【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ

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13.ヴェネツィアへ

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「すごい、ここがベネツィアの観光名所……」

 目を輝かせながら興奮の声をあげる。  
 目の前にはテーマパークでしか見たことのないような西洋の建物が並んでいる。ここはサン・マルコ広場と呼ばれ、世界遺産にも登録されている『世界一美しい広場』だった。


 そう。
 私は今、かの有名なシェイクスピアの小説『ベニスの商人』でもお馴染みであるイタリアの都市、ヴェネツィアへやってきているのだ。

 もちろんただの観光ではなく、撮影ーーつまりロケのためだ。
 玲二の置き手紙に大慌てで荷造りをした私は彼の帰宅後、早急に問い詰めたのだが。


『ルナトーンの新作コスメの広告やCM、PVはすべてヴェネツィアで撮ることになった。明日、飛行機に乗ってあっちに行くから今日はさすがに抱けねえな』


 などとほざいており、拳を握りしめたことは記憶に新しい。

 日本とほとんど変わらない気候ではあるが、景色や人が異なるせいで吸う空気も別物のような気がしてくる。
 この時期のヴェネツィアはどうやら観光にもちょうどいい気候であり、過ごしやすいようだった。

「花宮さんだっけ? 今日はよろしく」

「は、はいっ……こちらこそ、よろしくお願いします」

 挨拶をしたのは今回の現場の監督であった。母よりも年上のその男性はどこか只者ではない風格を感じさせ、緊張で声が震えていないか心配だった。

「なんだこはる。さっきまではこの景色に圧倒されてたくせに、一人前に緊張してんのか?」

「……私だって緊張くらいしますよ」

 隣に立つ玲二の揶揄う声に少女不満を覚えるものの、さすがに初対面の監督のいる前では怒りをあらわにすることは出来ない。
 その監督はといえば、私と玲二の様子を観察しているようで。

「二人は仲がいいんだね」

「まあ、そうですね。仮にも幼馴染ですし」

「そうか、そういえばそうだったね。玲二くんの幼馴染なんて苦労したんじゃない?」

 私が監督の言葉に頷き返すと、玲二は「……は?」とムキになったように睨みつけてくる。だがそれをあえて無視すると、見ていた監督は笑い声を上げた。
 
 監督の親しげな態度と現場の和気藹々とした様子にホッと胸を撫で下ろす。 
 
 今回の現場はルナトーンのCM撮影。

 長年、花宮いつきがイメージモデルを務めてきた国内随一の化粧品ブランド。
 正直にいえば、ひりついた現場を思い浮かべていた。

 大女優の後釜が無名で、しかも親の七光りともいえる女優なのだ。穿った視線を向けられることは覚悟していた。
 けれどーー。


「なんだ? 現場の空気が意外と賑やかで驚いたか?」

 すでに監督は撮影準備のためこの場から去っており、今は玲二と二人だけだった。彼の言葉に不本意ながら頷く。
 海外ロケを急に伝えてきた件に加え、男女の関係になってしまった晩のことでここまでくる途中意図的に避けてしまっていた。どう接すればいいのか計りかねていたせいもある。

 私の気持ちに気付いていないのか、玲二は以前と変わらず接してくる。

「まあ最初は監督もあまり乗り気ではなかったんだがな」

「……やっぱりそうだったんですね。でも、最初はってことは……」

「今はそうではないってことだ」

 玲二は用意されていた椅子に腰掛け、ふてぶてしく足を組む。
 この現場の中で、玲二は監督と同じくらいの発言力を持っているようだった。
 どうやら彼は経営管理本部という部署の専務を務めているらしく、この『ルナトーン』の一大改革のすべてを一任されているとのことだ。

 そのために『ルナトーン』の広報の一環でもあるこのロケにも付き添うこととなったらしい。

 玲二は自信に満ち溢れた双眸を向け、傲岸不遜な様子で口を開いた。

「うまく説得したからな。俺の手にかかれば、どうにでもなることだ。……まあそれも、お前が実力不足が足を引っ張ったらどうしようもないがな」

「……っ」

 くっと喉が鳴り、言いようもない震えが体の奥底から湧き上がる。
 観客がいなくとも、舞台と一緒。いや、これから私の姿をCMや広告で見る人たちの分母を考えれば規模が違いすぎるほどだ。 
 私の怯えに気がついたのか、玲二の手がふわりと肩に添えられるのがわかった。

「大丈夫だ。お前は俺が認めた女だ。自由にやれ」

「……っ、そう、ですよね……ここで踏ん張らないでいつ踏ん張るの、私」

 自分に言い聞かせるように胸元で両手を握りしてると、座っていた玲二が笑う気配がした。
 思わず視線を向けると、どこか慈しむように微笑む玲二がいて。

 感情が昂り、頬に血が昇っていく感覚を覚えた。紅潮した顔を見られないように逸らすと、また笑われたような気がして。

「おい、こはる。こっちを向け」

「い、嫌です」

「どうして?」

 玲二は意地悪だ。
 私が照れているのを分かった上でからかっている。そうだと理解していても、身体の熱は治まらない。

 右手がふわりと包まれた気配に意識を向ける。手を絡めてくる玲二の熱が敏感に肌を伝ってきて、さらに心臓の鼓動を早めた。

 俯く私に玲二は言う。

「お前のこういう姿を見られるのは最高に楽しいが……他のスタッフにも見られるのは何故か不服だな。そう言う色っぽい顔は二人だけの時にしろ」

 顔から火が出る思いだった。
 
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