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欲と業
第十一章第22話 不穏な気配
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白銀の里での滞在を終え、私たちはブルースター共和国の北の玄関口であるエルムデンへと戻ってきた。
戻ってきたのだが……。
「様子がおかしいですね」
クリスさんがそう呟いた。
そう、確かにおかしいのだ。ただおかしいと言っても、人通りがないとかそういう話ではない。
お店がどこも八割引き九割引きといったとんでもない割引セールをやっているのだ。
しかも○○店で購入しないお客様限定、などという意味不明な条件が付いている。
「これは、どうなっているでござるか?」
「どうなっているんでしょうね……」
しかも驚いたことにこのセール、どうやら期間限定なわけではないらしい。
よく分からないが、そんな値段で売っても利益が出なくて倒産しちゃうのではないだろうか?
「フィーネ様、まずはホテルへ向かいましょう」
「そうですね」
ホワイトムーン王国から乗ってきた馬車をホテルに預けてあるので、今日はそのままそこに泊まればいいだろう。
こうして私たちはホテルへと向かうのだった。
◆◇◆
「あれ? ここ、でしたよね?」
「そのはずですが……」
私たちは馬車を預けたホテル・エルムデンの前にやってきたのだが、なんとホテルの入口が閉鎖されている。
どうしたものかと困っていると、通行人のおじさんが声をかけてきた。
「どうしたんだい? そこはついこの間潰れたよ。仕入れ先が抗争のあおりを受けて飛んじゃったからね」
「抗争でござるか?」
「ああ、そうだとも。反ハスラングループ連合が聖女様の名前を使ってハスラングループに嫌がらせをしたんだよ。でもハスラングループにそんなことしたらどうなるかなんて分かるだろうに」
「そうでござるか。拙者たちはここに荷物を預けていたでござるよ」
「荷物? そんなら裁判所だろうね。全部差し押さえられてるはずだからね」
「そうでござるか。感謝するでござるよ」
そうしておじさんはどこかへと歩いていった。どうやらローブのフードを目深に被っていたため、私の正体はバレずに済んだようだ。
「じゃあ、裁判所に行きましょうか」
「そうですね。裁判所は……とこちらのようです」
地図で確認してくれているクリスさんに案内され、私たちは裁判所へと向かうのだった。
◆◇◆
「我々はホテル・エルムデンに馬車を預けていたのだ。だが戻ってきたら廃業しており、その馬車がここにあると聞いてきたのだが……」
「ええと、どちらさ……聖女様!?」
受付の職員さんが椅子からまるで飛び跳ねるように立ち上がった。職員さんがあまりに大声を上げたため、周りの人たちが私の存在に気付かれてしまったようだ。ひそひそと隣の人と話し始めた。
「聖女様だ」
「聖女様がいらっしゃる……」
「ああ、すごい美人だな……」
「ハァハァ。つ、つ、つるぺた聖じ――」
おい! ちょっと待て! どうしてどこに行ってもこんなことを言いだす奴が必ず出てくるんだ!
「フィーネ様?」
「え? あ、いえ、なんでもないです」
私はニッコリと営業スマイルを浮かべ、心の内を誤魔化した。するとクリスさんは小さく頷き、職員さんに向き直って話を続ける。
「我々の預けていた馬車を返してもらいたいのだ。ホワイトムーン王国の国章があしらわれているのですぐに分かると思うのだが……」
「は、はい! どうぞこちらへ」
こうして私たちは裁判所の応接室へと通されたのだった。
◆◇◆
「聖女様! 大変申し訳ございません!」
応接室で待っていた私のところにスーツを着た頭頂部が寂しい小太りの五十くらいのおじさんがやってきたかと思うと、突如ブーンからのジャンピング土下座を決めてきた。
ええと、なんというか、迫力はあったけどフォームがいまいちだったかな。演技をするときはきちんと指先や背筋をきっちり伸ばすことを意識したほうがいいと思う。
うーん、6点。
「神の御心のままに」
と、そんなことを考えているとはおくびにも出さずにいつもの言葉で起こしてあげる。
ブーンからのジャンピング土下座を謝罪のときに使われるというのはなんとも新鮮な気分だ。
「いきなりどうしたんですか?」
「我々が差し押さえたときにはすでに聖馬は亡くなられていたのです。我々の差し押さえが遅かったばかりに……」
「えっ? 聖馬?」
ってなんだっけ?
「フィーネ様、我々の馬車を牽いてくれていた馬のことです」
なんと! ホワイトムーン王国から私たちを連れてきてくれたあの子たちが!
「どうしてそんなことに?」
「あのホテルは急速に仕入れが出来なくなったようなのです。それでどうやら怪しげな連中から質の悪い飼葉を仕入れ、与えてしまったようなのです」
「えっ?」
そんなにすぐに死んでしまうような飼葉って、餌と言えるのだろうか?
