38 / 52
2章
29話
しおりを挟む
「いや~ばたばたしちまってすまないな」
エリオスがにっこり笑いながら、酒場の円卓に腰掛けた。すでに他のメンバーが揃っている。
「おい、リーニャ、酒だぞ」
「ニャ!?酒!?酒はどこにゃ!?」
がばっと起き上がった彼女にエリオスの拳骨が容赦なく落ちる。
状況が把握できていない彼女にエリオスが説明し、改めて彼のパーティについて紹介してくれた。
「まず、この酒好きの猫人族はリーニャだ。依頼が終わったら真っ先に酒場に駆け込む困ったやつだ。こいつはさっきまで他の酒場でも飲んでやがったからな」
「よーろしくにゃぁ~!酒があれば何でもできるにゃ!!」
猫人族の女性はリーニャで盗賊。
エリオスが良くいく酒場で管を巻いている姿を見かけ、意気投合したところ冒険者だったそうだ。
丁度エリオスと同じ時期にランクアップしたCランクがおらず、彼女はCランクに上がってから酒場に入り浸っていたことから、誰ともパーティを組んでいなかったのでパーティに誘ったそうだ。盗賊としての腕は確かとのこと。
この話の間お酒を封印されたのでしょんぼりしている。
「こっちの牛人族はガルラだ。大盾使いだが、鍛え方が半端ねぇ。頼りになる前衛だぜ。しかも、腕相撲が半端なく強い」
「おう。よろしく。力には自信があるんだ。挑戦者は大歓迎だよ」
豪快に笑う彼女は牛人族で頭に立派な角があり、体も大きくて筋肉湿の女性はガルラ。
さっきエリオスの秘密を暴露した人だな。大盾使いだそうで、かなり大きな盾を背負っていた。
褐色の肌に金色の鋭い目は自信に満ち溢れていて、その腕はとても力が強そうだ。
彼女は神官の女性たちが盗賊に襲われていたところ助けてから、ずっと行動を共にしていたと話す。
「ちょっと無愛想な有隣族がカリナ。後衛の魔術師として優秀なんだ。しかもかなり珍しい『闇属性の加護』を持っている」
「…カリナだ」
有隣族の女性はカリナ。
白い髪に深い青灰色の肌でミステリアスな雰囲気を持つ女性だ。
寡黙で、どことなく『疾風と大地』のグリナスに似ている気がする。
グリナスが特別かと思っていたが、有隣族自体は言葉を大事にしており、口数自体が少ないと講義で言っていたか。
闇属性はたしか、行動を阻害する魔法が多かったはずだ。特に、敵の動きを遅らせる影沼などは代表的なものだ。
「最後は私ですね。セリナと申します」
神官の女性はセリナ。桃色の長い髪で少し身長は低めの人族だ。
彼女は大陸の中央部、海側にある聖王国の教会の孤児院で育っていたが、『癒光の加護』を持っていることで教会に登用され、シスターとして人々を癒していたそうだ。
そんな折、彼女が所属していた教会の司教から、世界を見分して経験を積みなさいと指示され、国を巡っていたという。
オーラリオンには数年前に訪れ、アイゼラ迄の道中で魔物に襲われているところをエリオス達に助けられた縁もあってしばらくは冒険者として活動するようになった。
カリナと名前が似ているのは、同じ孤児院にて育ったからだそうだ。
紹介が終わった後、彼女は儂をじっと見ている。先ほども様子がおかしかった。何か気になる事でもあるようだったら、後から少しを話をしてみるか。
一通り『焔獅子』のパーティメンバーの紹介をもらった後、こちらもそれぞれで紹介をする。
「おう、ありがとうな。これから王都で活動する者同士よろしく頼むぜ」
儂はエリオスとがっちりと握手を交わす。
「とりあえず飯でも食おうぜ!今日お前達の分は俺のおごりだ!マスター!色々持ってきてくれ!」
「やったにゃー~!タダ酒にゃ~!!」
「あほか!お前は飲みすぎだから少しは控えろ!酒代は今度の報酬から引いとくからな!」
「そんにゃぁ~エリオスぅ~ご無体だにゃ~」
リーニャがエリオスに縋り付いて酒を懇願している姿は非常に滑稽だったが、誰も止めようとしない。
結局、エリオスはため息をつきながらも、彼女に少しだけ酒を許すのだった。
早い時間ではあるが、賑やかな会がある程度進んだところで、またも聞き覚えがある声が聞こえた。
「あれ!なんだよ、シノじゃねぇか!こんなところで何やってんだ?」
「きゃ~ウルちゃんだ~!なんだか久しぶりだねぇ~」
