勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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砂漠の国

第七章第30話 小さな勇気

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特に何事もなく神殿で祈りを捧げた私たちはダルハの町へと戻ってきた。そしてそんな私たちを町の皆さんはビタンとなって出迎えてくれた。

ここまではいつもの光景だったのだが、ちょっとした事件が起こった。

この時歩いてホテルへと向かっていた私たちの目の前に一人の小さな男の子が飛び出してきた。

「せいじょさま! おねがいします! たすけてください!」

舌足らずなではあるが、はっきり言葉でそう言ったこの子を私の目の前で護衛の兵士が思い切り槍の柄を強かに打ちつけた。

「このっ! クソガキがっ! けがれの民が聖女様の道を塞ぐな!」

そう暴言を吐くと再び槍を振り上げたので私はその子を槍から守るために結界を張った。

兵士の一撃は私の結界に受け止められる。

「なっ? こいつっ!」

兵士はむきになって結界を叩き、そして最後には結界を貫こうと穂先を突き立てた。

「何をしているんですか!」
「も、申し訳ありません。聖女様。今すぐこの邪魔者を排除いたします!」
「そうではないです。その結界を張ったのは私です。何故こんな小さな子にそのようなひどい仕打ちをするのですか!」
「えっ? で、ですがこいつらは穢れの民ですから……」
「は?」

穢れの民? 一体どういう事?

私はクリスさんとシズクさんを見るが二人とも首を横に振る。

どうやら知らないようだ。ルーちゃんは知っているわけがないし、サラさんも困惑した表情をしている。

と、その時、いつも飄々としてるハーリドさんの表情が曇っているのが目に入った。

「ハーリドさん。穢れの民とは何ですか?」
「そ、それは……」
「……それは、答えられないことなのですか?」
「う……」

なおも答えない。どうやらよほど触れられたくない事のようだ。

「じゃあ仕方ありませんね」

私はハーリドさんから答えを聞くことを諦めて男の子に歩み寄る。

可哀想に。うずくまって彼は恐怖のあまりに震えており、目には涙を溜めてしまっている。

「大丈夫ですか? 痛かったでしょう。治癒。それに体も汚れていますから綺麗にしておきましょう。洗浄」

傷を治し、汚れを落としてあげるとポカンとした表情で私を見つめてきた。それから弾かれたように立ち上がる。

「かみにかんしゃを」

そう言うと、見事にブーンからジャンピング土下座を決めて見せた。うん、6 点かな。

まだこんなに小さい子供だというのに指先まできっちり伸ばしたブーンの姿勢は見事だったところは大幅に加点要素だ。ただ、そこからのジャンプへの繋ぎと土下座着地のフォームには乱れがあったので、このあたりを頑張って練習すればいずれ教皇様のような見事な演技ができるようになるのではないだろうか?

あ、演技じゃなかった。これはお祈りなんだった。

「神の御心のままに」

私がニッコリと笑顔でそう言ってあげるとその子は満面の笑顔を浮かべて立ち上がったので、その頭を優しく撫でてあげた。すると再びその子はいかにも抑えきれないといった様子の笑顔になった。

しかし、周りの人達がざわついている。ええと、なになに?

「穢れの民のくせに……」
「聖女様の前に立つなど……」
「聖女様まで穢れてしまう」
「兵士たちは何をやっているんだ?」
「穢れの民などさっさと殺してしまえばよかったんだ」

うーん。何やら随分と不穏なことを言っている。ただ、そのビタンとなっている姿勢のせいで緊迫感はないのだが……。そう、なんと言うか、その、得体の知れない不気味さはある。

「これはつまり……宗派の違う者を差別しているという事でござるか?」

そうか。シズクさんも半黒狐になったおかげで耳が良いからこの醜悪な会話が聞こえているんだ。

そしてシズクさんのその言葉にハーリドさんがピクリと反応する。

「そうで、ござるな? この子のそれはホワイトムーン王国のそれと同じに見えるでござるが……」
「そ、それは……」

ハーリドさんは明らかに動揺した様子だ。妙に汗をかいているあたりから察するに、よほど都合が悪いのだろう。

「……まあ、今はそれよりこの子のことでござるな? 少年。フィーネ殿に助けて欲しいとはどういう事でござるか?」

あれ? 追求すると思ったらあっさりと矛を引っ込めたぞ?

「あ、ええと。ぼくのおかあさんがびょうきなんです。たすけてください」

そう言って左手にぎゅっと握っていた小銅貨 3 枚を緊張した面持ちで差し出してきた。

うう。何て健気なんだ。きっと、この子に用意できる精一杯のお金なんだろう。

私は屈んでこの子に目線を合わせる。

「私はフィーネ・アルジェンタータと言います。あなたのお名前は?」
「え? あ、ぼくは、いどりすです」
「はい。それではイドリスくん。今すぐ向かいましょう。お母さんのところへ案内してくれますか?」

私がそう言ってあげるとイドリス君は再び満面の笑みを浮かべてくれたのだった。
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