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13巻
13-3
しおりを挟む第四章 ヒントをもらいました。
「えっと、お茶の準備はできてるし、あとは……」
リサは朝からクロード家別館の応接室にいた。リサとジークが生活している別館にも本館ほど大きくはないが、応接室がある。
使う頻度は高くないけれど、クロード家の使用人がいつ使ってもいいように整えてくれている。
今日はその応接室に来客の予定があるのだ。
「リサ様、お客様がお見えになりました」
メリルがそう言って客人を案内してきた。
「リサちゃん!」
嬉しそうな声と共に姿を見せたのは、シルバーブロンドの髪をお下げにした女の子。彼女はジークの妹のライラだ。
「いらっしゃい、ライラちゃん、お義母さん」
ライラのあとから入室してきた母のケイリーにも、リサは挨拶をする。
「久しぶりね、リサさん。お邪魔するわ」
ライラやジークと違い、ケイリーの髪は濃い緑色。しかし、涼しげで整った顔立ちと青い目はジークとそっくりだった。感情があまり表情に出ないジークとは対照的に、ケイリーは表情豊かだから印象はだいぶ違うけれど。
今日はケイリーとライラが遊びに来ることになっていたので、リサは朝から楽しみにしていたのだ。
「ジークが不在ですみません。カフェの方に行かなきゃいけなくて……」
料理科はお休みなのだが、カフェの営業があるため、ジークは同席することができない。それをリサが謝ると、ケイリーは「気にしないで」と笑った。
「リサさんが働けない分、ジークにしっかり働いてもらったらいいのよ。あの子がいてもあまりしゃべんないだろうし、今日は女性同士おしゃべりしましょ?」
自分の息子だからか、ケイリーはジークに対して遠慮がない。
「そうそう! 私もリサちゃんといっぱいお話ししたいもん!」
ライラも同意したので、リサは思わず笑った。
二人にソファを勧めると、メリルがお茶を出してくれる。
「ジークから聞いたけど、スティルベンルテアを開くんですって?」
お茶で喉を潤してからケイリーが切り出した。
今日二人がここにいるのは、リサの様子を見に来てくれたからでもあるが、リサがスティルベンルテアのことをケイリーから聞きたいと思ったからでもある。
ジークからそのことを聞いたケイリーが、わざわざ訪問してくれたのだ。
「そうなんです。ただ私はスティルベンルテアに参加したことがないので、どういう会にすればいいのか迷ってまして……お義母さんはどうしました?」
「そうねぇ。マシューの時は初めてだったから、たくさん人を呼んだ記憶があるわ。私も友達もまだ若かったし、親たちやロドニーも協力してくれてね。放牧場を使ってガーデンパーティーにしたわ」
マシューとはジークの兄で、ロドニーとはジークの父のことである。
ジークの実家は、馬の卸売業を営んでいるため、王都の外に広い放牧場を持っているらしい。その放牧場でガーデンパーティーをしたということは、かなり大規模なスティルベンルテアだったようだ。
「ねえ、ライラの時はどうだったの?」
一緒に話を聞いていたライラが、自分の時はどうだったのか気になったらしく、ケイリーにたずねる。
「ライラとジークの時は、本当に仲のいい友達だけにしたわね。家に呼んで、ちょっとしたお茶会みたいな感じで」
「えー……」
ケイリーの答えが不服なのか、ライラは残念そうな声を上げた。
「だってねぇ、その頃には友達もみんな子供がいたし、お互いの都合もあるでしょう? 子供が二人目、三人目ともなると、やっぱり最初ほど盛大にはできないわ。もちろん子供が生まれてくるのは何番目の子であっても嬉しいけれどね。スティルベンルテアの規模が小さいからって、喜びが小さいわけじゃないから、そこは誤解しないでほしいわ。ジークができた時も、ライラができた時も、ものすっごく嬉しかったんだからね」
そう言って、ケイリーは隣に座るライラの頭を撫でる。
「そうなんだ」
ライラは納得したように呟いた。
スティルベンルテアがどのようなものであれ、子供の誕生を祝う気持ちは変わらないのだと、リサも納得できる。
「それで、リサさんは今のところ、どんなスティルベンルテアをしようと思ってるの?」
「上手くイメージできないので、招待したい人のリストから作りはじめたんですが、その人数がすごく多くなっちゃって……」
「あらいいじゃない。せっかくだし呼びたい人をいくらでも呼んだらいいわ。クロード家だし、場所には困らないと思うけど、なんならうちの放牧場を使ってもらってもいいし。……あ、でも今の時期は屋外だと寒いわね」
「ありがとうございます」
ケイリーの気持ちが嬉しくて、リサは微笑んでお礼を言った。すると、ライラが「ねえねえ、リサちゃん」と話しかけてくる。
「そのスティルベンルテア、ライラも参加できたりする?」
「もちろん! 是非来てほしいな」
「……あ、でも来るのは大人ばかりなんでしょ……? そしたら場違いかなぁ」
