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第2章〜クラウンへの道〜
冷たいスコール②
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私はピアジェのいる事務所に向かった。私はスタッフの仕事を監視するために部屋の中をうろつき回っている男の前に立った。ケニーが心配そうな目を向けている。
「団長、僕のスキットを毎回ボツにする理由は何ですか? 何がつまらないのか、具体的に言ってもらわないと分かりませんし改善のしようがありません」
ちょうど虫の居所が悪かったのか男は立ち上がり、私の前に仁王立ちになった。
「つまらんもんはつまらん!! どこがつまらんのか自分の頭で考えて分からんのなら、お前には才能がないってことだ!!」
「どこを直せばいいのか的確なアドバイスができない人は、指導者の才能がないと思いますが」
ピアジェの顔はまるで親を殺した憎き敵を見るかのように歪んだ。
「何だとゴルァ!!」
男が手を振り上げた。いつもルーファスと練習しているスラップじゃなく、本気のビンタ目的の手が飛んできてスレスレのところで躱した。敵は油断ならない。
男が背後の壁に立てかけられた杖を手に取る。それは頭上高くかざされ、空気を切り裂く鋭利な音と一緒に振り下ろされた。
咄嗟に目を瞑る。
「パパ駄目!!」
ガツッと鈍い音が響く。
目の前に現れた銀色の髪が揺れ、華奢な身体が地面に崩れ落ちた。
「ルチア……」
彼女の白い額から赤い液体が左の瞼に向かって溢れ落ちる。何故彼女がここに? という間抜けな問いの直後、止めに入ってくれたのだと気付いた。
「ルチア!!」
ピアジェが顔色を失い娘に駆け寄った。私はただ呆然と立ち尽くしていた。
「あぁ、ルチア……何ということだ!!」
狼狽した男は責任転嫁するようにギロリと私を睨みつけ、「早く医者を呼べ!!」と怒鳴った。
男への怒りを感じる暇もなく踵を返して駆け出した。アルマンドを呼んでこなきゃ。
まさかあそこにルチアがいるなんて。彼女を巻き込んでしまうなんて。あのときあの場所でピアジェに直談判などしなければ、ルチアは怪我をせずに済んだのだ。本当は私のはずだった。血を流すのは私でよかった。自分が傷つくよりも、自分を助けようとしたルチアが怪我をしたことの方がずっとショックだった。あまりの混乱と後悔で涙が溢れてきた。
しかし、アルマンドの部屋のある車両に入るなり空間全体に漂う香辛料の匂いに絶望した。これは診察を断られる可能性大だが駄目元でドアを叩いた。が、反応はない。カレーの匂いがしているのに、だ。
「それでも医者か、馬鹿野郎!」
開かないドアに向かって大声で悪態をついた。本当に困ったときに役に立たない医者なんて。ただのカレー好きのおっさんでしかない。
ホタルを探して走り回った。自室にはいなかったが、彼女は幸い動物車のトリュフの檻の前にいた。支離滅裂な事情説明にも関わらず、ホタルは「分かった、すぐに行くわ」と答えてくれた。
幸いルチアの怪我は大事には至らず、止血後傷の手当てをしてガーゼを当て、包帯を巻くだけで済んだ。安心で身体の力が抜けて床に座り込んだ。
「私の可愛い娘、お前がいなくなったら生きていかれぬ……。私のせいで、悪かった。私がもっと気をつけていたらこんなことには……」
ピアジェは気味が悪いほどねっとりした甘々な口調でルチアに語りかけている。ルチアは事務所のソファの上で何も言わずに俯いている。
「ごめんよ、ルチア。僕を庇ってこんなことになってしまって……」
ルチアは小さく首を振った。
「あなたは悪くないわ、ネロ。私が余計なことをしたのが悪かったの」
「そうだ、お前が悪い!! お前が下らん抗議などしてこなければ、俺の娘は……」
「もう辞めて!!」
ルチアの声が空気を裂くように響く。
「いい加減にして、パパ。何でも他人のせいにして、人にも動物にも乱暴ばかり働いて。私は誰かが傷つくのも、辞めていくのももう見るのは嫌。ネロをショーに出さないのだって、彼が凄く才能があるから悔しいだけなんだわ!」
「ルチア……」
最愛の娘に悪事を追求された団長は、余計に覇気を失ったようになり、人目も憚らず娘の前に追い縋るように跪いた。
「ルチア、私が間違っていたよ。心を入れ替える。だから……」
「そんなの嘘よ。ママにもいつもそう言って謝っていたけど、同じことを繰り返す。しまいにママはボロボロになって消えてしまった。パパは寂しい人よ。そんなだからみんな離れていって、最後には1人になるんだわ!」
