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【番外編】
変わる願い事
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【※本編17話と18話の間でビオラとパルドーが婚約に至るまでの話です】
柔らかい木漏れ日が差し込むセラスチウム家の屋敷の客間で、パルドーとビオラが、やや重苦しい雰囲気をしながら、テーブルを挟んで座っていた。
「それではビオラ様に例の金のナイフを販売した女性宝石商は、この女性で間違いございませんね?」
「はい……」
ビオラの返事をすると、パルドーが手にしていた20センチ程の正方形の額に入った女性の肖像画を丁寧にしまいながら、落胆するように深く息を吐いた。
「あの、パルドー様、その肖像画の女性は一体……」
ビオラのその質問に神妙な表情を浮かべたパルドーが、力なく答える。
「こちらは……50年前に亡くなられたカロライナ・ディルフィーユ伯爵令嬢の肖像画でございます。元婚約者だった伯爵家に保管されていた物をお借りして来たのですが、まさか同一人物とは……」
そのパルドーの返答で、今度はビオラの顔色までも青くなる。
「そ、それでは! わたくしにあのナイフを売り込みに来た女性宝石商は!?」
「このような信じられない考えをしたくはありませんが……50年前に亡くなられたカロライナ嬢の可能性も……」
そのパルドーの意見にビオラの顔色が、ますます悪くなった。
「ではわたくしは、亡霊からあの金のナイフを購入したという事に……」
「それはまだ分かりません……。もしかしたら彼女に変装した人間の可能性もあります」
「ですがその場合、何故わたくしにあの金のナイフを?」
「現実的な考察をすると……ビオラ様を通し王族であるアスター様に危害を加えようとした反王政派の仕業か、没落したディルフィーユ家の人間が世間を恨んで復讐しようとしたという二つの可能性ですかね」
「では現実的でない考察では、カロライナ・ディルフィーユという女性の亡霊の仕業という事になるのでしょうか?」
そこでパルドーが、眉間にシワを寄せ考え込む。
「不本意ですが……一番筋の通る考察は、その非現実的な亡霊説ですね。現状、反王政派は先々代の国王陛下の時代にほぼ壊滅に追い込まれておりますし、ディルフィーユ家の人間に関しては、没落後は東の大陸に移住しているので、この地にはもういないかと。そもそもアスター様がご体験されたような不可解な現象が起こってしまっている以上、彼女の亡霊説は濃厚かと……」
パルドーの『不可解な現象』という言葉にビオラの表情が暗くなる。
それに気が付いたパルドーが、慌てて謝罪する。
「も、申し訳ございません。そういうつもりで口にしたのでは……」
「こちらこそお気遣いをさせてしまい、申し訳ありません……。ですが、わたくしもカロライナ嬢の亡霊という説の方が、濃厚かと思います。そもそも彼女は、女性商人としてはかなり若過ぎると感じたので……。今思うとその段階で違和感があったように思えます」
必死でカロライナの捜索に協力しようとするビオラの健気な様子から、思わずパルドーが同情心を抱いてしまう。
「ビオラ様……その、アスター様やリアトリス様に起こってしまった事は、ビオラ様の責任では……」
するとビオラがゆっくりと首を左右に振った。
「わたくしの責任です。身元がハッキリしない者から、あのような危険な品を購入し、それをよりにもよって第三王子であるアスター様に贈ってしまったのですから……。その所為で、リアトリス様が何度もお命を……」
すると急にビオラが声を詰まらせ、ポロポロと泣き出してしまう。
パルドーがこの件の調査で、ビオラの元へ訪れるようになってから二週間程になるが、未だにビオラは、アスター達に起こってしまった不可解な現象を自分の所為だと責め続けている……。
今回の件で、社交界での評価を落してしまったリアトリスの力に少しでもなりたいと、ビオラは週に二度ほど登城してリアトリスの話し相手になってくれている。
しかし……それ以外の日は、ずっと自室に引きこもってしまっているのが、今のビオラの現状だ。
リアトリスもその事を酷く気にしており、何度もビオラの所為ではないと言い聞かせているのだが……。心優しい性格であるビオラにとっては、いくら無自覚だったとは言え、自分の行動で誰かが苦しむような目に遭っていた事を知ってしまったら、心を痛めるのは当然だろう……。