ライラは少し考えてから、しゅんとした。
十一歳のライラは学院の初等科に通っている。リサの元の世界で言うと小学校高学年だ。
出会った頃に比べたら大きくなったけれど、まだまだ子供。スティルベンルテアには参加してみたいが、子供一人で参加して楽しめるか不安になったのだろう。
大人のパーティーに興味があって参加しても、子供が楽しめるのは最初のうちだけだったりする。子供にはまだ難しい話も多いだろうし、そんな中にいると飽きてくるものだ。
もしかしたらライラはそのような経験をすでにしているのかもしれない。
だがライラの反応から、リサはふと思いついた。
「子供でも楽しめるようなスティルベンルテアならいいかもしれないですね……」
「子供でも?」
リサの言葉にライラが顔を上げた。その目は期待するように輝いている。
「ライラちゃんの他にも同じくらいの歳の子がいたら、一緒に遊んだりもできるかなって思ったんだけど……」
「あら、いいじゃない! 子供がいる人でも参加しやすいっていうのは、スティルベンルテアにはぴったりな条件だと思うわ。子育ての話を聞けたりもするし」
ケイリーがリサの考えを後押ししてくれた。
リサの身近な人でいえば、オリヴィアとデリアには子供がいる。二人には是非来てほしいと思っていたが、デリアはともかくオリヴィアはシングルマザーなので、息子のヴェルノを連れての参加になるだろう。
他に子供の参加者がいなければ、ヴェルノもライラが心配したのと同じような状況になってしまう。
もちろんヴェルノだけじゃなく、デリアの娘でヴェルノと仲良しのロレーナも呼べばいいのだが、それでも大人向けの会ではすぐに飽きてしまうだろう。
そういったことを考えると、ライラの言葉はリサにとって大きなヒントになったような気がした。
大人も子供も楽しめるスティルベンルテア。
それには、ただ子供が参加できるというだけではなく、彼らが飽きないような工夫が必要だし、かといって子供だけに焦点を当てるのもダメだろう。
ケイリーがマシューを身ごもった時に開いたというスティルベンルテアは、放牧場でのガーデンパーティーだから、子供たちが自由に走り回れたかもしれない。
だが、今の季節は冬。
さっきケイリーが言った通り、さすがに寒いので屋外は難しい。
そうなると室内で大人も子供ももてなせるパーティーを考えないといけない。
漠然としていたスティルベンルテアのイメージがはっきりすると共に、リサは自分がワクワクしてきたのを感じていた。
第五章 再考しました。
ケイリーは最後に『時間も余裕もある一人目の時には、自分がやりたいスティルベンルテアを思いっきりやるといいわ』と助言をしてから、ライラと共に帰っていった。
一人になったリサは、どんなスティルベンルテアにしたいかを考え直すことにする。
「まず赤ちゃんを祝ってもらうことでしょ」
それがスティルベンルテアを開く根本的な理由だ。
しかし、わざわざ意識せずとも来てくれた人はみんな祝ってくれると思う。
「あとは私自身がどんな会にしたいかってことだよね」
ケイリーは『自分がやりたいスティルベンルテアをやるといい』言っていた。
まだお腹の子が生まれてもいないのに、二人目や三人目の子供のことを考えるのはおかしいけれど、もしも一人っ子になるのであれば、スティルベンルテアを開くのはこれっきりとなる。
スティルベンルテアは出産するまでの間に何度開いてもいいと聞くが、時間や準備の手間を考えると、そう何度も開くことはできない。
それにケイリーがそうだったように、やはり子供が二人目、三人目になるにつれ、スティルベンルテアも小規模になっていくだろう。
子供が生まれれば毎日やることも多いから、時間的な余裕もなくなる。それに、ごく親しい相手だとしても、スティルベンルテアのために何度も時間を作ってもらうのは申し訳ない。
だからこそ、ケイリーもあの助言をしてくれたのだと思う。
経験者から背中を押されたリサは、思い切って自分がやりたいスティルベンルテアをしようと思った。
そして真っ先に思い浮かんだのは――
「久しぶりに思いっきり料理がしたいかも」
お腹が大きくなってきてからは、料理をする機会もめっきり減ってしまった。カフェと料理科で毎日のようにしていたけれど、その仕事も今はお休み中。
さらにクロード家には料理長がいるので、毎日の食事はリサが作らなくてもいい。特別な事情がなければ、料理をしなくても大丈夫な環境なのだ。
でもその一方で、料理はリサの趣味でもある。
この世界に来てカフェを開店できたのも、料理という長年の趣味が高じたからだと言える。
そして料理はリサにとって好きなことであると同時に、ストレス発散の手段でもあったということに、リサは最近気付いた。
「みんなが楽しめる料理を振る舞えたらいいなぁ。こう、気軽につまめて楽しい感じの……」
――赤ちゃんのお誕生日会ならぬ、お誕生前会みたいな雰囲気にしたらどうだろう?
