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クロード編
15 潜入開始
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「ぼく? ぼくが行くの?」
クロードは動揺した。
真相をたしかめたいとは言ったものの、彼は娼館の様子を眺めにきただけで、中にまで潜入するつもりはまったくなかった。
客引きする女性のなかにそれらしい顔立ちの女を見つけたら、「似ているだけだ」と勝手に納得して帰るつもりでいた。
だが、ユーナはそんな半端なことは許さない。
なにせ、報告書の記載に違和感をおぼえたくらいで、ここまで彼を尾行してきたほどの女性なのだ。
「中に入らないと真相はわからないと思います。
女のわたしではきっと断られるので、ここはクロードに行ってもらうしかありません」
まるで、断られさえしなければ自分で娼館に入るかのような言いぐさだ。
ここで下手に抵抗すれば、彼女は躊躇なくあそこへ歩いて行きかねないとクロードは思った。
「でも、でもだよ?
ユーナはぼくが娼館に行くのは嫌じゃないのか?」
「え、なんでですか?
べつに嫌という気持ちはありません。
クロードこそ、いったいなにを問題視しているのですか?
教えてください」
「ええ……」
クロードは自分の感覚がおかしいのだろうかと考えた。
好きな男が娼婦と寝ることには、普通は抵抗を感じるはずだ。
嫉妬とか衛生面とか……女性経験のない彼には詳細はわからないが、とにかく推奨はされないものだということは知識として知っている。
この件に関してはユーナが間違っている。
クロードはなんとか理解してもらおうと決めた。
「ユーナ、聞いてほしい。
あそこは娼館といって、性的なサービスを受ける場所なんだ。
きみは聖女だったから知らないのも無理はないけど、男と女が寝るというのは、ただ睡眠をとるわけじゃない。
植物でいうところのおしべとめしべが――」
「クロード」
強い口調で話を遮られた。
慌てて顔を見ると、ユーナはにっこり笑っている。
いや、目だけ笑っていない……?
「おしべとめしべが、なんですか?
わたしがクロードに言ったのは、わたしがもうひとりいるという話の真相を調べるために、娼館の中に入ってきてほしいということです。
ほかの客と同じことをしろだなんて、ひと言もいってません」
「はい!」
過ちを悟ったクロードは、ただ素直に返事をした。
そうか、中に入ったからといって、無理やり同衾させられるわけではない。
問題の「聖女ユーナ」を見つけ、話を聞いてくるだけでいいのだ。
「じゃ……じゃあぼく、行ってくるよ。
ユーナは先に帰っていてくれ。
明日の昼に、またあのベンチで待ってるから、そこで成果を報告する」
「いいえ、ここで待っています。
さっきまでは帰るつもりでしたが、クロードの様子を見ていたら心配になってきました」
「悪かったよ。
でも、ここは危険だから、女性をひとりで残していきたくはないんだ」
懇願する彼を見て、ユーナは悩むそぶりを見せた。
が、結局、クロードに対する不安のほうが勝ったようだ。
「わたしの身が心配なら、さっさと真相を突き止めて戻ってきてください。
長居する必要はありませんよね?
だったらわたし、大丈夫です。
少なくともクロードよりは警戒心がありますから」
背後にいたユーナに気づかなかったクロードは、それを言われると弱い。
話を聞いたらすぐに戻ると決めて、しぶしぶだが急ぎ足で娼館のほうへと向かった。
店のまえには、あのとき取り立てに行った女性が赤いスカーフを巻いて立っている。
近づくとすぐに気づいてくれた。
「あら、お兄さん。
ほんとに来てくれるなんて嬉しいわ。
お兄さんなら朝まで何回でもしてあげる」
「あ、いや、ぼくは……」
戸惑うクロードの背中をバンバン叩き、女性は「わかってるよ」と笑った。
「ユーナに会いにきたんだろう?