そもそもあの金のナイフは、アスターへの言い出せない気持ちを誰にも知られず、こっそり届けたいという密かな思いから贈った物らしい……。
その控え目過ぎる告白方法に最適だと選んだ品が、まさか自分の意中の相手と、その婚約者を酷く苦しめる結果を招くなど、夢にも思わなかっただろう。
そういう意味では、ビオラもアスターやリアトリスと同じようにあの金のナイフの被害者となる。
必死で涙を堪えようとしては、すぐに溢れ出てしまうビオラの涙。
正直、この役目は、自分よりもリアトリスの方が適任だとパルドーは感じた。
しかしリアトリスの方は、少しでもビオラの罪悪感を拭い去りたいと、あえて金のナイフの話題は出さないようにしている。
リアトリスの話では、ビオラは三年前の社交界デビューの際、同性の友人を得る事に大きく期待を膨らませていたらしい。
しかしあの可憐な容姿では、どうしても異性の方の目を引いてしまう。
リアトリスの繰り返した時間の中で、ビオラは毎回と言っていいほど、社交界デビューしたその日に殆どの令嬢達から、嫉妬心を抱かれていたそうだ……。
その為、ビオラの社交界デビューは、始まりもしない内に終りを告げていた。
その光景を何度も見てきたリアトリスは、どうしてもビオラに同情的になってしまうのだろう。
リアトリスの名誉回復に協力したいと申し出たビオラは、逆に罪悪感に押し潰されそうになっている状態をリアトリスに癒して貰っているような状況なのだ。
それだけ今回の件でビオラが負ってしまった心の傷は、アスター達と同じように深い……。
だからなのだろうか……。
パルドーは、普段では絶対にしない行動に出てしまった。
「ビオラ様、少しご一緒に外に出られませんか?」
いきなりのパルドーの誘いにビオラは瞳に涙を溜めたまま、目を見開いた。
そのビオラの反応で、パルドーは自分が無意識に口に出してしまった言葉の意味を理解し、急に焦り出す。
「その、リアトリス様にお会いになられる時以外は、ずっとお部屋に籠っていらっしゃると伺ったもので……。外の空気を吸われれば、気持ちが落ち着かれ、今回の件で何か新たに思い出せる事もあるのではと思ったのですが……」
かなり苦しい言い訳だと自分でも思いながら、慌ててパルドーが付け加える。
するとビオラが、少し考え込むような仕草をした。
「そうですね……。少し外の空気でも吸って頭をスッキリさせれば、何か新たな情報を思い出すかもしれませんね」
そう言ってビオラが、少しは眉を下げながら寂しげに微笑んだ。
そのビオラの意外な反応にパルドーが、一瞬だけ目を見張る。
初めて夜会で見かけた際は、花がほころぶような笑みを浮かべていたビオラ。
だが、ホリホックに見初められてからは、困ったような笑みや、今のような寂しげな笑みばかりになっていたように思える。
そんなビオラが、唯一幸せそうな笑みを浮かべていたのは、アスターが近くにいた時だ。しかし今のビオラは、それすらも出来なくなってしまった……。
アスターの名前が出るだけで、罪悪感に苛まれた表情を浮かべる。
恐らくビオラの恋心は、今回の金のナイフが起こした現象の所為で、一気に罪悪感に変わってしまったのだろう。
今回の件で一番辛い思いをしたのは、たった一人で戦っていたリアトリスだ。
しかし心に負った傷の大きさは、アスターとビオラが同じくらい深手を負ってしまったと、パルドーは感じてしまう。
何度も大切な婚約者が命を落とす状況を目の前で目撃し続けたアスター。
本人にも告げられない恋心をそっと終わらせようとしただけの行為が、想い人とその婚約者を酷く苦しめる原因となってしまったビオラ。
特にビオラは、この三人の中で一番打たれ弱そうなのに一番失ったものが多い。
そんなビオラは、これから一人で立ち直る事が出来るのだろうか……。
そう考えてしまったパルドーは、更にビオラを保護対象としてみるようになる。
そしてこのパルドーの一言が切っ掛けで、ビオラへの金のナイフの件での聞き取り調査の際は、屋外で行う事が多くなっていった。
初めはずっと部屋に閉じこもりがちだった所為か、ボーっと景色を眺め、庭を散歩するように行っていた聞き取り調査だったのだが……。
ビオラは週に二回のリアトリスとの交流の甲斐もあって、徐々に本来持っていた朗らかで、優しい笑みを取り戻していった。
