてくれれば……」
「……っ」
抱かれたくないと思っていたはずなのに、今この瞬間、目の前の幼馴染の温もりを求めていた。
赤くなる顔を見られたくなくて俯きながら言葉を発する。
あとになって思う。
このとき玲二がどのような表情をしているのか確かめなかったことに悔いが残ることをーー。
「……っきゃっ」
勢いよく身体を抱き上げられた私は膝の裏と背中に手を回され、いわゆるお姫様抱っこをされた。
玲二の突然の行動に驚きの声をあげるが、彼は気にすることなくどこかへ連れて行こうとする。そして辿り着いたのはーー寝室だった。
荒々しくベッドへ降ろされるもの、さすが高級家具のおかげか背中もお尻も痛みの一つすら感じなかった。ベッドのスプリングが跳ね、目を強く閉じた私が恐る恐る開けると、玲二が覆い被さっている。
そのとき、私は瞳を大きく揺らした。
玲二の瞳が今までにも増して野生的で、欲情を宿していたからーー。
息を呑む暇もなく唇は塞がれ、ベッドに押さえつけられる。技巧を凝らすような先程の口付けとは異なり、荒々しいく理性をかなぐり捨てたようなキスだった。口端から唾液がこぼれ落ち、喉を濡らしていく。
「……ぁんっ」
そのまま玲二の手が服の下に入り込み、敏感な肌に刺激を与えていく。巧みな手つきに身体が跳ね、息をする間もないほどだった。
口付けと愛撫に翻弄された私は気がつけばどろどろに溶けきっていた。着ていた服を全て脱がされていることにも気付かないほど早急ではあったが、私の身体も玲二を受け入れることは十分に整っている。
互いに互いを求めていた。
ただ早く繋がりたいと願うのが真実で。
久しぶりの快楽に翻弄され続けた私がようやく身体を休めることが出来たのは朝日が昇り始めたころだった。
◆
全身が鉛のように重い。
睡眠時間が足りないのか体の隅々が悲鳴をあげており、怠くて仕方がない。
「……っん」
私は瞼の裏にからでもわかる太陽光の眩しさに呻き声を上げた。眉間に皺を寄せ、ゆっくりと瞳を開けると記憶にない天井が目に映る。
そうだ、私は昨日この家に引っ越してきたのだ。
寝ぼけ眼で隣を見つめると、そこはもぬけの殻で。ひんやりとしたベッドに頭を傾ける。
昨日、私は玲二と初めて交わった。
正直に言えば、すごくよかった。
気持ち良すぎて、途中からは記憶がないほどに。
「うわぁ……私……玲二さんとシちゃったんだ……」
独り言が部屋の中に響く。
言葉にして改めて状況を理解し、頭を抱えた。
最初は玲二から仕掛けてきたものの、キスに翻弄されて気が乗ってしまったことにより、最終的に誘ったのは私だ。
「最初は抵抗してたのに、流されやすすぎでしょ私……」
自分で言うのもなんだが、身持ちは固い方で。今まで付き合った彼氏以外とは肉体関係になることなどなかった。
玲二とはたしかに夫になったのだが所詮、仮面夫婦であるはずなのに。
「今後、どうやったら顔合わせたらいいの……」
長年幼馴染だった男と一歩踏み出してしまい、気まずさが込み上げる。
同時に昨夜の玲二の姿を思い出して頭が沸騰する思いだ。
「……というか、玲二さんは?」
ベッドを飛び出し、リビングルームへと移動するものの、誰もいる気配はなかった。
仕事か。
月ノ島での仕事に忙しい玲二が昨日と今日、立て続けに休みを取れるとは思えない。
そう結論づけた私の視界の中に見覚えのないものが映る。
それはテーブルの上に置いてある一枚のメモ用紙で。
文字を目で追うのだが、衝撃的なことが書かれておりーー。
「…………は、はい!?」
素っ頓狂な声を上げてしまった私は思わず口を押さえる。
そのメモ用紙には達筆でこう書かれていた。
『こはるへ。明日から2週間、撮影で海外ロケに連れていく。場所はヴェネツィアーーーー水の都だ。ちなみにお前のパスポートは手配済みだから、準備しとけよ』
海外ロケ。
場所はヴェネツィア。
出し抜けに突きつけられた話に眩暈を催す。もっと早く言って欲しかったと文句を言う相手はここにはいない。
「ひ、引っ越しの整理終えたばかりなのにまた移動…………ありえない」
玲二が帰ってきたら文句を言おうと心に決め、大急ぎで再度荷物をまとめる私だった。
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