勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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砂漠の国

第七章第40話 人間だから

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「ああっ! あれは聖女様! やはり神は我々をお見捨てにならなかった!」

私たちがエイブラの西門前の結界の近くまでやってくると、避難しているルマ人たちから歓喜の声が湧き上がる。そしてすし詰め状態だというのに見事にブーンからのジャンピング土下座を決めた。

一方のそれを見たエイブラの兵士たちは戸惑った様子だ。そして私達を見つけると硬直し、そのままビタンとなった。

なるほど? 末端の兵士たちにはあの偽聖剣の騒動は聞かされていないわけか。という事は説得できるかな?

「道を開けてください。私は彼らを救済することにしました」

兵士たちはあからさまにしかめっ面をしたが、私の言う事には素直に従って道を開けてくれた。

「それと皆さん、彼らを傷つけることは私を傷つけることと同じです。剣を向けるならばその覚悟をしてください」

それを聞いた兵士たちの顔がさっと青ざめる。

これなら大丈夫かな? よし。

「ルマ人の皆さん。私はフィーネ・アルジェンタータです。これから皆さんが虐げられることなく暮らせる約束の地へと共に参りましょう」
「おおおぉぉぉ。聖女様! 聖女様!」

土下座をしているルマ人達からは嗚咽が漏れ聞こえてくる。

「神の御心のままに」

私はそう言ってルマ人達を立ち上がらせると、西へと歩くように促す。そんな彼らの中から一人の青年が私たちのもとへと歩いて来ては跪いた。短い髪のこざっぱりとした印象の青年だ。

「聖女様! オレは旅芸人をしているラザールと言います!」
「はい。はじめまして」
「オレ、旅をしているので道案内ができます! オレに先導を任せては貰えませんか?」
「分かりました。それではイザールの町へと向かってください。そこで船を借りられるか試してみましょう」
「はい! 任せてください!」

こうしてラザールさんが先頭を歩く形でルマ人たちの大集団は再び砂漠を移動し始めたのだった。

****

ゆっくりとしたペースで私たちは西へ西へと向かっている。いつの間にやら集まっていた大量のルマ人たちはエイブラで虐げられていた人達で、およそ 2,000 人ほどいるらしい。

何でも、シャリクラで私たちのことを聞いたラザールさんの一座が先回りしてエイブラに入り、同胞達に私達の事を触れ回ったそうだ。そしてそれを知った彼らは私たちの到着に合わせて一斉に城壁に空けた穴から脱出して私たちの連れてきたルマ人たちと合流したらしい。

しかしそこに兵士たちがやって来て万事休すかと思われたのだが、私の残しておいた結界のおかげでなんとか事なきを得たとうことのようだ。

うん。何だかあまりにも出来すぎている気もするね。でも、誰も通り抜けられない結界ではなくルマ人だけが通り抜けられる結界にしておいて本当に良かった。

それと今のところはまだ追手は来ていない。だが私たちがいつの間にか宮殿から脱出してルマ人たちと合流したことはすぐに知られることになるだろう。

そうなれば、逃げるルマ人たちを殺すための兵士達が派遣されるに違いない。

そして万が一私たちがその兵士たちに殺されればホワイトムーンとイエロープラネットは戦争にもなりかねない。だから私たちが殺されるということまではされないが、ルマ人たちは殺されるだろうし、それにもしかしたらルーちゃんは奴隷にされてしまうかもしれない。

だから、そうならないためにも追手の妨害だけはしておくべきだろう。

そう考えた私は、できるだけ横に広い防壁を私たちの後ろに設置しておいた。彼らでは私の防壁を破壊することはできないだろうし、かなり大きく迂回しなければならなくなるためそれなりの時間稼ぎにはなるはずだ。

あと、この集団は先頭はラザールさんだけでなくシズクさんにも引っ張ってもらっている。ラザールさんが道案内役でシズクさんが魔物を倒す役というわけだ。イザールからエイブラに向かったときはイエロースコルピがたまに襲ってくる程度だったので、その程度であればシズクさん一人でも問題ないはずだ。

そして対して私たちは集団の後ろの方でエイブラからの追手を警戒している。追手が来たらまた防壁で進むのを邪魔してやるのだ。

追いついては何度も迂回させられるというのを何度も繰り返せばそのうちいやになって諦めてくれると思うのだけれど。

****

「また来ましたね。結界」

私は追いかけてきたエイブラの兵士たちを結界でまとめて閉じ込めた。今までは防壁で壁を作って足止めをしていたのだが、あまりにもしつこく追いかけてくるのでちょっと帰ってもらう様に説得をしてみようと思う。

「フィーネ様?」
「閉じ込めたので帰ってもらえないか説得してみます」

私がそう言うとやれやれ、といった表情ではあるものの私の前に立って歩いくれた。ルーちゃんもそっと後ろに付き添ってくれる。

「エイブラの兵士たちよ。聖女フィーネ・アルジェンタータ様よりお前達に話がある」

いや、そんなに上から目線で話さなくても、とは思うがクリスさんとしてはもう彼らは敵認定なんだろう。ただ、彼らも仕事だから仕方なくやっているという事もあるんじゃないかな。

あれだけ聖女様、聖女様と地面にビタンとなっていたんだから、良心くらいは残っていると信じたい。

「こんにちは。私はフィーネ・アルジェンタータです。皆さんにお願いがあります。どうかこのまま私たちを行かせてはくれませんか? あなた方にとってはルマ人たちは穢れの民かもしれませんが、私たちにとっては違います。神は隣人を蔑み、殺せとは教えていないはずです。どうか異国へと旅立つ彼らを優しく見送ってあげてはもらえませんか?」

しかし、私に返ってきたのは予想外の言葉だった。

「黙れ! よくも俺たちを騙してくれたな! この偽聖女め!」
「そうだ! 偽物が神を語るな! この神の敵が!」
「穢れの民など隣人ではない! 穢れをもたらす邪悪な存在だ!」
「そうだ。穢れた血をここで絶つんだ!」

怒りと憎しみのこもった目で私とその後ろにいるルマ人たちを睨み付けるその顔が、先日まで聖女様、聖女様と言っていた彼らとはとても同じ人たちだとは思えなくて。

「そん……な……」

私は絶句してしまった。

「フィーネ様。彼らには何を言おうと無駄です。それよりもいち早くルマ人たちを逃がしてあげましょう」
「……はい」

ショックだ。ただ偉い人から言われただけでそんな風に態度を変えられてしまったことが、そして同じ町に住んでいるのに邪悪な存在だと言い切る彼らの性根が信じられなくて。

「どうして人は、こんなに残酷になれるんでしょうね……」
「フィーネ様……」
「……姉さま。それはあいつらが人間だからじゃないですか?」

ルーちゃんのその言葉は私に深い衝撃を与える。

ああ、そうか。これは期待していた私がいけなかったんだろう。

分かり合える人もいるし、素敵な人もたくさんいる。でも、そうじゃない人も、どうしようもない人もたくさんいる。それが人間なのかもしれない。

「そう……ですね……。先を急ぎましょう」

こうしては私は追手の兵士たちを閉じ込めた結界を解かずに歩を進めた。その後私が結界を解いたのは、およそ 5 時間ほど進んでイエロースコルピの群れに襲われ、ルマ人たちの身の安全を守るために結界を張った時だった。
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