そして調査開始時は、遠慮がちだったビオラだが……徐々にパルドーに対しても慣れていく。
すると、その二カ月後には、リアトリスと接している時のようなリラックスする表情をパルドーにも見せてくれるようになった。
それを切っ掛けにリアトリスの提案で、ビオラに乗馬を教えて欲しいという依頼がパルドーの元へ来る。
確かに乗馬は貴族の嗜みであり、リアトリスは幼少期の頃から習っていた。
もちろん、パルドーも伯爵家の三男だった為、幼少期からみっちりと指導を受け、早々に乗馬技術を身に付けていた人間だ。
しかしビオラの場合、幼少期は病弱だった為、野外での貴族の嗜みは、あまり習得していない。
何よりもビオラの臆病な性格では、乗馬は少々向いていないのではと考えたパルドーは、その指導を引き受けていいのか一瞬、迷ってしまった……。
しかし、ビオラからの強い要望があり、その依頼を引き受ける事にする。
だが案の定、ビオラはこの世の終わりのような表情で騎乗する事が多かった。
あまりにもその様子に同情したパルドーが、少しでも馬に乗る事に慣れて貰おうと相乗りを申し出ると、安定感があるからなのか、その状況では実にリラックスした状態でビオラは騎乗する事が出来た。
しかし一人で騎乗となると、恐怖心からか真っ青な顔色になってしまう。
その事を不憫に思ったパルドーが、無理せず習得しなくてもいいのではと説得にかかり、そのビオラの乗馬教室は、僅か二週間で終了する事となった。
そのような交流もあった為、男性が苦手であるビオラでも、パルドーは数少ない安心して話せる男性となっていた。
そんな自分に対するビオラの変化は、怪我をして怯えていた全く懐いてくれない野生の小動物が、やっと心を開いてくれたような……そんな心温まる感覚をパルドーに与えた。
もちろんその間、例の宝石商の調査もしっかりと行っていた。
ビオラはパルドーとのやり取りの中で、その宝石商が商談中に見せた商人ギルドの証明書の詳細内容や、城内の出入り許可証でもあるブローチの特徴などを思い出してくれたのだ。
しかしそれらは、全て50年前の物だった事が判明する。
証明書に関しては、押されていた証明印が現在使われている一つ前の物であり、ブローチの方も現在はパールがはめ込まれているのだが、その宝石商が身に付けていたのは、50年前のクリスタルがはめ込まれた物だったのだ。
ただこのブローチに関しては、現在でも旧デザインを使う事が許されている。
そしてギルド証明書の証明印に関しては、その違いは実際に現在使われている証明印のデザインと見比べないと、なかなか気付けないレベルだ。
それらをサラリと見せられてしまえば、それに違和感を抱く事は少々難しい。
そうやって徐々にビオラから得た情報を元にし、第一王子のディアンツは、カロライナ・ディルフィーユを名乗った女性宝石商の行方を徹底的に調査した。
しかしその特徴に該当する宝石商は存在せず、更にビオラの事をその宝石商に教えたという商人も見つけ出す事は出来なかった……。
そして調査開始から三ヶ月後、ついに第一王子のディアンツが捜査の打ち切りを決意する。
恐らく現実主義なディアンツでさえ、これだけ捜索しても一切手がかりのないあの女性宝石商は、実在しない人物と考えるしかなかったのだろう。
その決め手となった要素は、ビオラから確認したその宝石商の身なりだ。
ビオラから聞いた彼女の服装は、50年前に流行した物ばかりだったからだ。
ここまで50年前に拘った物で身を固めていたその宝石商は、恐らく人目を引くはずなのだが、その目撃証言が一切出ないと言う部分で、ディアンツは彼女の捜索を諦めざるを得なかった。
恐らく彼女は、どんなに追跡しても絶対に見つけられない存在なのだろう。
そんな形で迎えた調査打ち切りが決まった翌日、パルドーはその事をビオラに報告する為、セラスチウム家の屋敷に向った。
すっかりパルドーと打ち解けてしまったビオラが、笑顔で出迎えてくれたのだが……その調査打ち切りの報告をすると、何故か落胆気味の反応を見せる。
「では、もうあの女性宝石商の捜索は、なさらないのですね……」
「ええ。ディアンツ殿下も打ち切らざるを得ない理由については、アスター様方に起こったあの不可解現象と同じような状況なので、かなり不本意かと思われますが……。このまま調査を続けても意味はないと、ご判断されたようです」
