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欲と業

第十一章第23話 馬を求めて

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「そんな……」

 まさかそんなことが……。

 たしかに馬のことは残念だ。一生懸命馬車を牽いてくれていたのだから愛着がわいていないわけがない。

 だからといって、自殺してしまうだなんて!

「そんな事情ですので、債権を整理してからの弁済となります。大変申し訳ございませんが、手続きが終わるまでは私どもとしても、その、大変心苦しいのですが……代えの馬をご用意致しかねます」
「……だが、こちらには証文もあるのだぞ」
「はい。聖女様が嘘をおっしゃるなどとは思っておりません。ですが、他にも債権者がおるのです。私どもはあくまで行政機関ですので、いくら聖女様といえども便宜を図るわけにはいかないのです」
「だが!」

 あ、まずい。このままいくとクリスさんが暴走しそうだ。

「クリスさん、もういいですよ。馬は自分たちで手配しましょう。それに、馬車はもともと王様のものですよね? だからあとは王様に任せて、ゴールデンサン巫国を目指しましょう」
「……かしこまりました」
「それじゃあ、ええと――」
「これは申し訳ございません! 申し遅れましたが、私はエルムデン地方裁判所の所長を務めておりますハンスと申します」
「はい。それじゃあハンスさん。馬を手配してくるので、馬車はまた後で受け取りに来ます」
「かしこまりました。この度はまことに申し訳ございませんでした」

 こうして私たちは裁判所を後にしたのだった。

◆◇◆

 私たちは馬が売られている市場があると聞き、町はずれの市場にクリスさんと二人でやってきた。シズクさんとルーちゃんにはホテルを探してもらっているので、今は別行動中だ。

 しかし、やはり様子がおかしい。

 ものすごくピリピリしているというか……。

 明らかに部外者な私たちをジロジロと観察している。市場なんだから部外者が来るのは普通だと思うのだが……。

「どうなっているんでしょうね?」
「フィーネ様にこのような視線を向けるなど!」
「クリスさん、大丈夫ですからね?」
「はい。ですが……」

 腹に据えかねている、といったところなのだろうか?

 でも私の顔は知られているのだ。バレたらきっと面倒なことになると思うので、どうかこのまま堪えて欲しい。

「それよりも、早く馬を探しましょう」
「はい」

 こうして私たちは人々の無遠慮な視線に晒されながらも市場の中を歩いていく。だがしかし一向にそれらしきお店は見つからない。

「馬は売っていないんでしょうかね」
「そうなのかもしれません」

 そうして歩いていると、私たちはいつの間にか市場の外れにやってきた。何やら目つきの悪い連中がジロジロとこちらの様子を窺っている。

「フィーネ様、ここは少し」
「そうですね。戻りましょうか」

 私たちが回れ右をして立ち去ろうとすると、その目つきの悪い男たちが私たちの進路を塞いだ。

「ここを通すわけにはいかねぇな」

 どすの利いた声で一人の男がそう言った。スキンヘッドでガタイの大きい、いかにも強そうな男だ。

 なんというか、クリスさんにそんなことを言うなんて勇気があるなぁと思う。

「なんだ? お前たちは」

 クリスさんが少し低い声で男たちを威嚇する。

「なんだ、じゃねぇ。ここに来たってことは、てめぇラインス商会の雇ったやつだろう! よくも今まで散々邪魔ばかりしてくれたな!」

 うん? なんだっけ? ラなんとか商会って、初耳な気がするけれど……。

 しかし彼らは随分と気が立っているようだ。

「……なんの話かは知らんが、我々はそのラインス商会とやらとは無関係だ」
「じゃあなんでここにいやがる! てめぇらはいつもそうだ! そういっていつも俺たちの邪魔ばかりしやがって!」
「一体なんの話だ?」

 うん。さっぱり意味が分からないよね。

「とぼけてんじゃねぇ! そこのチビがいつも邪魔してきやがる魔術師だろうが!」

 え? 私? うーん、水属性と闇属性なら少々?

「このお方を魔術師呼ばわりとは……どけ! さもなくば斬るぞ」

  あれ? そこってクリスさんのキレるポイントだったっけ?

「ああん? やれるもんならやってみやがれってんだ! 今日という今日は目にもの見せてやる!」

 スキンヘッドの男がそう言うと、物陰からぞろぞろと剣を持った男たちが出てきて私たちをぐるりと取り囲んだ。

「どうだ! さっさと諦めて何をしにきたか吐いてもらおうか! 今度は何を盗みに来やがった」
「……我々は馬を手に入れに来ただけだ」
「馬だと!? やっぱりそうか! どっからその情報を手に入れやがった!」

 ええと?

「……お前は何を言っているんだ? いつまでもおかしな言いがかりをつけてくるな。いい加減にしないと斬るぞ」

 クリスさんは剣に手をかけた。

「っ! こいつ! やっちまえ!」

 それを見た男が攻撃の命令を下し、私たちを取り囲んでいる男たちが一斉に襲い掛かってきた。

「貴様ら……!」
「ストーップ!」

 私は結界を張り、中からも外からも攻撃できないようにした。突如現れた結界に男たちはゴチンと思い切り顔面を打ち付ける。

「フィーネ様?」
「もういいですよ。どんなに手加減しても、下手をすると死んじゃうかもしれないですから」
「……かしこまりました」

 クリスさんは剣から手を放し、私はフードを取った。

「こんにちは。フィーネ・アルジェンタータと言います。私たちはホテルに預けていた馬が死んでしまったので、馬車を牽いてくれる馬を探しに来たんです。すみませんが通してもらえませんか?」
「「「えっ……!?」」」

 男たちは顔面を結界に押し付けた状態で硬直し、それから弾かれたかのようにブーンからのジャンピング土下座を決め……ようとして再び結界に顔面をぶつけた。

「あ……」
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