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2章
30話
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冒険者ギルドでの宴会はヴァリ、レオ、ナディア、タリム達に非常にいい影響を与えたようだった。彼らの中に新しい風が吹き込まれたように感じられたみたいだ。
特に、タリムはアゼルと意気投合し、彼の言葉に背中を押されたようだった。
彼の表情は、冒険者としての活動への不安から解放され、吹っ切れたような表情をしていた。
一方、ガルラとの腕相撲は予想以上に熱を帯びた。ガルラは本当に強かった。彼女と手を組んだ瞬間に圧倒され、思わず霊迅強化・纏を発動してしまったのだ。
力を入れすぎて制服が吹き飛んだら恐ろしいすぎるので、制服が耐えれる限りのギリギリの力を込めて立ち向かった。
しかし、ガルラは涼しい顔で儂の力に耐え、逆にこちらはじわじわと押し込まれていく。
彼女は明らかに全力を出していないように見え、余裕を持って受け止めているような状況が見て取れた。
このままでは負けると思った時、テーブルが儂らの力に耐えきれず、ギシギシと悲鳴を上げ、大きな音を立てて粉々に壊れた瞬間は、悔しいような、ほっとしたような不思議な気持ちになった。
周囲のギャラリーからは驚きと歓声が上がり、エリオスは頭を抱えて壊れた机の修理代を必死に計算していたようだった。
ガルラに声をかけられ、「アンタが全力出せるときにまた勝負しようぜ」と再戦の約束をさせられてしまった。
レオとヴァリはどうやら腕相撲の賭けにうまく乗せられていたようで、その時の手持ちを全て儂の勝ちに突っ込んでいたようだ。
引き分けになったことで半分は戻ってきたようだが、レオはご飯代が減っちゃった…としゅんとした顔をしている。ヴァリも装備を整える金が減ってしまったと苦い表情を浮かべていた。
「貴方達は本当におバカさんですこと。自分たちもガルラさんに挑戦したのに、その人の力を考慮せずに無茶な賭けをしたら勝てるわけがないでしょうに。仕方のない人たちですね」
呆れた顔をしたナディアに叱られた2人はぐうの音も出なかった。
それから学園の講義は週に1度、顔を出すことにし、全員をDランクにあげるためにギルドの奉仕依頼に集中して取り組むことになった。
週の半分は全員で同じ奉仕依頼を受けつつ、他の半分はそれぞれ興味のある奉仕依頼を受けていくという形にした。
『いつも一緒!なんてものは依存以外の何者でもない。自分で考え、自分で選択することが大事なだ』と伝えると、レオに「シノは本当爺ちゃんみたいなのさっ」と笑われてしまった。
しかし、個人で受けている奉仕依頼についてはそれぞれの人柄が非常に出ているな…と感じたものだ。サラが「奉仕依頼はその人となりが見えます」と言っていたのを思い出した。
レオはその持ち前の明るさと俊敏さで手紙の配達やお年寄り小さな荷物の配送などを中心に受けていった。
タリムは精霊術を使い、ゴーレム操作の練習の意味も含めて大きな荷物の移動や、倉庫の整理、工事現場の手伝いなどに真剣に取り組む。
ナディアは上級貴族であることを生かして商店の手伝いや、代筆、計算仕事などを中心に請け負っていった。
その順調な仕事ぶりから月末に差し掛かるころには、Eランク全員がが無事にDランクに昇格することができたのであった。
夏の休暇では無事、パーティを組んで取り組めそうだ。
冒険者活動の準備を終え、遂にマルヴェックとの決闘の日がやってきた。決闘の舞台は、闘技場さながらの学園内訓練場。闘技場と呼んでいいだろう。
その控室で、いつもの仲間と共に出番を待っている。決闘の開始時刻は間もなくに迫っていた
この決闘は学生同士のものではあるが、指定された武器や装備があるわけではない。
自由に決めて良いそうなので、宵月と、精霊銀の服を遠慮なく使用させてもらっている。
「その服は編入試験の時に来てたやつだろ?」
「えぐい炎を使ったときのやつさぁ~」