パルドーの落ち着いた声でのその説明を聞きながら、ビオラが俯いた。
「わたくしは……あまりお役に立てなかったようですね……」
「そのような事はございません! ビオラ様より頂いた情報があったからこそ、この件について調査する事への無意味さが証明出来たのです。恐らくあのカロライナ・ディルフィーユを名乗った宝石商は、もう人ではない存在なのでしょう……。それが確認出来た事は、ビオラ様のご協力のお陰でございます。この度はご協力頂き、本当にありがとうございました」
すると、何故かビオラは寂しそうな笑みを返して来た。
「調査が打ち切られてしまえば……今後パルドー様とお会いする機会は、かなり減ってしまいますね?」
そのビオラの言葉に一瞬、パルドーが目を見張る。
だが、パルドーの方も名残惜しそうな表情をすぐに浮かべた。
「確かにお会い出来る機会は、かなり減ってしまいますね……。ですが、そのまま関係が終わってしまう訳ではございません。もしよろしければ、以前挑戦された乗馬の手ほどき等でお手伝いさせて頂きますよ?」
そのパルドーの申し出に苦笑しながら、ビオラが首を横に振った。
「申し訳ございません。どうもわたくしには、乗馬は向いていない様で……。そのお誘いは辞退させて頂きます。ですが、遠乗りで景色を楽しむ事は、とても好きです。ですので、もしよろしければ……」
そこでビオラは、一度言葉を切る。
「時々、パルドー様と相乗りで、遠乗りを体験をさせて頂けませんか?」
そう言ってふんわり微笑んで来たビオラは、もうパルドーの中での保護対象な存在ではなかった。
そこにいたのは、一人の美しい女性だ。
その事を認識した瞬間、三年前に一瞬だけ抱いた感情がパルドーの中で蘇る。
その時は、王族でもあるホリホックの存在があった為、パルドーがすぐさま封印してしまった感情だ。
だが、もうここにはビオラに熱を上げているホリホックはいない……。
ならばパルドーが口にする答えは、今抱いている正直な気持ちだけだ。
「ええ、是非。喜んでお受けいたします」
それから二週間後、主であるアスターは忠実な側近から驚きの報告を受ける。
その報告はパルドー達の幸福だけでなく、主人であるアスター達をも救ってしまう素晴らしい報告となった。
柔らかい木漏れ日が差し込むセラスチウム家の屋敷の客間で、パルドーとビオラが、やや重苦しい雰囲気をしながら、テーブルを挟んで座っていた。
「それではビオラ様に例の金のナイフを販売した女性宝石商は、この女性で間違いございませんね?」
「はい……」
ビオラの返事をすると、パルドーが手にしていた20センチ程の正方形の額に入った女性の肖像画を丁寧にしまいながら、落胆するように深く息を吐いた。
「あの、パルドー様、その肖像画の女性は一体……」
ビオラのその質問に神妙な表情を浮かべたパルドーが、力なく答える。
「こちらは……50年前に亡くなられたカロライナ・ディルフィーユ伯爵令嬢の肖像画でございます。元婚約者だった伯爵家に保管されていた物をお借りして来たのですが、まさか同一人物とは……」
そのパルドーの返答で、今度はビオラの顔色までも青くなる。
「そ、それでは! わたくしにあのナイフを売り込みに来た女性宝石商は!?」
「このような信じられない考えをしたくはありませんが……50年前に亡くなられたカロライナ嬢の可能性も……」
そのパルドーの意見にビオラの顔色が、ますます悪くなった。
「ではわたくしは、亡霊からあの金のナイフを購入したという事に……」
「それはまだ分かりません……。もしかしたら彼女に変装した人間の可能性もあります」
「ですがその場合、何故わたくしにあの金のナイフを?」
「現実的な考察をすると……ビオラ様を通し王族であるアスター様に危害を加えようとした反王政派の仕業か、没落したディルフィーユ家の人間が世間を恨んで復讐しようとしたという二つの可能性ですかね」
「では現実的でない考察では、カロライナ・ディルフィーユという女性の亡霊の仕業という事になるのでしょうか?」
そこでパルドーが、眉間にシワを寄せ考え込む。
「不本意ですが……一番筋の通る考察は、その非現実的な亡霊説ですね。現状、反王政派は先々代の国王陛下の時代にほぼ壊滅に追い込まれておりますし、ディルフィーユ家の人間に関しては、没落後は東の大陸に移住しているので、この地にはもういないかと。そもそもアスター様がご体験されたような不可解な現象が起こってしまっている以上、彼女の亡霊説は濃厚かと……」
