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我慢するしかない

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私は少し休憩しようと、リーストファー様を誘い休憩室へ向かう。


「騎士風情が」


私達が通り過ぎようとした時、投げ掛けられた言葉に私は立ち止まった。


「いい、行くぞ」


リーストファー様は歩き出した。

私達に聞こえるように『あれはもう騎士ではありませんよ、あれはもうポンコツ使い物にはなりません』『国に貢献する事も出来ないくせに図々しくも王太子殿下の婚約者を賜りたいだなんて、どこの恥知らずだ』『恥知らずだからこうして堂々と顔を出せれるんですよ。私なら恥ずかしくて社交など顔を出せませんがね』『間違いない。それに、元騎士風情が伯爵など務まりますかね。頭が賢いようには見えませんが、流石に自分の名前くらいは書けますよね』『自分の名前くらい幼児でも書けるぞ』ハハハッと笑いながら話している。

流石に私も怒りを覚えた。

立ち止まり一言注意しようとした。それでもリーストファー様は、リーストファー様の腕に回している私の手を握り、私が立ち止まらないように引っ張るように歩いて行く。


「仕方がないさ、本当の事だ。反論もできないだろ?」

「それでも」

「俺も悔しい。それでも騎士として使い物にならないのも、伯爵という身分が不相応なのも本当だしな。それに奪ったのは本当だ」

「私は奪われたなんて思っていません。私は私の意思で受け入れました」

「それだってあの場ではそうするしかなかっただろ?」

「でも今は私の愛しい人です」

「俺もだ、だから我慢するしかない。言いたい奴には言わせておけばいい」


お互い顔を見合わせた。


「だから怒るな、可愛い顔が台無しだぞ?でも怒った顔も可愛いな」

「もう揶揄わないで下さい」

「いつものお返しだ」


ハハハッと声を出して笑ったリーストファー様の笑顔に、私もつられて笑った。

心の中は怒りや悔しさで一杯だと思う。それでも我慢してこうして笑顔を見せる。

本当に強い人…。


「本当に文官は騎士を見下す人が多くて嫌になります」

「文官なのか?」

「あの声は」

「声で分かるのか?」

「あの人達は…、その、殿下の下で働いている人達ですから」


聞き慣れた声を私が聞き間違えるはずはない。あの人達は殿下の書類の処理をしている文官達。


「それなら余計に俺に文句の一つも言いたくなっても仕方がないな」

「でも騎士を見下すのは間違っています」

「そんなもんだろ。俺も父上に何度も言われたからな」


文官は騎士を見下す者が多い。剣を振るしか能がない低俗だと言う者もいる。自分達は頭を使う高尚だと。でも私は騎士ほど頭を使う者はいないと思っている。目の前の者をどう捉えるか、目の前の敵とどう戦うか、頭の中で瞬時に策を巡らせる。剣と剣が打つかるその一手で相手との戦い方を決める人もいる。じっくり観察し攻める人もいる。そのほとんどが感覚のようなものだとしても、日々の鍛錬や稽古で培われたもの。

闇雲に剣を振るだけなら命がいくつあっても足りない。それに上に立つ者は自分だけじゃない、仲間の命も守らないといけない。常に周りを確認し、状況を判断し、退路を必ず確認する。その中で剣を振り戦う。

剣を振りながら、頭の中でそう考えている者が低俗な訳がない。

文官も騎士も、低俗だの高尚だのと分けるのがそもそもの間違い。分野が違う者が一緒な訳がないもの。

文官には文官にしか出来ないものがある。騎士には騎士にしか出来ないものがある。お互いを補い合いながら共に手を取るべきなの。

リーストファー様を馬鹿にするのは違う。


休憩室に入りソファーに座ると『ふうぅ』とリーストファー様は深い息を吐いた。


「お疲れですか?」


リーストファー様は私の肩を抱き寄せた。


「疲れたから癒やしてくれ」


私はリーストファー様の膝に手を置いた。そしてリーストファー様に身を預けた。


「なあ、ダンスが踊れるようになるには誰かに習った方が良いのか?」

「そうですね、皆始めは教師に習います」

「教師か…、誰か知り合いはいるか?」

「教師に習いますか?」

「ああ、俺も踊りたい」


リーストファー様は私をギュッと抱き寄せた。まるで『お前と』そう言うかのように。


「では教師を雇いましょう。ダンスだけではなくて、当主としての教養も習いませんか?」

「そうだな、これからは必要だ。いつまでも頼ってばかりではいられないしな。それより、前に領地もあると言っていただろ?」

「では明日領地の事をお教えします」

「ああ頼む」


リーストファー様は片方の手で私の胸元を触った。


「リーストファー様!」

「確認だ、確認」


ドレスで何とか隠れている赤い花。いつも同じ所に付いている赤い花を、リーストファー様は優しく撫でた。


「もう!」


嬉しそうに笑うリーストファー様は私の顔を覗き込んだ。


「駄目ですよ?」

「分かってる」


熱が籠もった視線に、まるで獲物を見つけた獣みたいな視線に、私は目が反らせない。

ドレスの胸元に指を滑らせ少し開いた隙間。その隙間を少し開かせ赤い花の上に口づけをした。そしてドレスから指を抜き私を抱きしめた。


「その顔は俺以外には見せられないな」


真っ赤な顔をしているのが自分でも分かった。


「ならこんな所で止めて下さい」

「悪い、我慢が出来なかった」


ワンズから一週間は私に触れるな、と言われたあの一週間で赤い花はきれいに消えた。そして適度にと言われ、また赤い花が私の体に咲いた。そして昨日の晩、同じ所に所有物の印をつけたリーストファー様。何とかドレスに隠れた赤い花は、リーストファー様からはチラチラと見えるんだと思う。

でも、


「邸まで我慢して下さい!」


思わず声を上げたのは仕方がないと思う。


「誘われているのかと思ったら我慢が出来なかった、悪い」

「誘っていませんし、いつ私が誘ったと?」

「俺の跡をチラチラ見せられて、こんな人気のない部屋に誘われたら、我慢も限界になるだろ?」

「私は貴方が辛いと思って」

「分かってる、だからそう怒るな。俺が悪かった、な?もう許してくれ」


しゅんとしたリーストファー様の顔を見ていたら、怒っているのも馬鹿馬鹿しくなった。

私はリーストファー様の背に手を回した。


「続きは邸に帰ってからです。今は我慢して下さい」

「ああ」


リーストファー様は私をギュッと抱きしめた。



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