恋する閉鎖病棟

れつだん先生

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第2章 保護室と閉鎖病棟

第10話 告白

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 十二月十五日に両親が面会へやってきた。兵庫くんだりから東京へ。新幹線で来たようだ。そのとき、久々に外出をし、煙草を吸い、入院食では絶対に出ない麺類を食べた。小説も四冊程買って貰った。ブロッコリーが何度も「アルコールは禁止ですからね」と言っていた。そんなこと言われても、呑む時は呑む。
 その次の日に、Nさんという三十代後半のふくよかな女性が三階へ入ってきた。誰が見ても美人というような容姿ではないが、なぜか気になる女性だ。最初は話す事はほぼ皆無だったが、僕の気持ちを知ってか知らずか、JさんやMさんが話をするようになり、気がつけば食事を一緒にとるようになり、雑談もするようになった。
 ちょうど僕が又吉直樹の花火を読んでいると、「あ、私もそれ読みたかったんですよ」とNさんが言った。読書が趣味のよう。そこから話は盛り上がり、気づけば、やはり、僕はNさんのことをいいと思うようになっていた。
「読み終わったら貸しますよ」
「え? いいんですか? ありがとうございます」

 消灯後はKさんとSさんとデイ・ルームの端で話し合う。Mさんは同世代ぐらいの男性とソファで話し合う。これが日課となっている。その男性はGと呼ばれていた。あの日見た入墨の男性だ。全身に三百万円をかけ、施したらしい。羨ましく見ていた。Mさんは白髪を黒に染めているが、入院してから染められていないのだろう、プリンになっていた。そして旦那と子供がいるのにも関わらず、Gに惚れていた。ことあるごとに「G大好き」と言っている。まあ、恋愛は自由だからね……。
 KさんとSさんとは結構仲良くなった。Kさんは自営業をしており、Sさんは元調理師で、今は生活保護を受けている。驚くことにSさんの胸にもカラフルな入墨が施してあった。連絡先を交換した。

 次の日、Nさんに火花を貸すと、二日も経たずに返ってきた。
「とても面白かったです」
「あ、それは良かったです」
 その一件から、僕達はより一層仲良くなった。他の人たちを差し置いて、二人で話すことも増えた。そして仲良くなるにつれ、僕のNさんへの気持ちは高まっていった。
 久しぶりに主治医がやってきた。措置入院を解除するとのことだった。そして、気分変調症という病名を付けられた。入院するまでは統合失調感情障害だったが、変わった。どうもこの主治医には、病状やらを軽く見られている気がしてならない。「死にたくなることなんて、誰にでもありますよ」なんて言うし。違う。死にたくなるんじゃない。死ななきゃならなくなるんだ。しかし、そんなことを言っても無駄なので、適当に頷いておく。薬もがっつりと減らされた。この病名の変更と電気治療と薬を減らしたことを、何年も通っている大学病院の主治医は退院後、「すべてが間違い」と一刀両断した。
「精神科医の九十五パーセントはクズだからね」と三十代半ばのふくよかな顎鬚を蓄えた主治医が言う。
「そうなんですか」
「あれ? だったら俺ってどっちに入るんだ?」
「そりゃあ五パーセントの方ですよ」
 という会話を退院後にした。

 Nさんのいない間に、JさんとMさんとKさんに、Nさんに惚れているということを相談した。しかし、それが間違いだった。お喋りでお節介焼きのMさんは、「私がちょっとNさんに彼氏がいないか聞いて来るよ」と言い、Nさんの病室へ行った。するとMさんはNさんを連れてやって来た。
「じゃ、後は二人で」とMさんは僕とNさんをデイ・ルームの端にあるソファへ行くように促した。ソファに座って内容のない会話を続ける。多分もうNさんはわかっていたんだと思う。
「私のこと、どう思いますか?」
「いや、そりゃ、まぁ……」
 困ってMさんを見ると、握りこぶしを見せ、頑張れとジェスチャーした。Nさんは黒くて艶のあるロング・ヘアをポニー・テールにして纏めている。年齢に比べると肌はとても綺麗だ。
「私、退院したら愛媛の実家に帰るんですよ」
「え? そうなんですか?」
「Mさんに色々聞きました」
「そ、そうですか」
「でも本人からちゃんと聞きたいです」
「わかりました」と言い、大きく深呼吸した。「Nさん」
「はい」
「僕と付き合ってくれませんか」
 間髪入れずNさんは「ごめんなさい」と言った。「やっぱり働いていない人とはちょっと……」
 それから僕とNさんが話すことはなくなり、食事も一緒に取らなくなった。物事がすごいスピードで進んでいくのを感じる。そして、それは、僕にはどうにもできないことなんだ……。

 Nさんが退院して二日後に、Yさんという女性が入ってきた。ショート・カットで痩せていて、僕より六歳年上の三十五歳だ。結構強引なところがあって、気がつけば僕たちの輪に入っていた。しかしなんだか距離感がおかしい……と、思っていたら、親しくなってすぐ、消灯後にソファの場所へ誘われ、キスをされた。禁欲生活をしている僕には半端ない刺激で、よく考えればキスも数年ぶりにした。監視カメラがあるにも関わらず、僕は暴走して、ディープ・キスをし、生乳を揉んで濡れている下半身をいじった。Yさんも暴走して、僕の上に覆いかぶさるようにして、僕の完全に勃起している下半身を触って挑発してきた。まあ顔は普通だったが、その強引さが好きになり、付き合ってくれと言われたので、僕はOKを出した。連絡先を交換した次の日にはYさんはいなくなっていた。ブロッコリーに聞くと、「二階に降りたよ。渡辺さんが余計なことするから」と苦笑いで答えられた。別に悪いことをしているわけじゃないのに……と思ったが、しかたなかった。
 僕の電気治療は六回で終わったので、二階に行くことはできなくなり、Yさんとも会えなくなった。僕たちの暴走を仲の良い人たちは見ていたので、降ろされたことを不憫に思い、一人の中年女性が「私電気行くから、そのときに手紙渡してくるから書いて」と言ってきたので、短いながら手紙を書いた。二、三回文通をし、途切れた。
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