振り返るとそこには『疾風と大地』のメンバー、リヴァナ、リィナ、グリナス、アゼルが居た。
「皆さんお久しぶりですね。これから依頼ですか?」
「今日は報告だけさ。なんだよ、宴会してるならあたしたちも混ざっていいか?」
儂は再度振り返ってエリオスに視線を送る。
「おー!いいぜ!シノの知り合いの冒険者か?大歓迎さ」
「アンタやるねぇ。強そうな戦士とは語りたいと思っていたんだ」
エリオスがリヴァナに返事をすると、ガルラが獲物を見つけたような目で自分の隣に来いと手を招く。
「あんたの腕っぷしは強そうだ。酒もイケる口かい?」
リヴァナはご機嫌に混ざってきた。
「…邪魔する」
「なんだか凄いメンツじゃないですか?これは」
グリナスとアゼルがすすッと椅子をもって空いている場所に入ってきた。
ウルとリィナはきゃっきゃとはしゃいでいる。
「おいおい、なんだこの大宴会は」
「シノは顔が広いのさ~」
ヴァリとシノは顔を見合わせながら肩を竦める。
「…僕、緊張して吐きそうです…」
「タリム、これからこういう機会は増えるのですわよ。それに、冒険者の大先輩に教えを乞ういい機会ではありませんか。わたくしもちょっと行ってまいりますね」
そう言いながら、ナディアはウルとリィナの元へ向かっていった。
「す…すごいですねナディアさん…さすが上級貴族です…」
「貴族だとかそういうのは関係ないさ。冒険者は皆、身分に関係なく冒険者なんだから」
タリムはこれまでこんな大人数での食事の経験がない様で相当に緊張しているが、これもいい経験だろう。
これから冒険者として活動するならこういうのは日常茶飯事なのだから。
「その制服を見ると君はシノ君の学友かい?」
アゼルがタリムに声をかける。
「は、はい!」
タリムはガッチガチの様子で返事をしている。
「そんなに緊張することないよ。もしよければ、君のことを聞かせてくれないかな?」
アゼルは儂に目配せをしてタリムに話を振っている。
さすが『疾風と大地』の参謀役だ。状況が見えている。うまくタリムの緊張をほぐしてくれるだろう。
さて儂はどうするか…と周りを見渡すと、気づけばガルラの周辺では腕相撲大会が始まっている。
いつの間に始まったのか、対戦相手はなんとヴェリだ。
あ、ヴェリが今ひっくり返った。泰山の加護持ちのヴェリをひっくり返すなんて並みの力じゃないぞ…。
「よっしゃぁ!!次はあたしだ!!」
リヴァナの威勢のいい声が上がると、周りの力自慢の冒険者が集まってきて大騒ぎになる。彼女がガルラの大きな手を掴むと、周囲の興奮が一層高まった。
腕相撲で賭けを始めるものもいてなかなか混沌とした状態だ。
こちらに来てじっくりとギルド内で他の冒険者と話したり、食事をする機会は殆どなかったからな。
この前の『疾風と大地』の食事会は商人の夫妻も居たことでそこまではじけた空気にはならなかった。
前世界でも冒険者や傭兵は皆血の気が多いし、飲んだり騒いだりが大好きだったなと思い出す。少しのきっかけで大喧嘩になることもざらだったか。
そんな大騒ぎの中、静かに儂に視線を向ける居た。有隣族のカリナと、神官のセリナだ。
喧騒の中、彼女たちは静かに立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「シノさん…でしたね。お手数をお掛けするのですが、少し外でお話できませんか?」
セリナは儂の目の前にたどり着くと、囁くような声で儂を外に誘う。その瞳はかなり真剣なものでり、後ろに立つカリナの瞳には儂の一挙手一頭足を見逃さないといった視線を感じる。
ひとまずセリナの言葉に頷き彼女達について酒場側の出口から外に出る。
ギルドの酒場側の出口は通りから路地に入った所にあるので、こちら側は普段から人気は少ない。
今の時間なら静かに話もできるだろう。
「セリナさん、外に誘ってもらった理由を教えてもらえますか?何やらカリナさんには非常に警戒されているようで…。お二人には今日、初めて会ったばかりかと思います。何か人に聞かれたくない話でもありましたか?」
儂は軽くカリナを牽制し、場所を変えて話すことに対してセリナに問いかける。