タイミングいいね。
今日のあの子は遅めの開始だから、いまから部屋にいくとちょうどひとりめの客になれる。
女将さんには話つけとくから、お金払ったら二階のいちばん奥の部屋に向かっとくれ」
いっぱい楽しみなよ、と店の中へといざなう。
路地裏のユーナをちらりと見やりながら扉をくぐったクロードは、自分は清い身体のまま再びここを通れるのだろうかと、えも言われぬ不安に襲われていた。
クロードは動揺した。
真相をたしかめたいとは言ったものの、彼は娼館の様子を眺めにきただけで、中にまで潜入するつもりはまったくなかった。
客引きする女性のなかにそれらしい顔立ちの女を見つけたら、「似ているだけだ」と勝手に納得して帰るつもりでいた。
だが、ユーナはそんな半端なことは許さない。
なにせ、報告書の記載に違和感をおぼえたくらいで、ここまで彼を尾行してきたほどの女性なのだ。
「中に入らないと真相はわからないと思います。
女のわたしではきっと断られるので、ここはクロードに行ってもらうしかありません」
まるで、断られさえしなければ自分で娼館に入るかのような言いぐさだ。
ここで下手に抵抗すれば、彼女は躊躇なくあそこへ歩いて行きかねないとクロードは思った。
「でも、でもだよ?
ユーナはぼくが娼館に行くのは嫌じゃないのか?」
「え、なんでですか?
べつに嫌という気持ちはありません。
クロードこそ、いったいなにを問題視しているのですか?
教えてください」
「ええ……」
クロードは自分の感覚がおかしいのだろうかと考えた。
好きな男が娼婦と寝ることには、普通は抵抗を感じるはずだ。
嫉妬とか衛生面とか……女性経験のない彼には詳細はわからないが、とにかく推奨はされないものだということは知識として知っている。
この件に関してはユーナが間違っている。
クロードはなんとか理解してもらおうと決めた。
「ユーナ、聞いてほしい。
あそこは娼館といって、性的なサービスを受ける場所なんだ。
きみは聖女だったから知らないのも無理はないけど、男と女が寝るというのは、ただ睡眠をとるわけじゃない。
植物でいうところのおしべとめしべが――」
「クロード」
強い口調で話を遮られた。
慌てて顔を見ると、ユーナはにっこり笑っている。
いや、目だけ笑っていない……?
「おしべとめしべが、なんですか?
わたしがクロードに言ったのは、わたしがもうひとりいるという話の真相を調べるために、娼館の中に入ってきてほしいということです。
ほかの客と同じことをしろだなんて、ひと言もいってません」
「はい!」
過ちを悟ったクロードは、ただ素直に返事をした。
そうか、中に入ったからといって、無理やり同衾させられるわけではない。
問題の「聖女ユーナ」を見つけ、話を聞いてくるだけでいいのだ。
「じゃ……じゃあぼく、行ってくるよ。
ユーナは先に帰っていてくれ。
明日の昼に、またあのベンチで待ってるから、そこで成果を報告する」
「いいえ、ここで待っています。
さっきまでは帰るつもりでしたが、クロードの様子を見ていたら心配になってきました」
「悪かったよ。
でも、ここは危険だから、女性をひとりで残していきたくはないんだ」
懇願する彼を見て、ユーナは悩むそぶりを見せた。
が、結局、クロードに対する不安のほうが勝ったようだ。
「わたしの身が心配なら、さっさと真相を突き止めて戻ってきてください。
長居する必要はありませんよね?
だったらわたし、大丈夫です。
少なくともクロードよりは警戒心がありますから」
背後にいたユーナに気づかなかったクロードは、それを言われると弱い。
話を聞いたらすぐに戻ると決めて、しぶしぶだが急ぎ足で娼館のほうへと向かった。
店のまえには、あのとき取り立てに行った女性が赤いスカーフを巻いて立っている。
近づくとすぐに気づいてくれた。
「あら、お兄さん。
ほんとに来てくれるなんて嬉しいわ。
お兄さんなら朝まで何回でもしてあげる」
「あ、いや、ぼくは……」
戸惑うクロードの背中をバンバン叩き、女性は「わかってるよ」と笑った。
「ユーナに会いにきたんだろう?
タイミングいいね。
今日のあの子は遅めの開始だから、いまから部屋にいくとちょうどひとりめの客になれる。
女将さんには話つけとくから、お金払ったら二階のいちばん奥の部屋に向かっとくれ」
いっぱい楽しみなよ、と店の中へといざなう。
路地裏のユーナをちらりと見やりながら扉をくぐったクロードは、自分は清い身体のまま再びここを通れるのだろうかと、えも言われぬ不安に襲われていた。
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