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16杯目.壊れかけていた歯車

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僕は悩んだ。

本城さんに言われた“大人にしてください”の意味。
思いつく事はあるが、考えたくないとも思う。

急に言われた事に戸惑いを隠せない。
パスタとコーヒーが懐かしく感じるほどに。

考えに考え抜いた末に、一旦家に帰る事にした。

「二回目の、お邪魔します…ですね」

「はい、いらっしゃいませ…」

はい、家に案内しまったのだ。
あの場で話すには人が多く厳しかった。
制服姿の女の子を家に招いた時点で大丈夫か?
と、そんな事は考える余裕もない。

以前家に来た際は、意識が朧げだったんだから。
ちゃんと家に招いたのは今回が初めてだ。
いつもと同じ人の、いつもと違う光景に思考が停止。
情けない話しだが、これ以上は何も考えれない。

「適当なとこに座ってください」

「…はい」

なぜベットの上に座る、と思うが。
座椅子が一つしかないのだ。
仕方ない、仕方ないのか?
よく分からなくなってくる。

「な、何か飲みましゅか?」

「いえ、お構いなく…」

噛んだ、恥ずかしい。
この後どうなるか、何も考えてない。
何も考えてない上での行動だ。
さて、どうしよう。
本当にどうしよう。
とりあえず座椅子を移動させ、目の前に座る。

「あ、あの……」

「は、はい!!」

背筋がピンと張る、冷や汗も止まらない。
今まで好きな人もいなかったのだ。
彼女だっていた事がない、そう言う事なのだ。
慣れない状況に振り回されているだけだ。

「さっきは、突然ごめんなさい」

「いえいえ!こちらこそ!ありがとうございます!」

「へっ?」

「あ、いや!間違えました!気にしないで下さい!」

何がありがとうなのか。
自分の発言で、自分が嫌になる。
変な空気が流れていた。

なんとかしようと口を開く。

「と、突然どうしたんですか?」

「いや、あの…その……」

「急にびっくりしたと言いますか、何でなのかといいますか、なぜ僕なのかと言いますか……」

「………」

沈黙が流れる、とても重たい。
質問をしたのに返されなかったのだ。
これ以上は何も言葉が出てこない。
沈黙のおかげか、少し頭が冷静になる。
待つしかないのだ、話しを聞く為に。