パルドーの『不可解な現象』という言葉にビオラの表情が暗くなる。
それに気が付いたパルドーが、慌てて謝罪する。
「も、申し訳ございません。そういうつもりで口にしたのでは……」
「こちらこそお気遣いをさせてしまい、申し訳ありません……。ですが、わたくしもカロライナ嬢の亡霊という説の方が、濃厚かと思います。そもそも彼女は、女性商人としてはかなり若過ぎると感じたので……。今思うとその段階で違和感があったように思えます」
必死でカロライナの捜索に協力しようとするビオラの健気な様子から、思わずパルドーが同情心を抱いてしまう。
「ビオラ様……その、アスター様やリアトリス様に起こってしまった事は、ビオラ様の責任では……」
するとビオラがゆっくりと首を左右に振った。
「わたくしの責任です。身元がハッキリしない者から、あのような危険な品を購入し、それをよりにもよって第三王子であるアスター様に贈ってしまったのですから……。その所為で、リアトリス様が何度もお命を……」
すると急にビオラが声を詰まらせ、ポロポロと泣き出してしまう。
パルドーがこの件の調査で、ビオラの元へ訪れるようになってから二週間程になるが、未だにビオラは、アスター達に起こってしまった不可解な現象を自分の所為だと責め続けている……。
今回の件で、社交界での評価を落してしまったリアトリスの力に少しでもなりたいと、ビオラは週に二度ほど登城してリアトリスの話し相手になってくれている。
しかし……それ以外の日は、ずっと自室に引きこもってしまっているのが、今のビオラの現状だ。
リアトリスもその事を酷く気にしており、何度もビオラの所為ではないと言い聞かせているのだが……。心優しい性格であるビオラにとっては、いくら無自覚だったとは言え、自分の行動で誰かが苦しむような目に遭っていた事を知ってしまったら、心を痛めるのは当然だろう……。
そもそもあの金のナイフは、アスターへの言い出せない気持ちを誰にも知られず、こっそり届けたいという密かな思いから贈った物らしい……。
その控え目過ぎる告白方法に最適だと選んだ品が、まさか自分の意中の相手と、その婚約者を酷く苦しめる結果を招くなど、夢にも思わなかっただろう。
そういう意味では、ビオラもアスターやリアトリスと同じようにあの金のナイフの被害者となる。
必死で涙を堪えようとしては、すぐに溢れ出てしまうビオラの涙。
正直、この役目は、自分よりもリアトリスの方が適任だとパルドーは感じた。
しかしリアトリスの方は、少しでもビオラの罪悪感を拭い去りたいと、あえて金のナイフの話題は出さないようにしている。
リアトリスの話では、ビオラは三年前の社交界デビューの際、同性の友人を得る事に大きく期待を膨らませていたらしい。
しかしあの可憐な容姿では、どうしても異性の方の目を引いてしまう。
リアトリスの繰り返した時間の中で、ビオラは毎回と言っていいほど、社交界デビューしたその日に殆どの令嬢達から、嫉妬心を抱かれていたそうだ……。
その為、ビオラの社交界デビューは、始まりもしない内に終りを告げていた。
その光景を何度も見てきたリアトリスは、どうしてもビオラに同情的になってしまうのだろう。
リアトリスの名誉回復に協力したいと申し出たビオラは、逆に罪悪感に押し潰されそうになっている状態をリアトリスに癒して貰っているような状況なのだ。
それだけ今回の件でビオラが負ってしまった心の傷は、アスター達と同じように深い……。
だからなのだろうか……。
パルドーは、普段では絶対にしない行動に出てしまった。
「ビオラ様、少しご一緒に外に出られませんか?」
いきなりのパルドーの誘いにビオラは瞳に涙を溜めたまま、目を見開いた。
そのビオラの反応で、パルドーは自分が無意識に口に出してしまった言葉の意味を理解し、急に焦り出す。
「その、リアトリス様にお会いになられる時以外は、ずっとお部屋に籠っていらっしゃると伺ったもので……。外の空気を吸われれば、気持ちが落ち着かれ、今回の件で何か新たに思い出せる事もあるのではと思ったのですが……」
かなり苦しい言い訳だと自分でも思いながら、慌ててパルドーが付け加える。
するとビオラが、少し考え込むような仕草をした。