ヴァリとレオが儂の装備を触ったり、翻したりしてしげしげとみている。
「パッと見ただけで質のいいものであることが分かりますわね。精霊銀が編み込まれているなんて…想像もできませんわ」
「精霊の力を強く感じる服ですね。凄いです」
ナディアとタリムもそれぞれ感想を述べる。
「その服を着ているのを見るのもなんだか久しぶりなのだわ?最近は制服ばかりだから~」
「ヴァウ!」
「まぁ、良くも悪くもこの服を使う機会が少ない、というのもあるかな?いいことではあるけど、こういった形で使うことになるとはね」
軽く談笑をしていると、控室の扉がノックされ、「入るぞ」という声が聞こえた。
「どうぞ」と答えると、ヴィクターがメイドと執事を連れて入室してきた。
突然の王子の来訪に、部屋の空気が一瞬で張りつめる。初めて直接顔を合わせるであろう貴のナディアとヴァリはすっと立ち上がって姿勢を正す。
「楽にしていい。私は君たちと同じ学園の生徒なのだから。さて、シノ。今日の決闘については充分な準備はできたかな?」
ナディアとヴァリに気にするなと伝え、儂を見る。
「十分なお時間をいただいたので鍛練はできました。それに、いつ、どんな時でも自分の力を発揮するのみですから」
「そうか。それはよかった。特に気負いもないようで安心したよ」
ヴィクターは軽く肩を竦めて笑った。
人は生きていれば突然の出来事に遭遇することがある。日頃の鍛練は自らの技術を磨くことについてが主だが、突発的な現象に備えるためのものでもあるのだから。
儂の様子を見ていたヴィクターは感心したように頷いている。
「上位の貴族相手といえど物怖じせず、学園に入学したばかりというのにその歴戦の戦士のような落ち着き。あの時も感心したものではあるが、さすが剣聖に育てられただけはある…か。まぁ、それが本当なら…な?」
くっくっくとヴィクターは笑う。彼はどこまで儂の情報を知っているのだろうか?
「あぁ、決闘についてだが、観覧者が入っている。リセリアが根回しをしていたので、実地研修に行っている4年、5年以外の学園に残っている生徒がすべて集まるとは思う。そして…」
「…そして?」
「お忍びではあるが…父上が来ている」
ヴィクターの顔にはいたずらっぽい表情が浮かんでいた。
「え!?陛下が!?」
「学生同士の決闘に現れるなんて前代未聞ですわ!?」
ヴァリとナディアは驚愕の声を上げている。国を代表する人間が秘密裏にこの決闘を見る。…いろんな政治的な思惑があるのだろう。
そして、そういった人間が観覧に来るのであれば、決闘までの期間が大きく開いたのも理解できる。
「国王がなぜわざわざこの決闘を?」
「…さて、ね?では、私はそろそろ失礼するとしよう。シノ、君の健闘を願っているよ」
ヴィクターは意味深な笑みを残し、すっと踵を返して手を振りながら退室する。メイドと執事も軽くお辞儀をしてヴィクターの後に続いた。
「国王陛下がいらっしゃるなんて…一体どういった交渉があったのかしら…」
ナディアはかなり深刻な表情でつぶやいている。彼女もこの決闘に対してマルヴェックを動きやギャラリーについて調べていたようだが、そういった情報は一切なかったそうだ。
「御前試合、ということか。なにやら大変なことになっているようだね」
「陛下が来ていると分かっても動じない貴方の落ち着きは本当に不思議ですわ。達観してますわね」
ナディアは感心しているのか、呆れているのか分からない表情をしている。
その時、控室の扉がノックされ、決闘の準備が完了したと告げられる。
「シノ君、準備はできましたか?まもなく決闘の開始時間になりますので移動しますよ」
扉の外に現れたのはロレンゾ先生だった。会場までの誘導をリセリアより頼まれたそうだ。
「お前なら大丈夫だと思うが、無事に帰って来いよ」
「さっさと終わらせちゃうさ~」
「が、頑張ってください…!!」
「コテンパンにしちゃうのだわ!」
それぞれ一言ずつ応援の言葉をかけてくるが、ナディアだけは浮かない表情だ。言いにくそうに口を開く。
「…あんな人でも兄は兄ですわ。ですが、彼がやったことは看過されるものではありません。私には遠慮せず、シノの正しいと思うことをしてくださいませ」
