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腕相撲
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「ねえ、お姉ちゃん」
私がソファにだらしなく寝そべっていると、すぐ隣にちょこんと座った妹が、そんなふうに声をかけてきた。
「ん-?なんだ妹よ」
「今日から、しおりんって呼ぶね」
「は?」
私は少しだけ体を起こし、妹――かおりの方に向き直った。
「なにそれ」
「もうすぐ高校生になるでしょ。新しい気分になりたいの」
私は深く息を吐きながら、右腕をまくった。
「じゃあーーね、腕相撲しよ」
「なんで腕相撲?」
「私が勝ったら、かおりんって呼ぶね」
「えーーー仕方ないなあ」
「じゃあ、いくよ」
私が腕を差し出すと、かおり――いや、"しおりん"と呼びたい妹は、少しの間じっと私の手を見つめた。そして、ふっと笑いながら、私の手をぎゅっと握る。
「手、冷たいね」
「まだ寒いからね。かおりん(仮)の手は暖かいよ」
「あーーフライング!」
「このまま握っていれば暖かくなりそう」
「えー」
暖かい……かおりん暖かい……穏やかな時間……
私は温もりに負けて腕相撲を忘れてしまった。
「ねえ、しおりん(仮)……」
「んーー?」
「腕相撲強いの?」
「強い!たぶん……いやきっと強い!なにしろ3年間座道部で鍛えたからね」
「座道部?何それ?」
「え、座道部知らないの?」
かおりん(仮)は得意げに胸を張った。
「知らないよ。ていうか初めて聞いた。何する部活なの?」
「座る!」
「座る……?」
「そう!美しい姿勢で座ることを極めるの!」
私は思わず吹き出した。
「それ、本当に部活なの?」
「もちろん!ただ座るだけじゃなくて、、椅子の正しい座り方の研究とかしながらお菓子を食べるの、しかも持久戦だよ」
「持久戦って……どれだけ長く座ってられるか競うの?」
「うん!長く座っていれば座っているほど、精神力と集中力が鍛えられるんだよ!」
かおりん(仮)は真剣な顔で言うけど、どう考えてもただのサボり部にしか聞こえない。
「それ、顧問の先生はいるの?」
「いるよ!先生も一緒に座るの!」
「……それ、先生も楽したいだけなんじゃ……?」
「違うよ!先生は"座道"の達人なんだよ!」
「達人……?」
「うん!どんな硬い椅子でも微動だにせずに座り続けられるの!まるで彫刻みたいに!」
「それ、すごいのかな……?」
「すごいよ!だって、普通の人は長時間座ってると足がむずむずしたり、姿勢が崩れたりするでしょ?でも、先生はどんな状況でも完璧な座り姿勢を保てるの!」
「……ほんとかなぁ?」
「ふふふ」
「で、座道部で鍛えたから腕相撲も強いってこと?」
「うん!正しい姿勢で座るには、体幹が鍛えられるからね!体幹が強いと腕相撲にも強くなるの!」
「じゃあ、そんな座道部で鍛えた力見せてよ」
「後悔しちゃうよ?」
そんなやり取りをしているうちに、私の手の冷たさも、いつの間にか和らいでいた。
「手汗かいてきたよ」
「じゃあそろそろ、始めようか」
「いいけど」
軽いやり取りの後、私たちは真剣な表情になった。
「せーの!」
掛け声と同時に、私は全力で腕に力を込める。
が、思ったよりも、かおりん(仮)の力が強い。
「おお……!」
「ふふん、鍛えてるんだから」
「いつの間に?」
「体育の授業で筋トレしてるの。ねえ、お姉ちゃん、本気出していいよ?」
「いや、もう出してるんだけど……」
じわじわと押し込まれそうになる。悔しい。まさか、妹相手にこんなに苦戦するなんて。
「ふ、ふん、まだまだ……!」
「じゃあ、こっちも本気出すね」
かおりん(仮)はニヤリと笑い、一気に力を入れた。
バタンッ!
