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砂漠の国
第七章第16話 娼館の惨劇(前編)
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2021/12/12 誤字を修正しました
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日が傾くころに私たちはダルハの港へと入港した。結局あれから魔物が襲ってくるなどということは無く、フラグは回収されずに済んだのは幸いだった。
さて、出迎えてくれた首長さん達のビタンから始まる恒例のやり取りを終えた後、私たちはダルハのホテルへと直行した。揺れない床とふかふかのベッドのありがたみを噛みしめながらで久しぶりに熟睡できたのだった。
そして翌朝、朝食を済ませた私たちのところに昨日出迎えてくれた首長さんがやってきた。もちろん恒例のやり取り付きだ。
ちなみにこの首長さん、名前はヒラールさんというそうで見たところ四十代半ばの少々小太りのおじさんだ。
「聖女様。おはようございます。いかがででしたか?」
「はい。とても素晴らしいお部屋でとても良く眠れました」
「それは結構でございます」
ヒラールさんはそう言って人懐っこい笑顔を浮かべた。
「さて、聖女様。こちらにお越し頂いたご用件は伺っております。早速、目的の娼館へと参りましょう」
「はい。ありがとうございます。あ、サラさんはちょっとホテルでお留守番をお願いします」
「かしこまりました」
サラさんはそう返事をしてくれたが、ルーちゃんは隣で硬い表情をしている。まだ確定したわけではないが、もしかしたら妹が悲惨な目に遭っているかもしれないのだ。その心中は察するに余りある。
「ルミア殿。気負わず、笑顔で迎えてやるのが一番でござるよ」
シズクさんがそっとルーちゃんの耳元で囁き、ルーちゃんは小さく頷いたのだった。
「さ、こちらへ」
私たちはヒラールさんに案内されて大きな馬車に乗り込んだ。私たちにヒラールさん、それからハーリドさんが乗り込んだことを確認するとゆっくりと馬車が動き出す。
「聖女様。我々も少しお調べいたしましたが、そのエルフの娼婦の名前はレイアというそうです」
「っ!」
ルーちゃんが息を呑んだ音が聞こえてくる。
「そして緑の髪に金の瞳で見目麗しく、背丈はそうですな。クリスティーナ殿くらいと聞いております。それとエルフとは思えぬほどのとても豊満な体つきをしているのだとか」
「え?」
それを聞いたルーちゃんは困惑の表情を浮かべる。それはそうだろう。クリスさんと同じ背丈となると、リエラさんよりも大分背が高い。
「そうですな。報告を受けた範囲ですと少なくともルミア殿よりも年下とはとても思えませんが、長らくお会いしていないとのことですし、一応確認だけはしておいた方が良ろしいかと思いますぞ」
「そう……ですか……」
それを聞いたルーちゃんは落胆したようなホッとしたような、なんとも複雑な表情を浮かべている。
私はルーちゃんの手をそっと握ってあげるとルーちゃんの息を呑んだ音が聞こえ、それからそっと私の手を握り返してきたのだった。
****
「さ、着きましたぞ」
馬車は裏通りを抜け、花街と思われる一角に停車した。
だが、おかしい。何でこんなに血の匂いがするのだろうか?