彼女は深々と頭を下げ「無事に戻ってきてください」と言う。
「ありがとうみんな。じゃぁ行ってくるよ」
儂は仲間たちの声援を背に、ロレンゾ先生と共に闘技場へ向かった。
「今回の決闘は非常にイレギュラーなものです。そして、教師として担任として、マルヴェック君の振る舞いを抑えることができていなかったのは反省と後悔しかありません。この決闘はある意味、学園の分岐点のようなものになるでしょう」
ロレンゾ先生は深く後悔の混じる表情で、謝罪をし続ける。
「しかし、学園の知識を伝えるものとして、制御されていない貴方の謎に包まれたその力を見てみたかった、という部分も本音です。私はいい機会だと思っています。存分に見せてもらいますよ、シノ君」
カツカツと音が通路に鳴り響き、闘技場の扉の前に辿り着くと、ロレンゾが扉を開き、儂を送り出す。
そのまま闘技場の中心へと進んでいくとそこにはすらりとした高身長のエルフの男性が立っていた。彼はリセリアが用意した審判だろう。
そして、対面の入り口からは、マルヴェックが現れた。ゆっくりと歩いてくる彼の瞳には、何か得体の知れない狂気のようなものが宿っているように見える。
「出てきたぞ!!」
「あれか!上級貴族に喧嘩を売ったのは」
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃ~マルヴェックだろ?あいつはあれで強力な火魔法の使い手だからな」
「平民が勝てるわけないだろ」
闘技場内に入ると、予想を超える人が集まっているようだ。
(…国王はさすがに観客席にはいないな。お忍びとのことだから貴賓室のようなところに居るのかもしれない)
観客席上部に不自然に箱型に突き出た場所があるからあそこだろうか。
一通り観客席を見渡すと、ヴィクターが言っていた通り相当数の生徒が集まっている。
儂やマルヴェック、審判が居る場所から見える観客席中央には一段高い席があり、リセリアを中心として左にヴィクター、右にジョシュアが確認できた。
そこから左手の席ライナスがいることから教師陣だろう。イレーネも端の席にいたのはとても驚いた。視線が合うと、彼女はこちらに向けて手を振る。
イレーネは研究室から出てくることが少ない様で周辺の生徒達も口々にイレーネのことを話している。
右手の席にはマーガレットの姿があることから、そちら側はおそらく学園の運営に関わる人が並んでいるのだろう。
「やれやれ、大掛かりになったものだ」
儂は軽く肩を竦め、儂が入ってきた入り口側の観客席の最前列にヴァリ、レオ、ナディア、タリム、ウルの姿があったのでそちらに向けて手を上げる。
ちなみに、ルーヴァルは儂の影の中にいる。ウルが少し嫌な気配を感じるからとのことで、何があってもいいようにだ。
「それでは、これよりオーラリオン王国古来のしきたりに則った決闘を取り行います」
リセリアが立ち上がり決闘の開催を宣言すると、ざわめきが広がっていく。その内容は彼女を湛えるものがほとんどだった。
エルフは眉目秀麗、見目麗しい男女が多く、ミステリアスな雰囲気に惹かれるものが多いとナディアが言っていた。
そしてヴィクターが続く。
「この決闘の敗者は勝者の要求に従う。条件は次の通りだ」
ヴィクターの後ろに控えている執事が魔法のようなものを使うと、闘技場の中央に冒険者証のようなスクリーンが浮かびあがった。
そこには以下の内容が記載されていた。
・シノが勝利した場合、マルヴェックは謝罪し、下級貴族、平民に対する振る舞いを改めること。
・マルヴェックが勝利した場合、シノとタリムは退学とする。
「以上、この闘技場に集まった皆が証人となることをここに宣言する」
ヴィクターの朗々たる声が闘技場に響き渡った。
「決闘の審判は我が従者、ラドフィン。彼の合図に従い、決闘を開始します」
リセリアの声が闘技場に響くと、大歓声が広がる。
「…甚振られる覚悟はできたか?愚かな平民が」
マルヴェックは低く笑い、狂気に濁り、視点の定まらないくすんだ瞳を儂に向けてきた。
