神斬りの大英雄

ニロクギア

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1章『始まり』

幕間:サラ

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「おーい!サラ!サラはいるか~!」

 冒険者ギルドの受付カウンター奥で書類の整理をしていた私を探して、良く知る人物がやってきます。
 彼の名前はエリオス。Cランクの冒険者で、彼が冒険者になった時から担当をしています。調子にのってしまうので絶対に本人に向かっては言いませんが、とても有望な冒険者です。

 Cランクからは依頼の難易度が跳ね上がり、パーティを組むことが推奨されます。しかし、ここを超えることができない人たちも多く存在しています。

 彼自身もそうですが、人を選ぶ目が良いのでしょう。私が彼らの依頼を見積もって調整していますが、達成できるかどうかギリギリの依頼を彼らはいつも乗り越えてきます。

 彼とそのパーティ「焔獅子」のメンバーは順調に昇格点を確保し、来月にもBランクに上がるでしょう。アイゼラのギルドでもかなり早い昇級になります。

「おう、サラ、いるじゃないか。今手は空いてるか?」

 エリオスはカウンターにのしかかりながら私にそう聞いてきます。…大量の書類が私の目の前にあるのが見えないのでしょうか?

 彼はとても有望で悪い人ではないのですが、そそっかしいというか…。その人の置かれている状況を読み取るのが少し苦手なようです。

 私は額に手を当てながら、書類を一旦棚に置き、彼の話を聞くことにします。

「どうしましたか?昨日の依頼の質問でも?」

「あー、いや、リーニャを探してたんだが、ここで酒飲んでないかと思ってな。見かけなかったか?」

 リーニャというのは彼のパーティメンバーで盗賊(シーフ)の猫人族ですね。彼女はお酒が大好きなようで、依頼を達成して報告が終わるとと一目散に奥の酒場へ向かいます。

 エリオスは彼女をとても優秀だと言っていますが、「酒は命の洗濯だにゃぁ~」といいながら管を巻いている姿からは全く想像できません。

 一応、報告書を確認する限りではとてもしっかりとした仕事をする方であるのですが。エリオスのパーティに加わる際にも彼女の担当者はかなり心配していましたね。

「今日はこちらには来ていませんよ。別の場所で飲んでいるのでは?」

 エリオスは苦笑いをしています。

「そうか~そうだよなぁ~。あいつから酒を取ったらただの猫だからな…。」

 独特の表現で彼女を評しています。彼女の扱いに苦労している様子が見て取れますが、貴方の扱いに苦労している私の気持ちもこれで分かってくれればいいのですが。

 エリオスは「とりあえずほっとくか」と言って話を変えてきました。

「そうそう、そこにどっかの貴族の従者っぽいのが従魔登録に来てるぜ」

 彼はギルドの入り口を指さして言います。そこのは、11~12歳くらいの少年が珍しいタイプの妖精種と、小さな狼を連れて立っていました。

「またですか…。貴族の方々は何を考えているのか」

 従魔登録をすれば魔物を街の中や、自身の屋敷で飼うことができます。しかし、従魔登録自体には魔物の力を制限したりすることはありません。力を制限してしまうと、魔物使いの冒険者にとっては大きなデメリットになってしまいます。

 あくまで魔物の主人の把握と、問題が発生した際の責任の所在をはっきりさせるものです。そのため、魔物を従属させることができる方が使用人や従者にいる場合に限り対応を行っています。

 しかし、あくまで魔物は魔物。稀に、貴族が所有していた従魔が暴れたり、大きな被害を出すことがあります。そういった場合、自分の責任を認めようとせずにギルドに押し付けようとしたりする方も多いのです。

 正直なところ面倒この上なく、ギルドの評判を落とすだけなので、出来ればお断りしたい案件です。

 私はふぅとため息をはき、奥のカウンターに連れてくるように伝えます。この場所は貴族の従魔登録など、あまり周りに聞かせたくない情報がある場合に使用するカウンターです。

 一定量の声を通さないようにする魔術があり、よほどの大声を出さない限りは外に音が漏れることはありません。


 エリオスが入り口にいた彼を連れてきました。その立ち姿、出で立ちは貴族の従者の雰囲気ではないようにも見えます。…またエリオスの早合点ではないでしょうね。
 貴族の従魔登録用の書類を用意し、彼を席に座らせるます。すると、その肩に妖精種が座り、子狼は膝の上にのって寝始めました。

(貴族の従魔にしては、とても懐いていますね…)

 貴族で飼われる従魔は、半ば強制的に従えていることがほとんどです。そのため、よほどのことが無い限りここまで心を許すようなことはありませんし、私が登録を行ってきた限りでは見たことがありません。

