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第四章 仲間

63 エルナの試練

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 翌朝、ミハエルと合流した後、フィーネたちを迎えに行った。

「おはよう、ルカ、ミハエル」
「おはようございます、ミハエルさん、ルカさん!」
「ああ、おはよう。二人とも」
「おう、おはよう」

 挨拶を終えた俺は、二人にブレスレットを渡した。

「これ、アイテムボックスつきの腕輪。使い方は昨日説明した通りだけど、分からなかったらまた聞いて」
「まぁ、可愛いわね。ありがとう、ルカ」

 ブレスレットは細い銀の輪っかだけど、戦闘中邪魔にならないようにはしてある。
 かといって女の子がつけるものだし、武骨にならないように、装飾も施してあるのだ。

 最初は指輪にする予定だったが、作ってる最中に、指輪を贈るという行為に急に差恥心が湧いてしまい、急遽ブレスレットに変更したのだ。

「あれ? 指輪じゃなくて腕輪にしたのか」

 だまらっしゃい! ミハエル君!
 俺が何も言わないでいると、ミハエルは、なるほどという顔をして薄く笑った。
 ぐぬぬ。

「んじゃ、朝飯食いに行こうぜ。俺腹減った」

 ミハエルの言葉に、話題が移ったことを安堵しつつも、それをしたのがミハエルということにぐぬぬとなりつつ、俺たちは朝食をとるために移動を開始した。


 朝食をとったあと、昨日と同じく南門から出て暫く歩いてから街道をそれて森にはいった。

「今回はどうする? もう抱き上げなくても平気か?」

 ミハエルの言葉に、なんだか少し残念そうにエルナが頷いている。

「は、はい」
「そうね、いつまでも甘えていられないから、でも一人で飛ぶのは無理かもしれないわ……」
「ああ、ミハエルの時も暫くは手を繋いで飛んでたから、同じようになれるまでは手を繋いで飛ぼうか」
「そ、そうなのね。じゃあ……いいかしら? ルカ」
「あ、うん」

 だからその上目遣いをやめてください。俺の心臓が。可愛すぎる。

「あ、あの、ミハエルさん、私もいい、ですか?」
「ん? 俺でいいのか? ルカと繋いでもいいぞ?」
「いえ、あの、ミハエルさん、お願いします……」
「おう、俺でいいならいいんだけどよ」
「じゃあ魔法をかけるぞ」
「おう」

 俺はフィーネと手を繋ぐと光学迷彩と飛行魔法をかけた。

「あら? 今回はあの姿を隠す魔法かけないのしら?」
「ああ、かけてるよ。でも、改造してお互い見えるようにしてあるんだ。見えないと飛んでる時にぶつかるからね。でも俺たち以外からは見えないから大丈夫」
「そうなのね」
「ああ。じゃあフィーネ、ゆっくり上がるから落ち着いてね」
「え、ええ。緊張するわね。ルカ、手、離さないでね?」

 そう不安そうに聞いてくるフィーネに俺は安心させるように言った。

「ああ。大丈夫。絶対に離さないから」

 そうして俺たちはゆっくりと空へ上がっていった。
 暫くの間、フィーネは俺の手を強く握っていたが、段々と手の力は抜けてきたようだった。
 そんなフィーネを見ると、何とも言えない遠くを見ているような、そんな笑みを浮かべていた。

「本当にすごいわ……あの時、こんな風に空を飛べて逃げれていれば、今も兄さんと一緒にいれたのかしら……」
「フィーネ……」

 俺の声に、フィーネはハッとしてから苦笑を浮かべた。

「あ、ごめんなさい。言っても仕方のないことなのに」
「いいや、そう思ってしまっても仕方ないさ。きっとフィーネのお兄さんも今そうやって笑ってるフィーネを見ればきっと笑顔になってくれるよ」
「そう、ね……。うん。きっと兄さん羨ましがっているわ。こうして空を飛んでいるんだもの。ふふ」
「ああ、きっとね」

 そうして俺たちは手をしっかりと繋いだまま、空の旅をしばし楽しんだ。



「ミハエル。そこの空き地に下りよう」
「おう、分かった」
「フィーネ、ゆっくり下りるよ」
「ええ、分かったわ」

 少し開けた場所に俺たちは下りた。

「すぐ近くにゴブリンがいるから、ちょっと行ってくる」
「えっ 一人で行くの?」

 フィーネが心配した顔をしたので俺は笑みを浮かべて安心させるように告げた。

「はは。大丈夫だよ、フィーネ。もう慣れてるから」
「あ、そうよね……。でも気を付けてね」
「ああ、ありがとう。ゴブリンの動き止めたら呼ぶよ」

 そうしてミハエルにアイコンタクトで護衛だけ頼んで俺はすぐ近くにいる三匹のゴブリンのもとへ向かった。
 少し歩くとゴブリンの集団の姿が見えた。
 俺に気づいたゴブリンが棍棒を振り上げようとしたところで、俺の闇魔法によってピタリと動きを止めた。
 それを確認したところで俺はミハエルたちがいる場所に向かって声をかけた。