彼女の表情には戸惑いと困惑、疑念やためらいといった複雑な感情が浮かんでいるようにも見えた。その瞳の奥底にはわずかながら恐怖のようなものも見えるような気がする。
「そう…ですね。私もそうですが、シノさんにとってもあまり聞かれないほうが良いのではないかと思いこちらにお誘いしました。…単刀直入にお伺いします。シノさんはその…女神様の加護をお持ちではないのでは…?」
思ってもいない彼女の言葉に儂は少し警戒を強める。この世界に来て、加護のことを話したのはヴァリだけだ。
これまで、女神様の加護について指摘してきた者は誰1人としていなかった。
いや、教会で育った神官であれば、この世界で多く崇められている女神アリステラに近い存在といえるだろう。
何か特殊な訓練を受けることで加護を感じ取ることもできるのかもしれない。
「なぜ、そう感じたのでしょうか?」
質問に質問で返すようになってしまったが、ここは慎重に動かないといけない。
儂を見るカリナの視線に少しずつ殺気が混じってきた。セリナは返答についてはかなり迷っている様だ。
先ほどまでの自信に満ちたふるまいは影を潜め、少し怯えているようにも見える。
「…私は神官です。そして、教会に仕えるシスターの中でも少し特殊な目を持っています。…その人が持つ加護の色が見えるのです」
どういった加護なのかを詳細に見ることはできないが、オーラのように加護を纏っていることが分かるという。
そういう事か…。儂はこの世界の人間ではない。だから、アリステラの加護なんてものは持っていないがために、彼女から見れば一目瞭然ということか。
「貴方はどこの生まれで、どこの貴族だ」
ここまで殆ど喋らなかったカリナが儂に言葉を投げかけてきた。
「生まれは分かりません。儂はイシュオリア山脈の麓の村に捨てられていたところを拾われたので、その辺りだとは思います。そして貴族ではないですよ。ただの平民です」
儂はいつも伝えている設定、剣聖カゼルに拾われてこの王国で育てられた平民だと伝える。
「剣聖カゼル…。その名は孤児院にあった冒険譚で聞いたことがあります。大陸に並ぶものなしと言われ、十数年前に最果ての大森林に挑んだとか。まさかオーラリオンで隠遁していたとは…」
カリナの殺気が少し和らぎ、セリナも少しほっとしたように見えた。
「ひょっとして、儂以外にも加護を持たない人が居るのでしょうか?」
儂は彼女たちに問いかける。彼女たちは少し難しい顔になり、お互いに顔を見合わせる。
「それは…」
続けてセリナが何か言おうとしたとき、扉がバーンと大きく開かれる。
「あー!!シノ、ここにいたさー!!!おーい!!ヴァリ!ここだよ!!!」
レオが勢いよく出口から飛び出てきた。
「シノ!!あんたの力の貸して!!ガルラをぎゃふんと言わせたいのさ!!」
儂の手首を握って引っ張っていこうとする。
「ちょ、ちょっと待てってレオ!…あ、セリナさんすみません。続きをお願いしても?」
ぐいぐいと腕を引っ張るレオを抑えつつ、かなり深刻な表情をしていたため、続きが気になった。しかし、レオの登場で一気に緊張感が緩んだのか、気の抜けたような顔をして首を振る。
「いえ、皆さんがお待ちのようですので、またの機会にお願いいたします。これから依頼などでもご一緒することもあるでしょうし、機会があればまたお話させてください」
ニコリと笑みを浮かべ、早く言ってあげてください、と気を使ってくれた。
「分かりました。ではまた…」
「ほらー!早くいくのさ~!!!」
彼女たちが了承したのを確認すると、レオに思いっきり引っ張られて酒場の中に戻される。
逆らうのをやめて連れていかれた先は、ガルラが座る席の前だった。
「お!坊やが相手かい?いいねぇ、若いってのは。その細腕でアタイの前に立つなんてね。全力でやるから怪我しても知らないよ?」
ガルラは準備万端と言った感じで腕相撲の準備をしている。
「おおー!!いいぞ坊主!やれやれー!!!」
「腕が折れてもポーション渡してやるから安心しろ~!!!」
…少し物騒な発言が聞こえた気がする。
「シノ!!頼む!!あとはお前しかいないんだ!!」
「頼んだのさ!シノ!!ガルラに勝たないと私のこれからのお昼ご飯が…!!!」
