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ハッキリした人

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「全く! あれくらいあしらえないようだとこれから先が思いやられますわ」

 あの後すぐにアリアナを男達の群れから連れ去り、リリアーネが壁際まで連れてきてくれた。すぐに給仕に飲み物を頼むあたりも夜会に慣れているのが見て取れる。
 喉越しのいいワインを口に含み、アリアナはほっと小さく息を吐く。これでコルセットを緩められればもっといいのに。と出来もしないことを思ってしまった。

「あの、助けていただき……」
「勘違いしないで。わたくしはあの方・・・に頼まれただけですの」

 お礼を言う前に、ピシャリと跳ね除けられる。しかしアリアナはめげなかった。

「いいえ。本当に助かったのです。リリアーネ様、ありがとうございました」

 コルセットの苦しさと絞められた肋骨の痛みに負けないように、アリアナは頭を下げる。すると、リリアーネの派手な扇の開く音が聞こえた。

「貴女って本当に……図太いわ」
「……へ?」
「わたくしがどんなに嫌がらせをしてもへこたれない上に、完璧にこなすんですもの。いらいらして仕方がなかったわ!」

 面と向かって言われる悪口に、アリアナは思わず吹き出してしまった。つんっと横を向くリリアーネが幼い少女のように見えてしまったからだ。

「もう! そういうところですわ! いつも余裕たっぷりで! わたくしのことなど眼中に無い!」
「いえ、そんな。中々大変でしたよ。泥シーツを洗うのは」
「……っ! 嫌味ですの?!」
「あっそんなつもりでは!」

 リリアーネの目が訝しげに細められる。少し頬が赤らんでいるのは酒のせいだけではないだろう。

「……貴女って、とっても強かそうに見えて赤子みたいね」
「……え?」
「最近まで寝たきりだったのでしょう。仕方が無いわよね……。見た目は大人なのに、この世界にちっとも馴染んでいない……。危ういわ」
「リリアーネ様……」
あの方・・・が私に頭を下げる筈だわ!」

 先程から出てくる『あの方』とは?とアリアナは訪ねる。しかし、リリアーネはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。

「……わたくし、国母になりたかったのよ」

 リリアーネが扇子で顔を隠し、アリアナだけに聞こえる声で呟いた。知っています、とは言えなかった。あれだけルドルフに擦り寄っていれば誰もがそう思っていたとも。

「……けれども、あの方は……国よりも大切なものを見つけたようね」
「リリアーネ様、あの方とは」
「……自分の目で確認しなさいな」

 リリアーネは光の奥をじっと見つめていた。リリアーネの視線を追うと、静寂に包まれた招待客。そして、その奥には、もう二度と交わることの無い人がいた。


□□


「今日は急な招集にも関わらず、よく集まってくれた」

 アリアナ達のいるホールより幾分高いところに居る壮年の国王の声がホールに響く。威厳たっぷりの低い声が妙な緊張感を生んだ。国王の隣には柔らかな笑みを浮かべた王妃。その隣にはルドルフとヘンリーが姿勢正しく立っていた。
 キラキラと輝くシャンデリアの下で権威を背負って立つ王族は眩しく、とても遠いものに感じられた。
 興奮するリリアーネとは別に、アリアナはじっと一人の人物を見つめていた。

 豪奢な刺繍の施されたジュストコール、ジレ。身体のラインがハッキリと映し出される服装は、ルドルフの逞しさを強調していた。少し伸びた金の髪は後ろで纏められ、精悍さが際立っている。隣に立つヘンリーはルドルフとは対照的で温厚そうな顔つきは王妃によく似ていた。時折二人で顔を合わせ、何やら話をして笑い合っていた。

(仲いいんだ……)

 じゃれ合う兄弟に、周りの貴族からもざわめきが生まれた。そう思ったのはアリアナだけではないようだ。

「人嫌いの冷徹」
「リリアーネ様?」
「彼を変えたのは誰なのかしら」

 深いバイオレットの瞳がアリアナを捉えた。アリアナはまっすぐにリリアーネの瞳を見返す。しばらく見つめあっていた二人だったが、先に折れたのはリリアーネだった。

「全く、本当に赤子のようだわ」
「……本当に、その通りです」

 アリアナはこの地に生まれてまもない。前世の記憶があれど、知らないことの方が多い。

(ああ、遠いな)

 両親の気持ちを慮って貴族令嬢として正しいことをした。けれどもアリアナの心の中からどうしてもルドルフが消えてくれない。

「貴女はここで立っているだけなの?」

 リリアーネが扇子を動かす。その先には、一歩前に歩み出たルドルフとヘンリーがいた。


「そして、この場を持って、ルドルフを王太子として指名する」


 国王が高らかに宣言する。
 アリアナの初めての恋が砕け散った瞬間だった。
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