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クロード編
14 暗い路地裏
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娼館に聖女ユーナがいるという女性の言葉が、ふとした瞬間にクロードの頭をよぎるようになった。
もちろん、ユーナのことを疑う気持ちは露ほどもない。
昼はメイド、夜は娼婦だなんて、それこそ溜まっている男の妄想のような話だ。
彼女は潔白。
それは大前提として揺らがない。
だが……どうも気になる。
真相をたしかめる必要などないはずだが、なにか理由をつけてたしかめに行きたくなる自分を、クロードは必死に抑えていた。
抑えていた――
が、気がつくと彼は路地裏に身を隠し、教えられた娼館の周囲を見張っていた。
(たまたま、近くに用事があったんだ。
だからついでに眺めているだけ。
べつに娼館に入るわけじゃないんだから、ぼくはユーナになにも恥じることはない)
自分に言い聞かせながら目を光らせる。
時刻は夜で、まさに娼館の書き入れどき。
くだんの店のまわりには、首に赤いスカーフを巻いた女性が数人、道ゆく男に声をかけては誘惑している。
規則により、娼婦は赤いスカーフを身につけなければ客引きができない。
これは実地で知ったことではなく、クロードの二年におよぶ研修期間で知識として学んだことだ。
なんでも、過去に娼婦ではない女性が間違われて男に誘われるということが多発したため、ぱっと見でわかる違いを制定したものらしい。
男を娼館に引き入れる女性や、それとは逆に、男を見送りに出てくる女性。
入れ替わり立ち替わり女が出入りしているが、みんな赤いスカーフをきちんと巻いている。
「ふむ、とてもしっかりした娼館だ。
へんな嘘を言って客引きしているわけでもなさそうだけど、なんでここにユーナがいるなんて話になっているのだろう」
「わたしがあそこにいるんですか?」
背後から突然声がして、クロードは飛び跳ねた。
いつのまにか後ろに人がいた。
というか、
「わあああ! ユーナ!
ななな、なんできみがここに?」
「騒ぎすぎです、クロード。
見つからないようにここにいるんでしょう?」
しーっと言ってユーナが彼の唇に指を当てる。
なんだか親密で嬉しい行為ではあったが、クロードはさっきの驚きで心臓がどきどきしてそれどころではない。
「まずは落ち着いてください」
ゆっくり一分ほどそうしていただろうか、ようやくクロードの呼吸が戻り、話ができるようなった。
「ユーナ、きみはいつからそこにいたの?
いや、そもそもなんでぼくの後ろに……」
「まだ興奮してる。
そんなに驚くようなことですか?」
彼女は当然のような顔をして、クロードに説明した。
「あなたがいつも書いてくれる報告書に、一ヶ所だけおかしな記載がありました。
取り立てにいった家の女性と『仕事の話などをした』なんて曖昧に書いてあって。
調べたらその女性は娼婦なんです。
娼婦が仕事の話をしたのを、ごまかして雑に書くなんて不自然だと思いました。
だってクロードはいつも馬鹿正直に書くじゃないですか。
若い女性にからかわれたときも、『入浴直後だったので服を着るまで待った』なんて報告してくるし。
わたしがそれをどんな気持ちで読んでいるか、クロードは知っているんですか?」
「えっ……と」
言葉に詰まった。
なんだろうこの怒涛の説明は。
妙に迫力があるし、馬鹿正直なんて言葉を使って、まるでユーナに怒られているようだった。
「……ごめん」
「なんで謝るのですか?
まるでわたしが怒ってるみたいです。
謝らないでくださいっ」
「うーん」
手をぶんぶん振って抗議するユーナを、クロードは頭を撫でてなだめる。
彼自身も、暗い路地裏で自分たちはなにをしているんだろうと冷静になることができた。
それとは別に、頭のなかの半分くらいは、怒るユーナも可愛いなと考えていた。
ユーナは何事もなかったかのように話を続ける。
「それで、クロードがわたしに伏せるということは、きっとわたしに関係があることだと思いました。
だからこっそりあなたのことを窺っていると、夜のたびにそわそわしてるんです。
そしてとうとう、夕食後に屋敷を抜け出しました。
うしろをつけていたら、こんなところに隠れて娼館を見張りだしたというわけです」
なるほど、ずっといたわけだ。
全然気づかなかった。
夜道を歩くときはもっと周囲に気を配ろう、とクロードはひそかに思った。
「あそこにわたしがいるって言われたんですか?」
「ああ、うん……。
絶対なにかの間違いだから、真相をたしかめようと思って。
もし意図的なデマだったら注意しないといけないし」
「それはたしかにそうですね。
ではクロード、中を見てきてください」
「ん?」
んん?
