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動乱の故郷
第六章第35話 魔法薬師のお仕事
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2021/12/12 誤字を修正しました
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今日は 10 月 23 日、南の森での掃討作戦の翌日だ。良く晴れた秋の空は澄み渡り、散歩や陽だまりでお昼寝をするにはもってこいの素晴らしい陽気だ。
そんな素晴らしい日に私は第二騎士団の駐屯地に与えられた私の工房――といっても既製品の薬に【薬効付与】をするだけなので特別な機材があるわけではない――で魔物暴走の発生に備え種々のポーション制作に勤しんでいる。
魔法薬師のスキルである【薬効付与】、このスキルは一般的に薬の力を魔力を使って増幅するスキルだとされている。
例えば治癒のポーションであれば傷薬に【薬効付与】をかけることでその効果が増幅され、まるで治癒魔法をかけているかのように傷が治っていくのだ。その品質はベースとなる傷薬と【薬効付与】のスキルレベルによって左右される。
この辺りは【付与】と同じような仕組みなっていて、ベースとなる傷薬の品質が悪いと高レベルの【薬効付与】を使っても期待したような効果は得られないし、逆にいくら傷薬の品質が良くても【薬効付与】のスキルレベルが低ければスキルレベル以上の効果は得られない。
また、その効果は【回復魔法】と比べると一段劣るというのが通説だ。レベル 2 の【薬効付与】で作られた治癒のポーションは、【回復魔法】のスキルレベルで言うと 1 と 2 のちょうど中間くらいというのが通説だ。
と、ここまでは図書館なりで勉強できる内容だが、これは正確ではない。
ここからは私が実際に魔法薬師となって色々と試した結果なのだが、薬の力を魔力を使って増幅するというのは【薬効付与】のほんの一面でしかない。
まだ試している最中ではあるが、この【薬効付与】というスキルは【付与】の液体バージョンとしての性質を持っており、これこそがこの【薬効付与】の本領のようなのだ。
【薬効付与】をしている時に感覚が【付与】にとても良く似ていたので、ふと思いついて試しに MP 回復薬に治癒魔法を【薬効付与】してみた。すると、なんと傷を回復しながら MP を回復してくれる前代未聞のポーションが出来上がったのだ。
何故今まで誰も作らなかったのかが不思議でならないのだが、このポーションは親方のお店に記念品として 10 本ほど寄付しておいた。
と、まあそんなわけなのだが、そういった複数の効果を持つポーションは結局作っていない。
理由は単純で、治癒だったら治癒、解毒だったら解毒、MP 回復だったら MP 回復に特化したほうが遥かに効果が大きいからだ。
例えば、高品質な傷薬にスキルレベル 2 の【薬効付与】で治癒魔法を付与すれば、大体スキルレベル 3 ~ 4 くらいの治癒魔法と同じ効果を発揮する治癒のポーションが出来上がるのだ。
つまり、傷薬が【薬効付与】の効果でポーション化し、さらにそこに治癒魔法の効果が上乗せされているように見えるのだ。
スキルレベル 2 の治癒魔法で治療できるのは捻挫とか打撲とか多少の切り傷といった命に関わらないレベルの軽傷の治療ができる程度だが、レベル 3 になれば大きな骨を骨折したといった重傷者を治療できるようになる。レベル 4 ともなれば生死に関わる怪我の治療も可能となる。
これと同じことを治癒のポーションをかけるだけでできるのであればその恩恵は計り知れないだろう。
と、まあそんな感じで私はひたすらポーションづくりに励んでいる。
目標は治癒のポーション 3,000 個、解毒のポーション 1,000 個だ。
ちなみに、王様に請求する金額はポーション一つあたり金貨 5 枚にする予定だ。神殿の適正料金表を参考に、レベル 3 と 4 の中間の効果がある治癒と解毒は金貨 1 枚と 10 枚の間を取って 5 枚にしてみた。全部終われば金貨 20,000 枚、10 億円相当になるわけだが、おそらく作り終わる前に魔物暴走が始まるのではないかと思う。
というのも、思ったよりも MP を消費するのでそれほど大量生産できるわけではないのだ。
そんな折、アロイスさんとブロント先生が尋ねてきた。
「聖女様、お時間を頂きありがとうございます」
「どうしたんですか? アロイスさん、ブロント先生。何かありましたか?」
「はい。一昨日聖女様が森でお救いになられたマリーという女性について相談がございます」
ああ、あの足を食べられて体中に酷い傷痕のあった人か。
「マリーさんのお加減はあれからいかがですか?」
「はい。マリー嬢はどうやら紅蓮の白蛇というハンターの連中に騙されていたようなのです。そこで日常的に暴行を加えられていたようでして……」
「それじゃあ、あの傷痕は全部その人たちの仕業なんですか?」
それは酷い。そいつらをどうにかして牢屋に入れられないだろうか?
