勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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滅びの神託

第十章第19話 見習い騎士のニコラくん

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 サマルカを出発した私たちは町の西に広がる深い森へとやってきた。この辺りはもともと実りの豊かな森で、ハンターたちの稼ぎの場でもあったそうだ。しかし最近は魔物の強さと数が悪い方向に変化したため、地元のハンターたちではとても立ち入ることが出来なくなってしまったのだそうだ。

 そんなわけで、今回の目的はサマルカから近いこの豊な森を浄化して人々が立ち入れるようにすることだ。

 エビルトレントでも出てこない限りはなんとかなるだろうし、万が一出てきたとしても火属性の攻撃魔法がちゃんと使える魔術師に同行してもらっている。普通に考えれば特になんの問題もないはずなのだが……。

「聖女様。行って参ります!」
「はい。いってらっしゃい」

 勇ましくそう言って森の奥へと向かっていったのはニコラくんだ。どうやらニコラくんは前回の別れ際に私の護衛として一緒に旅立てなかったことをかなり悔やんでいたそうで、あれから毎日欠かさずに剣の修業をしていたと聞いている。

 そして今日、その成果をどうしても私に見せたいのだそうだ。

 私としてはニコラくんのような子供が前線に出るのには反対なのだが、彼は十一歳にして第五騎士団の騎士見習いになっているのだそうだ。そして騎士見習いというのはすでに騎士団の一員であり、上官の命令に従って前線に出るのは当然らしい。団長のエンゾさんが出撃の命令を出してしまったので、いくら私が聖女といえどもその決定に口を出すのは難しい。

 きっとエンゾさんとしても、ニコラくんのがんばりに対して晴れ舞台を用意してあげたというつもりなのだろう。

 ただ、心配なのはニコラくんが初陣だということだ。

「クリスさん。初陣でいきなり本番なんて、大丈夫でしょうか?」

 それに対してクリスさんはなんともバツの悪そうな表情となった。

「あれ? どうしたんですか?」
「いえ。騎士見習いというのは元来、あのように使われるのです。むしろ今回はフィーネ様がいらっしゃるため、どちらかというと安全な任務となります」
「え?」
「私も見習いのときは少人数で魔物の住む森などに赴き、魔物を退治して回りました。そうしなければレベルが上がらず、いつまでたっても戦力とはならないからです。もちろん、その過程で少なくない犠牲は出てしまうのですが……」
「ああ、なるほど……」

 いくら一生懸命訓練したとしても、レベルとステータスの暴力の前には無力なのだ。魔物にとどめを刺してレベルを上げることが強くなるための一番の近道で、そのためには危険な場所に行くしかない。

 であれば、最高レベルの【回復魔法】スキルを持つ私のいる今がもっとも安全なニコラくんの初陣のタイミングなのだろう。

 あ、でも【蘇生魔法】を取ってあるし、死んでいてもなんとかなるのかな?

 ぶっつけ本番になってしまうけれど。

 え? 試していないのかって?

 いやいや。いくらなんでも誰かを殺して試すわけにはいかないから。誰も死んだり怪我をしたりしないのが一番だと思うのだ。

 とまあ、そんなこんなでニコラくんをはじめとする討伐部隊の皆さんを見送ったわけなのだが、残った私たちはというと特にやることがない。

「あの、団長さん」
「なんでしょうか? 聖女様」
「私たちは戦わないのでしょうか?」
「いえいえ。聖女様を前線に送り出すなどとんでもございません。魔物どもを始末した後に浄化をしていただくだけで十分でございます。どうか、血なまぐさいお仕事は我々にお任せください」
「はぁ……」

 ここに来ている皆さん全員よりもシズクさん一人のほうが強い気がするし、下手をすると私たちのほうが彼らより修羅場をくぐっている気がしなくもない。

 とはいえ、さすがにそんなことを言ったら彼らのプライドを傷つけてしまうだろうしなぁ。

 それにシズクさんも戦いたくてうずうずしているという様子はないし……。

 うん。とりあえずはこのまま見守ることにしよう。

 そう考えた私は森の少し開けた場所に設営された陣の中で椅子に座ると、日光浴を開始したのだった。

◆◇◆

 紅茶を飲みながらぼーっとしていると、遠くのほうから小さな悲鳴のような音が聞こえてきた。

「シズクさん!」
「聞こえているでござるよ! ルミア殿!」
「ふぇ?」

 用意されたクッキーをせっせと頬張っていたルーちゃんが、リスのように頬を膨らませながら気の抜けた返事をしてきた。

「ルーちゃん。誰かが怪我をしたみたいです。助けに行きませんか?」
「……」

 ルーちゃんは目の前にあるクッキーの山をじっと見つめ、それから私をちらりと見るとまたクッキーの山をじっと見つめる。

「クッキーは帰ってきたらまた食べましょう」
「はいっ!」

 一瞬でやる気になったルーちゃんはいつの間にか頬張っていたクッキーを全て飲み込んでおり、弓を手に持ち立ち上がった。

「フィーネ様」
「はい。クリスさんも行きましょう」
「もちろんです」
「ではルーちゃん。お願いします」
「はいっ!」

 こうして私たちはルーちゃんの先導で設営された陣を飛び出す。

「聖女様? お待ちください! 一体どちらへ行かれるのですか!?」
「誰かがやられているみたいなので助けに行きます」

 そう言い残して私たちはルーちゃんと精霊の力で作られた道を走り出す。

「え? ちょ、そんな! お待ちください! 聖女様ー!」

 エンゾさんの慌てた声が背後から聞こえてきたのだった。
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