「そうですね……。少し外の空気でも吸って頭をスッキリさせれば、何か新たな情報を思い出すかもしれませんね」
そう言ってビオラが、少しは眉を下げながら寂しげに微笑んだ。
そのビオラの意外な反応にパルドーが、一瞬だけ目を見張る。
初めて夜会で見かけた際は、花がほころぶような笑みを浮かべていたビオラ。
だが、ホリホックに見初められてからは、困ったような笑みや、今のような寂しげな笑みばかりになっていたように思える。
そんなビオラが、唯一幸せそうな笑みを浮かべていたのは、アスターが近くにいた時だ。しかし今のビオラは、それすらも出来なくなってしまった……。
アスターの名前が出るだけで、罪悪感に苛まれた表情を浮かべる。
恐らくビオラの恋心は、今回の金のナイフが起こした現象の所為で、一気に罪悪感に変わってしまったのだろう。
今回の件で一番辛い思いをしたのは、たった一人で戦っていたリアトリスだ。
しかし心に負った傷の大きさは、アスターとビオラが同じくらい深手を負ってしまったと、パルドーは感じてしまう。
何度も大切な婚約者が命を落とす状況を目の前で目撃し続けたアスター。
本人にも告げられない恋心をそっと終わらせようとしただけの行為が、想い人とその婚約者を酷く苦しめる原因となってしまったビオラ。
特にビオラは、この三人の中で一番打たれ弱そうなのに一番失ったものが多い。
そんなビオラは、これから一人で立ち直る事が出来るのだろうか……。
そう考えてしまったパルドーは、更にビオラを保護対象としてみるようになる。
そしてこのパルドーの一言が切っ掛けで、ビオラへの金のナイフの件での聞き取り調査の際は、屋外で行う事が多くなっていった。
初めはずっと部屋に閉じこもりがちだった所為か、ボーっと景色を眺め、庭を散歩するように行っていた聞き取り調査だったのだが……。
ビオラは週に二回のリアトリスとの交流の甲斐もあって、徐々に本来持っていた朗らかで、優しい笑みを取り戻していった。
そして調査開始時は、遠慮がちだったビオラだが……徐々にパルドーに対しても慣れていく。
すると、その二カ月後には、リアトリスと接している時のようなリラックスする表情をパルドーにも見せてくれるようになった。
それを切っ掛けにリアトリスの提案で、ビオラに乗馬を教えて欲しいという依頼がパルドーの元へ来る。
確かに乗馬は貴族の嗜みであり、リアトリスは幼少期の頃から習っていた。
もちろん、パルドーも伯爵家の三男だった為、幼少期からみっちりと指導を受け、早々に乗馬技術を身に付けていた人間だ。
しかしビオラの場合、幼少期は病弱だった為、野外での貴族の嗜みは、あまり習得していない。
何よりもビオラの臆病な性格では、乗馬は少々向いていないのではと考えたパルドーは、その指導を引き受けていいのか一瞬、迷ってしまった……。
しかし、ビオラからの強い要望があり、その依頼を引き受ける事にする。
だが案の定、ビオラはこの世の終わりのような表情で騎乗する事が多かった。
あまりにもその様子に同情したパルドーが、少しでも馬に乗る事に慣れて貰おうと相乗りを申し出ると、安定感があるからなのか、その状況では実にリラックスした状態でビオラは騎乗する事が出来た。
しかし一人で騎乗となると、恐怖心からか真っ青な顔色になってしまう。
その事を不憫に思ったパルドーが、無理せず習得しなくてもいいのではと説得にかかり、そのビオラの乗馬教室は、僅か二週間で終了する事となった。
そのような交流もあった為、男性が苦手であるビオラでも、パルドーは数少ない安心して話せる男性となっていた。
そんな自分に対するビオラの変化は、怪我をして怯えていた全く懐いてくれない野生の小動物が、やっと心を開いてくれたような……そんな心温まる感覚をパルドーに与えた。
もちろんその間、例の宝石商の調査もしっかりと行っていた。
ビオラはパルドーとのやり取りの中で、その宝石商が商談中に見せた商人ギルドの証明書の詳細内容や、城内の出入り許可証でもあるブローチの特徴などを思い出してくれたのだ。
しかしそれらは、全て50年前の物だった事が判明する。
証明書に関しては、押されていた証明印が現在使われている一つ前の物であり、ブローチの方も現在はパールがはめ込まれているのだが、その宝石商が身に付けていたのは、50年前のクリスタルがはめ込まれた物だったのだ。
