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外伝 大和撫子は泥中の蓮に抱かれる。【コミカライズ版発売記念】
幼馴染、神隠し。
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「佳奈、佳奈、佳奈……っ」
「蓮く……!」
……酷く悲しく、懐かしい夢を見た。
それは小さな男の子が、白く細い手を必死に私に伸ばしている夢。
艶やかな黒髪が乱れ、黒真珠に似た瞳は恐怖に歪んでいる。
少年の華奢な身体は蠢く闇の海へ引きずり込まれようとしていた。
「佳奈、助けっ……」
私に伸ばされた手が藻掻く。
その手を取らんと私も無我夢中で腕を伸ばす。
けれど指先が、後少しというところで届かない。
骨が軋む音がしても、それでも必死に彼に追い縋ろうと。
しかしどちらの手も闇に染まった空を掻き、少年の身体が深淵の内に呑み込まれていく。
「「―――っ!」」
声になっていない悲鳴が空気を切り裂いた。
私と彼、一体どちらのものだったのか、わからない。
ただ私は、目端が裂けそうなほど見開いた視界で少年の背後に迫る巨大な異形の『手』を見た。
ズズズ、と漆黒の泥から抜け出すように伸びた手は、一掴みで人間をゆうに二・三人は潰してしまえそうだった。
異形の手は蠢き、闇に呑まれていく細い身体を捕まえる。
「か、な……」
「蓮君っ―――! いやあああああっ!!」
少年の名を叫ぶ。
数えきれぬほど呼び慣れた名。
いつも私の隣にあった、彼の名を。
逃れようとする泣き濡れた彼の視線と、私の視線がかち合う。
束の間見つめ合った瞬間、ぼひゅり、と音を残し幼馴染みの『蓮君』は闇の海へと消えてしまった。
「―――っ!」
引き攣れた喉からは細い息が漏れるだけ。
しんと静まり返った闇の底で、私は幼馴染みが消えた空間を呆然と見つめ続けていた。
―――それが、私の幼馴染み蓮君が消えてしまった十年前の記憶だった。
◆◆◆
はっと弾けるみたいに覚醒して、そのまま無意識に上体を起こした。
カタカタ小刻みに震える身体をぎゅっと自分で抱きながら、乱れた呼吸を整える。
「……起きたか」
すると、すぐ傍で低い静かな声がした。
咄嗟に振り向けば布張りの椅子に腰掛けた男性が一人、視線をじっと注いでいた。
黒い髪、黒い瞳のとても綺麗な青年だった。前髪で右側の瞳が隠れているけれど、左側の見えている目は朝日が差し込み黒曜石のごとく煌めきとても美しい。
朝日……あさ、ひ? あれ?
「え、う、そ……!?」
目の前に居る男性の瞳に太陽が映り込んでいるのを確認して、私は驚きの声を上げた。
だって、記憶では『ついさっきまで』夜だった筈だ。
仕事から帰ってお風呂に入っていた筈なのに……なのにー!!
全く覚えの無い部屋を包んでいるのは清々しい朝の光なわけで。
「ななな、なんで朝になってるの!? それにここ何処!? なんで私、知らないベッドの上で寝てるの!? あとこ貴方一体誰なのよおおおっ!?」
思わず両手を頬に当て叫んだ。リアルムンクの叫びだ。
というか、叫ぶなと言う方が無理だ。こんなのパニック起こして当たり前だ。
今現在、私はなぜか夜にお風呂に入っていたはずが朝になっており、その上全く知らない、でもって全く見覚えの無いベッドの上に居るのだから。
しかも、同じ部屋に知らない男性もいるというプラスアルファ付きである。
ここは何処……? 私は、じゃなくてこの人誰?
部屋もやたら豪華なんですけど……!
頭にロイヤル、とかVIPとか付いたとしても、まだ上のランクになりそうな豪奢な家具装飾品で飾られた部屋を視線だけで見回す。開きっぱなしの口の中が寒い。が、それはさておき、床一面に敷き詰められた毛足の長い絨毯に真っ赤なベルベットのカーテンがやたら高そうだ。
しかも金糸の刺繍で豪華な蔓模様が描かれており、同じ金の房飾りがものものしいったらない。
調度品はこっくりとした飴色で木目が美しく、凝った彫刻とビス留めされた革や布地の風合いが素晴らしい。
どれをとっても『お高いんです!』と言わんばかりの品々ばかりだ。
あれか。
もしやここはドバイか。心境はドバイ? ホワイ? だけど。
でもまあドバイならまだわかる。こんだけ豪華でも。
……いや、違う気がする。だいぶ。
さっきやたらカラフルな男子達を目にした覚えもあるもの。
全員ヘアカラー男子……だったらギリギリ……だめか。
無理矢理納得しようとするも、頭の冷静な部分が否定の突っ込みをしてきた。
しかも、視線はいつの間にかすぐ傍に腰掛けている男性へと吸い寄せられていく。
男性は静かに沈黙して私のことを見つめていた。
あれ……なんかこの人……見覚えがあるような……?