一歩下がったラドフィンが右手を上げ、勢いよく腕を振り下ろす。
「始め!!!」
今、マルヴェックとの決闘の火ぶたが切って落とされた。
特に、タリムはアゼルと意気投合し、彼の言葉に背中を押されたようだった。
彼の表情は、冒険者としての活動への不安から解放され、吹っ切れたような表情をしていた。
一方、ガルラとの腕相撲は予想以上に熱を帯びた。ガルラは本当に強かった。彼女と手を組んだ瞬間に圧倒され、思わず霊迅強化・纏を発動してしまったのだ。
力を入れすぎて制服が吹き飛んだら恐ろしいすぎるので、制服が耐えれる限りのギリギリの力を込めて立ち向かった。
しかし、ガルラは涼しい顔で儂の力に耐え、逆にこちらはじわじわと押し込まれていく。
彼女は明らかに全力を出していないように見え、余裕を持って受け止めているような状況が見て取れた。
このままでは負けると思った時、テーブルが儂らの力に耐えきれず、ギシギシと悲鳴を上げ、大きな音を立てて粉々に壊れた瞬間は、悔しいような、ほっとしたような不思議な気持ちになった。
周囲のギャラリーからは驚きと歓声が上がり、エリオスは頭を抱えて壊れた机の修理代を必死に計算していたようだった。
ガルラに声をかけられ、「アンタが全力出せるときにまた勝負しようぜ」と再戦の約束をさせられてしまった。
レオとヴァリはどうやら腕相撲の賭けにうまく乗せられていたようで、その時の手持ちを全て儂の勝ちに突っ込んでいたようだ。
引き分けになったことで半分は戻ってきたようだが、レオはご飯代が減っちゃった…としゅんとした顔をしている。ヴァリも装備を整える金が減ってしまったと苦い表情を浮かべていた。
「貴方達は本当におバカさんですこと。自分たちもガルラさんに挑戦したのに、その人の力を考慮せずに無茶な賭けをしたら勝てるわけがないでしょうに。仕方のない人たちですね」
呆れた顔をしたナディアに叱られた2人はぐうの音も出なかった。
それから学園の講義は週に1度、顔を出すことにし、全員をDランクにあげるためにギルドの奉仕依頼に集中して取り組むことになった。
週の半分は全員で同じ奉仕依頼を受けつつ、他の半分はそれぞれ興味のある奉仕依頼を受けていくという形にした。
『いつも一緒!なんてものは依存以外の何者でもない。自分で考え、自分で選択することが大事なだ』と伝えると、レオに「シノは本当爺ちゃんみたいなのさっ」と笑われてしまった。
しかし、個人で受けている奉仕依頼についてはそれぞれの人柄が非常に出ているな…と感じたものだ。サラが「奉仕依頼はその人となりが見えます」と言っていたのを思い出した。
レオはその持ち前の明るさと俊敏さで手紙の配達やお年寄り小さな荷物の配送などを中心に受けていった。
タリムは精霊術を使い、ゴーレム操作の練習の意味も含めて大きな荷物の移動や、倉庫の整理、工事現場の手伝いなどに真剣に取り組む。
ナディアは上級貴族であることを生かして商店の手伝いや、代筆、計算仕事などを中心に請け負っていった。
その順調な仕事ぶりから月末に差し掛かるころには、Eランク全員がが無事にDランクに昇格することができたのであった。
夏の休暇では無事、パーティを組んで取り組めそうだ。
冒険者活動の準備を終え、遂にマルヴェックとの決闘の日がやってきた。決闘の舞台は、闘技場さながらの学園内訓練場。闘技場と呼んでいいだろう。
その控室で、いつもの仲間と共に出番を待っている。決闘の開始時刻は間もなくに迫っていた
この決闘は学生同士のものではあるが、指定された武器や装備があるわけではない。
自由に決めて良いそうなので、宵月と、精霊銀の服を遠慮なく使用させてもらっている。
「その服は編入試験の時に来てたやつだろ?」
「えぐい炎を使ったときのやつさぁ~」
ヴァリとレオが儂の装備を触ったり、翻したりしてしげしげとみている。
「パッと見ただけで質のいいものであることが分かりますわね。精霊銀が編み込まれているなんて…想像もできませんわ」
「精霊の力を強く感じる服ですね。凄いです」
ナディアとタリムもそれぞれ感想を述べる。