…ちょっと状況がよく分からないが…これが終わったら2人には詳しく話を聞かねばなるまい。
やれやれ、と肩を竦めながら、儂は腕相撲の勝負に向き合うのであった。
~~~~
一方、ギルドの酒場側の入り口、シノが去った路地裏。
「どうでしたか?彼は」
カリナがサリナに対して問いかける。
サリナは気持ちを落ち着けるため、少し深く息を吸い、長く吐くことで心を落ち着ける。
「…彼の話しは筋が通っているようにも見えますが、どこまで信じていいかは難しいですね。何か隠しているような雰囲気も感じました」
私達も隠していることがありますから、お互い様ですけどね、とサリナは胸の前で首飾りを握りながら、思考する。
「…アリステラ様の恩寵を受けているこの世界に、加護を持たない人間はいません。それはこの世界に生み落とされた命として当たり前のことなのです。もしそのような生命がいるとしたら…」
「悪魔の…使者」
サリナはカリナのつぶやきに対して肯定の頷きを返す。
「教会が燃えたあの日、私の命を狙って悪魔を従えて襲撃をしてきたのは"女神の加護を持たない貴族の少年"でした」
あれから数年を経ているにも関わらず今でもあの時のことを鮮明に思い出します。
少年の狂気と、傍に侍る悪魔のおぞましき気配を。
「アイゼラのギルドでの噂や、シノさんの繋がりを考えても、邪悪な存在ではなく、あの時の少年との繋がりも見えませんが、今は結論は出すのは難しいです。エリオスと関係があるようですし、今後冒険者として依頼を共にすることもあるでしょう。少しずつ彼を探りましょう」
「御意」
サリナの心の深いところに残るは恐怖の存在。しかし、シノはあの時とは全く異なる空気を纏っていた。
また、一緒にいるウルという妖精も、私達の信じる神とは異なる神性を感じる。
一体彼らは何者なのでしょうか。
(現時点で邪な気配はないとしても、女神の加護が無い存在は世界の異分子。見極めねばなりません)
サリナ思考の海に潜りながら、カリナを伴って再び酒場の喧騒の中へと戻っていった。
エリオスがにっこり笑いながら、酒場の円卓に腰掛けた。すでに他のメンバーが揃っている。
「おい、リーニャ、酒だぞ」
「ニャ!?酒!?酒はどこにゃ!?」
がばっと起き上がった彼女にエリオスの拳骨が容赦なく落ちる。
状況が把握できていない彼女にエリオスが説明し、改めて彼のパーティについて紹介してくれた。
「まず、この酒好きの猫人族はリーニャだ。依頼が終わったら真っ先に酒場に駆け込む困ったやつだ。こいつはさっきまで他の酒場でも飲んでやがったからな」
「よーろしくにゃぁ~!酒があれば何でもできるにゃ!!」
猫人族の女性はリーニャで盗賊。
エリオスが良くいく酒場で管を巻いている姿を見かけ、意気投合したところ冒険者だったそうだ。
丁度エリオスと同じ時期にランクアップしたCランクがおらず、彼女はCランクに上がってから酒場に入り浸っていたことから、誰ともパーティを組んでいなかったのでパーティに誘ったそうだ。盗賊としての腕は確かとのこと。
この話の間お酒を封印されたのでしょんぼりしている。
「こっちの牛人族はガルラだ。大盾使いだが、鍛え方が半端ねぇ。頼りになる前衛だぜ。しかも、腕相撲が半端なく強い」
「おう。よろしく。力には自信があるんだ。挑戦者は大歓迎だよ」
豪快に笑う彼女は牛人族で頭に立派な角があり、体も大きくて筋肉湿の女性はガルラ。
さっきエリオスの秘密を暴露した人だな。大盾使いだそうで、かなり大きな盾を背負っていた。
褐色の肌に金色の鋭い目は自信に満ち溢れていて、その腕はとても力が強そうだ。
彼女は神官の女性たちが盗賊に襲われていたところ助けてから、ずっと行動を共にしていたと話す。
「ちょっと無愛想な有隣族がカリナ。後衛の魔術師として優秀なんだ。しかもかなり珍しい『闇属性の加護』を持っている」
「…カリナだ」
有隣族の女性はカリナ。
白い髪に深い青灰色の肌でミステリアスな雰囲気を持つ女性だ。
寡黙で、どことなく『疾風と大地』のグリナスに似ている気がする。
グリナスが特別かと思っていたが、有隣族自体は言葉を大事にしており、口数自体が少ないと講義で言っていたか。
