卒業した姉とこれから入学するのではしゃぐ妹

月輝晃

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枕投げ

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 夜、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
 
 夕飯を食べて、食器を片付けて、お風呂も済ませて――春休みなので宿題もないし―― あとは寝るだけ、というタイミングだった。

 かおりんがめずらしく一緒に寝たいと言うので、同じ部屋に布団を敷いた。
  かおりんのパジャマはピンク色、私のは緑だ。

 それにしても今日は、すこしだけ空気が甘い気がする。

 お風呂上がりの二人の肌にはまだ湯気が残っていて、部屋の中には柔らかなシャンプーの香りがほんのりと漂っていた。

 そのせいか、ベッドに入ったものの、眠気はなかなか訪れなかった。

「ねぇ、お姉ちゃん……」

 隣の布団から、小さな声がする。
 ……呼び方が戻ってる……

「ん?」

「……眠れないの?」

「うん」

 かおりんは、いつもより少し幼く見えた。薄暗い部屋の中で、目だけがくりくりと動いているのが分かる。

「私は睡道部すいどうぶだったから、いつでもどこでも寝れるんだよね」

「睡道部?また聞いたことのない部活だなあ」

「睡道部はね、授業中でも姿勢を崩さずに眠れることをモットーにしてるの。周りの人にバレたらいけないのよ」

 自信ありげに胸を張って答える。

 バフッ。

 枕が飛んできて顔に命中。……不意打ちか……
 
「授業中に寝たらだめだよね」

「ぐっ……」

 ……よーーしっ!おかえし!
 自分の枕をかおりんめがけて投射!

「ひゃっ!……ひどーーい」

 戦争が始まった。



 そう言ってる間に、かおりんはすでに枕を手に取って、にこにこしていた。

「じゃあ、いくよ……せーのっ!」

 ふわっ――と、かおりんが投げた枕が私の顔に軽く当たった。

「うわ、ほんとにやったな……!」

「ふふっ、しおりんもおいで~」
 
 私も枕を手に取り、静かに反撃。

 バフッ。

 かおりんは「きゃっ」と笑い声を押し殺しながら、くすくす笑った。

「も~、それは反則~!」

「は? なにが反則よ」

 バフッ、ふわっ、きゃっ、しーっ。笑いを抑えながらの攻防。

「そろそろ睡道部の奥義を見せるときね」

「睡道部が枕投げに関係あるの?」

「睡道部はね、睡眠すべてに関わることに精通してるのよ」

「へーー」

 かおりんは、いたずらっぽく笑いながら、枕をぎゅっと抱きしめる。

「隙アリ!睡道部奥義発動!」

 私は、すっと枕を高く投げあげた。天井から来る取りにくい軌道……これこそが睡道部奥義……
 
 かおりんはクスクス笑いながら、それを受け止めた。

「ありゃ」

「ふふ、お返しだよ。こう?」

  かおりんの投げたが枕が、さっきと同じ軌道を逆にたどり、ふわっ、と私の顔にあたった。
 
「ふにゃ!」
 
  優しいタッチ。でも、かおりんの体温がほんのり残っている。

「……なんか、ちょっとくすぐったい」

「しおりんの顔、赤くなってる~」

「なってない!」

 枕を取り返し、私もお返しに軽く当ててみる。

 白くて柔らかい布団の上で、二人だけの静かな戦い。
 髪がふわっと揺れて、パジャマの袖がちらりとずれて、白いうなじがのぞく。

「……やっぱ、かおりんって……」

……反則級に可愛いよね……

 不意にそんな言葉が漏れてしまった。
 かおりんは一瞬きょとんとしたあと、そっと笑って――

「……しおりんにしか、そう言ってもらいたくないかも」

 と言った。

 空気が、少し変わった。

 静けさが増して、距離が近くなった気がした。

 私は、枕をそっと横に置いて、彼女の方に向き直る。

 かおりんも、同じように体を向けていた。
 顔と顔が、もう数センチしか離れていない。
 お互いのまつ毛が、見えるくらいの距離。

「……しおりん」

「ん?」

「……眠い……」

「えーー」

 そんな会話の中で、どちらからともなく、そっと手を伸ばす。
 指先が触れ合う瞬間、小さな火花が散ったような感覚があった。

 そっと、かおりんの手を握った。
 やわらかくて、ちょっと温かくて――このままずっと、離したくないって思った。

 この夜が、いつまでも終わらなければいいのに――
 そう思いながら、私は眠りについた。
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