「ミハエル! 動きを止めたから二人と来てくれ!」
「おう!」

 そうしてフィーネを先頭に、エルナ、ミハエルと続いてやってきた。
 エルナはさすがに緊張を隠せないようだ。

「さて、それじゃあ冒険者として今後やっていけるかどうか。エルナ、あそこの三匹を君の手で殺すんだ」

 俺は敢えて、『倒す』ではなく、『殺す』という言葉でエルナに告げた。
 エルナはゴクリと唾を飲み込んだ。
 顔は少し青ざめ、震えている。

 やはり、エルナには無理だろうか。
 フィーネ自身は、後がなくてやらないと妹が死ぬから、必死だったから出来たと言っていたが、エルナはずっとそんなフィーネに守られて生きてきた魔力暴走を起こしかけて常に死の隣にはいたが、それ以外は普通の女の子だ。

 そうして見守っていると、ふとミハエルがエルナに近づき、彼女の頭にぽんと手をのせた。

「落ち着け、エルナ。大丈夫、時間はかかってもいい。お前ならできる」
「は、はい!」

 ミハエルの声かけで若干エルナの緊張がほぐれたようだ。
 エルナは何度か深呼吸した後、少し時間を下さいと言って目を瞑った。

 俺たちは何も言わず、黙って彼女の動向を見守る。
 ミハエルも最初に声をかけたきり、今は黙って眺めている。

 一時間ほど経ったころ、エルナが目を開き、深く長い息を吐いた。

「……殺します」

 それだけを言うと手のひらに水を作り出した。
 彼女が操る魔法の中で一番得意な魔法だ。

 手のひらに浮かぶ水は彼女の意思に従うように姿を変えていく。
 薄く、刃のように。

 そうして、その水の刃――アクアカッター――は放たれた。
 エルナの手から放たれたアクアカッターはゴブリンへと真っ直ぐに向かうと、ゴブリンの一体の首を撥ね飛ばした。
 血を噴き上げて倒れるゴブリンを見てエルナはビクリとしたが、すぐに次のアクアカッターを作り出し、残りのゴブリンに向けて放った。

 二体目も見事首を飛ばしたが、三体目は体にあたり、腹から内臓がこぼれおちた。
 それでもゴブリンは血を吐きながらもまだ生きている。
 動揺しているエルナだったが、俺たちはそれでも何も言わずに最後まで彼女に任せた。

 動揺しつつだったが、最後には二発アクアカッターを放ち、最後の一匹のとどめをさしていた。
 ただ、殺したあと、エルナは緊張から解放され、その場で吐いてしまった。

 フィーネは姉だからこそ優しくするわけにはいかなくて、側に行きたいのをぐっと我慢していた。
 それでもやはり可愛い妹なのだ、ミハエルに視線を向けエルナをお願いしていた。

 ミハエルは軽く肩をすくめつつ、エルナのそばへと歩いていった。
 ミハエルがエルナのそばへと行き、背中をさすりながら声をかけているのを見たフィーネがぽつりと声を零した。

「ありがとう、ルカ」

 お礼をされる意味がわからなくて首を傾げると、フィーネが笑みを浮かべて言った。

「あなたのおかげで私たちは救われたわ。私は妹を失う恐怖から、エルナは死の恐怖から。こんな風にエルナと冒険者として一緒に行動できるなんて思いもしなかった。ずっと怖かった。あの子を失うのが」

 俺は黙ってその言葉を聞いていた。

「兄さんを失ったと知ったあの日、もう妹しか私の家族はいないと強く思ったわ。なのに、そんな妹は常に死を背負っていた。妹を失いたくなくて、ずっと必死だった。……もし、あの子が死んでいたら、私も死ぬつもりだったわ。でも、ルカが救ってくれた。エルナだけじゃないわ。あの時、私の心もあなたに救われたの。だから――ありがとう、ルカ」

 涙を浮かべたフィーネが俺を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
 その笑顔は、とても美しくて、少しでも触れれば壊れてしまいそうだと感じてしまった。

 彼女の言葉に俺は何を返すことも出来ず、ただ、彼女の零れ落ちる涙を見ることしか出来なかった。
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