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花火大会⑦

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 小学校の高学年の時からキッズモデルの仕事をしていた私は、中学一年の時に、知り合いの監督からオファーを受けてとある映画に出演した。脇役だったが必死に台詞を覚え、プロの俳優陣に迷惑をかけないようにと撮影に挑んだ。しかし演技未経験だった私を待ち受けていたのは、ネットの激しいバッシングだった。

『下手くそ』

『大根』

『棒読みで見ていられない』

『タヒね』

 掲示板に匿名で書かれたそんな言葉の数々に、私は激しく傷ついた。挙げ句の果てに、街で通りすがりの中年女性から「〇〇監督の映画を汚すな」とまで言われた。

 辛い経験で傷ついた私は、ついに家から一歩も出られなくなった。二年間引きこもり生活を送っていた私を救ったのは、監督からの電話だった。

『俺は君をあの役で起用したことは後悔してない。結果、君には嫌な思いをさせてしまったけど‥‥‥。だけど、君は素質がある。モデルだけやっていたのではもったいないと思って誘ったんだ。今からでも遅くない。芝居の勉強をするといい。きっと君は、化けるよ』

 そんなはずないと思った。芝居が下手くそで棒読みで大根な私に、化けることなんかできるはずはないと。だけど、心の火は燻っていた。悔しいと感じた。私の努力を何も知らずに罵った人たちが。自分の名前も名乗れない人たちに言われた数々の言葉が。そして、あの中年女性から投げつけられた台詞が。

 その時私は、引きこもってから初めて大声で泣いた。これまでしまっておいた感情が、一気に溢れ出たみたいだった。

 その後、芝居を本格的に学びたいと思った私は、演劇の専門学校がないか探してみた。だが、いまいち行きたいと感じられる学校は見当たらなかった。監督に相談したら、こんな返事が返ってきた。

『俺の友達が学長をやっている大学があるんだ。よかったら紹介するよ』

 その学校は、フランスにあった。ベルガー演劇学校というその女子校は、芝居を学びたい高校生が一堂に集まる超高倍率の名門校らしい。俳優志望の学生だけでなく、脚本家や監督、演出家志望の学生もいるとか。

 インターネットで調べ、パンフレットを取り寄せた。学校の雰囲気や授業の内容を見て、行きたいという気持ちが強まった。幼い頃から漠然と憧れていた国だった。簡単な道ではないことは分かっていたけれど、行きたいという気持ちを止めることはできなかった。

 両親は、二年引きこもってフランスに行きたいと言い出した私に何が起きたのか、最初分かっていないようだった。最初は二人とも反対していたが、いかに本気かということを数日かけて訴えたらついに折れてくれた。

 それから半年ほどで必死にフランス語の勉強をした私は、他の学生から少し遅れた十月に特例で入学試験を受けさせてもらい、めでたく合格した。最初は慣れるまで大変だったが、言葉と人に慣れてからは日本にいる時よりもずっと充実した毎日を送っていた。
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