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領地へ向かいます
しおりを挟む「旦那様、奥様、陛下から書簡が届きました」
慌てた様子のシャルクの手には王の印が押された書簡。私とリーストファー様は陛下からの書簡を読んだ。
「半年後か…」
陛下からの書簡の内容は、元ユミール領、現ホーゲル伯爵領で慰霊祭を行うと書かれていた。その時に慰霊碑も建てる。
「陛下や王妃殿下、王太子殿下、それから四家公爵家の公爵夫妻の滞在先は、安全の為に辺境伯の邸でお願い致しましょう」
「そうだな、辺境伯に頼もう」
「ボビン達公爵家の騎士達は王都へ一度戻って頂きます。よろしいですか?」
「お義父上とお義母上の安全が一番だ。いつまでもお借りしていては申し訳ない。伯爵家の騎士を急いで雇おう」
「当面の間だけ辺境伯に騎士をお借り出来ないかお聞きしましょう。伯爵家の領地は元隣国の領土、リーストファー様だけではやはり心配です」
「そうだな…。辺境伯に聞いてみる」
「はい、お願いします。私達もお迎えする準備をしなければ」
「遅くなったが、領地へ行くか」
「はい」
ボビン達は王都へ帰って行った。
そして王宮軍へも陛下からの帰還の書簡が届き、王都へ帰って行った。半年後陛下達がこちらへ来ている間の王宮を守る為に。
私達は辺境伯に協力を頼み、騎士を数人お借り出来た。
「ベーン副隊長、副隊長が辺境を離れてもいいんですか」
リーストファー様は申し訳なさそうに聞いた。
「辺境と目と鼻の先なんだ、何かあればすぐに戻れる。気にするな」
「ありがとうございます。助かります」
ベーン副隊長を隊長とし小隊が組まれた。その中にはカイン小隊長の姿があった。
「小隊長、よろしいのですか?」
「俺は辺境での貴女の護衛ですよ?」
「ありがとうございます」
小隊長は笑った。
「ルイス」
リーストファー様の声に振り返れば、そこに居たのはルイス様だった。
「良いのか」
「あの地に足を踏み入れるのは、本音を言えば嫌だ。だけどな、お前達を護るのは俺しかいないだろ。
分かってる。何も起こらないと分かってるんだが、それでもあの地にお前一人で行かせられない。今度こそ俺は護りたい。
もうただ見ているだけしか出来ないのは嫌なんだ。もしお前までいなくなったら…、俺は耐えられない。今度こそ俺は孤独になる。
それにあの地へ行くのは俺にとっても必要な事だ。本当の意味での事実を受け止める為にも…。俺はあいつ等を弔いたい」
「そうだな、あの地に眠る魂を、あいつ等を一緒に弔おう。
俺もあの地へ足を踏み入れるのは怖い。それでもお前と一緒なら…」
二人には二人にしか分からない越えないといけないものがある。
それは彼等達との決別ではなく、彼等達の死を受け入れること。
死を受け入れたからといっても、それは彼等達を忘れることではない。心の中で彼等達は生き続けている。
彼等達を彼等達のまま、そのままの姿を残す為に…。
それは復讐の終わりを告げるということ。
皆がそれぞれの思いを抱いて元ユミール領へ向かう。それはものものしい雰囲気が物語っている。
私とニーナとシャルクは馬車に乗り込んだ。
「知っていたとはいえ…」
私はシャルクに渡された領地の報告書を読んでいる。
シャルクは辺境に滞在中も昼間は領地へ足を運んでいた。
「ここまで働き手がいないとなると」
私は頭を抱えていた。
十分な広さがあっても働き手がいなければ荒れ地は荒れ地。
「お年寄りと女性、子供だけですから」
シャルクの顔と報告書を何度見ても書いてある事は変わらない。
「それにリーストファー様はいずれ王宮軍へ復帰するわ。領地を任せられる領主も必要ね。シャルクには王都でリーストファー様を助けてもらいたいから。
欲を言えば残った者の中で適任者が居てくれたら良かったんだけど」
「元々あの地はバーチェル国の辺境続きの地です。バーチェル国の辺境伯は土地の一部を失いましたが、それでもあの地は訓練場として使用していたのでただ訓練場を失っただけです。広大な土地を所有する辺境伯にとって一つ訓練場を失っても、また別の場所に作るだけですから」
「ユミール領と言われていたから独立した領地だと思っていたんだけど、結局は辺境伯の領地だったってことね」
「それは少し違います。ユミール領は国預かりの地、没落した元ユミール男爵領です。ユミール領と今でも言われているのはその名残。そして国預かりの地を軍事力維持の為に辺境伯へ預けていました。
元々ユミール領は痩せ細った地、領地が潤うほどの収入はありませんでした。領民達は自分達が暮らせるだけの作物を作り、兵士として生計を立てていました」
「だから空家が目立つのね」
「はい、兵士として働いていた者達は辺境伯が持つ別の地へ移りました。年配で兵士として働けない者やあの戦で夫を亡くした妻子、後は孤児院です」
「とにかく一度領地を見てからね」
「まもなく領地へ入ります」
場所の窓から覗く外の景色は殺風景。ここが幾度となく戦場になったことを表していた。
「旦那様にも馬車に乗って頂きたかったのですが」
「ふふっ、それは無理よ。リーストファー様は馬車より馬が似合うもの」
「ですが伯爵としての威厳を保つ為にも必要なことです」
「それでも彼は馬で向かうわ。彼等にとってこの地は何度も往復した道。皆が皆同じ思いではないにしても、それでも彼等にとっては必要なこと。リーストファー様にとってもね」
馬に跨り見える景色は彼等にどう映っているのだろう。あの戦場での記憶は思い出したくなくても思い出す。
この地に足を踏み入れるとはそういうこと。
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