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水泳講座

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「オレが俊介パパに会いたいって言ったら会える?」
「ごふっ!げほっ、ぁ、アー……どーだろ」
「え、何、真央ちゃん会いたいの!?」

二人がとても驚いていることに驚く。
オレはそんなに頓珍漢なことを言っただろうか。

「え、うん。ガツンと言ってやりたいことがあるんだよね」
「……ふーん」
「…………」


俊介が痛そうに鼻を摘んでいる。

「俊介どうしたの?」
「コーヒー鼻に入った」
「うわぁ」

もしオレだったらと想像して顔を顰める。

(痛そう)

「ご愁傷様!」
「笑顔で言うな」

ちかは俊介に頭を叩かれそうになるがひらりと華麗に避ける。

コーヒーだと匂いが強いから、特に鼻に詰まってしまうと嫌なものだろう。

「……とりあえず連絡は取ってみる」
「ん、ありがとう」
「あの人はよく分からん。期待はすんな」
「はーい」

あの人という呼び方に悲しさを覚える。
同時に何故こんなにも拗れてしまっているのだろうと疑問を抱く。

(…………。うん、早く俊介パパに会いたい。そして問いただしてやる!)

オレは一人気合いを込める。




けども、その前に大きな壁が立ち塞がる。

「どうしよ」

オレは手に持つ紙と睨めっこをするが、内容が変わるわけはない。

「真央、どうすんだ?」
「…………待って」

似合わないであろう体操服もスマートに着こなしている俊介は、オレを十秒毎に覗き込む。

「真央?」
「待ってってば!もぅ」

どれも選びたくない選択肢しか書かれていないのだ。
決めるのに時間がかかるのは必然で。

「器械運動はないから」
「苦手なのか」
「ぶっちゃけると全部ムリ!でも器械運動は前に回るのしかできないもん」
「……それは、…………おう。やっちゃダメなヤツだ」

憐れみのこもった視線を掌で遮る。

(わかってる!自分でもわかってるから!)

でも自分にもなけなしの矜持があるのだから、言葉にはできない。



思考に浸かっていたオレの手を俊介がいきなりがしっと掴む。
そして少し下に下ろし、ちゅ、と優しいリップ音が耳に届く。

「…………」

声は出なかった。
オレはただ口を大きく開閉させるだけ。

オレの手を口に当てながら此方を視線だけで見る俊介はなんだか色気が詰まっていて、オレは目を離せない。
釘付けだ。


しかし、それもすぐに終焉となる。

俊介はぱっと雰囲気を戻してオレに尋ねるのだ。

「真央、決めたか?」
「え、あ、うぅうん」
「それはどっちだ」
「決めた!」

俊介は掘り返したりはしなかった。
だからオレは、何も言えなかった。
今はまだ、知りたくないと思った。

戯れのような出来事は現実から跡形もなく姿を消し去ったにもかかわらず、オレの中に残像を残す。
それは思い返すたび、確かに胸を打ち鳴らすこととなる。


しかし今はその残像を必死に掻き消して、目前の選択を選び取る。

「……水泳にする」
「…………真央、泳げるのか……?」
「二十五メートル立たずになんとか。二年くらい習ってたし」

失礼なと言ってやりたいけど、全てにおいて運動神経が発揮されないということは自分が一番知っているから何も言えない。


水泳ができるのは一重にママの幼少期のオレへの心配のおかげだ。
ママは泳げなくて学校で嫌な思いをしたらしく、オレには泳げるようにと習わせてくれた。
嫌々行っていたものがこうして役立つと、昔のオレが無駄ではなかったようで嬉しい気持ちになる。

だからと言って水泳が好きになったわけでもないのだけど。


「真央の水着姿……」
「別に脂肪ついてるわけではないけど、筋肉も全くない面白くない体だからね。何でそんな期待に満ち溢れてんの!?」

顔が引き攣る。

「というか、俊介何気にオレに合わせる気満々だよね」
「当たり前だろ?真央は一緒じゃなくていいのか?」

オレはそう言われて、去年のボッチで水泳講座を受けていたことを思い出した。

「あ、だめ。一緒にして。…………え、一緒にしてくれるよね!?」
「だからするって」

オレの必死さを俊介に苦笑されるけど、体育ボッチの辛さを思い出したオレにとっては笑い事ではない。

最初の五回くらいは講座は開講されていなくて、合同で補強運動をするからボッチの感覚を忘れていた。
思い出してからよく考えると、何故ボッチ問題を忘れていたのかと自分が不思議でならない。


「ありがと俊介大好き」
「…………俺も真央大好き」

なんだか変な間が空いた。

オレのこと実はそんなに好きではないのかな、なんてことが一瞬頭をよぎった。

「あーーー……」
「おおう?」

自分が変な声を出たことに少しだけ眉を顰める。

俊介は頬が赤い気がする。
笑いを堪えているのだろうか。

「ふはっ、変な声」
「お気になさらず?」

堪えていなかった。

「わかった。…………いや、なんかさ。好きって言い慣れてないからめっちゃ照れんだけど」

(オレのこと実は好きじゃないのかもなんて思ったオレのバカ!)

オレはオレにビンタをかましてやりたくなった。

未だに少し赤く染まっている頬を眺めると、罪悪感が湧いてくる。

「俊介、ごめん」
「あ?何が」

そう言いつつも、俊介の頬はまだ赤くて。

「めっちゃ可愛い」

思わず声になって気持ちが飛び出す。

「それはない。可愛いのは真央だから」

即座に切り捨てられたけど、そのことより後の言葉の方が気になる。

「同じこと言うよ?それはない」

俊介は不満そうに眉を寄せる。
オレも不満なんだと俊介の眉間を人差し指でぐりぐりとして講義した。
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