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【番外編】
心配性
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【※本編17話から一週間後くらいのアスターとパルドーのやりとりの話です】
「それじゃパルドー、後の処理は任せたよ?」
「かしこまりました」
14時半頃、早々に今日の分の公務を終わらせたアスターは、そそくさと執務室を出て行った。
パルドーは、その処理済みの書類を最終確認し、各部署宛へと仕分けする。
第一王子ディアンツによって、例の金のナイフは素材レベルまで分解され、それらが城の宝物庫にて厳重管理されてからは、アスターはその日の公務を早急に終わらせるようになった。
それは一刻も早く婚約者の元へ向かいたいという思いからだ。
金のナイフの存在が無くなれば、もうリアトリスが刺殺される事は無い。
だが、その呪いのような効果が、まだ完全に解除されたかは分からない……。
その為、リアトリスはアスターとの挙式の日まで城に滞在し、厳重警備対象となっている状態なのだ。
しかしリアトリスが婚約者という立場で城に滞在する事に関しては、彼女の父であるプルメリア侯爵とアスターの間で、かなりの押し問答があった……。
だが、今回に関してはアスターが一歩も譲らず、婚約者を自分の傍に置く事を見事に勝ち取った。
その代わり挙式までは、絶対にリアトリスに手を出さないという血判付きの誓約書をしっかり書かされたらしい……。どうもアスターは、未来の義父から娘を奪う存在として、目の敵にされているようだ。
そんなやりとりもあり、現在は挙式待ちをしているアスター達だが、その合間に長兄ディアンツから、今回の騒動の元凶でもある金のナイフの出所についても調べるように指示されていた。
その調査役にパルドーが抜擢され、今回の騒動の詳細をアスターから聞かされたのだが……。
正直パルドーは、その金のナイフが起こした不可解な時間繰り返しの現象を初めて聞かされた時、全く信じる事が出来なかった……。
しかし、少し前に暴走したホリホックの件や、この三年間のリアトリスの不可解な行動を改めて考えると、徐々に納得するようになる。
特に三年前に豹変する前のリアトリスに関しては、本当に非の打ちどころのない完璧な侯爵令嬢だったので、豹変後の彼女にはずっと疑問を抱いていた。
それだけ何の前触れもなく、急に嫌がらせ等の目に余る行動を始めたリアトリスの行動は、何か理由があるとしか思えないほど不自然だったのだ。
それが自分の主であるアスターの為の行動だった事が判明した今、その非現実的な時間繰り返し現象を何故か、パルドーはすんなりと受け入れられた。
それだけ幼少期の頃から、リアトリスがアスターを大切に思っている事をパルドーは知っている。この10年間、ずっと二人を見守り続けてきたパルドーにとって、この二人の絆の深さは明白なのだ。
ただその頃から、この二人の間に恋愛感情があったかは、やや不明だ……。
特にアスターに関しては、自身がリアトリスに好意を抱いている事に気が付いたのが、つい最近である。
周囲からすると、アスターがリアトリスしか見ていない事は、明らかなのだが……本人は、その事に全く無自覚だったらしい……。
この10年間、あれだけ会話中に婚約者の愛称を無駄に連呼しているのに、それに気付かない主は、相当鈍感な部類に入ると思われる……。
しかし、この自分の恋心に無頓着な主は、何故か他人の恋心に関しては無駄に勘が働く、よく分からない所がある……。
そんなやや残念な主の恋愛力を考察しながら、パルドーが書類の仕分けを終わらせると、いきなり執務室の扉が乱暴に開かれた。
パルドーが驚いてそちらに目を向けると、息を切らしたアスターがいた。
「パルドー! 大変だ! リアが自室にいない!」
その主の主張にパルドーが、呆れながら盛大にため息をついた。
「アスター様……。今朝方お伝え致しましたよね? 本日リアトリス様は、午後よりビオラ様を招いて、城内のバラ園でお茶をなさると……」
「あっ……。そうだった……」
「しっかりなさってください……」
「仕方ないじゃないか……。だってこの一週間、僕が公務を終わらせてリアの部屋を訪れると、毎回笑顔で出迎えてくれていたんだよ? 今日もそうだと思ってしまうだろ?」
そのアスターの言い分にパルドーが二度目のため息をつく。
