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砂漠の国
第七章第32話 差別
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イドリス君の家を出た私たちを待っていたのは唖然とした表情のハーリドさんと護衛の兵士達だった。
「皆さんにお願いがあります。イドリス君については病気のお母さんを思っての行動ですので、どうか処罰する事の無いようにしてあげてください」
「は、はぁ」
「それと、もう少しここの人達にも優しくしてあげることはできませんか? このような仕打ちはあんまりです。生まれながらに穢れている人なんているわけがありません」
「……」
しかし、ハーリドさんも兵士の人たちもそれには返事をしてくれない。
同じ国に暮らしている人にどうしてこんな酷いことができるのだろうか?
どうしてこの国の人達はみんな平気な顔をしているのだろうか?
私が勝手に憤りを感じているだけなのかもしれないけれど、それでも何もできない自分が悔しいし辛い。
イドリス君とそのお母さんにしたことはあれで本当に正解だったんだろうか? もっと他にやるべきことがあったんじゃないだろうか?
それに、今語り掛けた言葉はこれでよかったんだろうか?
いくら自問しても答えは見つからない。
「……帰りましょう」
「はい。フィーネ様」
クリスさんがいつものようにそう言って優しくエスコートしてくれるが、私は今一体どんな表情をしているのだろうか?
酷い表情で無ければ良いけれど。
私はフードを目深に被ると足早にその場を立ち去ったのだった。
****
「フィーネ殿。防音の結界をお願いできるでござるか?」
ホテルの部屋に戻るとシズクさんがそう切り出してきたので私は結界を張る。
「フィーネ殿。拙者はフィーネ殿のイドリス少年に対して行った行為は人として正しいと思うでござるよ」
「……シズクさん」
「ただ、もしかすると彼らの置かれた状況は今後より悪化するかもしれないでござるよ」
「え?」
私は思わずシズクさんの顔を見つめるが、シズクさんの表情は真剣そのものだ。
「今回のような差別はそう簡単には無くならないでござるよ。それに上層部だけでなく一般市民までこの認識では、おそらく解決することは不可能でござろう」
シズクさんの言葉に私は唇を噛む。
「それと、おそらくこの状況は意図的に作り出されているでござるよ。こういった差別される対象を作り出して一般市民の不満のはけ口にしているのでござろうな。自分達よりも下がいるから大丈夫だ、と」
「そんなの!」
「フィーネ様。我が国でもここまで酷いものはありませんが、やはりこうした構造は存在します。王都でもミイラ病の発生源となった貧民街出身の者は何かと不利益を被ることが多いと聞いています」
「だからといって、あんな酷いことには!」
私は思わず声を荒らげてしまった。
「それは、そうですが……」
「フィーネ殿。クリス殿は何も彼らの境遇を肯定しているわけではないでござるよ。それに聖女のいない国出身の者として、拙者も拙者なりに聖女という者がどのような立場でどのように扱われているかはある程度理解してきたでござる」
「はい」
「聖女の言葉はそう簡単に無視できるものではない故、彼らとしても無視することは難しいでござろう。しかし、この問題を解決するということは彼らの根本的な部分を変える必要がある故、そう簡単に受け入れられることではないでござろう。そもそも、彼らはルマ人の事を対等な人間とは認めないでござるからな」
「でも!」
「それに今のフィーネ殿はホワイトムーン王国の特使でもあるでござる。そんなフィーネ殿が他国のこういった政治の問題に口を出したとして、彼らとしては絶対に受け入れられないはずでござるよ。それこそ、最悪は国と国との衝突に繋がる可能性もあるでござるよ?」
「……」
「だからこそ、レッドスカイ帝国の皇帝は誰かをフィーネ殿と一緒に行かせたかったんでござろうな」
「え?」
意味が分からなかった私は思わず聞き返したが、それに対してクリスさんが横から答えてくれた。
「聖女であるフィーネ様の言動は非常に重いのです。だからこそ、フィーネ様の傍らで気軽に話をできる聖騎士や従者という立場はフィーネ様を利用しようと考える者たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものなのです」
「そう……ですか。でもそんな人は聖剣が認めないんじゃないですか?」
「はい。ですが逆に言えば聖剣に認められるか、もしくはフィーネ様に認められれば良いのです。それこそ、ルミアのように」
ああ、なるほど。そういうことか。
そう、だね……。
うん。やっぱりこれ以上人数を増やすのは良くない。次に会う聖剣にもちゃんと言って聞かせておこう。
「あの、聖女様」
「なんですか?」
私たちの会話を聞いていたサラさんがおずおずと話しかけてきた。
「もし祖国を解放できましたら、ルマ人達の中で希望する者を我がブラックレインボー帝国に移民として受け入れたいと思います。あの、もしよろしければ、ですが」
「え? 本当ですか? それはいい案です! 是非ヒラールさんに相談してみましょう!」
そうか。サラさんが魔の者から国を取り戻せばサラさんが皇帝になるのだ。そのくらいはできるだろう。
そんな私たちをシズクさんが少し呆れたような表情で見守っていたのだった。
「あれ? どうしたんですか? いい案だと思いませんか?」
「いや。フィーネ殿はやはり聖女だな、と思ったでござるよ」
「え?」
シズクさんはそれ以上は答えずに曖昧に笑う。シズクさんのその向こうには、陽だまりの中ルーちゃんに撫でられて気持ちよさそうに目を細めるマシロちゃんの姿があった。
================
ストックをたくさん作ることができましたので、第七章完結までは毎日 19:00 更新となります。
どうぞお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
「皆さんにお願いがあります。イドリス君については病気のお母さんを思っての行動ですので、どうか処罰する事の無いようにしてあげてください」
「は、はぁ」
「それと、もう少しここの人達にも優しくしてあげることはできませんか? このような仕打ちはあんまりです。生まれながらに穢れている人なんているわけがありません」
「……」
しかし、ハーリドさんも兵士の人たちもそれには返事をしてくれない。
同じ国に暮らしている人にどうしてこんな酷いことができるのだろうか?