ここに来る直前にも、彼を見たような気がして、思考の底を探ってみるがなぜか靄がかかって思い出せない。
彼を見て誰かの名前を口にしたような気がするのに、状況へのパニック故か不思議とわからなくなっていた。
戸惑いながら逡巡する私を見て、片目を隠した黒髪の男性はじっとこちらを見据え口を開いた。
男性の瞳の黒がどこか悲しげに揺らいでいる。
「ここは―――君が生きていた世界ではない。つまり、別の世界だ」
「……へ?」
男性から飛び出た思いがけない台詞に、私は素っ頓狂な声を上げた。
「蓮く……!」
……酷く悲しく、懐かしい夢を見た。
それは小さな男の子が、白く細い手を必死に私に伸ばしている夢。
艶やかな黒髪が乱れ、黒真珠に似た瞳は恐怖に歪んでいる。
少年の華奢な身体は蠢く闇の海へ引きずり込まれようとしていた。
「佳奈、助けっ……」
私に伸ばされた手が藻掻く。
その手を取らんと私も無我夢中で腕を伸ばす。
けれど指先が、後少しというところで届かない。
骨が軋む音がしても、それでも必死に彼に追い縋ろうと。
しかしどちらの手も闇に染まった空を掻き、少年の身体が深淵の内に呑み込まれていく。
「「―――っ!」」
声になっていない悲鳴が空気を切り裂いた。
私と彼、一体どちらのものだったのか、わからない。
ただ私は、目端が裂けそうなほど見開いた視界で少年の背後に迫る巨大な異形の『手』を見た。
ズズズ、と漆黒の泥から抜け出すように伸びた手は、一掴みで人間をゆうに二・三人は潰してしまえそうだった。
異形の手は蠢き、闇に呑まれていく細い身体を捕まえる。
「か、な……」
「蓮君っ―――! いやあああああっ!!」
少年の名を叫ぶ。
数えきれぬほど呼び慣れた名。
いつも私の隣にあった、彼の名を。
逃れようとする泣き濡れた彼の視線と、私の視線がかち合う。
束の間見つめ合った瞬間、ぼひゅり、と音を残し幼馴染みの『蓮君』は闇の海へと消えてしまった。
「―――っ!」
引き攣れた喉からは細い息が漏れるだけ。
しんと静まり返った闇の底で、私は幼馴染みが消えた空間を呆然と見つめ続けていた。
―――それが、私の幼馴染み蓮君が消えてしまった十年前の記憶だった。
◆◆◆
はっと弾けるみたいに覚醒して、そのまま無意識に上体を起こした。
カタカタ小刻みに震える身体をぎゅっと自分で抱きながら、乱れた呼吸を整える。
「……起きたか」
すると、すぐ傍で低い静かな声がした。
咄嗟に振り向けば布張りの椅子に腰掛けた男性が一人、視線をじっと注いでいた。
黒い髪、黒い瞳のとても綺麗な青年だった。前髪で右側の瞳が隠れているけれど、左側の見えている目は朝日が差し込み黒曜石のごとく煌めきとても美しい。
朝日……あさ、ひ? あれ?
「え、う、そ……!?」
目の前に居る男性の瞳に太陽が映り込んでいるのを確認して、私は驚きの声を上げた。
だって、記憶では『ついさっきまで』夜だった筈だ。
仕事から帰ってお風呂に入っていた筈なのに……なのにー!!
全く覚えの無い部屋を包んでいるのは清々しい朝の光なわけで。
「ななな、なんで朝になってるの!? それにここ何処!? なんで私、知らないベッドの上で寝てるの!? あとこ貴方一体誰なのよおおおっ!?」
思わず両手を頬に当て叫んだ。リアルムンクの叫びだ。
というか、叫ぶなと言う方が無理だ。こんなのパニック起こして当たり前だ。
今現在、私はなぜか夜にお風呂に入っていたはずが朝になっており、その上全く知らない、でもって全く見覚えの無いベッドの上に居るのだから。
しかも、同じ部屋に知らない男性もいるというプラスアルファ付きである。
ここは何処……? 私は、じゃなくてこの人誰?
部屋もやたら豪華なんですけど……!
頭にロイヤル、とかVIPとか付いたとしても、まだ上のランクになりそうな豪奢な家具装飾品で飾られた部屋を視線だけで見回す。開きっぱなしの口の中が寒い。が、それはさておき、床一面に敷き詰められた毛足の長い絨毯に真っ赤なベルベットのカーテンがやたら高そうだ。
しかも金糸の刺繍で豪華な蔓模様が描かれており、同じ金の房飾りがものものしいったらない。
調度品はこっくりとした飴色で木目が美しく、凝った彫刻とビス留めされた革や布地の風合いが素晴らしい。
どれをとっても『お高いんです!』と言わんばかりの品々ばかりだ。
あれか。
もしやここはドバイか。心境はドバイ? ホワイ? だけど。
でもまあドバイならまだわかる。こんだけ豪華でも。
……いや、違う気がする。だいぶ。
さっきやたらカラフルな男子達を目にした覚えもあるもの。
全員ヘアカラー男子……だったらギリギリ……だめか。
無理矢理納得しようとするも、頭の冷静な部分が否定の突っ込みをしてきた。
しかも、視線はいつの間にかすぐ傍に腰掛けている男性へと吸い寄せられていく。
男性は静かに沈黙して私のことを見つめていた。
あれ……なんかこの人……見覚えがあるような……?
ここに来る直前にも、彼を見たような気がして、思考の底を探ってみるがなぜか靄がかかって思い出せない。
彼を見て誰かの名前を口にしたような気がするのに、状況へのパニック故か不思議とわからなくなっていた。
戸惑いながら逡巡する私を見て、片目を隠した黒髪の男性はじっとこちらを見据え口を開いた。
男性の瞳の黒がどこか悲しげに揺らいでいる。
「ここは―――君が生きていた世界ではない。つまり、別の世界だ」
「……へ?」
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