【完結】偽りの姫は辺境の地で花開く

ななな

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偽りの姫は神秘を目の当たりにする 2

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「アーディレイ、報告しろ」

 リリーシャがぺたんと座り込む傍らで、静かに歩み寄ってきたアーディレイの手がレイデーアの頬に触れた。
 なめらかな白い肌に付いた血をぬぐうその仕種に、レイデーアはふふと小さく笑って側近の手に頬を寄せる。

「痛いくせに、痛くないふりをするなよ。……こんなに血まみれになって」
「うん、痛みはある。でも大丈夫だ。女神が私を守ってくださっている」

 ほらと促されたアーディレイはため息して、口早に報告する。

「指示通り、ちゃんと不死身のアーデンフロシアの世継ぎの姿を見た一人を逃がした。これで、しばらくの間リーデンバーグは手を出してはこないだろう。どうやら、あちらは神秘の力が理解できないようでお前の存在に恐れを抱きはじめているようだしな。
 魔術師に命じて、解いていた守りも戻した。念の為狩りをさせるが、既に入り込んでいた者達は一通り捕らえている。手引きをした者がいるらしいが、それもいずれ拘束できるだろう」
「うん、後は任せた。私は寝る」

 相槌を打っていたレイデーアは、ほっそりとした腕をアーディレイの首に回した。
 くたりと力の抜けた身体をそっと抱き上げたアーディレイは、青ざめたままのリリーシャを静かに見下ろした。

「今度は気を失わなかったな。リリーシャ、俺はこいつを抱えるので手一杯だ。色々聞きたいことがあるだろうが、まずは自分の足で立って歩いてくれるか」

 リリーシャは頷いて、よろめきながらも立ち上がった。
 アーディレイはえらいぞと頷いて、リリーシャに着いてくるようにと促したのだった。

 レイデーアを抱きかかえたアーディレイが姿を現すと、王城の人々は静かに道を空けて心配そうにまなざしを注いだ。皆心配そうではあるが、リリーシャのように驚いたり、衝撃を受けたりはしていなかった。むしろ、レイデーアの無事は承知の上で、ただその無事を確認しに来ているようだった。

 やがてたどり着いたのは、王族の居住区の一室だった。
 アーディレイの到着を待つように開け放たれた扉の向こうには、医師らしき人物と袖の長いお仕着せを纏った神官が待っていた。彼らはリリーシャを一瞥したが、すぐにアーディレイの腕の中に目を向けた。

「殿下はご無事なのですか。……拝見します」
「眠っているだけだ。目に見える限りだが、傷も治っている」
「……そうですね。まだ殿下の体内にある神力も、以前と変わりはないようです」

 アーディレイはしばし彼らにレイデーアを診せた後、問題ないとわかると寝室の扉を抜けた。
 そうしてたどり着いた清潔な寝台の上に、そっとレイデーアを下ろした。それは、見ているこちらの胸が痛んでしまいそうに優しい仕種だった。

 アーディレイは静かに歩み寄ってきた女官たちが寝室の扉を閉ざしたのに頷いて、リリーシャに椅子を取ってくれないかと頼んだ。リリーシャが寝台の傍に置かれていた椅子を移動させると、アーディレイは寝台とは反対のほうを向いて腰を下ろした。その上衣の裾を、白い手がぎゅっと掴んでいる。

 女官たちが寝台に乗り上げ、鋏でレイデーアの纏った布――もはや布きれといったほうが相応しい有様の血まみれのそれを裁ち、肌の汚れをぬぐいとっていく。そして両脇をリボンで留める寝衣を着付け終えると、女官たちは寝台を降りた。

「アーディレイ様。お食事はお二人分お持ちしますか?」
「食事はいつも通りでいい。まずは、鎮静効果のある薬草茶と何か甘いものをくれ」

 はいと頷いた女官が下がり、それから暫くしてワゴンを運んで来た。女官は何も言わずお茶の支度を調えると、静かに辞した。

「リリーシャ、ひと息つこう。ひどい顔だ」

 何度も促されて、リリーシャはまだ震えの残る手でティーカップを持ち、そっと口を付ける。そのまま半分ほどを飲み干して、勧められるままにケーキを食べた。どっしりとという表現が似合う濃厚なチョコレートケーキだ。初めてレイデーアの執務室で出されたとき、なんて疲れが取れる食べ物なのだろうと驚いたものだった。
 強ばった身体が甘さによってほどけていく心地がして、リリーシャは静かに息をつく。