「アスター様、リアトリス様にもご都合という物がございます。そもそもリアトリス様は、この三年間で不本意で無くされてしまわれた社交界での評価を回復させようと、他のご令嬢方とのご交流に力を注いでくださっているのですよ?」
「それは分かってはいるけれど……でも、リアの所に頻繁に客人が訪れる事は、あまり歓迎できない状態だと思う」
「何故です?」
「だって、まだあの金のナイフの効果は、完全に払拭出来たかどうかは確信がないんだよ!? もしかしたら、その交流する令嬢の中にリアに危害を加えようとする人間がいるかもしれないじゃないか……」
やや不貞腐れるように訴えてきたアスターにパルドーが更に呆れる。
「それは少々、考えすぎでは?」
「いいや。可能性がゼロではないのだから、警戒するに越した事はないよ! だから今のリアが交流する範囲は、ビオラだけにした方がいいと思う。あと外で過ごす時は、もう少し護衛を増やしたい!」
「それは難しいかと思われます……。現に四日前に近衛騎士団の方より、これ以上、貴重な女性騎士達を搾取しないで欲しいと、苦情がきておりますので」
「ならば、今からパルドーが二人の護衛に……」
「先日リアトリス様より、お茶のお時間では女性同士の会話を楽しまれたい為、男性の護衛は付けないで欲しいとのご要望がございました」
「リア……」
婚約者の出したその要望内容を知ったアスターが、少し涙目になっている。
そんな情けない表情をしている主を諭すようにパルドーが、一言告げる。
「アスター様……少々リアトリス様を心配し過ぎではございませんか?」
するとアスターが大きく目を見開いた後、真っ直ぐな視線を向けてきた。
「パルドーは……もし自分の大切な人の息絶える姿を目の前で、何度も目撃するような状況が起こってしまったら……どうする?」
その主の言葉に今度はパルドーの方が、大きく目を見開く。
「僕は……リアが目の前で自身の腹部にナイフを突き立てる姿を目撃した。その記憶は、今でも鮮明に残っていて、けして忘れられない……。それとは別に何故か色んなパターンで、リアが僕の前に躍り出てきて腹部を刺され、大量の血を流しながら目の前で息絶えてしまう姿の記憶が薄っすらと残っているんだ……」
唐突にアスターが語り出したあまりにも残酷な体験に対して、パルドーが何か口にしようとしたが、何と声を掛けていいか分からず、ギュッと口を噤む。
「確かに今は、もうリアの命を奪ったあの金のナイフは存在しないのだから、僕のこの心配の仕方は過剰かもしれない……。それでもリアが命を落とさないという保証は、まだ確定していないんだよ……」
そう訴えてくるアスターの瞳は、どこか虚ろだった。
「ねぇ、パルドー。僕がこの時間の繰り返しの記憶を取り戻してから、どうしても抑えきれないある衝動があるのだけれど……何だか分かるかい?」
「ある衝動で……ございますか?」
すると泣き出しそうなくらい悲しげな笑みを浮かべたアスターが、ゆっくりと口を開く。
「過去の繰り返しの記憶を一部だけ取り戻した僕は、それ以降、何故かリアに触れていないと安心出来なくなってしまったんだ……。だから無意識に何度も無駄にリアと手を繋いでしまう……。触れていないと、またリアが僕の目の前で命を落とすかもしれないという恐怖が、常に付きまとっているんだよ……」
「アスター様……」
「分かってはいるんだ。そんなバカげた事は、もう起こらないって。でも……僕の中には、またリアを失うかもしれないという恐怖がずっと存在している」
自嘲気味にそう語るアスターは、ずっと悲しそうな笑みを浮かべたままだ。
そんな主の状態を知ったパルドーが、同じように悲痛な表情を浮かべた。
「リアには申し訳ないけれど……僕はこの恐怖が消えない限り、リアには過剰なくらい警備を付ける。そうしないと……僕の方が恐怖で心が折れてしまうから……。そしてその事でリアが不満を言ってこないのは、僕が今こういう状態だという事を理解してくれているからだと思う」
そこまで言い切ると、アスターが懇願するような笑みをパルドーに向けた。
「だからね、パルドー……。その恐怖が無くなるまで、しばらく僕の我儘に付き合ってくれないかな?」
周囲からすると、アスターのその過剰な程のリアトリスへの警備強化は、婚約者を溺愛している行動にしか映らない。
しかし、実際はあの金のナイフによって植え付けられてしまった深い闇が、アスターにそのような行動をさせているのだ。
それだけ、アスターが心に負ってしまった傷は深い……。
その事を知ってしまったパルドーの答えは、一つしかなかった。
「かしこまりました。アスター様がご満足されるまで、全力でリアトリス様の身の安全をお守り致します……」
