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水門でのバイト
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昼下がりまでのんびりしてしまったが、今日は2人でノルマの更新に行こうという話になった。昨日の夕方に洗濯しておいた私の服はすっかり乾いていたので再び自分の服に袖を通す。
仕事場は舟で行かないので玄関から出て徒歩だ。規定の出勤時間もなければシフトもない。だが私たちの持つ住民カードにはどれだけ貢献したかが数値化されて記録される。その数値分だけ自分の好きなものを補給してもらうことができるのだ。なので生活に必要なものを得るための数値を稼ぐことがノルマである。業務内容も多岐に渡り、人工農場や養殖、漁業、内職、あとはまぁ……数え切れない。普通に今まであったような職業の仕事を好きな時に選択して参加することができる。ゴミ拾いから建設、あんまり言いたくないようなものまで様々。もちろんノルマの付与は国によるものであるから不正や不適切な内容のものなんかは除外されている……と言いたいところだが、まぁ……色々とユルくなってるらしい。世界がこんなんじゃなぁ……。
あ、もちろん私たちは至極!真っ当に稼ぎますからねっ!
ゆゆとはいつもカフェの仕事をする。住宅街と住宅街の間、坂のちょうど中間くらいのところに大抵の施設が揃っている。
誰がどの仕事をしても良いので空いてないこともあるし逆に人手を欲しているところもある。仕事をしたい人は自然とそっちに流れるので結果的にみんなが働ける。
スキル的に問題がある場合もあるがマニュアルがきっちりしているので初めてだろうとできるようにはなっている。
私たちもカフェが空いてない時は他にも色んな仕事をしている。
「今日は……あ、カフェ空いてないね」
商業地区の電光掲示板には各店舗の求人が映し出されている。今日は働いている人が多いらしく空いているのは水門付近の清掃くらいだ。
「大変そう……だけど、えっ! 時給高っ!ね、ゆゆ!ここにしない!?」
「なんでもいいよ~」
私たちはすぐに水門に移動することにした。
自分の舟以外にも公共の船があるので下まで移動するのは比較的簡単である。私たちはバス船に乗り水門まで辿り着いた。
「こんにちは」
水門の付近にある管理事務所に挨拶する。しばらくして声が返ってきた。
「……なんの用で?」
「私たち、バイトで」
「……あぁ、入りな」
扉の鍵が開く。数秒待ってから事務所の中に入った。
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
とりあえず入ってすぐに礼をしておく。目の前には所長と思われる初老の男性がいた。
「ん、よろしく。……さて、君たちには水門の掃除をしてもらうわけだが……」
気だるげにボサボサの頭をかきながら説明を始める男に、やや嫌悪感を感じたがこれもバイトだ。仕方がない。
「おじさん、くさいよ」
唐突にゆゆが大変失礼なことを言い放つ。
「ゆ、ゆゆっ!ばか!ご、ごめんなさい!」
「はっはっ。悪いな。……何しろここは泊まり込みでずっと管理していないとならないもんで。安心してくれ、嬢ちゃんたちがいてくれるなら俺も風呂に入れるってもんだ」
逆に場が和んだような気がする。ゆゆ、すごいな……。
「それで、仕事の内容は……」
「あぁ、そうそう。この水門エレベーターはな、町の1番上に行くために使うだろ?」
「そうですね」
「……ここだけの話、下層に行くためにも同じエレベーターを使うんだ」
所長は声を潜めて言った。