「はい。そこでマリー嬢の治療について聖女様にお力添え頂きたく、お願いに参りました」
「なんでしょうか? 私でできることであれば構いませんよ」
「ありがとうございます。ではマリー嬢の病状について、ブロント先生よりご説明いたします」
するとブロント先生がマリーさんの病状について教えてくれた。どうやら、長い間ずっと虐待をされ続けた結果、心が折られてしまっていてハンターの連中が悪いのにマリーさんが悪いと思い込まされているらしい。
どうやら前の世界での DV を受けた被害者のような状況のようだ。いや、殴られるだけじゃなくてナイフで刺されたり火で焼かれたりもしていたのでもっと凄惨かもしれない。
まったく、どうしてそんなことができるんだろうか? 私にはその心境が理解ができない。
「そうですか。それだと立ち直るには長い時間が必要ですね」
すると、アロイスは頷いて本題を切り出してきた。
「そこで、マリー嬢が紅蓮の白蛇の連中と結んでいる専属ポーターの契約を解除させます。そこで、聖女様のお見立てでも彼女は長期療養が必要であるとお考えであるということをハンターギルドに対して説明してもよろしいでしょうか?」
「はい。そうですね。やっぱり DV 被害者は加害者から引き離すべきですもんね」
「え? でぃーぶい?」
アロイスさんが不思議そうに私に聞き返してはブロント先生と顔を見合わせている。
おっと、この国には DV という言葉は存在しないんだった。前に王都の図書館で精神医学についても勉強したけど、その中にも書いてなかったので少なくとも一般的ではないはずだ。
私はニッコリ営業スマイルを浮かべるとアロイスさんの提案に同意する。
「ええと、はい。いいですよ。そういう事情であれば、私もマリーさんはそのハンターたちのいない場所で長期療養したほうが良いと思います」
私の営業スマイルにコロッと騙されてくれたのか、私が親方のところで売り子をしていた時のお客さんのような顔をしている。
「アロイスさん? ブロント先生?」
「はっ! 失礼しました。ご協力いただきありがとうございます」
私が声をかけると、アロイスさんは弾かれたようにそう返事をした。
「他には何かありますか?」
私がそう尋ねると、ブロント先生がそれに答えてくれた。
「いえ。ただ、彼女には今後、様子をみながら騎士団の食堂を手伝って貰おうと考えています。聞きなれない職業ではありますが、彼女は補助調理師という職業を神より授かっているそうですから、料理は彼女が自信を取り戻すにはうってつけではないかと考えています」
うん? 確か職業大全に書いてあったような? なんだっけ?
