塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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塔の魔術師と奪われた騎士

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 部屋までの案内役はフレンだった。
 早速アゼリアと分断されてチャンス到来かと思いきや、現実はそう甘くもなかった。
 フレンときたらこちらを警戒していて隙を一切見せない。それにアゼリアによって防御の魔術を付与されているのか、薄い膜のようなもので覆われているのだ。これは俺がよく使う防御の魔術に似ている。
 一時的なものだとはいえ、アゼリアの魔力がフレンを覆っているのだと思うと謎のムカムカが止まらなくなる。

 まあ、そのことはいい。
 アゼリアと分断されている今ならフレンがどの程度精神を侵されているのか調べるチャンスだ。

「なあ、フレン。俺のことは知っているか?」

 問い掛けてみると、斜め前を歩いていたフレンが顔だけこちらを振り返って来た。じっと探るような目で睨まれる。

「エーティア…様…と名前を伺っています。あなたはアゼリア様の敵であるとそのように認識していますが……」

「なるほど。ちなみに、自分のことは覚えているのか? この男のことは?」

 勇者に向けて指さす。

「先程から随分とおかしな質問をされますね。生まれてから今までのことは何から何まで覚えています。そしてその方は、アゼリア様のお客人だと伺っています」

 ふむ、とあごをさする。
 どうやらフレンは騎士団に所属しているという記憶はあるが、俺や勇者に関する記憶はすっぽりと抜けているようだ。そして抜けた記憶やアゼリアがこの城を支配していることに関して疑問を一切抱いていない。

 いつもは穏やかで礼儀正しいフレンの雰囲気が打って変わってとげとげしいのは、俺のことを敵だと認識しているせいなのだろう。
 だが、何故か敬語はそのままだ。敵に対して敬語を付ける必要があるだろうか?
 人格変化の魔術をかけられている可能性はあるし、そうではない可能性もある。判断が付かない。

 人の心ほどよく分からなくて厄介なものはないので、俺はもともと精神系の魔術が得意ではないのだ。
 やはりフレンにかかった魔術を俺が解いていくという方法は難しそうで、アゼリアに解かせるという一択しかないことを悟った。



 部屋の前に来たところでフレンが足を止めた。

「あなたが滞在していただく部屋はこちらになります。隣の部屋はサイラス様の部屋になります」

 どうやら勇者と部屋は別々のようだ。俺としては気が休まるのでそちらの方がありがたいが、これに対して異を唱えたのは勇者だった。

「エーティアと別の部屋になるのは少々心配だ。ここはエーティアにとって敵地であり、いつお前達に隙を付かれてやられるか分からないだろう?」

 勇者の言葉にフレンの表情が強張る。何か思うところがありそうな表情を浮かべるが、それをぐっと押し込めた。

「そのような卑怯な真似は騎士の名に懸けてしないと誓います。もちろんアゼリア様にもさせるつもりはありません。そのように進言しておきましょう」

「その言葉信じてもいいんだな?」

「はい」

 誠実なところはそのままだ。とげとげしい雰囲気はあるものの、その言葉に偽りはないと信じられる。勇者もそれを感じ取ったようで一応の納得を見せた。

「それならいい。ではまたな、エーティア!」

 勇者が部屋へと引っ込んでいく。
 それを見送り、廊下には俺とフレンのみが残された。いつまでも中に入らない俺を訝し気に思ったのかフレンが口を開く。

「あなたも客室にお入りください。先程申し上げた通り中は安全です」

 俺よりも頭一つ分以上背の高いフレンを見上げる。

「お前が護衛として傍にいてくれないか?」

 無駄だろうとは分かっていたが、駄目で元々という気持ちで言ってみると、ピクッとフレンの肩が揺れた。

「やはり駄目、か……?」

 じっと目を見つめていたら、恐ろしい勢いで睨み返された。

「俺はアゼリア様の命令に従う者。……そのような誘惑は無駄です」

「は?」

 誘惑?
 一体今のどこが誘惑だというんだ!?

 言われた言葉が衝撃的すぎてぽかんと口を開ける俺に背を向けて、フレンは足早にその場を去って行った。



 使用人室にでも押し込められるのかと思いきや、案内された部屋は広々とした豪華な客室だった。
 ベッドに腰かけると、ローブの内ポケットに入っていたエギルを出してそこに寝かせてやる。俺の魔力の減少の影響を受けているのか、エギルの眠っている時間が多くなっている。寝る時間を多くすることによって体に巡る魔力を節約しているのだろう。抱き上げて横にしても、むにゃむにゃと身じろぎするぐらいで全く目覚める様子が無い。

「はあ……」

 知らず知らずの内にため息がもれる。
 フレンの記憶がないのも、嫌われているような状態になっているのも、アゼリアの魔術の影響だ。それは分かっている。
 分かっているのだが……冷たくなってしまったフレンの態度を思い出すと何とも言えない気持ちになる。
 あんなに睨まなくてもいいではないか。

「それに何が誘惑だ! そんなものした覚えはないぞ。フレンめ!」

 胸の奥がキューッと締め付けられるような、それでいて苛々とするような色んなものがごちゃ混ぜになった感情だ。
 自分でも何故こんな気持ちになるのか分からない。

「俺を慕っていると言ったくせに」

 何だか拗ねた口調になってしまう。
 記憶が無くても、すぐに好きになってくれる…という訳にもいかないのか。
 そもそもフレンは最初から俺のことを好きだったわけでもなかったはずだ。いつ頃から好意を寄せられるようになったのか思い返してみる。
 あれは確か……。
 俺が泣いている姿を見て心を揺さぶられたと言っていた。

(あいつの前で泣いて見せればいいのか?)

 そうすればまた好きになってくれるのだろうか。
 そこまで考えて、いやそれは無理だと思い直す。そもそも悲しくもないのに泣けるはずもない。

(水の魔術を目から展開させれば涙みたいになるか? ……って、何を考えているんだ)

 変な方向に思考が向いて行くのを感じて、頭を横に振る。
 こんなことばかりぐだぐだと考えて、まったく自分らしくもない。

「はー……寝よう」

 ぽすっと音を立ててベッドに横になる。エギルを見習って魔力の節約に努めることにした。


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