「えっ」
「それでだな……君たちには下層で掃除をしてもらうんだ。なぁに心配することはない。ただ掃除をするだけだからな」
……違法業務だ。私たちは下層に行くこと自体は許可されていないわけではない。とはいえ下層に行く方法も知らないわけではあるし用があるわけでもないのだが……。ただその方法があったにしても、バイト内容に明記せずに下層に行かせることは雇用法違反になるのだ。
「おじさん……」
「ん?」
「下層行くなんて書いてなかった!」
「あー!忘れてた忘れてた!悪いな」
所長はハッとしたようにおでこをたたく。
「通りで時給が高いと思った……」
「でも下層行くバイトははじめてかも」
「確かに……基本的に避けてたからね」
「それじゃあどうだい?ちょっとやってみる?」
なんてことなさそうに所長は言う。
「うぅん……」
実際少し怖かった。水位が上がってくることはないだろうけどそもそも下層ではどんな人達が暮らしているかとかどんな状況なのかとかは全くニュースでも伝えられることはないのだ。
「いいひとそうだし、やってみる?」
ゆゆの後押しもあることだし……。
「やります」
「あぁよかった。じゃあお願いしよう」
胸を撫で下ろしたように所長が言う。
「とりあえずお風呂入ってきてもらっていいですか?」
またズバリとゆゆが言う。
「す…すまない」
落胆を肩に滲ませながら所長はバスルームへ入っていった。
「さてゆゆ。まさか、下層へ行く仕事だったとは……」
「ね。ちょっとどきどき」
所長が帰ってくるまでの間に私たちは机の上に置かれているマニュアルと書かれたファイルに目を通すことにした。
「えーと、下層清掃要項。……ふんふん」
「ねぇどんな感じ?」
文字が多いからかゆゆはかいつまんで教えて欲しそうだ。
「まぁ簡単に言えば水場周辺では水路への落下に気をつけてって感じかな。なんかね、上層と違って水門周辺以降の水路は整備が整ってないんだって」
「つまりぃ?」
「落ちたらもう帰れない」
「ひえぇ~……」
ゆゆは意気込んでいたのに触角ごと身体を縮こませる。
「大丈夫大丈夫。水門から出なければいいんだから」
「うん……」
「それと……下層の人間のことは原則無視すること」
「話したらだめってこと?」
「まぁそうだよね……でも無視ってのはなんかカンジ悪いね」
「ねぇ~」
「お、読んでるかい」
そうこうしていると所長が髪の毛をタオルで拭きながら帰ってきた。
もうマニュアルも2人で確認したのでばっちりだ。
「水門から出なきゃ大丈夫なんですよね?」
「あぁそうそう。えらいね」
「えへへ」
ゆゆが照れくさそうに頭をかく。
「それじゃあそろそろ行こうと思うけど、大丈夫そう?」
「はい!」
所長に導かれて所内の舟で移動しエレベーターに乗り込む。
仕事場は舟で行かないので玄関から出て徒歩だ。規定の出勤時間もなければシフトもない。だが私たちの持つ住民カードにはどれだけ貢献したかが数値化されて記録される。その数値分だけ自分の好きなものを補給してもらうことができるのだ。なので生活に必要なものを得るための数値を稼ぐことがノルマである。業務内容も多岐に渡り、人工農場や養殖、漁業、内職、あとはまぁ……数え切れない。普通に今まであったような職業の仕事を好きな時に選択して参加することができる。ゴミ拾いから建設、あんまり言いたくないようなものまで様々。もちろんノルマの付与は国によるものであるから不正や不適切な内容のものなんかは除外されている……と言いたいところだが、まぁ……色々とユルくなってるらしい。世界がこんなんじゃなぁ……。
あ、もちろん私たちは至極!真っ当に稼ぎますからねっ!