「なるほど。リハビリという事ですか。では私もできる範囲で協力しますね」
しかしその職業の中身までは思い出せなかったので私はそのままスルーすることにした。
「はい。よろしくお願いいたします」
そして用を済ませたアロイスさんとブロント先生は私の工房から出ていったのだった。
****
私はポーションづくりの休憩がてら、マリーさんの病室にクリスさんと一緒にお見舞いにやってきた。実はちょっと試してみたい治療があるのだ。
「こんにちは、マリーさん。調子はいかがですか?」
「せ、せ、せ、せいじょさまっ! あ、す、すみません」
私がそう呼びかけると、マリーさんは慌てたように髪を整えようとしながら立ち上がろうとして、それでいて何故か掛け毛布の中に潜ろうとしたりと、意味不明な行動を取り始めた。
どうやら私がいきなりお見舞いに来たのでびっくりさせてしまったのかもしれない。
「びっくりさせてすみません。突然来た私たちが悪いんですから、マリーさんが謝る必要はありませんよ」
私はマリーさんのベッドサイドに移動すると手を取り、鎮静魔法をかけてあげる。
「あっ、わ、わ、わたしなんか……あ、その、すみません」
するとマリーさんは何のことだかさっぱり分からないがとにかく謝ってくる。やはりブロント先生から聞いている通りの症状のようだ。
「うーん、結構重症ですね」
するとマリーさんは途端に不安そうな表情になってしまった。マリーさんの表情を観察していたのだがついそう呟いてしまったのが聞こえてしまったようだ。
私はニッコリと営業スマイルを作ると、マリーさんに安心させるような声色で本題を切り出す。
「マリーさん。マリーさんに魔法をかけてもいいですか? 私も使うのは初めてですが、今のマリーさんの症状を少し改善できると思うんですけど」
「え? わ、わたしなんかに、そんな、聖女様が……?」
「今更じゃないですか。呪いの首輪を解呪しましたし、足も傷痕も治したんですから」
「あ……で、でもわたしお金が……」
「そんなの、気にしないでください。あ、それじゃあ、私の魔法の練習に付き合ってもらえまえませんか?」
「あ……あ……はい……」
私が営業スマイルでそう言うと、マリーさんはポロポロと涙を零し始めた。
「決まりですね。それでは、私の目を見てもらえますか?」
私がそう言うと、マリーさんの涙で濡れた瞳が私の目を見つめてくる。
「いきますよ。楽にしていてくださいね」
私はそう言うと【魅了】を発動する。そして【闇属性魔法】を使い、傷つけられた記憶を少しだけ蓋をして遠い記憶になるように、そして自分に自信を持てるようにと念じ、それを【魔力操作】を介して【魅了】の力に上乗せしてマリーさんの中へと送り込む。
これは、アーデが龍神洞で言っていたことからヒントを得て思いついたことだ。
吸血鬼の【魅了】のスキルは相手の心を捻じ曲げて操る力がある。そして【闇属性魔法】も魂に作用させることができ、そして【聖属性魔法】の反対の作用を持つ。つまり【聖属性魔法】で精神面の状態異常を治すことができるのだから、【闇属性魔法】は精神面の状態異常を引き起こすことが可能なはずだ。
であれば、こういったやり方で傷ついた心を少しだけ癒してあげることだってできるはずだ。
このやり方は無理矢理他人の心を捻じ曲げているわけだし、もしかしたらこういうやり方で傷ついた人を救うっていうのは間違っているのかもしれない。
でも、誰かに酷いことをされて傷ついて、それで動けなくなってずっと辛い思いをし続けるよりはよっぽどマシなんじゃないかなって、私は思うのだ。
私の魔力を浴びてマリーさんはとても心地よさそうな表情をしており、そして時折「あ……」などと小さな声を上げている。
そして私が魔法をかけ終えると、マリーさんはすっかり気持ちよさそうに眠っていた。
「フィーネ様、今のは一体?」
「【魅了】と【闇属性魔法】を使って、虐待された記憶をほんの少しだけぼんやりさせて、マリーさんが自分に自信をもって歩き出せるようにほんの少しだけお手伝いをしてみました」
「まさか【魅了】と【闇属性魔法】でそのようなことができるとは……」
クリスさんは複雑そうな面持ちでそう呟いた。
「私は親方の弟子ですからね。使えそうなら忌み嫌われている力だって使いますよ」
そう言い切った私をクリスさんは神妙な面持ちで私を見ている。
「それに私、イルミシティで奴隷から解放したのに結局自殺してしまった女性の事を未だに後悔しているんです」
「え?」
「せっかく隷属の呪印から解放してあげられたのに、結局その心は助けてあげることはできなかったじゃないですか。だから、ずっと何かできることはなかったのかなって。それでアーデを見てこの方法を思いついたんです」
「フィーネ様……!」
クリスさんはそう言うと絶句し、目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。