「毒でも盛られていたのか?」
クリスさんが険しい表情で尋ねる。
「わかりません。もちろんその可能性もございますが、実はその仕入れ先が不明でして」
「なぜだ? 担当の者から聞きだせないのか?」
「それが……」
「それが?」
「支配人が調達してきたと従業員だった者たちは証言しているのですが……」
「ならば支配人に聞けばいいのではないか?」
「支配人の男はこのことを苦にしたのか、自ら命を絶ってしまったのです」
「えっ!?」
戻ってきたのだが……。
「様子がおかしいですね」
クリスさんがそう呟いた。
そう、確かにおかしいのだ。ただおかしいと言っても、人通りがないとかそういう話ではない。
お店がどこも八割引き九割引きといったとんでもない割引セールをやっているのだ。
しかも○○店で購入しないお客様限定、などという意味不明な条件が付いている。
「これは、どうなっているでござるか?」
「どうなっているんでしょうね……」
しかも驚いたことにこのセール、どうやら期間限定なわけではないらしい。
よく分からないが、そんな値段で売っても利益が出なくて倒産しちゃうのではないだろうか?
「フィーネ様、まずはホテルへ向かいましょう」
「そうですね」
ホワイトムーン王国から乗ってきた馬車をホテルに預けてあるので、今日はそのままそこに泊まればいいだろう。
こうして私たちはホテルへと向かうのだった。
◆◇◆
「あれ? ここ、でしたよね?」
「そのはずですが……」
私たちは馬車を預けたホテル・エルムデンの前にやってきたのだが、なんとホテルの入口が閉鎖されている。
どうしたものかと困っていると、通行人のおじさんが声をかけてきた。
「どうしたんだい? そこはついこの間潰れたよ。仕入れ先が抗争のあおりを受けて飛んじゃったからね」
「抗争でござるか?」
「ああ、そうだとも。反ハスラングループ連合が聖女様の名前を使ってハスラングループに嫌がらせをしたんだよ。でもハスラングループにそんなことしたらどうなるかなんて分かるだろうに」
「そうでござるか。拙者たちはここに荷物を預けていたでござるよ」
「荷物? そんなら裁判所だろうね。全部差し押さえられてるはずだからね」
「そうでござるか。感謝するでござるよ」
そうしておじさんはどこかへと歩いていった。どうやらローブのフードを目深に被っていたため、私の正体はバレずに済んだようだ。
「じゃあ、裁判所に行きましょうか」
「そうですね。裁判所は……とこちらのようです」
地図で確認してくれているクリスさんに案内され、私たちは裁判所へと向かうのだった。
◆◇◆
「我々はホテル・エルムデンに馬車を預けていたのだ。だが戻ってきたら廃業しており、その馬車がここにあると聞いてきたのだが……」
「ええと、どちらさ……聖女様!?」
受付の職員さんが椅子からまるで飛び跳ねるように立ち上がった。職員さんがあまりに大声を上げたため、周りの人たちが私の存在に気付かれてしまったようだ。ひそひそと隣の人と話し始めた。
「聖女様だ」
「聖女様がいらっしゃる……」
「ああ、すごい美人だな……」
「ハァハァ。つ、つ、つるぺた聖じ――」
おい! ちょっと待て! どうしてどこに行ってもこんなことを言いだす奴が必ず出てくるんだ!
「フィーネ様?」
「え? あ、いえ、なんでもないです」
私はニッコリと営業スマイルを浮かべ、心の内を誤魔化した。するとクリスさんは小さく頷き、職員さんに向き直って話を続ける。
「我々の預けていた馬車を返してもらいたいのだ。ホワイトムーン王国の国章があしらわれているのですぐに分かると思うのだが……」
「は、はい! どうぞこちらへ」
こうして私たちは裁判所の応接室へと通されたのだった。
◆◇◆
「聖女様! 大変申し訳ございません!」
応接室で待っていた私のところにスーツを着た頭頂部が寂しい小太りの五十くらいのおじさんがやってきたかと思うと、突如ブーンからのジャンピング土下座を決めてきた。
ええと、なんというか、迫力はあったけどフォームがいまいちだったかな。演技をするときはきちんと指先や背筋をきっちり伸ばすことを意識したほうがいいと思う。
うーん、6点。
「神の御心のままに」
と、そんなことを考えているとはおくびにも出さずにいつもの言葉で起こしてあげる。
ブーンからのジャンピング土下座を謝罪のときに使われるというのはなんとも新鮮な気分だ。
「いきなりどうしたんですか?」
「我々が差し押さえたときにはすでに聖馬は亡くなられていたのです。我々の差し押さえが遅かったばかりに……」
「えっ? 聖馬?」
ってなんだっけ?
「フィーネ様、我々の馬車を牽いてくれていた馬のことです」
なんと! ホワイトムーン王国から私たちを連れてきてくれたあの子たちが!
「どうしてそんなことに?」
「あのホテルは急速に仕入れが出来なくなったようなのです。それでどうやら怪しげな連中から質の悪い飼葉を仕入れ、与えてしまったようなのです」
「えっ?」
そんなにすぐに死んでしまうような飼葉って、餌と言えるのだろうか?
「毒でも盛られていたのか?」
クリスさんが険しい表情で尋ねる。
「わかりません。もちろんその可能性もございますが、実はその仕入れ先が不明でして」
「なぜだ? 担当の者から聞きだせないのか?」
「それが……」
「それが?」
「支配人が調達してきたと従業員だった者たちは証言しているのですが……」
「ならば支配人に聞けばいいのではないか?」
「支配人の男はこのことを苦にしたのか、自ら命を絶ってしまったのです」
「えっ!?」
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