ゆゆとはいつもカフェの仕事をする。住宅街と住宅街の間、坂のちょうど中間くらいのところに大抵の施設が揃っている。
誰がどの仕事をしても良いので空いてないこともあるし逆に人手を欲しているところもある。仕事をしたい人は自然とそっちに流れるので結果的にみんなが働ける。
スキル的に問題がある場合もあるがマニュアルがきっちりしているので初めてだろうとできるようにはなっている。
私たちもカフェが空いてない時は他にも色んな仕事をしている。
「今日は……あ、カフェ空いてないね」
商業地区の電光掲示板には各店舗の求人が映し出されている。今日は働いている人が多いらしく空いているのは水門付近の清掃くらいだ。
「大変そう……だけど、えっ! 時給高っ!ね、ゆゆ!ここにしない!?」
「なんでもいいよ~」
私たちはすぐに水門に移動することにした。
自分の舟以外にも公共の船があるので下まで移動するのは比較的簡単である。私たちはバス船に乗り水門まで辿り着いた。
「こんにちは」
水門の付近にある管理事務所に挨拶する。しばらくして声が返ってきた。
「……なんの用で?」
「私たち、バイトで」
「……あぁ、入りな」
扉の鍵が開く。数秒待ってから事務所の中に入った。
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
とりあえず入ってすぐに礼をしておく。目の前には所長と思われる初老の男性がいた。
「ん、よろしく。……さて、君たちには水門の掃除をしてもらうわけだが……」
気だるげにボサボサの頭をかきながら説明を始める男に、やや嫌悪感を感じたがこれもバイトだ。仕方がない。
「おじさん、くさいよ」
唐突にゆゆが大変失礼なことを言い放つ。
「ゆ、ゆゆっ!ばか!ご、ごめんなさい!」
「はっはっ。悪いな。……何しろここは泊まり込みでずっと管理していないとならないもんで。安心してくれ、嬢ちゃんたちがいてくれるなら俺も風呂に入れるってもんだ」
逆に場が和んだような気がする。ゆゆ、すごいな……。
「それで、仕事の内容は……」
「あぁ、そうそう。この水門エレベーターはな、町の1番上に行くために使うだろ?」
「そうですね」
「……ここだけの話、下層に行くためにも同じエレベーターを使うんだ」
所長は声を潜めて言った。
「えっ」
「それでだな……君たちには下層で掃除をしてもらうんだ。なぁに心配することはない。ただ掃除をするだけだからな」
……違法業務だ。私たちは下層に行くこと自体は許可されていないわけではない。とはいえ下層に行く方法も知らないわけではあるし用があるわけでもないのだが……。ただその方法があったにしても、バイト内容に明記せずに下層に行かせることは雇用法違反になるのだ。
「おじさん……」
「ん?」
「下層行くなんて書いてなかった!」
「あー!忘れてた忘れてた!悪いな」
所長はハッとしたようにおでこをたたく。
「通りで時給が高いと思った……」
「でも下層行くバイトははじめてかも」
「確かに……基本的に避けてたからね」
「それじゃあどうだい?ちょっとやってみる?」
なんてことなさそうに所長は言う。
「うぅん……」
実際少し怖かった。水位が上がってくることはないだろうけどそもそも下層ではどんな人達が暮らしているかとかどんな状況なのかとかは全くニュースでも伝えられることはないのだ。
「いいひとそうだし、やってみる?」
ゆゆの後押しもあることだし……。
「やります」
「あぁよかった。じゃあお願いしよう」
胸を撫で下ろしたように所長が言う。
「とりあえずお風呂入ってきてもらっていいですか?」
またズバリとゆゆが言う。
「す…すまない」
落胆を肩に滲ませながら所長はバスルームへ入っていった。
「さてゆゆ。まさか、下層へ行く仕事だったとは……」
「ね。ちょっとどきどき」
所長が帰ってくるまでの間に私たちは机の上に置かれているマニュアルと書かれたファイルに目を通すことにした。
「えーと、下層清掃要項。……ふんふん」
「ねぇどんな感じ?」
文字が多いからかゆゆはかいつまんで教えて欲しそうだ。
「まぁ簡単に言えば水場周辺では水路への落下に気をつけてって感じかな。なんかね、上層と違って水門周辺以降の水路は整備が整ってないんだって」
「つまりぃ?」
「落ちたらもう帰れない」
「ひえぇ~……」
ゆゆは意気込んでいたのに触角ごと身体を縮こませる。
「大丈夫大丈夫。水門から出なければいいんだから」
「うん……」
「それと……下層の人間のことは原則無視すること」
「話したらだめってこと?」
「まぁそうだよね……でも無視ってのはなんかカンジ悪いね」
「ねぇ~」
「お、読んでるかい」
そうこうしていると所長が髪の毛をタオルで拭きながら帰ってきた。
もうマニュアルも2人で確認したのでばっちりだ。
「水門から出なきゃ大丈夫なんですよね?」
「あぁそうそう。えらいね」
「えへへ」
ゆゆが照れくさそうに頭をかく。
「それじゃあそろそろ行こうと思うけど、大丈夫そう?」
「はい!」
所長に導かれて所内の舟で移動しエレベーターに乗り込む。
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