「その服を着ているのを見るのもなんだか久しぶりなのだわ?最近は制服ばかりだから~」
「ヴァウ!」
「まぁ、良くも悪くもこの服を使う機会が少ない、というのもあるかな?いいことではあるけど、こういった形で使うことになるとはね」
軽く談笑をしていると、控室の扉がノックされ、「入るぞ」という声が聞こえた。
「どうぞ」と答えると、ヴィクターがメイドと執事を連れて入室してきた。
突然の王子の来訪に、部屋の空気が一瞬で張りつめる。初めて直接顔を合わせるであろう貴のナディアとヴァリはすっと立ち上がって姿勢を正す。
「楽にしていい。私は君たちと同じ学園の生徒なのだから。さて、シノ。今日の決闘については充分な準備はできたかな?」
ナディアとヴァリに気にするなと伝え、儂を見る。
「十分なお時間をいただいたので鍛練はできました。それに、いつ、どんな時でも自分の力を発揮するのみですから」
「そうか。それはよかった。特に気負いもないようで安心したよ」
ヴィクターは軽く肩を竦めて笑った。
人は生きていれば突然の出来事に遭遇することがある。日頃の鍛練は自らの技術を磨くことについてが主だが、突発的な現象に備えるためのものでもあるのだから。
儂の様子を見ていたヴィクターは感心したように頷いている。
「上位の貴族相手といえど物怖じせず、学園に入学したばかりというのにその歴戦の戦士のような落ち着き。あの時も感心したものではあるが、さすが剣聖に育てられただけはある…か。まぁ、それが本当なら…な?」
くっくっくとヴィクターは笑う。彼はどこまで儂の情報を知っているのだろうか?
「あぁ、決闘についてだが、観覧者が入っている。リセリアが根回しをしていたので、実地研修に行っている4年、5年以外の学園に残っている生徒がすべて集まるとは思う。そして…」
「…そして?」
「お忍びではあるが…父上が来ている」
ヴィクターの顔にはいたずらっぽい表情が浮かんでいた。
「え!?陛下が!?」
「学生同士の決闘に現れるなんて前代未聞ですわ!?」
ヴァリとナディアは驚愕の声を上げている。国を代表する人間が秘密裏にこの決闘を見る。…いろんな政治的な思惑があるのだろう。
そして、そういった人間が観覧に来るのであれば、決闘までの期間が大きく開いたのも理解できる。
「国王がなぜわざわざこの決闘を?」
「…さて、ね?では、私はそろそろ失礼するとしよう。シノ、君の健闘を願っているよ」
ヴィクターは意味深な笑みを残し、すっと踵を返して手を振りながら退室する。メイドと執事も軽くお辞儀をしてヴィクターの後に続いた。
「国王陛下がいらっしゃるなんて…一体どういった交渉があったのかしら…」
ナディアはかなり深刻な表情でつぶやいている。彼女もこの決闘に対してマルヴェックを動きやギャラリーについて調べていたようだが、そういった情報は一切なかったそうだ。
「御前試合、ということか。なにやら大変なことになっているようだね」
「陛下が来ていると分かっても動じない貴方の落ち着きは本当に不思議ですわ。達観してますわね」
ナディアは感心しているのか、呆れているのか分からない表情をしている。
その時、控室の扉がノックされ、決闘の準備が完了したと告げられる。
「シノ君、準備はできましたか?まもなく決闘の開始時間になりますので移動しますよ」
扉の外に現れたのはロレンゾ先生だった。会場までの誘導をリセリアより頼まれたそうだ。
「お前なら大丈夫だと思うが、無事に帰って来いよ」
「さっさと終わらせちゃうさ~」
「が、頑張ってください…!!」
「コテンパンにしちゃうのだわ!」
それぞれ一言ずつ応援の言葉をかけてくるが、ナディアだけは浮かない表情だ。言いにくそうに口を開く。
「…あんな人でも兄は兄ですわ。ですが、彼がやったことは看過されるものではありません。私には遠慮せず、シノの正しいと思うことをしてくださいませ」
彼女は深々と頭を下げ「無事に戻ってきてください」と言う。
「ありがとうみんな。じゃぁ行ってくるよ」
儂は仲間たちの声援を背に、ロレンゾ先生と共に闘技場へ向かった。
