日本昔話村

たらこ飴

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12. 祭りの夜

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 翌日の夕方、僕は幸と祭りに向かった。幸の浴衣姿があまりに美しくて卒倒しそうだった。場所は例の祠のそばにある広場で、金魚掬いなどを楽しんだあと村人たちで披露する神楽や小踊りを観て、屋台を巡り歩いた。

 途中櫓の前で五人くらいの若い男たちが下卑た笑みを浮かべながらこちらを見ているのに気づいて、目で牽制した。

「子どもの頃からお祭りに来るのが楽しみだったの、大人になってもワクワクするわ」

「祭りって人を子どもに返すような、不思議な空気感があるよね」

「そうね……。死んだお父さんが私が小さな頃、よく連れてきてくれたの。だけどある日の夜お祭りの準備をしていて、櫓が倒れる事故に巻き込まれて死んじゃったの。お母さんもしばらくは立ち直れなかったわ」

「大変な思いをしたね」

 親がいない僕には親を亡くす悲しみは計り知れないが、親がいない辛さは理解できた。幸がどんな苦しみを抱え、それらを笑顔で覆い隠していたかと思うと胸が痛んだ。

「僕にも親がいないんだ、まだ赤子の頃に捨てられたから親の顔を知らない。幼稚園や小学校の授業で両親の顔を書けと言われても僕だけが書けなくて、預けられていた施設の人の顔を書いた。僕は誰にも愛されない、必要とされないと感じながら生きていたけれど、そうじゃなかったんだって最近分かったんだ」

 神妙な顔で話を聞いていた幸は目を細めた。

「傑さんの辛さ、理解できるわ。お父さんが死んで寂しい思いもしたけど、この村では皆が家族みたいなもの。親戚の叔父さんが父親代わりになって、何か困れば近所の人たちが助けてくれる。お母さんも不器用な人だけど、私にいっぱい愛情を注いでくれたわ。そういう大切なことって気づかなかったりする。大切な人を失うと、誰かに大切にされることが怖くなったりするの。また失ってしまうんじゃないかって思うから」

 幸は僕の目を見つめた。祭囃子が遠く聞こえ、頭上に等間隔で吊るされた提灯の明かりでその瞳が光って見えた。僕は胸が苦しくなり、これまでずっと誰にも理解されないだろうと押し殺していた感情が込み上げてくるのを感じた。

「分かるよ、よく分かる」

 目頭が熱くなった。僕は涙を見せまいと幸から顔を逸らした。同じ苦しみを抱えた幸と話したことで、これまで堪えていたものが堰を切ったように溢れてきたのだ。

「自分は一人だって思って生きていると、一人じゃないと気づかされたときにその幸せの扱い方が分からないんだ。また壊れてしまうかも知れないと思って。僕はここに来てそれを感じた。皆得体の知れない僕たちに対して優しくて、毎日すごく楽しかった」

 りんご飴を持ち走り回って転んで泣く子ども。それを笑顔で起こす母親と、何か語りかける父親。普通の光景がいかに僕にとって遠いものだったか。

「私も傑さんたちが来てから退屈しなくて楽しいわ、おかげで辛いことも嫌なことも考えずに済んだもの」

 幸の微笑む顔を見ながら、いずれ彼女ともお別れになるのかも知れないと思った。幽冥と僕たちがいた世界は表裏一体だが触れられそうで触れられない場所にある。僕がよく夢見ていた、両親との幸せな生活と同じように。幸が僕の中で大きな存在になればなるほど、彼女といつか離れなければいけない事が辛かった。

「僕は君と離れるのが怖い」

 僕は前を見たまま言った。

「君のことが大切だからだ。だけど離れることは失うことじゃない、例え別々の道に分かれても、僕たちはまたどこかで会う気がするんだ」
 
「私もそんな気がするわ」

 僕たちはまた歩き出した。怖さの先に見えてくるのは、希望なのだと思った。彼女とのこの縁はどこかで繋がっていて、またどこかにある未来に巡り巡って出会えるかも知れないという希望。

「お~いっ、お前ら~‼︎」

 後ろから声がして振り向くと、4、5人の女に囲まれたアフロ男が離れた場所から手を振っていた。なぜ権田がもてるのか? ピラミッドやUFOの存在と同じくらい謎だ。

 合流した僕たちはまた光る夜の中を歩き始めた。
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