夢で逢えたら

相沢蒼依

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与えられる試練のはじまり

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「夢の番人になって、善人が見ている悪夢を消し去るのがおまえの仕事だ」

「夢の番人?」

 聞き慣れない言葉に、高橋は唖然とした。

「覚えはないか? 悪夢を見ている最中に、ハッと目覚めることがあるだろう?」

「あります。危ないところで、目が覚めてしまう感じというか」

「おまえがまだ善人だった頃に、夢の番人がその夢を断ち切って助けたから、目が覚めたんだ」

 告げられた言葉を理解するのに、高橋は暫しの時間を有した。夢の番人は、善人の悪夢を消し去るのが仕事――悪夢を消し去ることで善人を助けるとは、どういうことなのだろうか?

 一般的には悪夢を見ることによって、日頃の脳の疲れをとると言われてるのに。

「人の体の作りはそうなのかもしれないが、悪夢を見ることによって魂が穢れ、善人でいられなくなる。それを防ぐのに夢の番人を使わせて、悪夢をなきものにしているのだ」

 思考を読んで補足した創造主に、高橋は首を傾げた。

「善人が多いと、創造主様の仕事が増えるのでは?」

「何を言い出すかと思えば……。今頃私に『様』をつけて持ち上げても、おまえの立場は良くならんぞ」

 高橋の質問を無視するなり、創造主はふたたび笑い出す。

「分かりましたよ、その夢の番人とやらになってやります!」

「素直で宜しい。ではおまえが望む姿形にしてやろうか。背が高く、顔立ちは――ふむ、この男に似た者にしてみるか」

 救世主が独り言を呟くなり、目の前にある月から眩いばかりの光を浴びせられた。高橋はぎゅっと目を閉じて、なんとかそれをやり過ごす。目を閉じても浴びせられる明るさが分かるくらいに、鬱陶しい眩しさだった。

「顔は、おまえの頭の中に焼きついている男に似せてやった。着せた服は、他の夢の番人と同じものだ。乱暴に扱うなよ」

 創造主からかけられた声で高橋がゆっくり目を開けると、顔を覆う白金髪に目が留まる。肩のラインを少し超えたそれに触れながら、着ている服に視線を移した。

 首元にはストールが巻きつけられていて、神父が身につける祭服のようなデザインの服は長さは足首まであり、前開きでボタンがたくさんついていた。色は深いグレーで、腰には縄のようなものが巻きつき、しかも――。

「なぁ、どうして下着をつけていないんだ? スカスカして気持ち悪い」

「人間は物を食べて活動しているが、夢の番人はなにを食べて活動できると思う?」

「夢じゃないのは分かります」

 下着をつけていない時点で、なんとなく答えが分かったが、あえてそれを口にしなかった。

「答えは人間の『精』だ。インキュバスやサキュバスという言葉を聞いたことがあるだろ?」

「つまり善人の悪夢を消し去りながら、淫行しろということでしょうか」

「もちろん夢の中でだ。現実世界で不特定多数の相手といろんなコトをしてきたおまえなら、簡単な行為だろ」

(俺が選ばれたワケって、間違いなくそれだろ――)

「ぁ、あの……。人間の精が夢の番人にとって大切なことは分かるんですけど、この躰に精をいただくって、つまり――」

 両手を握りしめながら訊ねた高橋の言葉は、ところどころ震えるものになった。

「受け手側になればいいだけのことだ。おまえの趣味趣向に合わせて、とても綺麗な顔をもつ男の躰にしてやったが、女の躰にすることも可能だぞ」

「や、それはちょっと……」

 夢の中とはいえ、男に抱かれなきゃ生きていけない自分の境遇に、高橋は深い落とし穴に落とされた気分に陥る。

「ちなみに悪夢の消し去り方だが、腰の縄を外してみろ」

 黙ったまま言われた通りに外してみたら、手にしっくりくる黒光りした鞭に早変わりした。

「夢の番人の装備品は使い慣れてるものがいいと思って、私がいつも選んでいる。おまえならその武器を、自在に操ることができるだろう?」

「そこまでうまく扱えるとは、自分では思っていませんけどね」

「謙遜するな。それを使って、悪夢の中にいる原因を鞭で打てばいい。さすればおまえは生きた躰に、無事に戻ることができるのだからな」

「はい……」

(楽しくプレイするのに使っていた現実とは違い、元の躰に戻るために鞭を使わなければならないとは情けない)
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