「今回の決闘は非常にイレギュラーなものです。そして、教師として担任として、マルヴェック君の振る舞いを抑えることができていなかったのは反省と後悔しかありません。この決闘はある意味、学園の分岐点のようなものになるでしょう」
ロレンゾ先生は深く後悔の混じる表情で、謝罪をし続ける。
「しかし、学園の知識を伝えるものとして、制御されていない貴方の謎に包まれたその力を見てみたかった、という部分も本音です。私はいい機会だと思っています。存分に見せてもらいますよ、シノ君」
カツカツと音が通路に鳴り響き、闘技場の扉の前に辿り着くと、ロレンゾが扉を開き、儂を送り出す。
そのまま闘技場の中心へと進んでいくとそこにはすらりとした高身長のエルフの男性が立っていた。彼はリセリアが用意した審判だろう。
そして、対面の入り口からは、マルヴェックが現れた。ゆっくりと歩いてくる彼の瞳には、何か得体の知れない狂気のようなものが宿っているように見える。
「出てきたぞ!!」
「あれか!上級貴族に喧嘩を売ったのは」
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃ~マルヴェックだろ?あいつはあれで強力な火魔法の使い手だからな」
「平民が勝てるわけないだろ」
闘技場内に入ると、予想を超える人が集まっているようだ。
(…国王はさすがに観客席にはいないな。お忍びとのことだから貴賓室のようなところに居るのかもしれない)
観客席上部に不自然に箱型に突き出た場所があるからあそこだろうか。
一通り観客席を見渡すと、ヴィクターが言っていた通り相当数の生徒が集まっている。
儂やマルヴェック、審判が居る場所から見える観客席中央には一段高い席があり、リセリアを中心として左にヴィクター、右にジョシュアが確認できた。
そこから左手の席ライナスがいることから教師陣だろう。イレーネも端の席にいたのはとても驚いた。視線が合うと、彼女はこちらに向けて手を振る。
イレーネは研究室から出てくることが少ない様で周辺の生徒達も口々にイレーネのことを話している。
右手の席にはマーガレットの姿があることから、そちら側はおそらく学園の運営に関わる人が並んでいるのだろう。
「やれやれ、大掛かりになったものだ」
儂は軽く肩を竦め、儂が入ってきた入り口側の観客席の最前列にヴァリ、レオ、ナディア、タリム、ウルの姿があったのでそちらに向けて手を上げる。
ちなみに、ルーヴァルは儂の影の中にいる。ウルが少し嫌な気配を感じるからとのことで、何があってもいいようにだ。
「それでは、これよりオーラリオン王国古来のしきたりに則った決闘を取り行います」
リセリアが立ち上がり決闘の開催を宣言すると、ざわめきが広がっていく。その内容は彼女を湛えるものがほとんどだった。
エルフは眉目秀麗、見目麗しい男女が多く、ミステリアスな雰囲気に惹かれるものが多いとナディアが言っていた。
そしてヴィクターが続く。
「この決闘の敗者は勝者の要求に従う。条件は次の通りだ」
ヴィクターの後ろに控えている執事が魔法のようなものを使うと、闘技場の中央に冒険者証のようなスクリーンが浮かびあがった。
そこには以下の内容が記載されていた。
・シノが勝利した場合、マルヴェックは謝罪し、下級貴族、平民に対する振る舞いを改めること。
・マルヴェックが勝利した場合、シノとタリムは退学とする。
「以上、この闘技場に集まった皆が証人となることをここに宣言する」
ヴィクターの朗々たる声が闘技場に響き渡った。
「決闘の審判は我が従者、ラドフィン。彼の合図に従い、決闘を開始します」
リセリアの声が闘技場に響くと、大歓声が広がる。
「…甚振られる覚悟はできたか?愚かな平民が」
マルヴェックは低く笑い、狂気に濁り、視点の定まらないくすんだ瞳を儂に向けてきた。
一歩下がったラドフィンが右手を上げ、勢いよく腕を振り下ろす。
「始め!!!」
今、マルヴェックとの決闘の火ぶたが切って落とされた。
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