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誰でも出来る事

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「ジークと少し話させてもらえないかしら」


私は母親に頼んだ。

彼女の強い意志はきっと曲がらない。彼女の夫はもしかしたら戦場になった場所に埋められているのかもしれない。誰かの亡骸の懐に彼の形見が入っているのかもしれない。それでも家族にかえされた亡骸は埋葬されている。墓地を掘り起こす事は冒涜。

剣ももう処分されているだろう。自分の剣が折れたら落ちてる剣を手に取り戦う。それに皆それぞれ違うと言えど特徴のある剣ならまだしも平民の彼が特徴のある剣を買えるとは思えない。

彼女を納得させる術はない。

それに生きていないと断言もできない。戦死した、それは伝達によって伝わる。昔、戦死したと言われた人が何十年後に帰ってきた事もあった。戦死したと言われた人を他国で見かけたという事もあった。

剣や形見が手元に戻っても生きてると信じて待ち続ける人がいるのも事実。

でもあの戦場に、他国に流れ着く川もない。逃げ隠れる場所もない。土地の両側に林はあっても林のこちら側には民家があり生きているのなら家に帰っただろう。林のあちら側には両国の辺境があり、エーネ国へ入ったのなら捕らえられる。バーチェル国へ入ったのなら彼女に連絡が入るだろう。

戦死した、それが正しい答え。

私は彼女の夫を知らない。だからそう言える。でもそれがもしリーストファー様なら?お父様なら?ライアンなら?リックやボビン、ネイソンおじさまなら?

私も彼女のように生きてると信じて待ち続けるだろう。

戦死したと頭で分かっていても、心では僅かな奇跡を信じたい。どこかで生きていると。そこでもし新しい生活を始めていたとしても生きていてほしい、そう願う。


「ミシェル、俺に任せてくれないか。男は男同士、そうだろ?」

「はい、お願いします」


ジークはリーストファー様に任せた。


「貴女の家に今から向かう所でした。ジークは彼に任せて私達は先に家に帰っていましょう。ついでに色々紹介もしたいですし」


私は母親と一緒に家に戻った。

お爺さんは畑を見ている。その隣でフィンは座っている。

お爺さんは畑の先生だから畑で困った時は頼ってほしいと伝え、フィンはフィンの母親が焼いたパンを毎朝家まで届けてくれると伝えた。

それから皆それぞれ自分の出来る事を協力してもらっていると伝えた。


「私は何も出来ません。今は小麦の粉に水を加えたものを焼いて食べていますが、パンとは言えませんし、縫い物は出来ますが服を作れるわけではありません」

「でも料理を作ったり洗濯をしたり掃除をしたりは出来るでしょう?」

「そんなの女なら誰でも出来ます」

「そうね」


私は微笑んだ。


「でも、ここに残った人達にはご年配の人もいるわ。貴女が言った『そんなの』も誰かが代わりにやってくれると助かる人もいるの。床は掃けるけど窓拭きは大変とか、洗濯物は洗えるけど干すのは大変とか、ね?それに体調を崩した時に料理を作って持ってきてくれたらありがたいと思うわ。

貴女が誰でも出来ると言った事でも助かる人はいるのよ?

それに領民同士交流するのは悪い事ではないわ。貴女が体調を崩した時は誰かが貴女を助けてくれる。育児を経験した人達もいるんだもの、子供達の事で悩んだ時はどんどん聞いてもいいと思うの。一人では解決できない事でも誰かに聞いてもらうだけで心が落ちつく時もあるんじゃないかしら。

悩んでいたら頼ってもいいの。助けてほしい時は助けてもらえばいいの。その分今度は貴女が誰かに頼られ助ければいいんだから」

「女性なら誰でも出来る家事しか出来ませんが、本当にそれでいいんですか?」

「ええ、でも全部奪っては駄目よ?おしゃべりしながら一緒に、それでいいの」

「分かりました」


後はリーストファー様とジークが戻ってくるのを待つだけ。

畑では弟君はフィンと仲良く話している。フィンにとっても年の近い弟君は良い友人になる。

あら、唯一の女の子のメイちゃんは皆のお姫様ね。

『ハハハッ』とリーストファー様の笑い声が聞こえ、ジークは不貞腐れているのような、でも笑っているような。


「楽しそうですね」

「まぁな」

「男同士でどんな事をしていたのです?」

「まぁ追いかけっこだな」

「追いかけっこ?ですか?」


『ククッ』と笑っているリーストファー様。

二人の間に何があったのかしら。



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