私がクリスさんとシズクさんを見遣ると二人は既に剣に手をかけている。
「おや? どうなさいましたか?」
「どうしたもこうしたもない。何故こんな血の匂いのする場所にフィーネ様をお連れしたのだ!」
そんなヒラールさんにクリスさんは怒気を含んだ声で問い詰める。最近は大丈夫だし、昨日も血を貰ったから今日は大丈夫だと思うけれど、昔血の匂いを嗅ぎすぎて倒れたこともあるからクリスさんはその辺りももしかしたら心配してくれているのかもしれない。
「え? 血の匂い? クリスティーナ殿。どういう事でしょうか?」
ヒラールさんの表情には純粋な驚きの色が浮かぶ。少なくとも何か隠し事をしているようには見えないが……。
「少なくとも周囲に殺気は無いでござるな」
シズクさんが辺りを伺いながらそっと馬車の扉を開いて外に出る。
「大丈夫でござるな。フィーネ殿、もう馬車を降りても大丈夫でござる」
「はい」
シズクさんのその言葉に私たちは馬車を降りる。
すると血の匂いが更に強くなり、それは私たちの目の前の建物から漂ってきている。
「ヒラール首長、目的の娼館とはこの建物の事か?」
「はい。その通りです。クリスティーナ殿」
「では、何かがあったという事だな」
「え? 何か、と言いますと?」
「この血の匂いは明らかにおかしい。何か事件があったのではないか?」
「事件、ですと? お、おい!」
ヒラールさんはクリスさんのその言葉に驚き、慌てて御者の男を問い詰める。
「い、いえ。私は何も。昨晩確認した時は客の出入りもあり普通な様子でした」
「ということは、昨晩何かあったでござるな。突入するでござるか?」
「な! お、お待ちください! 聖女様をそんな……」
「いえ、行きましょう。シズクさんが殺気を感じ取れないのなら大丈夫でしょうし」
「そうでござるな。誰かが証拠隠滅を謀ったのかもしれないでござるしな?」
そう言ってシズクさんは娼館とヒラールさんを交互に見る。
「わかりました。ではこのまま護衛の者と共に中を確認いたしましょう。残りの者には警邏の者を呼びに行かせますぞ」
「決まりでござるな。ルミア殿も良いでござるか?」
「っ! は、はいっ」
ルーちゃんは硬い表情のままそう答える。
「では、突入するでござる」
そう言ってシズクさんは思い切り娼館の扉を刀で斬りつける。音もなく繰り出された神速の連撃は扉に長方形の穴を開けた。
その穴から見えた光景に私たちは言葉を失った。
受付をしていたと思われる男性が、客と思われる男性が、そして娼婦と思われるきわどい恰好をした女性が血の海に倒れていたのだった。
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新作「ガチャに人生全ツッパ!~ハズレギフト持ちと虐げられた俺は運を天に任せて成り上がる」の連載を 12/23 より開始しました。
ぜひアプリの方は目次に戻って頂き、著者近況からの作品一覧で、ブラウザの方は下のリンクよりどうぞご覧ください。
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日が傾くころに私たちはダルハの港へと入港した。結局あれから魔物が襲ってくるなどということは無く、フラグは回収されずに済んだのは幸いだった。
さて、出迎えてくれた首長さん達のビタンから始まる恒例のやり取りを終えた後、私たちはダルハのホテルへと直行した。揺れない床とふかふかのベッドのありがたみを噛みしめながらで久しぶりに熟睡できたのだった。
そして翌朝、朝食を済ませた私たちのところに昨日出迎えてくれた首長さんがやってきた。もちろん恒例のやり取り付きだ。
ちなみにこの首長さん、名前はヒラールさんというそうで見たところ四十代半ばの少々小太りのおじさんだ。
「聖女様。おはようございます。いかがででしたか?」
「はい。とても素晴らしいお部屋でとても良く眠れました」
「それは結構でございます」
ヒラールさんはそう言って人懐っこい笑顔を浮かべた。
「さて、聖女様。こちらにお越し頂いたご用件は伺っております。早速、目的の娼館へと参りましょう」
「はい。ありがとうございます。あ、サラさんはちょっとホテルでお留守番をお願いします」
「かしこまりました」
サラさんはそう返事をしてくれたが、ルーちゃんは隣で硬い表情をしている。まだ確定したわけではないが、もしかしたら妹が悲惨な目に遭っているかもしれないのだ。その心中は察するに余りある。