ただこのブローチに関しては、現在でも旧デザインを使う事が許されている。
そしてギルド証明書の証明印に関しては、その違いは実際に現在使われている証明印のデザインと見比べないと、なかなか気付けないレベルだ。
それらをサラリと見せられてしまえば、それに違和感を抱く事は少々難しい。
そうやって徐々にビオラから得た情報を元にし、第一王子のディアンツは、カロライナ・ディルフィーユを名乗った女性宝石商の行方を徹底的に調査した。
しかしその特徴に該当する宝石商は存在せず、更にビオラの事をその宝石商に教えたという商人も見つけ出す事は出来なかった……。
そして調査開始から三ヶ月後、ついに第一王子のディアンツが捜査の打ち切りを決意する。
恐らく現実主義なディアンツでさえ、これだけ捜索しても一切手がかりのないあの女性宝石商は、実在しない人物と考えるしかなかったのだろう。
その決め手となった要素は、ビオラから確認したその宝石商の身なりだ。
ビオラから聞いた彼女の服装は、50年前に流行した物ばかりだったからだ。
ここまで50年前に拘った物で身を固めていたその宝石商は、恐らく人目を引くはずなのだが、その目撃証言が一切出ないと言う部分で、ディアンツは彼女の捜索を諦めざるを得なかった。
恐らく彼女は、どんなに追跡しても絶対に見つけられない存在なのだろう。
そんな形で迎えた調査打ち切りが決まった翌日、パルドーはその事をビオラに報告する為、セラスチウム家の屋敷に向った。
すっかりパルドーと打ち解けてしまったビオラが、笑顔で出迎えてくれたのだが……その調査打ち切りの報告をすると、何故か落胆気味の反応を見せる。
「では、もうあの女性宝石商の捜索は、なさらないのですね……」
「ええ。ディアンツ殿下も打ち切らざるを得ない理由については、アスター様方に起こったあの不可解現象と同じような状況なので、かなり不本意かと思われますが……。このまま調査を続けても意味はないと、ご判断されたようです」
パルドーの落ち着いた声でのその説明を聞きながら、ビオラが俯いた。
「わたくしは……あまりお役に立てなかったようですね……」
「そのような事はございません! ビオラ様より頂いた情報があったからこそ、この件について調査する事への無意味さが証明出来たのです。恐らくあのカロライナ・ディルフィーユを名乗った宝石商は、もう人ではない存在なのでしょう……。それが確認出来た事は、ビオラ様のご協力のお陰でございます。この度はご協力頂き、本当にありがとうございました」
すると、何故かビオラは寂しそうな笑みを返して来た。
「調査が打ち切られてしまえば……今後パルドー様とお会いする機会は、かなり減ってしまいますね?」
そのビオラの言葉に一瞬、パルドーが目を見張る。
だが、パルドーの方も名残惜しそうな表情をすぐに浮かべた。
「確かにお会い出来る機会は、かなり減ってしまいますね……。ですが、そのまま関係が終わってしまう訳ではございません。もしよろしければ、以前挑戦された乗馬の手ほどき等でお手伝いさせて頂きますよ?」
そのパルドーの申し出に苦笑しながら、ビオラが首を横に振った。
「申し訳ございません。どうもわたくしには、乗馬は向いていない様で……。そのお誘いは辞退させて頂きます。ですが、遠乗りで景色を楽しむ事は、とても好きです。ですので、もしよろしければ……」
そこでビオラは、一度言葉を切る。
「時々、パルドー様と相乗りで、遠乗りを体験をさせて頂けませんか?」
そう言ってふんわり微笑んで来たビオラは、もうパルドーの中での保護対象な存在ではなかった。
そこにいたのは、一人の美しい女性だ。
その事を認識した瞬間、三年前に一瞬だけ抱いた感情がパルドーの中で蘇る。
その時は、王族でもあるホリホックの存在があった為、パルドーがすぐさま封印してしまった感情だ。
だが、もうここにはビオラに熱を上げているホリホックはいない……。
ならばパルドーが口にする答えは、今抱いている正直な気持ちだけだ。
「ええ、是非。喜んでお受けいたします」
それから二週間後、主であるアスターは忠実な側近から驚きの報告を受ける。
その報告はパルドー達の幸福だけでなく、主人であるアスター達をも救ってしまう素晴らしい報告となった。
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