「うん、少し落ち着いたな。こうなったレイデーアはどんなに声を出しても目覚めないから、ここで少し話をしよう。リリーシャはアーデンフロシアに来て、ガネージュやリーデンバーグが神秘と呼ぶものをどのように認識するようになった?」

 レイデーアの庇護下にあるものの、ガネージュ出身のリリーシャには書類の閲覧は許されても意図的に伏せられている情報は多い。また、リリーシャは仕事に支障がなければ自分から問うことはしなかった。知りたがりの人質ほど危ういものはないからだ。

 そのせいもあって、アーデンフロシアには女神の恩恵を授かっているという神官と魔術師がいるが、その違いはリリーシャにはよく分からないままだ。

 レイデーアは女神とその伴侶の玄孫やしゃごにあたるそうで、彼女がどうやら天からアーデンフロシアを見守っているらしき「大祖母上」と会話をしている様子を度々目にするが、どういう仕組みでそうなっているのかを考えるのはとうにやめてしまった。リリーシャがどのように考えても、もうここでは当たり前になのだ。なら、そのまま受け容れるしかない。

 ただ、内側にいると見えてくるものはある。
 おそらく、リーデンバーグが恐れているほどには、女神も神秘も絶対的なものではないはずだ。
 きっと、魔術も神官が使う神力も、全てを叶えてしまうほどには自由度が高くないのだろう。アーデンフロシアの人々が好戦的ではないのも理由の一つだろうが、もし神秘が絶対的なものであったなら、レイデーアの兄は命を落とさなかっただろうし、とうにリーデンバーグは滅ぼされていただろう。

 静かにそう答えたリリーシャに、アーディレイは頷いた。概ね合っているということだろう。

「リーデンバーグとアーデンフロシアの戦の最中、花の寝台が編まれた噂は聞いたか?」
「え……あ、はい」

 でも、そんなのは吟遊詩人が神秘の国に合わせて編んだ創作だと思っていた。
 そう思った一瞬のちに、リリーシャは自分の考えを否定する。創作の出来事ではないのだと。
 もうこの神秘の国で半年過ごしていたから、リリーシャはきちんと神秘のなせる業を知っていた。

 ――それは、レイデーアがリーデンバーグの王太子を守る隊列に迫るまであと数刻ばかりとなったときのことだったという。

 先陣を切るレイデーアは、リーデンバーグが誇る弓の名手が射た矢を受けて馬上から落ちた。
 慌てて主の愛馬の手綱を引いたアーディレイの目の前で、レイデーアの身体は地に叩きつけられるはずだった。だが、そうはならなかった。

 何処とも知れぬ場所から現れ出でた花が次々に咲き乱れ、互いに絡み合うようにして寝台のような形をなすと、レイデーアの身体を受け止めたのだ。そうして、レイデーアに深く突き立っていた矢に蔦が巻き付いたかと思うと、みるみるうちに矢を溶かしてしまった。

 馬を降りたアーディレイが膝を付いて花の寝台を覗き込むと、長い金の睫毛が震えて瞼が開かれた。

「あれ……どうした、泣きそうな顔をして。喜べ、女神が助けてくださったぞ。はやく追いついて、あの大うつけを捕らえよう」

 そう言って、レイデーアは笑ったのだそうだ。
 再び馬上の人となったレイデーアは、いつになく光を纏って輝きを放っていたという。それこそ、天駆ける星のように。
 そしてレイデーアは見事リーデンバーグ軍に追いついて、文字通りその輝きで以て敵を蹴散らしてしまったそうだ。

 誰よりも近いところでその様子を見ていたというアーディレイは、物語るようにそう教えてくれた。

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