10年間、忠実に仕えてくれている側近の返答にアスターが満足そうに微笑んだ。
「それじゃパルドー、後の処理は任せたよ?」
「かしこまりました」
14時半頃、早々に今日の分の公務を終わらせたアスターは、そそくさと執務室を出て行った。
パルドーは、その処理済みの書類を最終確認し、各部署宛へと仕分けする。
第一王子ディアンツによって、例の金のナイフは素材レベルまで分解され、それらが城の宝物庫にて厳重管理されてからは、アスターはその日の公務を早急に終わらせるようになった。
それは一刻も早く婚約者の元へ向かいたいという思いからだ。
金のナイフの存在が無くなれば、もうリアトリスが刺殺される事は無い。
だが、その呪いのような効果が、まだ完全に解除されたかは分からない……。
その為、リアトリスはアスターとの挙式の日まで城に滞在し、厳重警備対象となっている状態なのだ。
しかしリアトリスが婚約者という立場で城に滞在する事に関しては、彼女の父であるプルメリア侯爵とアスターの間で、かなりの押し問答があった……。
だが、今回に関してはアスターが一歩も譲らず、婚約者を自分の傍に置く事を見事に勝ち取った。
その代わり挙式までは、絶対にリアトリスに手を出さないという血判付きの誓約書をしっかり書かされたらしい……。どうもアスターは、未来の義父から娘を奪う存在として、目の敵にされているようだ。
そんなやりとりもあり、現在は挙式待ちをしているアスター達だが、その合間に長兄ディアンツから、今回の騒動の元凶でもある金のナイフの出所についても調べるように指示されていた。
その調査役にパルドーが抜擢され、今回の騒動の詳細をアスターから聞かされたのだが……。
正直パルドーは、その金のナイフが起こした不可解な時間繰り返しの現象を初めて聞かされた時、全く信じる事が出来なかった……。
しかし、少し前に暴走したホリホックの件や、この三年間のリアトリスの不可解な行動を改めて考えると、徐々に納得するようになる。
特に三年前に豹変する前のリアトリスに関しては、本当に非の打ちどころのない完璧な侯爵令嬢だったので、豹変後の彼女にはずっと疑問を抱いていた。
それだけ何の前触れもなく、急に嫌がらせ等の目に余る行動を始めたリアトリスの行動は、何か理由があるとしか思えないほど不自然だったのだ。
それが自分の主であるアスターの為の行動だった事が判明した今、その非現実的な時間繰り返し現象を何故か、パルドーはすんなりと受け入れられた。
それだけ幼少期の頃から、リアトリスがアスターを大切に思っている事をパルドーは知っている。この10年間、ずっと二人を見守り続けてきたパルドーにとって、この二人の絆の深さは明白なのだ。
ただその頃から、この二人の間に恋愛感情があったかは、やや不明だ……。
特にアスターに関しては、自身がリアトリスに好意を抱いている事に気が付いたのが、つい最近である。
周囲からすると、アスターがリアトリスしか見ていない事は、明らかなのだが……本人は、その事に全く無自覚だったらしい……。
この10年間、あれだけ会話中に婚約者の愛称を無駄に連呼しているのに、それに気付かない主は、相当鈍感な部類に入ると思われる……。
しかし、この自分の恋心に無頓着な主は、何故か他人の恋心に関しては無駄に勘が働く、よく分からない所がある……。
そんなやや残念な主の恋愛力を考察しながら、パルドーが書類の仕分けを終わらせると、いきなり執務室の扉が乱暴に開かれた。
パルドーが驚いてそちらに目を向けると、息を切らしたアスターがいた。
「パルドー! 大変だ! リアが自室にいない!」
その主の主張にパルドーが、呆れながら盛大にため息をついた。
「アスター様……。今朝方お伝え致しましたよね? 本日リアトリス様は、午後よりビオラ様を招いて、城内のバラ園でお茶をなさると……」
「あっ……。そうだった……」
「しっかりなさってください……」
「仕方ないじゃないか……。だってこの一週間、僕が公務を終わらせてリアの部屋を訪れると、毎回笑顔で出迎えてくれていたんだよ? 今日もそうだと思ってしまうだろ?」
そのアスターの言い分にパルドーが二度目のため息をつく。
「アスター様、リアトリス様にもご都合という物がございます。そもそもリアトリス様は、この三年間で不本意で無くされてしまわれた社交界での評価を回復させようと、他のご令嬢方とのご交流に力を注いでくださっているのですよ?」
「それは分かってはいるけれど……でも、リアの所に頻繁に客人が訪れる事は、あまり歓迎できない状態だと思う」
