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似たもの同士

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「一族の中から、必ず吸血鬼になる者が生まれる。ある日突然、狂おしいほどに血が欲しくなることで、自分が吸血鬼になったのを悟るんだ」

 桜小路さんはゴンドラの窓から見える月を、ぼんやりと眺めた。

(どこか寂しげな横顔は、彼が吸血鬼になった身の上を不運に思ってるせいなのかな)

「じゃあほかにも、吸血鬼として生きてる人がいるんですね」

「ああ。お互い、それを隠して生きているからね。親戚同士でも、さっぱりわからない。それに実際、誰が吸血鬼なのか知ったところで興味はないな。瑞稀だって、ほかの貧乏学生のことを知りたい?」

「確かに、知りたいとは思いません」

「吸血鬼になって、いろんな人間の血を吸わないと生きてはいけない不便な体をもってしまったことは、とても不幸だとはじめは考えた。だがそれでも楽しまなければって、考えを改めたんだ」

「た、楽しむ?」

 逆境を逆境と思わない考えに、ド肝を抜いた。

 相変わらず桜小路さんは外の景色を眺めたままだったが、さっきよりも穏やかな雰囲気が漂っていて、嬉しそうに口角があがってるのが目に留まる。

「だってね、吸血鬼は不幸な体質と思い込むだけで、損した気分になるじゃないか。逆にプラスになることを見つけるほうが、絶対に楽しい」

「桜小路さんの立場になったら、俺はきっとすごく落ち込んでしまうと思います。誰かの血を啜って生き長らえることを、恨んでしまうかもしれません」

 桜小路さんは窓に差し込む月明かりに、右手を伸ばした。当然それは掴めないハズなのに、なぜだか手中におさめたように感じたのは、ルビー色の眼差しから彼の自信が溢れているように見えたから。

「俺も君も、所詮は同じ人間。人生は一度きりだろう?」

 わかりやすい問いかけに静かに頷くと、凛とした声がゴンドラ内に響く。

「つらいことばかりフォーカスしていたら、せっかくの人生が暗いことばかりになってしまう。自分が死ぬ間際に『ああ楽しかったな』と、思える人生にしたくてね」

 桜小路さんの言葉を聞いて、今までのことを振り返った。楽しかったと口にできることがなさすぎて、気持ちがどんよりしてしまう。

「瑞稀、学生生活は今しかない。社会人になったら、できないことがたくさんあるんだよ」

 窓の外を見ていた桜小路さんは、ゆっくり首を動かして俺の顔を見つめる。そして月明かりを掴んだ手で、俺の左手を握りしめた。

「お金がなくても、楽しめるしあわせがそこにある。小さなことからでいいんだ。それを探しながら、学生生活を送ってみるのはどうだろうか」

 ルビー色の瞳が、宝石のような煌めきを放つ。桜小路さんが心を込めて告げたセリフに、綺麗な色をつけたみたいだった。

「わかりました。なんだが宝探しするみたいで、ワクワクしちゃいます」

「やっと笑ってくれたね。その笑顔が見たかっ――」

 目の前でルビー色の瞳を大きく見開き、胸元を強く握りしめ、肩を上下させて荒い呼吸を何度も繰り返す。

「桜小路さん、どうしたんですか? 具合が悪くなったとか?」

 傍に近寄ろうとしたら、顔の前に手を伸ばされた。

「ダメだ、今は来ちゃいけない。ただの吸血衝動だ。我慢すれば、すぐにおさまる」

「でも……」

「せっかく瑞稀の、え、笑顔が見れたの、に。なんでこんなタ、イミングでっ! くうっ!」

 椅子にうつ伏せになり、両目をキツく閉じて苦しそうに体を震わせる桜小路さんの姿を目の当たりにして、迷うことはなかった。
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