重たく開かなかった口が、ようやく開く。

「前に話しましたよね、大人になりたいって」

「う、うん……」

「周りと話が合わない、周りについていけない、親の言いなりにならないといけない」

「それが嫌だって…」

「そう、それが嫌になったの…自由にたかったの…自由に好きな話をして、好きなとこに行って……将来について自由に選択したいの」

「絵を描いていきたいって言ってましたよね」

「でも、それを許してくれない。子供だからって、親の言う事が正しいんだって」

「………」

「周りの人も、私が浮いてるって相手にしない。無理に合わせるのか疲れるだけ、辛いだけ、だから私に合う世界を探したいって思うのに」


僕も同じだって考えていた。
会社の人に合わせるのはしんどい、友達の急な誘いもタイミングが合わなく面倒くさい。

それでも、自由とは言い難い。
どこかに行く、好きな事をするにはお金がいる、お金を稼ぐ為には働かないといけない。
働く為には会社に従事しないといけない。

その為に、やりたくもないことをやり、合わない人に無理やり合わさないといけない。
これが自由と言えるのだろうか。

本城さんの言う自由とは、自由ではないと思う。

「それと、大人にしてくださいは関係が?」

「……わかんないよ…」

「えっ?」

「私だってもうわかんないんだよ!氷の華みたいに綺麗だけど冷たいねって馬鹿にされて!どうせ絵を描くなんて仕事にならないんだからやめろって言われ!」

「ちょっ……」

「だからもうどうにでもなれって思ったの!私のことをだって言ってくれたあなたなら良いかなって思ったの!」

「あまり自棄にならない方が…」

気の利く上手い言葉を返せない。
分からなかったからだ、本心が…今まで…。
ずっと僕だけが楽しいと思っていた。
そうじゃなかったんだ。

悩み苦しんでいた、僕の不用意な発言にも思い詰めてしまうほどに追い込まれていたのだ。

「それにね、この前の旅行楽しかったんだよ」

「それは僕もですが…」

「本気で連れ去って欲しかったな…って」

「何回か聞いてきたのって…」

「本当なら遠くに行って、逃げたかったよ」

「……すみません」

「ううんいいの、勝手に望んだ事だから」

そんな事は出来るはずがない。
そう思いながらも言葉を飲み込む。

「色々な事を考えすぎて疲れたのかな…来週からの修学旅行が辛いし、その前にって…」

「そんな事で…」

「そんな事なんかじゃないよ!私の事綺麗って言ってくれたよね!?嬉しかったんだよ、純粋に綺麗だって言ってもらえて…私だって本気なんだよ…」

その言葉を受け止める事は出来なくなっていた。
先程までとは違い、本心を聞いたから。
その本心は、僕にとって重い物だった。
連れ去る事も、助ける事も出来ないと思うから。

「だから…ね、お願い…大人にしてください」

「よく考えて下さい、それは大人になる事ですか?」

「分からないよ…わかんないんだよ」

「僕にも大人になることって分からないんです」

「大人なんでしょ!?教えてよ、大人ってなんなの?子供なんだからって何なの…」

「すみません、分かりません…」

「変じゃんそれ、大人なのに……」

「すみません…」

「謝ってばっかりじゃん、もういいよ…」

本城さんは鞄を再び肩にかけ、立ち上がる。

「大人だから自由に何でも出来るって、何でもしてくれるって思ったのに違うんだね」

そう言い残し、部屋を出ていく。
扉を閉める音が僕を孤独にする。
急に静かになるこの部屋が息苦しい。
立ち上がる事も、追いかける事も出来ない。
追いかけたところで何も出来ないから。

部屋には、氷の華が描かれた絵が残される。
皮肉にも初めてタイトルの意味を知る。
まさに氷の華だった。

触れると壊れそうだと感じて距離を取っていたが、僕の熱くなっていた想いが、溶かしたのだ。

何度も会い、色んな話をし、旅行まで行った。
そこまでしておいて、何も出来ない。
溶けた氷の水が、彼女の心を濡らしていた。
去り際に見せた顔は、涙で溢れていたから。

「どうしたらよかったんだよ…」

そうした言葉は寂しくも落ちていく。
去った本城さんは戻ることはない。
残されたスマホの連絡帳だけが、繋がっている。
画面を見ると、着信履歴は常に一番上。

すぐ電話をかける事ができるが、かけれない。
氷の華の絵に布をかけ、スマホをベットに置く。
少したけ、スマホが鳴るのを期待していた。
そんな事があるわけもなく、朝を迎える。

「…着歴はない、仕事に行かないとな……」

今日も腹が立つほどの朝が来る。
いつもと変わらない、いつもと違う朝が。
すごく憂鬱な気分だ。
昨日の事が忘れられない。
この子持ちを引きずったまま会社に向かう。

少し早めに家を出て、いつも乗る電車の発車時刻まで、駅の入り口でスマホを触りながら立っている。

本城さんの通学の際、最寄駅がここだからだ。
電車の乗る時間は知らない。
見つけたところで、何を話そうと言うのか。
謝れば良いのか?許して欲しいのか?

自分の望みすら決まっていないのに待っていた。
たが、見かける事はなかった。
会社に遅れる訳にはいかないので、電車に乗る。

満員電車の中で、吊り革を握り揺られながら考える。
僕はどうして欲しいのか。
本城さんとどうなりたいのか。
昨日の質問、大人になるとは。
あの日どうしていたら良かったのか。

答えが出るわけでも、考えがまとまるわけでもないが、ただひたすらに考え続ける。
昨日の事を思い出すより、気持ちが楽になるから。



この日から、僕たちの歯車が噛み合わなくなった。
お互いに壊れてしまったのだ。
僕にとって、回っていたと感じていたのは、無理やり回していたに過ぎないと考える。
元には戻せない。
ただただ、壊れていく歯車を回し続けるしか。
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