「クリスさん、私たちはそろそろ行きましょう。きっと、寝かせておいてあげた方がいいですよ」
そんなクリスさんを促し、私たちはマリーさんの病室を後にしたのだった。
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今日は 10 月 23 日、南の森での掃討作戦の翌日だ。良く晴れた秋の空は澄み渡り、散歩や陽だまりでお昼寝をするにはもってこいの素晴らしい陽気だ。
そんな素晴らしい日に私は第二騎士団の駐屯地に与えられた私の工房――といっても既製品の薬に【薬効付与】をするだけなので特別な機材があるわけではない――で魔物暴走の発生に備え種々のポーション制作に勤しんでいる。
魔法薬師のスキルである【薬効付与】、このスキルは一般的に薬の力を魔力を使って増幅するスキルだとされている。
例えば治癒のポーションであれば傷薬に【薬効付与】をかけることでその効果が増幅され、まるで治癒魔法をかけているかのように傷が治っていくのだ。その品質はベースとなる傷薬と【薬効付与】のスキルレベルによって左右される。
この辺りは【付与】と同じような仕組みなっていて、ベースとなる傷薬の品質が悪いと高レベルの【薬効付与】を使っても期待したような効果は得られないし、逆にいくら傷薬の品質が良くても【薬効付与】のスキルレベルが低ければスキルレベル以上の効果は得られない。
また、その効果は【回復魔法】と比べると一段劣るというのが通説だ。レベル 2 の【薬効付与】で作られた治癒のポーションは、【回復魔法】のスキルレベルで言うと 1 と 2 のちょうど中間くらいというのが通説だ。
と、ここまでは図書館なりで勉強できる内容だが、これは正確ではない。
ここからは私が実際に魔法薬師となって色々と試した結果なのだが、薬の力を魔力を使って増幅するというのは【薬効付与】のほんの一面でしかない。
まだ試している最中ではあるが、この【薬効付与】というスキルは【付与】の液体バージョンとしての性質を持っており、これこそがこの【薬効付与】の本領のようなのだ。
【薬効付与】をしている時に感覚が【付与】にとても良く似ていたので、ふと思いついて試しに MP 回復薬に治癒魔法を【薬効付与】してみた。すると、なんと傷を回復しながら MP を回復してくれる前代未聞のポーションが出来上がったのだ。
何故今まで誰も作らなかったのかが不思議でならないのだが、このポーションは親方のお店に記念品として 10 本ほど寄付しておいた。
と、まあそんなわけなのだが、そういった複数の効果を持つポーションは結局作っていない。
理由は単純で、治癒だったら治癒、解毒だったら解毒、MP 回復だったら MP 回復に特化したほうが遥かに効果が大きいからだ。
例えば、高品質な傷薬にスキルレベル 2 の【薬効付与】で治癒魔法を付与すれば、大体スキルレベル 3 ~ 4 くらいの治癒魔法と同じ効果を発揮する治癒のポーションが出来上がるのだ。
つまり、傷薬が【薬効付与】の効果でポーション化し、さらにそこに治癒魔法の効果が上乗せされているように見えるのだ。
スキルレベル 2 の治癒魔法で治療できるのは捻挫とか打撲とか多少の切り傷といった命に関わらないレベルの軽傷の治療ができる程度だが、レベル 3 になれば大きな骨を骨折したといった重傷者を治療できるようになる。レベル 4 ともなれば生死に関わる怪我の治療も可能となる。
これと同じことを治癒のポーションをかけるだけでできるのであればその恩恵は計り知れないだろう。
と、まあそんな感じで私はひたすらポーションづくりに励んでいる。
目標は治癒のポーション 3,000 個、解毒のポーション 1,000 個だ。
ちなみに、王様に請求する金額はポーション一つあたり金貨 5 枚にする予定だ。神殿の適正料金表を参考に、レベル 3 と 4 の中間の効果がある治癒と解毒は金貨 1 枚と 10 枚の間を取って 5 枚にしてみた。全部終われば金貨 20,000 枚、10 億円相当になるわけだが、おそらく作り終わる前に魔物暴走が始まるのではないかと思う。
というのも、思ったよりも MP を消費するのでそれほど大量生産できるわけではないのだ。
そんな折、アロイスさんとブロント先生が尋ねてきた。
「聖女様、お時間を頂きありがとうございます」
「どうしたんですか? アロイスさん、ブロント先生。何かありましたか?」
「はい。一昨日聖女様が森でお救いになられたマリーという女性について相談がございます」
ああ、あの足を食べられて体中に酷い傷痕のあった人か。
「マリーさんのお加減はあれからいかがですか?」
「はい。マリー嬢はどうやら紅蓮の白蛇というハンターの連中に騙されていたようなのです。そこで日常的に暴行を加えられていたようでして……」
「それじゃあ、あの傷痕は全部その人たちの仕業なんですか?」
それは酷い。そいつらをどうにかして牢屋に入れられないだろうか?
