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暗闇に響く虫の音

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夕食が終わり、リーストファー様と二人で石垣まで来た。

石垣に背を預けリーストファー様は腕を組み立っている。私はリーストファー様の横でしゃがんでいる。

リーストファー様は何を考えているのか、ずっと黙ったまま一言も話さない。私も話しかける言葉が見つからず静かにバーチェル国の騎士が来るのを待っている。

ランプの明かりがあるとはいえ、辺りは真っ暗闇で聞こえるのは虫の鳴き声と鳥の鳴き声だけ。

私はチラチラとリーストファー様を見つめる。


「なんだ?」

「いえ…」

「反省したか?」

「はい…」


リーストファー様に叱られ、リックにはにたにたと笑われ、ニーナには困った顔をされた。

事情を知らないシャルクは私達の雰囲気が悪く思えたのだろう、食事中いつも以上に饒舌に話をしていた。

申し訳なさと気まずさから私は終始俯いていた。

今回ばかりは私が悪い。ううん、今回もかもしれないけど。


「ミシェル夫人」


小声でバーチェル国側から私の名前を呼ばれた。


「はい、ここにいます」


私も小声で返した。

私は立ち上がり姿を見せた。


「約束通りテオドールを連れて来ました」


昼間会った騎士の後ろにもう一人騎士が立っている。


「貴方がテオドールさんですか?」

「そうですが」


私はテオドールさんと向かい合った。


「ダムスさんは貴方の父親ですね?」


何も答えないテオドールさん。


「もう一度お聞きします。ダムスさんは貴方が縁を切った父親ですね?」

「……はい」


ランプの明かりだけではテオドールさんがどんな顔をしているのかは分からない。


「貴方はどうしてあんな素敵なご両親を捨てたのですか?貴方が今騎士として働けているのも、貴方が子供の頃から何不自由なく過ごせていたのも、全部貴方のお父様が家族の為にと思って一生懸命働いたこそ得れたものなんですよ?

今、辺境での暮らしはどうですか?ご両親を騙し得たお金で買った家の住心地はどうですか?」


まずは自分が何をしたのか、テオドールさんにはもう一度知ってもらわないといけない。


「貴方は夜の警備についていて知らないと思いますが、ダムスさん、貴方のお父様は…、非常に危険な状態です」

「え?」

「ダムスさんの生きる力次第ではありますが、早ければ数日、長ければ、それでも数ヶ月。悪くなる事はあっても良くなる事はないと医師に言われました。

お父様に会いたいですか?」

「今更…、会いたくありません。縁を切ったのはあの人だ」

「ええ、ですがその原因を作ったのは貴方です。貴方の身勝手な行動で、貴方の弱さで父親に言わせたんです。

私は本音を言えば貴方なんてどうでもいい。不幸になろうが幸せになろうが、貴方は貴方の人生を生きてください、そう思います。

ただ私は領民を守りたいだけです。領民の心も守りたいだけです。ダムスさんがどう思っているのか私には分かりません。ですが、確かに石垣にも興味があったのかもしれませんが、毎日石垣に通ったのは、バーチェル国を目に焼き付ける為なのではと思ったんです。バーチェル国にはダムスさんが建てた家が数多くあります。そして大切な家族が暮らす辺境を忘れないように目に焼き付ける為なのではと。石垣が出来上がればバーチェル国を見る事は叶いませんから」


もしかしたら警備をする貴方の姿を見かけて毎日通っていたのかもしれない。また姿を見たいと。遠くから眺めるだけでもいい、また息子の姿を見たいと…。


「貴方はどうして夜の警備についたんですか?もしかしたら警備中に父親の姿を見かけたからではありませんか?

貴方はどうして盗賊を捕らえたんですか?確かに貴方は騎士です。ですがエーネ国に入ろうとするのなら見逃せば良かったのでは?でも貴方は見逃すことができなかった。盗賊がエーネ国に入り、ここに住む領民達を襲うかもしれません。貴方のご両親が暮らす家に押入り殺されるかもしれません。だから貴方はバーチェル国内で盗賊を捕らえた。未然に防ぎたかったからなのではないんですか?ご両親を護る為に」


騎士として当然のことをしたまでと言われればそう。


「貴方は子として、いいえ、人として最低な事をしました。ですが、今ならまだご両親に謝罪ができるんです。今ならまだお父様に許しを請う事ができるんです。

ダムスさんは話す事はできません。ずっと眠っています。ですがこちらの声は届いていると思うんです。手を握れば貴方の温もりを感じていると思うんです。目を開ける事はないのかもしれません。ですが、もしかしたら貴方の声に反応して指が動くかもしれないし、目を開けるかもしれません。

貴方なら奇跡を起こせるかもしれないんです。

貴方はこのままお父様と喧嘩別れをしたまま、お父様と永遠の別れをして後悔しませんか?何度も会う事は叶わないでしょう。会いたいと願ってもダムスの命の炎が消えてしまえばそれまでです」


ダムスお爺さんの命の炎はダムスお爺さんの生命力にかかっている。生きたいと望み、それでも体は一日一日と蝕んでいく。

今はダムスお爺さんの生命力にかけるしかない。一日でも長くと、そう願うしかない。


「亡くなりそれから懺悔しても遅いんですよ?返答のない一方通行の赦しで貴方は救われますか?」


虫の音がそうだそうだと言っているように鳴いている。



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