闇属性はたしか、行動を阻害する魔法が多かったはずだ。特に、敵の動きを遅らせる影沼などは代表的なものだ。
「最後は私ですね。セリナと申します」
神官の女性はセリナ。桃色の長い髪で少し身長は低めの人族だ。
彼女は大陸の中央部、海側にある聖王国の教会の孤児院で育っていたが、『癒光の加護』を持っていることで教会に登用され、シスターとして人々を癒していたそうだ。
そんな折、彼女が所属していた教会の司教から、世界を見分して経験を積みなさいと指示され、国を巡っていたという。
オーラリオンには数年前に訪れ、アイゼラ迄の道中で魔物に襲われているところをエリオス達に助けられた縁もあってしばらくは冒険者として活動するようになった。
カリナと名前が似ているのは、同じ孤児院にて育ったからだそうだ。
紹介が終わった後、彼女は儂をじっと見ている。先ほども様子がおかしかった。何か気になる事でもあるようだったら、後から少しを話をしてみるか。
一通り『焔獅子』のパーティメンバーの紹介をもらった後、こちらもそれぞれで紹介をする。
「おう、ありがとうな。これから王都で活動する者同士よろしく頼むぜ」
儂はエリオスとがっちりと握手を交わす。
「とりあえず飯でも食おうぜ!今日お前達の分は俺のおごりだ!マスター!色々持ってきてくれ!」
「やったにゃー~!タダ酒にゃ~!!」
「あほか!お前は飲みすぎだから少しは控えろ!酒代は今度の報酬から引いとくからな!」
「そんにゃぁ~エリオスぅ~ご無体だにゃ~」
リーニャがエリオスに縋り付いて酒を懇願している姿は非常に滑稽だったが、誰も止めようとしない。
結局、エリオスはため息をつきながらも、彼女に少しだけ酒を許すのだった。
早い時間ではあるが、賑やかな会がある程度進んだところで、またも聞き覚えがある声が聞こえた。
「あれ!なんだよ、シノじゃねぇか!こんなところで何やってんだ?」
「きゃ~ウルちゃんだ~!なんだか久しぶりだねぇ~」
振り返るとそこには『疾風と大地』のメンバー、リヴァナ、リィナ、グリナス、アゼルが居た。
「皆さんお久しぶりですね。これから依頼ですか?」
「今日は報告だけさ。なんだよ、宴会してるならあたしたちも混ざっていいか?」
儂は再度振り返ってエリオスに視線を送る。
「おー!いいぜ!シノの知り合いの冒険者か?大歓迎さ」
「アンタやるねぇ。強そうな戦士とは語りたいと思っていたんだ」
エリオスがリヴァナに返事をすると、ガルラが獲物を見つけたような目で自分の隣に来いと手を招く。
「あんたの腕っぷしは強そうだ。酒もイケる口かい?」
リヴァナはご機嫌に混ざってきた。
「…邪魔する」
「なんだか凄いメンツじゃないですか?これは」
グリナスとアゼルがすすッと椅子をもって空いている場所に入ってきた。
ウルとリィナはきゃっきゃとはしゃいでいる。
「おいおい、なんだこの大宴会は」
「シノは顔が広いのさ~」
ヴァリとシノは顔を見合わせながら肩を竦める。
「…僕、緊張して吐きそうです…」
「タリム、これからこういう機会は増えるのですわよ。それに、冒険者の大先輩に教えを乞ういい機会ではありませんか。わたくしもちょっと行ってまいりますね」
そう言いながら、ナディアはウルとリィナの元へ向かっていった。
「す…すごいですねナディアさん…さすが上級貴族です…」
「貴族だとかそういうのは関係ないさ。冒険者は皆、身分に関係なく冒険者なんだから」
タリムはこれまでこんな大人数での食事の経験がない様で相当に緊張しているが、これもいい経験だろう。
これから冒険者として活動するならこういうのは日常茶飯事なのだから。
「その制服を見ると君はシノ君の学友かい?」
アゼルがタリムに声をかける。
「は、はい!」
タリムはガッチガチの様子で返事をしている。
「そんなに緊張することないよ。もしよければ、君のことを聞かせてくれないかな?」
アゼルは儂に目配せをしてタリムに話を振っている。
さすが『疾風と大地』の参謀役だ。状況が見えている。うまくタリムの緊張をほぐしてくれるだろう。
さて儂はどうするか…と周りを見渡すと、気づけばガルラの周辺では腕相撲大会が始まっている。