「ルミア殿。気負わず、笑顔で迎えてやるのが一番でござるよ」
シズクさんがそっとルーちゃんの耳元で囁き、ルーちゃんは小さく頷いたのだった。
「さ、こちらへ」
私たちはヒラールさんに案内されて大きな馬車に乗り込んだ。私たちにヒラールさん、それからハーリドさんが乗り込んだことを確認するとゆっくりと馬車が動き出す。
「聖女様。我々も少しお調べいたしましたが、そのエルフの娼婦の名前はレイアというそうです」
「っ!」
ルーちゃんが息を呑んだ音が聞こえてくる。
「そして緑の髪に金の瞳で見目麗しく、背丈はそうですな。クリスティーナ殿くらいと聞いております。それとエルフとは思えぬほどのとても豊満な体つきをしているのだとか」
「え?」
それを聞いたルーちゃんは困惑の表情を浮かべる。それはそうだろう。クリスさんと同じ背丈となると、リエラさんよりも大分背が高い。
「そうですな。報告を受けた範囲ですと少なくともルミア殿よりも年下とはとても思えませんが、長らくお会いしていないとのことですし、一応確認だけはしておいた方が良ろしいかと思いますぞ」
「そう……ですか……」
それを聞いたルーちゃんは落胆したようなホッとしたような、なんとも複雑な表情を浮かべている。
私はルーちゃんの手をそっと握ってあげるとルーちゃんの息を呑んだ音が聞こえ、それからそっと私の手を握り返してきたのだった。
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「さ、着きましたぞ」
馬車は裏通りを抜け、花街と思われる一角に停車した。
だが、おかしい。何でこんなに血の匂いがするのだろうか?
私がクリスさんとシズクさんを見遣ると二人は既に剣に手をかけている。
「おや? どうなさいましたか?」
「どうしたもこうしたもない。何故こんな血の匂いのする場所にフィーネ様をお連れしたのだ!」
そんなヒラールさんにクリスさんは怒気を含んだ声で問い詰める。最近は大丈夫だし、昨日も血を貰ったから今日は大丈夫だと思うけれど、昔血の匂いを嗅ぎすぎて倒れたこともあるからクリスさんはその辺りももしかしたら心配してくれているのかもしれない。
「え? 血の匂い? クリスティーナ殿。どういう事でしょうか?」
ヒラールさんの表情には純粋な驚きの色が浮かぶ。少なくとも何か隠し事をしているようには見えないが……。
「少なくとも周囲に殺気は無いでござるな」
シズクさんが辺りを伺いながらそっと馬車の扉を開いて外に出る。
「大丈夫でござるな。フィーネ殿、もう馬車を降りても大丈夫でござる」
「はい」
シズクさんのその言葉に私たちは馬車を降りる。
すると血の匂いが更に強くなり、それは私たちの目の前の建物から漂ってきている。
「ヒラール首長、目的の娼館とはこの建物の事か?」
「はい。その通りです。クリスティーナ殿」
「では、何かがあったという事だな」
「え? 何か、と言いますと?」
「この血の匂いは明らかにおかしい。何か事件があったのではないか?」
「事件、ですと? お、おい!」
ヒラールさんはクリスさんのその言葉に驚き、慌てて御者の男を問い詰める。
「い、いえ。私は何も。昨晩確認した時は客の出入りもあり普通な様子でした」
「ということは、昨晩何かあったでござるな。突入するでござるか?」
「な! お、お待ちください! 聖女様をそんな……」
「いえ、行きましょう。シズクさんが殺気を感じ取れないのなら大丈夫でしょうし」
「そうでござるな。誰かが証拠隠滅を謀ったのかもしれないでござるしな?」
そう言ってシズクさんは娼館とヒラールさんを交互に見る。
「わかりました。ではこのまま護衛の者と共に中を確認いたしましょう。残りの者には警邏の者を呼びに行かせますぞ」
「決まりでござるな。ルミア殿も良いでござるか?」
「っ! は、はいっ」
ルーちゃんは硬い表情のままそう答える。
「では、突入するでござる」
そう言ってシズクさんは思い切り娼館の扉を刀で斬りつける。音もなく繰り出された神速の連撃は扉に長方形の穴を開けた。
その穴から見えた光景に私たちは言葉を失った。
受付をしていたと思われる男性が、客と思われる男性が、そして娼婦と思われるきわどい恰好をした女性が血の海に倒れていたのだった。
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