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夕暮の薄色
鉄路の結末論
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電車の中には、私たち以外誰もいない。講評と作業でかなり遅くなったからだろう、地元民はおろか大会の参加者すら乗っていなかった。
「この電車は伊勢中川行きの普通電車です。次は伊賀上津、伊賀上津に止ります」
電車内には車掌さんの声だけが響き渡った。私はうつむいて腕時計を見ながら、不安に駆られてコウくんの気配を探した。
「コウくん」
「呼ばなくても電車の中には僕たちしかいないよ」
コウくんは私の隣で気配を消したまま答える。
「さっきの話なんだけどさ」
「うん、アヤナの人生っていう物語の主人公はアヤナだからね」
コウくんの口ぶりは、「牛肉って牛の肉だからね」と言うようだった。
「物語……」
コウくんはさらに「豚肉は豚の肉だよ」と言うように続けた。
「そう、主人公が死ぬまで物語はどんでん返しの可能性を持っているんだ」
私はこれまでのコウくんの発言と今のコウくんの発言との齟齬に違和感を覚えた。
「コウくん……?」
コウくんの方を見ると、その目には光が宿っていた。コウくんの発する存在感が明らかに高まっている。
「人に対してはいくらでも偉そうなことを言えるからね」
私はコウくんの気配がかき消えかけて、再び強く光るのを感じた。
「僕にだって脚本が書けなくなってもまだ平々凡々に生きる道が残っている。そもそも僕は脚本家になりたいわけじゃないしね」
コウくんの言葉はどんどん言い訳臭くなっていくが、それとは裏腹にコウくんの目には明るい光が宿った。希望に満ちた少年の目のような、星にも似た明るさがコウくんの目を輝かせる。
「でも私は……」
私の言葉を遮って、コウくんは強い言葉を並べ始めた。
「アヤナさんも僕と同じだよ。どんでん返しを導くことは十分できるはずだ。急転直下もないとは言えないけどそれを乗り越えることだってできる。アヤナさんは地を這う雛から鳥になれる。その力はもうついているんだから」
電車の扉が開き、数人の客が乗り込んでくる。電車は伊勢中川に近づいていく。
「伊勢中川で乗り換えだったね」
コウくんの言葉に、私は急いで答える。
「えっと……2分で乗り換えないとだめだね。だから急いでね」
コウくんは黙ってうなずき、存在感を一陣の風に吹かれた朝霧のように消した。
「伊勢中川、中川です。名古屋方面のお乗り換えは4番ホームの20時12分発……」
車掌さんの声を背に、私はコウくんの前を行き、4番ホームまで走った。発車直前の列車のドアをくぐり抜け、私とコウくんは少し混み合った電車に乗り込んだ。
「乗れて良かったね」
そのとき、一瞬周りは碧色の闇に包まれた。気づけば、電車や踏切の音が低くなりながら遠のいていく。コウくんは私から少し離れた場所に立っていた。
「コウくん、ここは……?」
「ゲームシステムのメニュー空間」
「は?」
「ここはゲーム『宵闇の夏色』の中。アヤナ、チュートリアルは終わったよ」
「え……?」
全く話の意味が分からない。コウくんはさらに話を続けた。
「そろそろ飛び立つときだ。アヤナさん、逃避を続けてもどうしようもないよ。開発したゲームのテストプレイでチュートリアルを5回も続けるとかどうかしてるって」
コウくんが言っていることの意味が分からないまま、私は頭をよぎった言葉をつぶやいた。
「史実モード終了。IFモード開始」
碧色の闇はかき消え、私の前に漆黒の暗闇が広がった。
「この電車は伊勢中川行きの普通電車です。次は伊賀上津、伊賀上津に止ります」
電車内には車掌さんの声だけが響き渡った。私はうつむいて腕時計を見ながら、不安に駆られてコウくんの気配を探した。
「コウくん」
「呼ばなくても電車の中には僕たちしかいないよ」
コウくんは私の隣で気配を消したまま答える。
「さっきの話なんだけどさ」
「うん、アヤナの人生っていう物語の主人公はアヤナだからね」
コウくんの口ぶりは、「牛肉って牛の肉だからね」と言うようだった。
「物語……」
コウくんはさらに「豚肉は豚の肉だよ」と言うように続けた。
「そう、主人公が死ぬまで物語はどんでん返しの可能性を持っているんだ」
私はこれまでのコウくんの発言と今のコウくんの発言との齟齬に違和感を覚えた。
「コウくん……?」
コウくんの方を見ると、その目には光が宿っていた。コウくんの発する存在感が明らかに高まっている。
「人に対してはいくらでも偉そうなことを言えるからね」
私はコウくんの気配がかき消えかけて、再び強く光るのを感じた。
「僕にだって脚本が書けなくなってもまだ平々凡々に生きる道が残っている。そもそも僕は脚本家になりたいわけじゃないしね」
コウくんの言葉はどんどん言い訳臭くなっていくが、それとは裏腹にコウくんの目には明るい光が宿った。希望に満ちた少年の目のような、星にも似た明るさがコウくんの目を輝かせる。
「でも私は……」
私の言葉を遮って、コウくんは強い言葉を並べ始めた。
「アヤナさんも僕と同じだよ。どんでん返しを導くことは十分できるはずだ。急転直下もないとは言えないけどそれを乗り越えることだってできる。アヤナさんは地を這う雛から鳥になれる。その力はもうついているんだから」
電車の扉が開き、数人の客が乗り込んでくる。電車は伊勢中川に近づいていく。
「伊勢中川で乗り換えだったね」
コウくんの言葉に、私は急いで答える。
「えっと……2分で乗り換えないとだめだね。だから急いでね」
コウくんは黙ってうなずき、存在感を一陣の風に吹かれた朝霧のように消した。
「伊勢中川、中川です。名古屋方面のお乗り換えは4番ホームの20時12分発……」
車掌さんの声を背に、私はコウくんの前を行き、4番ホームまで走った。発車直前の列車のドアをくぐり抜け、私とコウくんは少し混み合った電車に乗り込んだ。
「乗れて良かったね」
そのとき、一瞬周りは碧色の闇に包まれた。気づけば、電車や踏切の音が低くなりながら遠のいていく。コウくんは私から少し離れた場所に立っていた。
「コウくん、ここは……?」
「ゲームシステムのメニュー空間」
「は?」
「ここはゲーム『宵闇の夏色』の中。アヤナ、チュートリアルは終わったよ」
「え……?」
全く話の意味が分からない。コウくんはさらに話を続けた。
「そろそろ飛び立つときだ。アヤナさん、逃避を続けてもどうしようもないよ。開発したゲームのテストプレイでチュートリアルを5回も続けるとかどうかしてるって」
コウくんが言っていることの意味が分からないまま、私は頭をよぎった言葉をつぶやいた。
「史実モード終了。IFモード開始」
碧色の闇はかき消え、私の前に漆黒の暗闇が広がった。
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