お誕生日会は大人も子供も大好きなはずだ。せっかくだし子供連れで来てもらって、大人にも一緒に楽しんでもらいたい。
リサはさっそく思いつくまま料理を書き出してみる。
「子供の誕生日パーティーの定番だと、エビフライ、ピザ、フライドポテトに、ちらし寿司、たこ焼き、お好み焼き……あ! 唐揚げはチューリップにしよう!」
リサは自分が幼い頃のお誕生日会を思い出した。毎回、母がチューリップ唐揚げを作ってくれていた。
普通の唐揚げとは違い、手羽元や手羽先を使って作る。骨付きのままお肉を片側に寄せ、まるでチューリップのような形にして揚げたものだ。
骨の部分が持ち手になって食べやすい上に、外側の皮がパリッとしていておいしい。
作るのに少し手間がかかるので、お誕生日会のような特別な日にしか作ってもらえなかったが、だからこそ幼い頃のリサにとっては特別な食べ物だった。
「うん。見た目も楽しいし、いいかもしれない」
料理のことを考えはじめたら、あんなに思い悩んでいたスティルベンルテアがどんどん楽しみになってきた。
「マスターも赤ちゃんも楽しそうですね~!」
生き生きとしはじめたリサに、バジルがニコニコと笑いながら言った。
「赤ちゃんも楽しそうなの?」
「はい! ピカピカしてますよ!」
どうやらお腹の子もリサの気持ちを感じ取っているようだ。ピカピカ光っているのが楽しいということなのかは定かでないが、バジルが嬉しそうに言うので、リサはそういうことにしておこうと思う。
「たくさん料理を出すなら立食形式かなぁ。でも座って休憩できるように、壁際に椅子も置いて……」
ずっと立ちっぱなしだとリサ自身も大変なので、椅子の用意は必須だ。
あとは来てくれた子供たちが楽しめる場所にしたい。大人の集まりに子供が来ると、はじめはいいけれどだんだん飽きてしまう。そうなった時に遊べるスペースを作っておいたらいいんじゃないかとリサは考えていた。
「何を置けばいいかな? おもちゃとか? でもヴェルノくんとかロレーナちゃんくらいの歳になると、おもちゃで遊ぶって感じでもないのかな……」
二人より年上のライラもいるので、それも考慮したい。
本やボードゲームみたいなものも用意しておこうと、リサはメモに書きつける。
「よし、あとはジークとシアさんと、ギルさんにも意見を聞いてまとめよう!」
改めてメモを見ると、料理のことが大半を占めている。だが、それはそれで自分らしいスティルベンルテアかもしれない、とリサは思うのだった。
その日の夕食後、リサはジークたちに時間を作ってもらって、スティルベンルテアのことを相談した。
「こんな感じでやろうと思ってるんですけど、どうですか?」
今日考えたことを説明して、三人の反応を窺う。
「リサが決めたことならそれでいいと思う。料理でどうにかしようとするのは相変わらずだな、とは感じたが……」
真っ先に頷いてくれたのはジークだった。リサが料理の説明をはじめた時には、わずかに苦笑していたけれど。
「いいと思うわ! 大人も子供も楽しめるスティルベンルテアって素敵ね!」
続いてアナスタシアもリサの考えに同意してくれる。その隣に座るギルフォードも首を縦に振っていた。
そこでアナスタシアが「実は……」と伏し目がちになって言う。
「先日、私の友達も招待したいって言ったこと、少し後悔してたの」
「え……?」
意外な言葉にリサは驚く。その反応を見てアナスタシアは苦笑した。
「今思えば、ずうずうしかったなぁって……。自分のスティルベンルテアができなかったからかしら。心の底にそれが引っかかっていたのかもしれないわね。どんなに素敵なお茶会を開いても、スティルベンルテアとは違うもの……」
「シア……」
アナスタシアの切ない心の内を聞いて、ギルフォードが慰めるように彼女の肩を抱いた。
「割り切ったつもりでいたのにね。私はとても恵まれているもの。実の子供がいなくてもこうしてギルと仲良く連れ添ってこられたわ。それにリサちゃんが娘になってくれて、ジークくんという息子も増えた。そして、孫まで……。幸せすぎて舞い上がっちゃったのね。ごめんなさい」
アナスタシアはそう言って、リサに向かって申し訳なさそうに微笑んでみせた。
「それを言うなら僕もだよ。シアが友人を呼ぶならと思って、つい流れに乗っちゃったんだ。深く考えず、リサちゃんにプレッシャーを与えてしまった……」