私の腕があっけなく机の上に叩きつけられる。
「……負けた」
「やった!」
「くそー、こんなに強くなってたなんて……」
「じゃあ約束通り、"しおりん"って呼ぶね♪」
かおりん(仮)が真剣な顔で私の顔を見つめてきた。
ごくり……
「しおry……」
かんだ。
「ちゃんと言ってよー」
「ちょっと待って、まだ心の準備が……」
「ダメ!約束は約束!」
なんか逆になってる……。
「……しおりん」
「え? 聞こえなーい」
「しおりん」
「もっと大きな声で!」
「しおりん!」
「よし! これからはずっとしおりんって呼んでね!」
腕相撲に負けた悔しさは残るけど、なんだかかおりん(仮)の恥ずかしそうな顔を見ていると、それもどうでもよくなってくる。
「……まあ、いっか」
新しい名前、新しい気分。
私たち姉妹の関係も、少しだけ変わるのかもしれない。
「座道部はかおりん(仮)が引き継いでね」
「えーー引き継ぐの?」
「うん……よろしくね」
3年間の楽しかった座道部の思い出がよみがえる。
かおりん(仮)の3年間も楽しいといいな。
妹の高校生活はもうすぐ始まる。
私はちょっとだけ先輩風を吹かせながら、妹のワクワクと不安が入り混じった表情を微笑ましく見守るのだった。
私がソファにだらしなく寝そべっていると、すぐ隣にちょこんと座った妹が、そんなふうに声をかけてきた。
「ん-?なんだ妹よ」
「今日から、しおりんって呼ぶね」
「は?」
私は少しだけ体を起こし、妹――かおりの方に向き直った。
「なにそれ」
「もうすぐ高校生になるでしょ。新しい気分になりたいの」
私は深く息を吐きながら、右腕をまくった。
「じゃあーーね、腕相撲しよ」
「なんで腕相撲?」
「私が勝ったら、かおりんって呼ぶね」
「えーーー仕方ないなあ」
「じゃあ、いくよ」
私が腕を差し出すと、かおり――いや、"しおりん"と呼びたい妹は、少しの間じっと私の手を見つめた。そして、ふっと笑いながら、私の手をぎゅっと握る。
「手、冷たいね」
「まだ寒いからね。かおりん(仮)の手は暖かいよ」
「あーーフライング!」
「このまま握っていれば暖かくなりそう」
「えー」
暖かい……かおりん暖かい……穏やかな時間……
私は温もりに負けて腕相撲を忘れてしまった。
「ねえ、しおりん(仮)……」
「んーー?」
「腕相撲強いの?」
「強い!たぶん……いやきっと強い!なにしろ3年間座道部で鍛えたからね」
「座道部?何それ?」
「え、座道部知らないの?」
かおりん(仮)は得意げに胸を張った。
「知らないよ。ていうか初めて聞いた。何する部活なの?」
「座る!」
「座る……?」
「そう!美しい姿勢で座ることを極めるの!」
私は思わず吹き出した。
「それ、本当に部活なの?」
「もちろん!ただ座るだけじゃなくて、、椅子の正しい座り方の研究とかしながらお菓子を食べるの、しかも持久戦だよ」
「持久戦って……どれだけ長く座ってられるか競うの?」
「うん!長く座っていれば座っているほど、精神力と集中力が鍛えられるんだよ!」
かおりん(仮)は真剣な顔で言うけど、どう考えてもただのサボり部にしか聞こえない。
「それ、顧問の先生はいるの?」
「いるよ!先生も一緒に座るの!」
「……それ、先生も楽したいだけなんじゃ……?」
「違うよ!先生は"座道"の達人なんだよ!」
「達人……?」
「うん!どんな硬い椅子でも微動だにせずに座り続けられるの!まるで彫刻みたいに!」
「それ、すごいのかな……?」
「すごいよ!だって、普通の人は長時間座ってると足がむずむずしたり、姿勢が崩れたりするでしょ?でも、先生はどんな状況でも完璧な座り姿勢を保てるの!」
「……ほんとかなぁ?」
「ふふふ」
「で、座道部で鍛えたから腕相撲も強いってこと?」
「うん!正しい姿勢で座るには、体幹が鍛えられるからね!体幹が強いと腕相撲にも強くなるの!」
「じゃあ、そんな座道部で鍛えた力見せてよ」
「後悔しちゃうよ?」
そんなやり取りをしているうちに、私の手の冷たさも、いつの間にか和らいでいた。
「手汗かいてきたよ」
「じゃあそろそろ、始めようか」
「いいけど」
軽いやり取りの後、私たちは真剣な表情になった。
「せーの!」
掛け声と同時に、私は全力で腕に力を込める。
が、思ったよりも、かおりん(仮)の力が強い。
「おお……!」
「ふふん、鍛えてるんだから」
「いつの間に?」
「体育の授業で筋トレしてるの。ねえ、お姉ちゃん、本気出していいよ?」
「いや、もう出してるんだけど……」
じわじわと押し込まれそうになる。悔しい。まさか、妹相手にこんなに苦戦するなんて。
「ふ、ふん、まだまだ……!」
「じゃあ、こっちも本気出すね」
かおりん(仮)はニヤリと笑い、一気に力を入れた。
バタンッ!
私の腕があっけなく机の上に叩きつけられる。
「……負けた」
「やった!」
「くそー、こんなに強くなってたなんて……」
「じゃあ約束通り、"しおりん"って呼ぶね♪」
かおりん(仮)が真剣な顔で私の顔を見つめてきた。
ごくり……
「しおry……」
かんだ。
「ちゃんと言ってよー」
「ちょっと待って、まだ心の準備が……」
「ダメ!約束は約束!」
なんか逆になってる……。
「……しおりん」
「え? 聞こえなーい」
「しおりん」
「もっと大きな声で!」
「しおりん!」
「よし! これからはずっとしおりんって呼んでね!」
腕相撲に負けた悔しさは残るけど、なんだかかおりん(仮)の恥ずかしそうな顔を見ていると、それもどうでもよくなってくる。
「……まあ、いっか」
新しい名前、新しい気分。
私たち姉妹の関係も、少しだけ変わるのかもしれない。
「座道部はかおりん(仮)が引き継いでね」
「えーー引き継ぐの?」
「うん……よろしくね」
3年間の楽しかった座道部の思い出がよみがえる。
かおりん(仮)の3年間も楽しいといいな。
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