ユーナは娼館の入り口を指さしていた。
もちろん、ユーナのことを疑う気持ちは露ほどもない。
昼はメイド、夜は娼婦だなんて、それこそ溜まっている男の妄想のような話だ。
彼女は潔白。
それは大前提として揺らがない。
だが……どうも気になる。
真相をたしかめる必要などないはずだが、なにか理由をつけてたしかめに行きたくなる自分を、クロードは必死に抑えていた。
抑えていた――
が、気がつくと彼は路地裏に身を隠し、教えられた娼館の周囲を見張っていた。
(たまたま、近くに用事があったんだ。
だからついでに眺めているだけ。
べつに娼館に入るわけじゃないんだから、ぼくはユーナになにも恥じることはない)
自分に言い聞かせながら目を光らせる。
時刻は夜で、まさに娼館の書き入れどき。
くだんの店のまわりには、首に赤いスカーフを巻いた女性が数人、道ゆく男に声をかけては誘惑している。
規則により、娼婦は赤いスカーフを身につけなければ客引きができない。
これは実地で知ったことではなく、クロードの二年におよぶ研修期間で知識として学んだことだ。
なんでも、過去に娼婦ではない女性が間違われて男に誘われるということが多発したため、ぱっと見でわかる違いを制定したものらしい。
男を娼館に引き入れる女性や、それとは逆に、男を見送りに出てくる女性。
入れ替わり立ち替わり女が出入りしているが、みんな赤いスカーフをきちんと巻いている。
「ふむ、とてもしっかりした娼館だ。
へんな嘘を言って客引きしているわけでもなさそうだけど、なんでここにユーナがいるなんて話になっているのだろう」
「わたしがあそこにいるんですか?」
背後から突然声がして、クロードは飛び跳ねた。
いつのまにか後ろに人がいた。
というか、
「わあああ! ユーナ!
ななな、なんできみがここに?」
「騒ぎすぎです、クロード。
見つからないようにここにいるんでしょう?」
しーっと言ってユーナが彼の唇に指を当てる。
なんだか親密で嬉しい行為ではあったが、クロードはさっきの驚きで心臓がどきどきしてそれどころではない。
「まずは落ち着いてください」
ゆっくり一分ほどそうしていただろうか、ようやくクロードの呼吸が戻り、話ができるようなった。
「ユーナ、きみはいつからそこにいたの?
いや、そもそもなんでぼくの後ろに……」
「まだ興奮してる。
そんなに驚くようなことですか?」
彼女は当然のような顔をして、クロードに説明した。
「あなたがいつも書いてくれる報告書に、一ヶ所だけおかしな記載がありました。
取り立てにいった家の女性と『仕事の話などをした』なんて曖昧に書いてあって。
調べたらその女性は娼婦なんです。
娼婦が仕事の話をしたのを、ごまかして雑に書くなんて不自然だと思いました。
だってクロードはいつも馬鹿正直に書くじゃないですか。
若い女性にからかわれたときも、『入浴直後だったので服を着るまで待った』なんて報告してくるし。
わたしがそれをどんな気持ちで読んでいるか、クロードは知っているんですか?」
「えっ……と」
言葉に詰まった。
なんだろうこの怒涛の説明は。
妙に迫力があるし、馬鹿正直なんて言葉を使って、まるでユーナに怒られているようだった。
「……ごめん」
「なんで謝るのですか?
まるでわたしが怒ってるみたいです。
謝らないでくださいっ」
「うーん」
手をぶんぶん振って抗議するユーナを、クロードは頭を撫でてなだめる。
彼自身も、暗い路地裏で自分たちはなにをしているんだろうと冷静になることができた。
それとは別に、頭のなかの半分くらいは、怒るユーナも可愛いなと考えていた。
ユーナは何事もなかったかのように話を続ける。
「それで、クロードがわたしに伏せるということは、きっとわたしに関係があることだと思いました。
だからこっそりあなたのことを窺っていると、夜のたびにそわそわしてるんです。
そしてとうとう、夕食後に屋敷を抜け出しました。
うしろをつけていたら、こんなところに隠れて娼館を見張りだしたというわけです」
なるほど、ずっといたわけだ。
全然気づかなかった。
夜道を歩くときはもっと周囲に気を配ろう、とクロードはひそかに思った。
「あそこにわたしがいるって言われたんですか?」
「ああ、うん……。
絶対なにかの間違いだから、真相をたしかめようと思って。
もし意図的なデマだったら注意しないといけないし」
「それはたしかにそうですね。
ではクロード、中を見てきてください」
「ん?」
んん?
ユーナは娼館の入り口を指さしていた。
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