上 下
557 / 625
正義と武と吸血鬼

第十二章第25話 帰らずの海へ

しおりを挟む
 それから三日後、私たちはカヘエさんの船に乗ってオオダテの港を出発した。普段この船はミヤコ方面との貿易に使われているらしい。

 オオダテの港がどんどん遠くなっていき、やがてレイザンを右手に見ながらぐるりと回るように舵を切ったところでその姿も見えなくなった。

 海上から見るレイザンはたしかに富士山のように雄大で、その姿に霊的なものを感じてしまうのも無理はないと思った。だがよく目を凝らして見てみると、その山肌は聞いていたとおりごつごつとした岩に覆われており、荒涼としている。

 温泉が湧いていたことからもわかるとおり、きっとあの山は火山なのだろう。

 そんなことを考えていると、風をつかんだ船は勢いよく東へと向かって進んでいく。

 波も穏やかで、絶好の航海日和だ。

「そういえばカヘエさん、帰らずの海まではどのくらいでしたっけ?」
「この風なら今日の夕方には着くな」
「そうですか。意外と近いんですね」
「そりゃあ、な。うちの国じゃぁこいつみたいなベンザイ船が主役だからな」
「ベンザイ船?」
「おう、この船のことだ。サキモリ以外にゃ外洋船の需要はねぇからな。基本的にゃ沿岸を航行するだけさ」
「そうなんですね。あれ? じゃあこんな風に沖へ出て大丈夫なんですか?」
「もちろんだぜ。こいつは普通のベンザイ船じゃねぇ。うちで特別に改良したベンザイ船だ。ちょっとやそっとの波じゃビクともしねぇ」
「それなら安心ですね」
「おうよ」

 カヘエさんは自信満々な様子でそう答えたのだった。

◆◇◆

 やがて日が傾いてきたころ、遠くにまるで富士山が海から突き出ているような形をした島が見えてきた。

 ただ不思議なのは、こちらには雪がまったく積もっていないことだ。それどころか生い茂る緑がはっきりと見える。

 レイザンはあれほど雪化粧をしていたというのに、これも精霊神様の力なのだろうか?

「やべぇ。やっぱりこのあたりは霧が濃いな。さすが帰らずの海だ。お前ら、気合を入れろ!」
「「「はい!」」」

 え!?

 カヘエさんたちの緊迫した様子に私は思わず自分の耳を疑った。

 海は穏やかで、こんなにも晴れているというのに!

「フィーネ様、本当にこの霧の先に精霊の島があるのでしょうか?」
「クリスさんまで!?」

 隣にいるクリスさんの不安げな様子に私は思わず大きな声でそう聞き返した。

「フィーネ様?」
「あ、いえ、まさかクリスさんまでそんなことを言うとは思っていなくて」
「っ! 失礼しました。フィーネ様が不安がられていないのに私が不安がるなど……」

 私の言葉の意味を勘違いしたクリスさんが申し訳なさそうにそう謝罪してきた。

「い、いえ。そういう意味ではなく……」
「姉さま、この霧、なんか変じゃありませんか?」
「えっ? ルーちゃんまで!?」

 するとルーちゃんはこてんと小首をかしげた。

 ……うーん? この状況ってもしかして?

 私は試しにクリスさんの手を握ってみた。

「フィーネ様?」
「これでどうですか?」
「……ご心配いただきありがとうございます。もう大丈夫です」

 どうやらダメなようだ。白銀の里のときと同じような感じかと思ったが、そうではないらしい。

「くそっ! 何も見えねぇ!」
「カヘエの旦那! このままじゃ!」
「ええい! ここで負けんじゃねぇ! スイキョウ様のお客人をこの霧の向こうへ届けるんだ!」
「へい!」

 カヘエさんたちは必死に船を動かそうとしているようだが、いくら進んでも島へは近づいている気配すらない。むしろ島から遠ざかっているようにさえ見える。

 私以外は何も見えていないようだし……うーん。どうしよう? やはりここはシズクさんに。

「シズクさん」
「なんでござるか?」
「どう思いますか?」
「どう、と言われても困るでござるな。この霧では何も見えないでござるよ。晴れてくれるのを霧の外で待ったほうがいいような気もするでござるが、常に霧が出ているのでござろう?」
「ええと……」
「であれば波が低い今のうちに進んでしまうのもありだと思うでござるよ。幸いなことに、船はきちんと前に進んでいるようでござるからな」
「……」

 ダメだ。どうやら私以外にあの島が見えておらず、島から遠ざかっていることにすら気付いていないらしい。

「ええとですね。私には霧は見えていなくて、島が見えるんです。それと、私にはこの船がその島から遠ざかっているように見えるんです」
「「「えっ!?」」」

 三人が同時に声を上げた。

「し、しかし、たしかに進んでいる感覚があるでござるよ?」
「私もです」

 シズクさんとクリスさんに同意するかのように、ルーちゃんもうんうんと頷いている。
 
「そうなんですね。じゃあ、もしかすると船では行けないのかもしれません」
「どういうことでござるか?」
「精霊神様が拒否していると考えれば、納得できませんか?」
「そうかもしれません。ですが、フィーネ様が行かれるのでしたら私もお供いたします!」
「あ、あたしも!」
「拙者もでござるよ」

 うーん、まあ三人ならそう言うよね。

 さて、これは一体どうしたものだろうか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...