フロイント

ねこうさぎしゃ

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妖精女王

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「わたくしは光の射す世界──妖精の国を築いて最初の女王になりました。わたくしと別れた闇が、影を率いて魔物の世界を創り、王となったことは知っていました。わたくし達は互いに交わることのない世界で悠久とも言える時間ときを過ごしました。やがて世界には新しい特別な生命が誕生しました。大いなる力を映して輝く者たち──魂を宿した人間です。わたくしは人間という存在を愛しました。わたくしは人々を導くために、妖精の国の女王の座を降り、人の世界にやって来ました。人々に光と共にあることを教え、庇護し、導きました。そうやってわたくしは人間の世界でもまた、気の遠くなるほどの年月を過ごしました。
 しかしやがて、影が人々のまわりを跋扈ばっこするようになりました。影は人が宿す魂の光に強く惹きつけられるのです。わたくしは人間を守ることに心血を注ぎました。しかし影は次第に大きな力を持って人々を脅かすようになりました。成す術もなく影に篭絡され、見る間に光を奪われていく人々の姿に、わたくしの心は悲しみでいっぱいになりました……。わたくしは影に対して憤りを抱き、そしてそれはそのまま、影を支配するかつてのわたくしの半身──魔王に対する思いともなっていったのです。わたくしはどこかでは闇とのつながりを感じ続けていました。けれどそのときに、完全に闇と決裂することを決めたのです。闇はもはや光にあだなし、人々にわざわいをもたらす悪しき存在でしかない──そう思いしたわたくしは、光の眷族の妖精や精霊たちを呼び集め、影に対抗することにしたのです。ですがそれは光と影との大きな争いへと発展してしまいました。戦いはわたくし達光の勝利で終わりましたが、多くの犠牲を伴いました……。たくさんの光の妖精や精霊たちを失ったばかりではなく、戦いの被害は可愛い人間たちにも及んでしまったのです……。
 けれど敗北した影が完全に諦めたわけでないことはわかっていました。実際、彼らはまたすぐに行動を開始し始めました。今度はより強い輝きの魂を持った人間たちを集中的に狙うようになったのです。わたくしは生き残った光の眷族たちと共に、そうした人々を守り匿うためにより強固な光の守護を施した国を築くことに決め、実行しました。それがラングリンドです。この国の民の魂を守り、けっして光を絶やさぬこと──ただそれだけを念頭に、この千年の間ラングリンドとこの国に住まう人々を守って来ました。闇をこの世界から一掃してしまうことこそが光の為すべきこと──それこそが正しい行い、わたくしの存在理由だとさえ思っていました……。わたくしはかつてわたくしが闇と一つであったという事実すらも、なかったことにしてしまおうと思っていたのです……。
 しかしあなた方を見守ることを通し、わたくしは自分が愚かしい過ちを犯していたのだと気づかされました。永い永い時間の流れの中に身を置くうちに、わたくしはいつしか大変な思い違いをし、重要な真実を忘れ去ってしまっていたのです……。わたくしと闇は、やり方こそ違ってはいますが、その目的は常にひとつ──すべての生あるもの達に、この世界を取り巻く大いなる力の存在を教え、より良い世界へと導くという目的です。そのために、その使命を達成するために、わたくし達はあのような苦痛を経験してまで分離することを求められたというのに……」
 目を伏せた女王の光に彩られた睫毛が微かに震えていた。
「魂なき影を束ねることは容易な仕事ではないでしょう。まして影たちは日々独自の進化を遂げ、表面上は絶対的な服従を誓っておきながら、水面下では自らの軍隊を作り上げ、魔王の玉座に自らを据えようと画策し、虎視眈々と反逆の機会を狙う者たちを生み続けています。厳罰をもち、圧倒的な力をふるって臨まねば、そうした影たちを率いていくことは難しいでしょう。しかしそれが魔王への誤解を甚大にし、内紛を起こさせる原因にもなっている……。一時も心の休まることのない過酷な仕事……それを担った彼への理解を、ほんとうならばわたくしこそが示し続けなければいけなかったのです……。それなのにわたくしは──……」
 女王はとうとう瞼を閉じて、悲しげな深い息を吐き出した。

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