いつの間に始まったのか、対戦相手はなんとヴェリだ。
あ、ヴェリが今ひっくり返った。泰山の加護持ちのヴェリをひっくり返すなんて並みの力じゃないぞ…。
「よっしゃぁ!!次はあたしだ!!」
リヴァナの威勢のいい声が上がると、周りの力自慢の冒険者が集まってきて大騒ぎになる。彼女がガルラの大きな手を掴むと、周囲の興奮が一層高まった。
腕相撲で賭けを始めるものもいてなかなか混沌とした状態だ。
こちらに来てじっくりとギルド内で他の冒険者と話したり、食事をする機会は殆どなかったからな。
この前の『疾風と大地』の食事会は商人の夫妻も居たことでそこまではじけた空気にはならなかった。
前世界でも冒険者や傭兵は皆血の気が多いし、飲んだり騒いだりが大好きだったなと思い出す。少しのきっかけで大喧嘩になることもざらだったか。
そんな大騒ぎの中、静かに儂に視線を向ける居た。有隣族のカリナと、神官のセリナだ。
喧騒の中、彼女たちは静かに立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「シノさん…でしたね。お手数をお掛けするのですが、少し外でお話できませんか?」
セリナは儂の目の前にたどり着くと、囁くような声で儂を外に誘う。その瞳はかなり真剣なものでり、後ろに立つカリナの瞳には儂の一挙手一頭足を見逃さないといった視線を感じる。
ひとまずセリナの言葉に頷き彼女達について酒場側の出口から外に出る。
ギルドの酒場側の出口は通りから路地に入った所にあるので、こちら側は普段から人気は少ない。
今の時間なら静かに話もできるだろう。
「セリナさん、外に誘ってもらった理由を教えてもらえますか?何やらカリナさんには非常に警戒されているようで…。お二人には今日、初めて会ったばかりかと思います。何か人に聞かれたくない話でもありましたか?」
儂は軽くカリナを牽制し、場所を変えて話すことに対してセリナに問いかける。
彼女の表情には戸惑いと困惑、疑念やためらいといった複雑な感情が浮かんでいるようにも見えた。その瞳の奥底にはわずかながら恐怖のようなものも見えるような気がする。
「そう…ですね。私もそうですが、シノさんにとってもあまり聞かれないほうが良いのではないかと思いこちらにお誘いしました。…単刀直入にお伺いします。シノさんはその…女神様の加護をお持ちではないのでは…?」
思ってもいない彼女の言葉に儂は少し警戒を強める。この世界に来て、加護のことを話したのはヴァリだけだ。
これまで、女神様の加護について指摘してきた者は誰1人としていなかった。
いや、教会で育った神官であれば、この世界で多く崇められている女神アリステラに近い存在といえるだろう。
何か特殊な訓練を受けることで加護を感じ取ることもできるのかもしれない。
「なぜ、そう感じたのでしょうか?」
質問に質問で返すようになってしまったが、ここは慎重に動かないといけない。
儂を見るカリナの視線に少しずつ殺気が混じってきた。セリナは返答についてはかなり迷っている様だ。
先ほどまでの自信に満ちたふるまいは影を潜め、少し怯えているようにも見える。
「…私は神官です。そして、教会に仕えるシスターの中でも少し特殊な目を持っています。…その人が持つ加護の色が見えるのです」
どういった加護なのかを詳細に見ることはできないが、オーラのように加護を纏っていることが分かるという。
そういう事か…。儂はこの世界の人間ではない。だから、アリステラの加護なんてものは持っていないがために、彼女から見れば一目瞭然ということか。
「貴方はどこの生まれで、どこの貴族だ」
ここまで殆ど喋らなかったカリナが儂に言葉を投げかけてきた。
「生まれは分かりません。儂はイシュオリア山脈の麓の村に捨てられていたところを拾われたので、その辺りだとは思います。そして貴族ではないですよ。ただの平民です」
儂はいつも伝えている設定、剣聖カゼルに拾われてこの王国で育てられた平民だと伝える。
「剣聖カゼル…。その名は孤児院にあった冒険譚で聞いたことがあります。大陸に並ぶものなしと言われ、十数年前に最果ての大森林に挑んだとか。まさかオーラリオンで隠遁していたとは…」