どうしてこの国の人達はみんな平気な顔をしているのだろうか?
私が勝手に憤りを感じているだけなのかもしれないけれど、それでも何もできない自分が悔しいし辛い。
イドリス君とそのお母さんにしたことはあれで本当に正解だったんだろうか? もっと他にやるべきことがあったんじゃないだろうか?
それに、今語り掛けた言葉はこれでよかったんだろうか?
いくら自問しても答えは見つからない。
「……帰りましょう」
「はい。フィーネ様」
クリスさんがいつものようにそう言って優しくエスコートしてくれるが、私は今一体どんな表情をしているのだろうか?
酷い表情で無ければ良いけれど。
私はフードを目深に被ると足早にその場を立ち去ったのだった。
****
「フィーネ殿。防音の結界をお願いできるでござるか?」
ホテルの部屋に戻るとシズクさんがそう切り出してきたので私は結界を張る。
「フィーネ殿。拙者はフィーネ殿のイドリス少年に対して行った行為は人として正しいと思うでござるよ」
「……シズクさん」
「ただ、もしかすると彼らの置かれた状況は今後より悪化するかもしれないでござるよ」
「え?」
私は思わずシズクさんの顔を見つめるが、シズクさんの表情は真剣そのものだ。
「今回のような差別はそう簡単には無くならないでござるよ。それに上層部だけでなく一般市民までこの認識では、おそらく解決することは不可能でござろう」
シズクさんの言葉に私は唇を噛む。
「それと、おそらくこの状況は意図的に作り出されているでござるよ。こういった差別される対象を作り出して一般市民の不満のはけ口にしているのでござろうな。自分達よりも下がいるから大丈夫だ、と」
「そんなの!」
「フィーネ様。我が国でもここまで酷いものはありませんが、やはりこうした構造は存在します。王都でもミイラ病の発生源となった貧民街出身の者は何かと不利益を被ることが多いと聞いています」
「だからといって、あんな酷いことには!」
私は思わず声を荒らげてしまった。
「それは、そうですが……」
「フィーネ殿。クリス殿は何も彼らの境遇を肯定しているわけではないでござるよ。それに聖女のいない国出身の者として、拙者も拙者なりに聖女という者がどのような立場でどのように扱われているかはある程度理解してきたでござる」
「はい」
「聖女の言葉はそう簡単に無視できるものではない故、彼らとしても無視することは難しいでござろう。しかし、この問題を解決するということは彼らの根本的な部分を変える必要がある故、そう簡単に受け入れられることではないでござろう。そもそも、彼らはルマ人の事を対等な人間とは認めないでござるからな」
「でも!」
「それに今のフィーネ殿はホワイトムーン王国の特使でもあるでござる。そんなフィーネ殿が他国のこういった政治の問題に口を出したとして、彼らとしては絶対に受け入れられないはずでござるよ。それこそ、最悪は国と国との衝突に繋がる可能性もあるでござるよ?」
「……」
「だからこそ、レッドスカイ帝国の皇帝は誰かをフィーネ殿と一緒に行かせたかったんでござろうな」
「え?」
意味が分からなかった私は思わず聞き返したが、それに対してクリスさんが横から答えてくれた。
「聖女であるフィーネ様の言動は非常に重いのです。だからこそ、フィーネ様の傍らで気軽に話をできる聖騎士や従者という立場はフィーネ様を利用しようと考える者たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものなのです」
「そう……ですか。でもそんな人は聖剣が認めないんじゃないですか?」
「はい。ですが逆に言えば聖剣に認められるか、もしくはフィーネ様に認められれば良いのです。それこそ、ルミアのように」
ああ、なるほど。そういうことか。
そう、だね……。
うん。やっぱりこれ以上人数を増やすのは良くない。次に会う聖剣にもちゃんと言って聞かせておこう。
「あの、聖女様」
「なんですか?」
私たちの会話を聞いていたサラさんがおずおずと話しかけてきた。
「もし祖国を解放できましたら、ルマ人達の中で希望する者を我がブラックレインボー帝国に移民として受け入れたいと思います。あの、もしよろしければ、ですが」
「え? 本当ですか? それはいい案です! 是非ヒラールさんに相談してみましょう!」
そうか。サラさんが魔の者から国を取り戻せばサラさんが皇帝になるのだ。そのくらいはできるだろう。
そんな私たちをシズクさんが少し呆れたような表情で見守っていたのだった。
「あれ? どうしたんですか? いい案だと思いませんか?」
「いや。フィーネ殿はやはり聖女だな、と思ったでござるよ」
「え?」
シズクさんはそれ以上は答えずに曖昧に笑う。シズクさんのその向こうには、陽だまりの中ルーちゃんに撫でられて気持ちよさそうに目を細めるマシロちゃんの姿があった。
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