「はい。そこでマリー嬢の治療について聖女様にお力添え頂きたく、お願いに参りました」
「なんでしょうか? 私でできることであれば構いませんよ」
「ありがとうございます。ではマリー嬢の病状について、ブロント先生よりご説明いたします」
するとブロント先生がマリーさんの病状について教えてくれた。どうやら、長い間ずっと虐待をされ続けた結果、心が折られてしまっていてハンターの連中が悪いのにマリーさんが悪いと思い込まされているらしい。
どうやら前の世界での DV を受けた被害者のような状況のようだ。いや、殴られるだけじゃなくてナイフで刺されたり火で焼かれたりもしていたのでもっと凄惨かもしれない。
まったく、どうしてそんなことができるんだろうか? 私にはその心境が理解ができない。
「そうですか。それだと立ち直るには長い時間が必要ですね」
すると、アロイスは頷いて本題を切り出してきた。
「そこで、マリー嬢が紅蓮の白蛇の連中と結んでいる専属ポーターの契約を解除させます。そこで、聖女様のお見立てでも彼女は長期療養が必要であるとお考えであるということをハンターギルドに対して説明してもよろしいでしょうか?」
「はい。そうですね。やっぱり DV 被害者は加害者から引き離すべきですもんね」
「え? でぃーぶい?」
アロイスさんが不思議そうに私に聞き返してはブロント先生と顔を見合わせている。
おっと、この国には DV という言葉は存在しないんだった。前に王都の図書館で精神医学についても勉強したけど、その中にも書いてなかったので少なくとも一般的ではないはずだ。
私はニッコリ営業スマイルを浮かべるとアロイスさんの提案に同意する。
「ええと、はい。いいですよ。そういう事情であれば、私もマリーさんはそのハンターたちのいない場所で長期療養したほうが良いと思います」
私の営業スマイルにコロッと騙されてくれたのか、私が親方のところで売り子をしていた時のお客さんのような顔をしている。
「アロイスさん? ブロント先生?」
「はっ! 失礼しました。ご協力いただきありがとうございます」
私が声をかけると、アロイスさんは弾かれたようにそう返事をした。
「他には何かありますか?」
私がそう尋ねると、ブロント先生がそれに答えてくれた。
「いえ。ただ、彼女には今後、様子をみながら騎士団の食堂を手伝って貰おうと考えています。聞きなれない職業ではありますが、彼女は補助調理師という職業を神より授かっているそうですから、料理は彼女が自信を取り戻すにはうってつけではないかと考えています」
うん? 確か職業大全に書いてあったような? なんだっけ?