いつになく感情的になったルチアは事務所を飛び出して行った。
「団長、僕のスキットを毎回ボツにする理由は何ですか? 何がつまらないのか、具体的に言ってもらわないと分かりませんし改善のしようがありません」
ちょうど虫の居所が悪かったのか男は立ち上がり、私の前に仁王立ちになった。
「つまらんもんはつまらん!! どこがつまらんのか自分の頭で考えて分からんのなら、お前には才能がないってことだ!!」
「どこを直せばいいのか的確なアドバイスができない人は、指導者の才能がないと思いますが」
ピアジェの顔はまるで親を殺した憎き敵を見るかのように歪んだ。
「何だとゴルァ!!」
男が手を振り上げた。いつもルーファスと練習しているスラップじゃなく、本気のビンタ目的の手が飛んできてスレスレのところで躱した。敵は油断ならない。
男が背後の壁に立てかけられた杖を手に取る。それは頭上高くかざされ、空気を切り裂く鋭利な音と一緒に振り下ろされた。
咄嗟に目を瞑る。
「パパ駄目!!」
ガツッと鈍い音が響く。
目の前に現れた銀色の髪が揺れ、華奢な身体が地面に崩れ落ちた。
「ルチア……」
彼女の白い額から赤い液体が左の瞼に向かって溢れ落ちる。何故彼女がここに? という間抜けな問いの直後、止めに入ってくれたのだと気付いた。
「ルチア!!」
ピアジェが顔色を失い娘に駆け寄った。私はただ呆然と立ち尽くしていた。
「あぁ、ルチア……何ということだ!!」
狼狽した男は責任転嫁するようにギロリと私を睨みつけ、「早く医者を呼べ!!」と怒鳴った。
男への怒りを感じる暇もなく踵を返して駆け出した。アルマンドを呼んでこなきゃ。
まさかあそこにルチアがいるなんて。彼女を巻き込んでしまうなんて。あのときあの場所でピアジェに直談判などしなければ、ルチアは怪我をせずに済んだのだ。本当は私のはずだった。血を流すのは私でよかった。自分が傷つくよりも、自分を助けようとしたルチアが怪我をしたことの方がずっとショックだった。あまりの混乱と後悔で涙が溢れてきた。
しかし、アルマンドの部屋のある車両に入るなり空間全体に漂う香辛料の匂いに絶望した。これは診察を断られる可能性大だが駄目元でドアを叩いた。が、反応はない。カレーの匂いがしているのに、だ。
「それでも医者か、馬鹿野郎!」
開かないドアに向かって大声で悪態をついた。本当に困ったときに役に立たない医者なんて。ただのカレー好きのおっさんでしかない。
ホタルを探して走り回った。自室にはいなかったが、彼女は幸い動物車のトリュフの檻の前にいた。支離滅裂な事情説明にも関わらず、ホタルは「分かった、すぐに行くわ」と答えてくれた。
幸いルチアの怪我は大事には至らず、止血後傷の手当てをしてガーゼを当て、包帯を巻くだけで済んだ。安心で身体の力が抜けて床に座り込んだ。
「私の可愛い娘、お前がいなくなったら生きていかれぬ……。私のせいで、悪かった。私がもっと気をつけていたらこんなことには……」
ピアジェは気味が悪いほどねっとりした甘々な口調でルチアに語りかけている。ルチアは事務所のソファの上で何も言わずに俯いている。
「ごめんよ、ルチア。僕を庇ってこんなことになってしまって……」
ルチアは小さく首を振った。
「あなたは悪くないわ、ネロ。私が余計なことをしたのが悪かったの」
「そうだ、お前が悪い!! お前が下らん抗議などしてこなければ、俺の娘は……」
「もう辞めて!!」
ルチアの声が空気を裂くように響く。
「いい加減にして、パパ。何でも他人のせいにして、人にも動物にも乱暴ばかり働いて。私は誰かが傷つくのも、辞めていくのももう見るのは嫌。ネロをショーに出さないのだって、彼が凄く才能があるから悔しいだけなんだわ!」
「ルチア……」
最愛の娘に悪事を追求された団長は、余計に覇気を失ったようになり、人目も憚らず娘の前に追い縋るように跪いた。
「ルチア、私が間違っていたよ。心を入れ替える。だから……」
「そんなの嘘よ。ママにもいつもそう言って謝っていたけど、同じことを繰り返す。しまいにママはボロボロになって消えてしまった。パパは寂しい人よ。そんなだからみんな離れていって、最後には1人になるんだわ!」
いつになく感情的になったルチアは事務所を飛び出して行った。
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