フロイント

ねこうさぎしゃ

文字の大きさ
上 下
82 / 114
妖精女王

しおりを挟む
「あの火焔が魔王にしか召喚できないというのはある意味では真実ですが、一方では訂正すべき点を含んでいます。あの火焔は、強い光によって呼び出されるもの──。フロイント、あなたがあの火焔を呼び出すまでは、魔界においてそれができる者は魔王の他にはいませんでした」
 女王はフロイントに目を向け、穏やかに頷いて見せた。ますます混乱し始めた二人の様子を見て、女王はどこか悲しさを漂わせる微笑みを唇に滲ませた。
「魔王の内には光が……魂があるのです。そうですフロイント、あなたと同じように──……」
 思いも寄らない女王の言葉に、フロイントとアデライデは衝撃を受けて言葉を失った。女王は寂しい笑みを見せて言葉を続けた。
「あの火焔は邪悪の烈火ではなく、聖なる光の業火……。とがありし者を戒め、その罪を膺懲ようちょうする炎なのです。ゆえにあの炎の前には、邪悪なる魔物は痕跡すら残さずに消滅するしかないのです。そしてその炎によって鍛えられた鋼もまた、魔物に対しては絶対的な威力を発揮しますが、同質たる光──魂ある者に対しては無害であり続けるのです」
 フロイントとアデライデはあまりの驚きのために、女王の言ったことをすぐには理解できず、虚をつかれたようにぼんやりと女王を見上げていた。女王はふ……と密やかな息を吐くと、
「魔王の火と、わたくしの光とは同じもの……。魔王に宿る魂は、すなわちわたくしの光なのです──」
 フロイントとアデライデは一瞬真っ白になった頭に、なんとか女王の言ったことを染み込ませようと、無意識のうちに女王の言葉を繰り返した。
「……魔王の火は──」
「女王様の光……?」
 女王は愁然しゅうぜんとした微笑で静かに肯いた。
「わたくしと魔王は、かつて分かちがたく一つに溶け合う存在だったのです──」
 光の妖精女王は茫然と自分を見つめているフロイントとアデライデを透かして遠い世界を見るかのように、視線を彷徨わせて語り出した。
「遥か昔、世界がまだ混沌であったとき、わたくしと魔王──光と闇は、一つの生命としてこの世界に誕生しました。わたくし達は一つの魂を共有しながら混濁の中で同じ時を過ごしていました。どれほどともわからぬ時間が流れ、やがてわたくし達は自我に目覚めていきました。それは違う波動を放つものでした。光と闇が誕生した瞬間です。
 けれどわたくし達はまだ一つでした。光と闇は常に一体だったのです。しかしそのうちに、わたくし達は自らの意思を超えたひとつの大きな力によって別々の形を形成し始めました。一つの魂が二つに分かたれる耐え難い苦痛に苛まれながら、一体の生命だったわたくし達はやがて一対の存在へとなりました。そうなって尚、わたくし達は共にあり続けようとしていました。ひとところに留まり続けたのです……離れないように、互いを見失わないように、懸命に手をつないで──。
 しかしわたくし達をこの世界に誕生させた強い力は、わたくし達にそれぞれの道を行くことを求めました。そしてその大いなる力は、一対であり続けようとするわたくし達に圧力を加え、ついにはわたくし達を完全に分離させました。それは確かに進化の変化ではありました。
 けれど別離の痛みはわたくし達に、もうけっして元には戻れないということを弥が上にも覚らせ、そのあまりの喪失感から暫くはただうずくまって耐えることに集中しなければ、この世から消えてしまいそうなほどでした。それでも時が来ると、わたくし達は求められるに従って互いに課せられた別々の道を歩み始めました。わたくし達にはそうするより他にありませんでした……」

しおりを挟む

処理中です...