ギルフォードも視線を落とし、しゅんとしている。
すっかり湿っぽい空気になってしまい、リサはあわあわと両手を振った。
「二人ともそんな……! ずうずうしいとか、プレッシャーとか、そんなことないです! シアさんもギルさんも赤ちゃんを祝福したいと思ってのことだと思いますし、気にしないでください!」
「でも、リサちゃんを悩ませてしまっていたんじゃないかしら……」
アナスタシアがなおも言葉を重ねる。だがリサは横に首を振った。
「確かに人数が多くなりすぎてどうしようとは思いました。でも仕事を離れてから人に会う機会が減ったので、私も舞い上がってしまって……。楽しみにしすぎてやりたいことが全然まとまってなかったんですよね。でも今は方向性も決まったし、むしろたくさんの人に来てもらって、楽しい時間にしたいと思ってます!」
「リサちゃん、ありがとう……。私も協力は惜しまないから、なんでも言ってね!」
「僕も手伝うからね!」
アナスタシアとギルは、気を取り直したように強い口調で言った。
リサの膝の上に、ぽんと手が置かれた。隣に座るジークが優しい眼差しでリサを見つめている。
言葉はなくても背中を押してくれる。そんな彼の気持ちが伝わってきて、リサは心が温かくなった。
「バジルも頑張りますよ~!」
「ふふ、ありがとうバジルちゃん」
自分の精霊からも元気づけられ、リサは嬉しくなって笑う。
そして、改めてアナスタシアとギルフォードに向き直った。
「かなりの大人数になりそうなので、お二人が協力してくれたら本当に助かります。でもあまり格式張らず気軽で楽しい会にしたいと思っていますので、よろしくお願いします!」
「任せてちょうだい!」
「頑張ろう!」
二人から力強い言葉をもらい、リサはホッとする。
こうしてようやくスティルベンルテアに向けての準備が本格的にスタートした。
第六章 準備に取りかかりました!
「さて、やりますか~!」
リサは動きやすい服にエプロンをして、両方の袖をまくる。
別館の厨房で、朝からやる気に燃えていた。スティルベンルテアに向けて、まずは料理の試作をすることにしたのだ。
久々に料理ができるので、リサはワクワクした気持ちでさっそく準備をはじめる。
「リサ様、あまりご無理は……」
テンションの高いリサを見て、メリルが忠告してきた。彼女には別の仕事があるので、ずっとリサのそばについていられるわけではない。
「うん、それは大丈夫! 疲れたら休みながらやるね」
リサだってお腹が大きくなってきた今、前と同じようにできるとは思っていない。それでもスティルベンルテアの料理は心づくしのものにしたいと考えていた。
メリルの心配そうな視線を感じながら、リサは材料を用意していく。
今回のスティルベンルテアで作る料理は、小麦粉を使うものが多い。業務用の大きな袋に入った小麦粉はさすがに運べないので、メリルに用意してもらい、その間にリサは他の材料を揃えていった。
まずは寝かせる時間が必要なピザ生地から作ろうと思う。
ボウルに小麦粉を篩い、そこに塩と酵母を入れ、ぬるま湯を加える。さらにオリーブオイルによく似たリンツ油も入れたら、手で捏ねて馴染ませていく。
だんだん生地がまとまってくるので、まとまったら台の上に移す。そして、台に打ちつけるようにして捏ねていく。
時折生地を畳みながら捏ねていくと、どんどん滑らかになっていく。生地を左右に引っ張ってもブチブチ切れないほど粘りが出たら、丸く整えてボウルに戻し、濡れ布巾を被せて寝かせるのだ。
その間にソースや具材を準備する。
ピザは定番のトマトソースがよいだろう。リサはトマトによく似たマローという野菜の瓶詰めを取り出した。これは旬の時期に採れたマローを加工しておいたものだ。
だが瓶の蓋が開かなくて、急遽使用人のクライヴに開けてもらってから、ソース作りのスタートだ。
玉ねぎに似たニオルとニンニクのような香りのするリッケロをみじん切りにする。
フライパンに多めのリンツ油を引き、そこに刻んだリッケロを入れたら、弱火でじっくりと温めて油に香りを移していく。
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