恋する閉鎖病棟

れつだん先生

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第2章 保護室と閉鎖病棟

第9話 電気

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 午後のプログラムは体操だったので、それには参加せずに、ベッドで読書に耽っていた。
 それが終わると七人で会話に花を咲かせ、夕食の時間がやってくる。時間が経つのが早く感じる。食べ終わり食器を台車にしまい、なんとなくぼうっとしていると、二十代前半だろうか、正直可愛いとは言えないレベルの女の子がふらふらと台車へやってきた。台車は二メートル程あるので、向こうからは見えない。それを利用してか、女の子は驚きの行動に出た。
 女の子は、誰が食べたかもわからない残飯を、手当たり次第に食べだした。僕はもう、なにがなんだかわからなくなってきた。僕がおかしいのか、まわりがおかしいのか。いや、どっちもおかしいんだろうな……。

 月水金には、Jさんや他の患者数人が昼前に点滴を打たれ、他の階へ移動させられている。なにをしているのか看護師に聞くと、電気治療とやらをやっているようだ。この病院はその治療法が有名らしく、Jさんなんて横浜の方から通いで電気治療を受けていたようだ。しかし毎回旦那が送り迎えするのも厳しいということで、入院となったらしい。電気治療は一回一万円。やっている人に話を聞くと、夜眠れるようになっただの気持ちが落ち着いただの、いい話しか聞かない。幸いにも僕は生活保護なので、治療費は一切かからない。ものは試しにと、主治医の若い男に電気治療のことを聞いてみると、「やってみますか? その代わり、薬は少し抜きますね」とのことだった。それが、退院後も苦しめられることになる副作用を呼ぶとは、そのときには思いもしなかった。

 月曜日、朝食を済ませ、同じように集団で話していると、緑色の服を着た看護師がやってきて、「電気治療の点滴をしましょう」と言った。例のJさんやその他の男女も点滴を受ける。僕は注射や点滴といったものが大嫌いだった。なににしろ痛い。針が体内に入るのを見るのも気持ちが悪い。それに加えて電気治療は、昼食が食べられない。治療の最中に、食べたものを戻して器官を詰まらせる危険性があるからという理由だった。その代わりに、チョコと餡子の菓子パンとカップのヨーグルト、紙パックの牛乳が電気治療の後に支給される。普段甘いものがあまり出ない中、それは嬉しかった。しかし、電気治療に対する恐怖心は少なからずあった。なんにしろ、例のJさんやその他の男女に聞く所によると、記憶が飛ぶらしかった。しかし、忘れては困る記憶が飛ぶことも多々あるが、忘れたい記憶も飛ぶらしくて、今まで二十九年間生きてきた中で、思い出したくもない失敗といったものが飛ぶのはいい。しかし、退院した時にいつも遊んでいた仲の良い友人達のことを忘れているのでは? と思うと、やはり怖い。
 そんなことを考えていると、放送で名前が呼ばれた。スタッフ・ステーション内にあるエレベーターで二階へ降りる。そしてERの出口にある廊下で座って待てと言われる。最初にERを抜けて見たあの光景は、電気治療を受ける人たちだった……。
 待っている間、二階のデイルームにある本棚から小説を抜き出しそれを読んだり、同じく電気治療を受ける人たちと軽く会話をして時間を潰す。そして遂に僕の名前が呼ばれた。
 小さな室内の四方に、キャスターの付いた簡易ベッドが置かれ、僕より先に入った人が、頭や体中に装置を付けられ、足元には、「ピコン、ピコン」と鳴るモニタを置かれ、横になっている。僕も空いているベッドに横になるよう言われ、装置を付けられ、モニタを置かれる。そこで待たされる。
 どれぐらい待っただろうか、奥の部屋から僕の名前が呼ばれ、看護師二人の手によって奥の部屋へとベッドごと移動させられた。見覚えのある太った医師と看護師数名が立っていた。
「渡辺さん、エナジー二百、――百――」
 呼吸器を口に嵌められる。そして看護師が続ける。
「では、これから全身麻酔をしますからね。大きく息を吸って、はい、吐いて――」
 そこで意識がなくなった。

 名前を呼ばれながら肩を何度も叩かれる。そこで意識が戻った。目の前のテーブルには菓子パン二個とヨーグルト、牛乳が置かれている。
「終わりましたよ! このパンを食べてください!」
 意識が朦朧とする中、適当に返事をし、促されるようにしてそれを食べる。味はしない。というより、僕はなんでここにいるんだ? ここは、どこなんだ?
「あの」と看護師に声をかける。若い女の看護師は、カルテかなにかにペンを走らせながら返事をする。
「どうしましたか」
「ここはどこですか?」
「ここは病院ですよ」
「なんで僕が病院にいるんですか?」
「緊急に運ばれてきたからですよ」
 そうか、僕は今病院にいるんだ。じゃあ……。
「今なにをやったんですか?」
「電気治療といって、全身麻酔をして頭に電気を流し、痙攣を起こす治療です」
「なるほど……」
「じゃあ三階に戻りましょうか」
 僕は看護師に連れられるまま、三階へ行った。

「電気治療どうだった?」と六十歳ぐらいの男性と四十代ぐらいの男性が声をかけてきた。
「いや、まあ、どうってことないですけれど……」
「僕たちのこと覚えてる?」
「すいません、なにがなんだか……。ここは病院みたいですね」
「やっぱり、電気治療ってすごいんですね」と四十代ぐらいの男性――そうだSさんだ! が、六十歳ぐらいの男性――そうだKさんだ! に話しかけた。
「そうだ、Kさん、Sさん!」
「思い出したようだね」とSさん。
「Jさんも、電気治療しましたよ」僕は記憶を手繰りながら言う。
「うん、Jちゃんは部屋で寝てるよ」とKさん。
 徐々に記憶が戻っていくのを感じる。
「電気治療って、なにを忘れたのか忘れるから性質が悪いんだよね」とKさん。
 なにを忘れたのか忘れる……。確かにそうだった。
 電気治療は計六回行った。正直効いているのかはさっぱりわからない。どんどん記憶はなくなっていくし――周りの人に言われて、なくなっていったことを理解する――主治医からは、「電気治療が終わったら退院しましょう」と言われたが、外出さえさせて貰えない状況が続いている。知り合っては退院していく人が沢山いる中、JさんとMさんという五十代の女性とKさんとSさんは相変わらず入院を続けていた。もっともJさんは週の半分以上を実家で暮らしているため、いないことが多かったが。最後の電気治療が終わったのは、十二月九日だった。
 Tちゃんは相変わらずだし、一瞬だけ三階に姿を現してデイルームで小便を撒き散らし二階へ強制送還された若い男もいたし、煙草を隠して持って来てトイレで一本くれた男もいた。のんびりと時間は過ぎていく。
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