カリナの殺気が少し和らぎ、セリナも少しほっとしたように見えた。
「ひょっとして、儂以外にも加護を持たない人が居るのでしょうか?」
儂は彼女たちに問いかける。彼女たちは少し難しい顔になり、お互いに顔を見合わせる。
「それは…」
続けてセリナが何か言おうとしたとき、扉がバーンと大きく開かれる。
「あー!!シノ、ここにいたさー!!!おーい!!ヴァリ!ここだよ!!!」
レオが勢いよく出口から飛び出てきた。
「シノ!!あんたの力の貸して!!ガルラをぎゃふんと言わせたいのさ!!」
儂の手首を握って引っ張っていこうとする。
「ちょ、ちょっと待てってレオ!…あ、セリナさんすみません。続きをお願いしても?」
ぐいぐいと腕を引っ張るレオを抑えつつ、かなり深刻な表情をしていたため、続きが気になった。しかし、レオの登場で一気に緊張感が緩んだのか、気の抜けたような顔をして首を振る。
「いえ、皆さんがお待ちのようですので、またの機会にお願いいたします。これから依頼などでもご一緒することもあるでしょうし、機会があればまたお話させてください」
ニコリと笑みを浮かべ、早く言ってあげてください、と気を使ってくれた。
「分かりました。ではまた…」
「ほらー!早くいくのさ~!!!」
彼女たちが了承したのを確認すると、レオに思いっきり引っ張られて酒場の中に戻される。
逆らうのをやめて連れていかれた先は、ガルラが座る席の前だった。
「お!坊やが相手かい?いいねぇ、若いってのは。その細腕でアタイの前に立つなんてね。全力でやるから怪我しても知らないよ?」
ガルラは準備万端と言った感じで腕相撲の準備をしている。
「おおー!!いいぞ坊主!やれやれー!!!」
「腕が折れてもポーション渡してやるから安心しろ~!!!」
…少し物騒な発言が聞こえた気がする。
「シノ!!頼む!!あとはお前しかいないんだ!!」
「頼んだのさ!シノ!!ガルラに勝たないと私のこれからのお昼ご飯が…!!!」
…ちょっと状況がよく分からないが…これが終わったら2人には詳しく話を聞かねばなるまい。
やれやれ、と肩を竦めながら、儂は腕相撲の勝負に向き合うのであった。
~~~~
一方、ギルドの酒場側の入り口、シノが去った路地裏。
「どうでしたか?彼は」
カリナがサリナに対して問いかける。
サリナは気持ちを落ち着けるため、少し深く息を吸い、長く吐くことで心を落ち着ける。
「…彼の話しは筋が通っているようにも見えますが、どこまで信じていいかは難しいですね。何か隠しているような雰囲気も感じました」
私達も隠していることがありますから、お互い様ですけどね、とサリナは胸の前で首飾りを握りながら、思考する。
「…アリステラ様の恩寵を受けているこの世界に、加護を持たない人間はいません。それはこの世界に生み落とされた命として当たり前のことなのです。もしそのような生命がいるとしたら…」
「悪魔の…使者」
サリナはカリナのつぶやきに対して肯定の頷きを返す。
「教会が燃えたあの日、私の命を狙って悪魔を従えて襲撃をしてきたのは"女神の加護を持たない貴族の少年"でした」
あれから数年を経ているにも関わらず今でもあの時のことを鮮明に思い出します。
少年の狂気と、傍に侍る悪魔のおぞましき気配を。
「アイゼラのギルドでの噂や、シノさんの繋がりを考えても、邪悪な存在ではなく、あの時の少年との繋がりも見えませんが、今は結論は出すのは難しいです。エリオスと関係があるようですし、今後冒険者として依頼を共にすることもあるでしょう。少しずつ彼を探りましょう」
「御意」
サリナの心の深いところに残るは恐怖の存在。しかし、シノはあの時とは全く異なる空気を纏っていた。
また、一緒にいるウルという妖精も、私達の信じる神とは異なる神性を感じる。
一体彼らは何者なのでしょうか。
(現時点で邪な気配はないとしても、女神の加護が無い存在は世界の異分子。見極めねばなりません)
サリナ思考の海に潜りながら、カリナを伴って再び酒場の喧騒の中へと戻っていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる