夢で逢えたら

相沢蒼依

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与えられる試練のはじまり

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「チャンスをやろうか?」

 苦痛で顔を歪ませる高橋に、救世主はまろやかさを含んだ優しい声で語りかけた。

「チャンスだと?」

 手を差し伸べるような言葉をそのまま鵜飲みにできないのは、生きていたときの経験で培った勘が、高橋の中にあったからだった。

 何気ない親切心からなされるものなのか。あるいは相手を落とし込むための罠なのかを見極めるには、ある程度相手の話を聞かなければ判断することができない。

「おまえ、江藤という男に逢いたくはないのか?」

 青年の名前を出されたせいで、高橋の眉間に深い皺が更に刻まれた。

「……彼とは二度と逢えない歪んだ関係を築いた俺に、わざわざそんなことを訊ねるなんて、救世主といえども馬鹿なのかもしれませんね」

 このまま殺されることを想定しつつ、卑下した言葉を吐いてみた。

「歪んだ関係か。確かに生産性を伴わない男同士の恋愛そのものが、歪んだ関係と言えよう」

 顔色を窺えない会話は、受話器から相手の声を聞く電話のやり取りと同じだった。声色の感じで心情を読み取り、なにを求めているかを探るのは高橋の得意なことなれど、相手が救世主となると話はまた別だった。

 こちら側の心情を先読みされるため、さっきから思考が追いつかない。

「それでおまえは、私が提案したチャンスを生かすのか?」

 高橋が次の一手を考える間に、救世主がふたたび同じことを訊ねた。

「断れば蟻を殺すみたいに、俺を殺すのでしょう?」

 間髪おかずに答えた高橋の言葉に、創造主は楽しげにふふっと笑い声を立てる。

「考えた内容をそのまま口にして、私の出方を待つその戦略。実に面白いじゃないか」

「ありがとうございます。俺がここに連れて来られた時点で、なにもかもが拘束されていることに、やっと気がつきましたから」

 見えないなにかで、躰をがんじがらめにされているだけじゃなく、心の中までも救世主に読まれる時点で、提案されたことを断れない状況下におかれていた。

「私のやっていることを早急に理解し、己を差し出すその姿に敬服してやる」

「喜んで自分を差し出したつもりは、毛頭ありません」

「聡いおまえを使ってやろうと思っていたのに、その態度はいただけないじゃないか」

 創造主の口調でなぜだか牧野を思い出し、高橋の表情がますます気難しいものになった。

「頭の中に浮かんだ男のことが、そんなに憎いのか?」

「憎いですよ。それこそ、死んでしまえばいいのにと思うくらいに。俺をここに連れてくる力があるのなら、アイツを殺すなんて造作のないことなんでしょうね」

 思考を読まれたのをきっかけに、創造主が牧野を殺してくれないだろうかと、さりげなく自分の希望を伝えた。

「ふふっ。残念ながら、あの男はまだ殺さない」

 弾んだ声で告げたのは、自分を苛立たせるためなのか。それともお楽しみはあとに取っておくという意味で笑ったのか、高橋は理解に苦しんだ。

「後者だ。おまえをこれ以上、虐めるつもりはない」

「アイツがお楽しみって、どこら辺が楽しいんですか?」

「牧野という男が、悪事に手を染めれば染めるほどに、彼奴の持つ魂がどんどん穢れたものになるであろう。そうなれば私の仕事は、自動的に減ることになるのだよ。死んだときに地獄に向かって、真っ逆さまに落ちていくのだから」

(それって、適度に悪いことをしていた俺は中途半端なタイミングで死にかけたから、ここに連れてこられたっていうのか?)

「おまえもあと少し生き長らえていたら、同じく地獄に落ちていたであろうな。彼奴の悪事に加担している罪は、大きいものになる」

「ここに連れて来られて良かったです。それで俺は、なにをすればいいのでしょうか?」

 これ以上憎らしい牧野の話題で盛り上がるのが嫌だった高橋は、さっさと話をぶった切った。
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