上 下
319 / 625
砂漠の国

第七章第32話 差別

しおりを挟む
イドリス君の家を出た私たちを待っていたのは唖然とした表情のハーリドさんと護衛の兵士達だった。

「皆さんにお願いがあります。イドリス君については病気のお母さんを思っての行動ですので、どうか処罰する事の無いようにしてあげてください」
「は、はぁ」
「それと、もう少しここの人達にも優しくしてあげることはできませんか? このような仕打ちはあんまりです。生まれながらに穢れている人なんているわけがありません」
「……」

しかし、ハーリドさんも兵士の人たちもそれには返事をしてくれない。

同じ国に暮らしている人にどうしてこんな酷いことができるのだろうか?

どうしてこの国の人達はみんな平気な顔をしているのだろうか?

私が勝手に憤りを感じているだけなのかもしれないけれど、それでも何もできない自分が悔しいし辛い。

イドリス君とそのお母さんにしたことはあれで本当に正解だったんだろうか? もっと他にやるべきことがあったんじゃないだろうか?

それに、今語り掛けた言葉はこれでよかったんだろうか?

いくら自問しても答えは見つからない。

「……帰りましょう」
「はい。フィーネ様」

クリスさんがいつものようにそう言って優しくエスコートしてくれるが、私は今一体どんな表情をしているのだろうか?

酷い表情で無ければ良いけれど。

私はフードを目深まぶかに被ると足早にその場を立ち去ったのだった。

****

「フィーネ殿。防音の結界をお願いできるでござるか?」

ホテルの部屋に戻るとシズクさんがそう切り出してきたので私は結界を張る。

「フィーネ殿。拙者はフィーネ殿のイドリス少年に対して行った行為は人として正しいと思うでござるよ」
「……シズクさん」
「ただ、もしかすると彼らの置かれた状況は今後より悪化するかもしれないでござるよ」
「え?」

私は思わずシズクさんの顔を見つめるが、シズクさんの表情は真剣そのものだ。

「今回のような差別はそう簡単には無くならないでござるよ。それに上層部だけでなく一般市民までこの認識では、おそらく解決することは不可能でござろう」

シズクさんの言葉に私は唇を噛む。

「それと、おそらくこの状況は意図的に作り出されているでござるよ。こういった差別される対象を作り出して一般市民の不満のはけ口にしているのでござろうな。自分達よりも下がいるから大丈夫だ、と」
「そんなの!」
「フィーネ様。我が国でもここまで酷いものはありませんが、やはりこうした構造は存在します。王都でもミイラ病の発生源となった貧民街出身の者は何かと不利益を被ることが多いと聞いています」
「だからといって、あんな酷いことには!」

私は思わず声を荒らげてしまった。

「それは、そうですが……」
「フィーネ殿。クリス殿は何も彼らの境遇を肯定しているわけではないでござるよ。それに聖女のいない国出身の者として、拙者も拙者なりに聖女という者がどのような立場でどのように扱われているかはある程度理解してきたでござる」
「はい」
「聖女の言葉はそう簡単に無視できるものではない故、彼らとしても無視することは難しいでござろう。しかし、この問題を解決するということは彼らの根本的な部分を変える必要がある故、そう簡単に受け入れられることではないでござろう。そもそも、彼らはルマ人の事を対等な人間とは認めないでござるからな」
「でも!」
「それに今のフィーネ殿はホワイトムーン王国の特使でもあるでござる。そんなフィーネ殿が他国のこういった政治の問題に口を出したとして、彼らとしては絶対に受け入れられないはずでござるよ。それこそ、最悪は国と国との衝突に繋がる可能性もあるでござるよ?」
「……」
「だからこそ、レッドスカイ帝国の皇帝は誰かをフィーネ殿と一緒に行かせたかったんでござろうな」
「え?」

意味が分からなかった私は思わず聞き返したが、それに対してクリスさんが横から答えてくれた。

「聖女であるフィーネ様の言動は非常に重いのです。だからこそ、フィーネ様のかたわらで気軽に話をできる聖騎士や従者という立場はフィーネ様を利用しようと考える者たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものなのです」
「そう……ですか。でもそんな人は聖剣が認めないんじゃないですか?」
「はい。ですが逆に言えば聖剣に認められるか、もしくはフィーネ様に認められれば良いのです。それこそ、ルミアのように」

ああ、なるほど。そういうことか。

そう、だね……。

うん。やっぱりこれ以上人数を増やすのは良くない。次に会う聖剣にもちゃんと言って聞かせておこう。

「あの、聖女様」
「なんですか?」

私たちの会話を聞いていたサラさんがおずおずと話しかけてきた。

「もし祖国を解放できましたら、ルマ人達の中で希望する者を我がブラックレインボー帝国に移民として受け入れたいと思います。あの、もしよろしければ、ですが」
「え? 本当ですか? それはいい案です! 是非ヒラールさんに相談してみましょう!」

そうか。サラさんが魔の者から国を取り戻せばサラさんが皇帝になるのだ。そのくらいはできるだろう。

そんな私たちをシズクさんが少し呆れたような表情で見守っていたのだった。

「あれ? どうしたんですか? いい案だと思いませんか?」
「いや。フィーネ殿はやはり聖女だな、と思ったでござるよ」
「え?」

シズクさんはそれ以上は答えずに曖昧に笑う。シズクさんのその向こうには、陽だまりの中ルーちゃんに撫でられて気持ちよさそうに目を細めるマシロちゃんの姿があった。

================
ストックをたくさん作ることができましたので、第七章完結までは毎日 19:00 更新となります。

どうぞお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

皇女殿下は婚約破棄をお望みです!

ひよこ1号
ファンタジー
突然の王子からの破棄!と見せかけて、全て皇女様の掌の上でございます。 怒涛の婚約破棄&ざまぁの前に始まる、皇女殿下の回想の物語。 家族に溺愛され、努力も怠らない皇女の、ほのぼの有、涙有りの冒険?譚 生真面目な侍女の公爵令嬢、異世界転生した双子の伯爵令嬢など、脇役も愛してもらえたら嬉しいです。 ※長編が終わったら書き始める予定です(すみません)

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...