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第二部
ep9. 新しい日の朝
しおりを挟む「あ、あのっ、会長お願いがあるんです!」
後ろから聞こえるやや緊張混じりの声。
その言葉に私の体は過剰なまでにビクンと震えてしまう。
振り返るとそこにいたのは私と同じ制服の女子生徒。
顔に見覚えはないけれど、制服の学年証を見るに後輩の子だ。
「えーっと、お願いってのは……?」
「あの……その……」
もじもじとしながら言い淀むその子の姿を見ていると、なぜだか私の心がざわついてくる。
私はただ黙って、彼女が口を開けてくれるのをじっと待った。
「すいません……私、今日体操着忘れちゃって…………同学年の友達はみんな同じ時間に体育があるから……それで私、他の学年の人から借りてきなさいって先生に言われたんですけど…………声をかけれる人がいなくて……」
私はホッと胸を撫で下ろす。
なんだ、その程度のことなら容易い。
生徒会長の私に任せなさい!
「うん、分かった。私の体操着貸してあげるね」
そう声をかけると、彼女はパァっと明るい顔を見せる。
「じゃあちょっと教室に取りに行ってくるね、あなたはここで待ってて」
「はい! ありがとうございます!」
そう言って後輩ちゃんは深々と頭を下げた。
なんて健気で可愛いんだろう。
そうそう、私はこういうのを求めていたんだ。
生徒会長としてみんなから尊敬されて、一人一人の生徒のちょっとした悩みにも手を貸してあげられる。
そんな理想の生徒会長として、みんなに見られたかったんだ。
「ふんふ~ん」
気分が良くなった私はスキップをしながら自分のクラスを目指す。
そしていつものように自分のクラスの扉を開くと、クラスメイトの視線が一気に自分の方へと向いた。
「あ、やっときた。ねぇ聞いてよみづきちゃーん」
「そんなことより、会長。お願いがあるんだけど」
「ねぇみづき聞いてよ。今日最悪なことがあってさ~。生徒会長の力でなんとかならないかなぁ?」
「ちょちょ、どしたのみんな急に!?」
教室に入るなりクラスメイトが一気に押し寄せて、私はもみくちゃにされて動けなくなる。
「あ、ちょっと引っ張らないで~。順番に~!」
私がそう言ってもクラスメイトたちは聞いてくれない。
これが生徒会長の力なんだろうか。
なんて思っていると制服の襟首を誰かに掴まれ、引っ張られる。
「ぐえっ!?」
「逃げるよ」
私の汚い悲鳴の裏で、何か小さな声が聞こえたような気がした。
そのまま私の体は教室の外まで引っ張られる。
襟首を掴んでいた誰かの手は気づいたら私の右手首を掴んでいて、私もなぜか抵抗するでもなく、引かれるその手に自分の体を任せていた。
後ろから私の名を呼ぶクラスメイトの声が聞こえたが、それを無視して走る。
私の右手首を掴んで走る彼女に歩調に合わせ、彼女が止まるまで一緒に走り続けた。
「はぁ……はぁ……流石にここまでは追ってこないわね」
「はっ……はぁ……ありがと、あおいちゃん」
細い体に細いフレームの眼鏡。
見るからに運動が苦手そうな彼女は、私の友達のあおいちゃん。
私たちは押し寄せるクラスメイトの波から逃げて、適当な空き教室へと逃げ込んでいた。
「それにしても、みんな急にどうしちゃったんだろう? 生徒会長になっただけなのに、急にみんなで私に相談してくるなんて……生徒会長ってそんなもんなのかな……?」
「だって……ねぇ……」
「……?」
私はただ、単純に疑問に思ったことを口にしただけだった。
それに対してあおいちゃんの返答は、何か含みがあるように感じられた。
まるで、私の疑問の答えを既に知っているかのように。
「ねぇ……みづき……」
「何……え、ちょ!? なに……ッ?」
疲れて腰を下ろしている私の元に、あおいちゃんが近づいてくる。
その動きはどこかいやらしくて、あおいちゃんの両腕が私の両手首を掴む。
……動けなく、なってしまった。
しかも……しかも顔が近い。
例えばもし、あおいちゃんが今変な気を起こして私に唇を近づけてきたら…………絶対に避けられない。
なんてことを考えていると、あおいちゃんの口が動く。
「ねぇ、生徒会長はなんでも言うこと聞いてくれるってほんと……?」
胸が跳ねる。
――――え……え、ええ?
彼女が何を言っているのか理解できない。
頭がショートして何も考えられなくなる。
「お願い生徒会長、キス、してもいい?」
――――待って。
あおいちゃんの顔が近づいてきて、私は体を動かすことすらできない。
「するね」
――――だからねぇ待って!
そう思っても、動けなくなった私は声にしてそれを言うことができない。
「動いちゃだめ」
体を抱きしめられ、一切の抵抗ができない。
そんな私の唇に、あおいちゃんの唇が近づいてきて……
――――私は、私は……ッ!!
その瞬間、ゆかちゃんの顔が私の脳裏をかすめた。
彼女の顔を思い出した瞬間、凍っていた私の体が一瞬で解凍され、自由を取り戻す。
「だから、待っててばぁあああああああああッ!!」
叫んだ。
心の底から叫び。
一息ついてから、ゆっくり瞼を開ける。
目の前にはもうあおいちゃんの姿はなかった。
代わりに私の瞳に映ったのは、窓から差し込む暖かな日差しと、いつもの自分の部屋の光景。
「夢だこれ」
一瞬で理解して、一瞬で恥ずかしくなった。
「ああ~~~~ッ!! 私はなんて夢を~~~~ッ!! あおいちゃんごめ~~~~ん!!」
久しぶりに心にグッサリ刺さる夢を見てしまった。
今もまだ、胸の高鳴りが止まらない。
多分しばらくは止まらないだろう。
「……はぁ……着替えよ」
ベッドから降りて、自分の机の上を見ると見慣れない鍵が置いてあった。
なんの鍵だったか…………少しだけ思案して思い出す。
「これ……生徒会室の鍵」
それは昨日、ゆかちゃんから貰ったもの。
そうだ、私は……昨日あんなことがあって、家に帰って疲れてすぐ寝たんだった。
今日見た夢より、ずっと夢のような出来事だった。
でもあれは現実。
思い出そうとすると、またお腹の奥の方が熱くなってくる。
そう思うと、あんな夢を見てしまうのも無理はない気がしてきた。
「あ~もう! 朝から私は何を考えているんだ!」
そして私は朝ごはんを食べて、歯を磨きながら髪を整えて、制服に着替えて、今日もいつものように学校に向かう。
ポケットにいつもはない鍵が入っている以外は、だいたいいつも通りの朝だ。
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