「何故です?」
「だって、まだあの金のナイフの効果は、完全に払拭出来たかどうかは確信がないんだよ!? もしかしたら、その交流する令嬢の中にリアに危害を加えようとする人間がいるかもしれないじゃないか……」
やや不貞腐れるように訴えてきたアスターにパルドーが更に呆れる。
「それは少々、考えすぎでは?」
「いいや。可能性がゼロではないのだから、警戒するに越した事はないよ! だから今のリアが交流する範囲は、ビオラだけにした方がいいと思う。あと外で過ごす時は、もう少し護衛を増やしたい!」
「それは難しいかと思われます……。現に四日前に近衛騎士団の方より、これ以上、貴重な女性騎士達を搾取しないで欲しいと、苦情がきておりますので」
「ならば、今からパルドーが二人の護衛に……」
「先日リアトリス様より、お茶のお時間では女性同士の会話を楽しまれたい為、男性の護衛は付けないで欲しいとのご要望がございました」
「リア……」
婚約者の出したその要望内容を知ったアスターが、少し涙目になっている。
そんな情けない表情をしている主を諭すようにパルドーが、一言告げる。
「アスター様……少々リアトリス様を心配し過ぎではございませんか?」
するとアスターが大きく目を見開いた後、真っ直ぐな視線を向けてきた。
「パルドーは……もし自分の大切な人の息絶える姿を目の前で、何度も目撃するような状況が起こってしまったら……どうする?」
その主の言葉に今度はパルドーの方が、大きく目を見開く。
「僕は……リアが目の前で自身の腹部にナイフを突き立てる姿を目撃した。その記憶は、今でも鮮明に残っていて、けして忘れられない……。それとは別に何故か色んなパターンで、リアが僕の前に躍り出てきて腹部を刺され、大量の血を流しながら目の前で息絶えてしまう姿の記憶が薄っすらと残っているんだ……」
唐突にアスターが語り出したあまりにも残酷な体験に対して、パルドーが何か口にしようとしたが、何と声を掛けていいか分からず、ギュッと口を噤む。
「確かに今は、もうリアの命を奪ったあの金のナイフは存在しないのだから、僕のこの心配の仕方は過剰かもしれない……。それでもリアが命を落とさないという保証は、まだ確定していないんだよ……」
そう訴えてくるアスターの瞳は、どこか虚ろだった。
「ねぇ、パルドー。僕がこの時間の繰り返しの記憶を取り戻してから、どうしても抑えきれないある衝動があるのだけれど……何だか分かるかい?」
「ある衝動で……ございますか?」
すると泣き出しそうなくらい悲しげな笑みを浮かべたアスターが、ゆっくりと口を開く。
「過去の繰り返しの記憶を一部だけ取り戻した僕は、それ以降、何故かリアに触れていないと安心出来なくなってしまったんだ……。だから無意識に何度も無駄にリアと手を繋いでしまう……。触れていないと、またリアが僕の目の前で命を落とすかもしれないという恐怖が、常に付きまとっているんだよ……」
「アスター様……」
「分かってはいるんだ。そんなバカげた事は、もう起こらないって。でも……僕の中には、またリアを失うかもしれないという恐怖がずっと存在している」
自嘲気味にそう語るアスターは、ずっと悲しそうな笑みを浮かべたままだ。
そんな主の状態を知ったパルドーが、同じように悲痛な表情を浮かべた。
「リアには申し訳ないけれど……僕はこの恐怖が消えない限り、リアには過剰なくらい警備を付ける。そうしないと……僕の方が恐怖で心が折れてしまうから……。そしてその事でリアが不満を言ってこないのは、僕が今こういう状態だという事を理解してくれているからだと思う」
そこまで言い切ると、アスターが懇願するような笑みをパルドーに向けた。
「だからね、パルドー……。その恐怖が無くなるまで、しばらく僕の我儘に付き合ってくれないかな?」
周囲からすると、アスターのその過剰な程のリアトリスへの警備強化は、婚約者を溺愛している行動にしか映らない。
しかし、実際はあの金のナイフによって植え付けられてしまった深い闇が、アスターにそのような行動をさせているのだ。
それだけ、アスターが心に負ってしまった傷は深い……。
その事を知ってしまったパルドーの答えは、一つしかなかった。
「かしこまりました。アスター様がご満足されるまで、全力でリアトリス様の身の安全をお守り致します……」
10年間、忠実に仕えてくれている側近の返答にアスターが満足そうに微笑んだ。
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