「なるほど。リハビリという事ですか。では私もできる範囲で協力しますね」
しかしその職業の中身までは思い出せなかったので私はそのままスルーすることにした。
「はい。よろしくお願いいたします」
そして用を済ませたアロイスさんとブロント先生は私の工房から出ていったのだった。
****
私はポーションづくりの休憩がてら、マリーさんの病室にクリスさんと一緒にお見舞いにやってきた。実はちょっと試してみたい治療があるのだ。
「こんにちは、マリーさん。調子はいかがですか?」
「せ、せ、せ、せいじょさまっ! あ、す、すみません」
私がそう呼びかけると、マリーさんは慌てたように髪を整えようとしながら立ち上がろうとして、それでいて何故か掛け毛布の中に潜ろうとしたりと、意味不明な行動を取り始めた。
どうやら私がいきなりお見舞いに来たのでびっくりさせてしまったのかもしれない。
「びっくりさせてすみません。突然来た私たちが悪いんですから、マリーさんが謝る必要はありませんよ」
私はマリーさんのベッドサイドに移動すると手を取り、鎮静魔法をかけてあげる。
「あっ、わ、わ、わたしなんか……あ、その、すみません」
するとマリーさんは何のことだかさっぱり分からないがとにかく謝ってくる。やはりブロント先生から聞いている通りの症状のようだ。
「うーん、結構重症ですね」
するとマリーさんは途端に不安そうな表情になってしまった。マリーさんの表情を観察していたのだがついそう呟いてしまったのが聞こえてしまったようだ。
私はニッコリと営業スマイルを作ると、マリーさんに安心させるような声色で本題を切り出す。
「マリーさん。マリーさんに魔法をかけてもいいですか? 私も使うのは初めてですが、今のマリーさんの症状を少し改善できると思うんですけど」
「え? わ、わたしなんかに、そんな、聖女様が……?」
「今更じゃないですか。呪いの首輪を解呪しましたし、足も傷痕も治したんですから」
「あ……で、でもわたしお金が……」
「そんなの、気にしないでください。あ、それじゃあ、私の魔法の練習に付き合ってもらえまえませんか?」
「あ……あ……はい……」
私が営業スマイルでそう言うと、マリーさんはポロポロと涙を零し始めた。
「決まりですね。それでは、私の目を見てもらえますか?」
私がそう言うと、マリーさんの涙で濡れた瞳が私の目を見つめてくる。
「いきますよ。楽にしていてくださいね」
私はそう言うと【魅了】を発動する。そして【闇属性魔法】を使い、傷つけられた記憶を少しだけ蓋をして遠い記憶になるように、そして自分に自信を持てるようにと念じ、それを【魔力操作】を介して【魅了】の力に上乗せしてマリーさんの中へと送り込む。
これは、アーデが龍神洞で言っていたことからヒントを得て思いついたことだ。
吸血鬼の【魅了】のスキルは相手の心を捻じ曲げて操る力がある。そして【闇属性魔法】も魂に作用させることができ、そして【聖属性魔法】の反対の作用を持つ。つまり【聖属性魔法】で精神面の状態異常を治すことができるのだから、【闇属性魔法】は精神面の状態異常を引き起こすことが可能なはずだ。
であれば、こういったやり方で傷ついた心を少しだけ癒してあげることだってできるはずだ。
このやり方は無理矢理他人の心を捻じ曲げているわけだし、もしかしたらこういうやり方で傷ついた人を救うっていうのは間違っているのかもしれない。
でも、誰かに酷いことをされて傷ついて、それで動けなくなってずっと辛い思いをし続けるよりはよっぽどマシなんじゃないかなって、私は思うのだ。
私の魔力を浴びてマリーさんはとても心地よさそうな表情をしており、そして時折「あ……」などと小さな声を上げている。
そして私が魔法をかけ終えると、マリーさんはすっかり気持ちよさそうに眠っていた。
「フィーネ様、今のは一体?」
「【魅了】と【闇属性魔法】を使って、虐待された記憶をほんの少しだけぼんやりさせて、マリーさんが自分に自信をもって歩き出せるようにほんの少しだけお手伝いをしてみました」
「まさか【魅了】と【闇属性魔法】でそのようなことができるとは……」
クリスさんは複雑そうな面持ちでそう呟いた。
「私は親方の弟子ですからね。使えそうなら忌み嫌われている力だって使いますよ」
そう言い切った私をクリスさんは神妙な面持ちで私を見ている。
「それに私、イルミシティで奴隷から解放したのに結局自殺してしまった女性の事を未だに後悔しているんです」
「え?」
「せっかく隷属の呪印から解放してあげられたのに、結局その心は助けてあげることはできなかったじゃないですか。だから、ずっと何かできることはなかったのかなって。それでアーデを見てこの方法を思いついたんです」
「フィーネ様……!」
クリスさんはそう言うと絶句し、目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。
「クリスさん、私たちはそろそろ行きましょう。きっと、寝かせておいてあげた方がいいですよ」
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