「へぇ~。そのかわった妖精と魔狼はお前にすごく懐いてるんだな?主人以外に懐くなんてなかなか無いぞ?」

「エリオス。失礼ですよ」

 エリオスも同じことを思ったようです。気になりますが、ひとまず今回の目的について彼に確認します。

「あ~っと、エリオスさんが段取りをつけてくれた手前言いづらいのですが…少し、違います」

 返ってきた少年からの答えは案の定というか、懸念していたとおりでした。エリオスを睨みます。ちゃんと目的を確認したうえで連れてきてくれない困りますよ。

 エリオスは焦ったように彼に話しかける。

「おいおい、なんだ違うのか?じゃぁ何しに来たんだ?」

「いえ、その、この子達の従魔登録は必要なのですが、儂の従魔として登録をお願いします。それと合わせて、儂自身の冒険者登録を…」

「はぁ!?坊主が冒険者!?何言ってるんだ!?」

 ガタン!と非常に大きな声でエリオスが叫んで立ち上がります。

「落ち着きなさい、エリオス」

 彼にそう促します。それにしても少年自身が冒険者登録をしたい…ですか。この妖精種と子狼も自分を主として登録をすると…。
 正直、私個人としてはあまりお勧めをしたくないものでした。

 冒険者はとても危険に満ちた仕事ですが、30年ほど前までは誰でも登録をすることができたそうです。しかし、新人に対して冒険者としてのイロハを指導する人もおらず、逆に、新人を餌に使ったりと悪質な冒険者も多く存在していました。

 そのため、新人冒険者の死亡率が非常に高かったのです。しかも、そのうちの9割が、10歳前後の少年少女たちでした。

 冒険者は孤児だったり、貧しい家庭に生きる子供たちのある種の一発逆転に繋がる夢のある職業です。高ランクの依頼を達成すれば、高額の報酬を受け取ることができます。
 しかし、満足な教育も受けず、満足な戦う手段も持たないまま魔獣と戦うとどうなるのか。何の知識もないまま、大人の世界に飛び込むというのがどういうことになるのか。

 その中で生き残れるのは一握りの天才のみ。

 この状況を憂いた1人のS級冒険者の提案により、大改革が行われました。

 一定年齢以下で冒険者を志す者、満足な教育を受けることができていないにも関わらず冒険者を目指す者には、最低1年以上の訓練期間を課したうえで、冒険者の水準に達したと判断されてから初めて、冒険者としての登録が可能になるというものです。

 この制度が始まってから、冒険者の新人の死亡率は大きく低下します。
 しかし、厳しい訓練が課せられることから途中で逃げ出す者も多く存在していますが、それでいいと私は思います。ここにいるエリオスでさえ、一度は逃げ出しましたが、やはり冒険者になりたいと戻ってきました。

 この仕組みが始まる以前は何もわからないまま死んでしまうことも多かったのですから。訓練に耐えきれなかったとしても、生きて別の選択をできることのほうが、幸せではないでしょうか。

 私は覚悟を決めて、目の前に座る少年に対して、厳しい現実を伝えます。彼は真剣に私の言葉を聞いてくれました。
 全てを伝え終わり、彼の選択を待っているときに信じられないことが起こりました。

「ぷ…くく…あははははは!!!」

 なんと、肩に乗っていた妖精種が突然笑いだし、喋り始めたのです。妖精種が人の言葉を話すなんて聞いたことがありません。

「もう~シノがこのあたりの魔物にやられちゃうわけないのだわっ!シノも何を真面目に話を聞いているのだわ!!本当に馬鹿正直なのだわ~」

 妖精種の彼女が言っていることが理解できませんでした。どういうことでしょうか?このシノと呼ばれる少年が魔物にやられるわけがない…とは?そして恐るべき言葉が、妖精から放たれました。

「わたしたちは最果ての大森林からきたのだわっ。そういえば分かるのだわ?」

「「は?」」

 …なんと言いましたか?最果ての大森林…あの死の森からきた?どういうことでしょう。ちらっとエリオスに視線を移すと、彼も何とも言えない表情をしている。
 エリオスが呆れたように彼に「冗談はよせ」と言っています。

 とはいえ、そういった冗談を言ったところでこの場ではなんのメリットもありません。彼の表情は真剣そのもの。嘘をつくものの後ろめたさのようなものも感じないのです。そして、彼から続けて出た言葉も衝撃的なものでした。

 今、少年の膝の上ですやすやの眠っている子狼はなんと、大森林で拾った子狼だというのです。

 大森林…狼…。

 一つ、思い当たる魔獣が浮かびました。

 最果ての大森林はイシュオリア山脈を挟んでギレー領の向こう側に存在しています。100年以上前は、ソットリス関門のある谷で向こう側の魔獣がこちら側に現れることが頻繁にあったと記録されています。

 そのころは、比較的大森林への出入りは容易だったのです。出入りが容易だったとはいえ『帰らずの森』と言われており、そのころからとても謎に包まれた大森林です。
 100年前の大侵攻をきっかけにソットリス関門ができてからは、大森林の魔獣はこちら側へくることは殆どできなくなりました。

 しかし、稀ではあるのですが、大森林を追われた魔獣がイシュオリア山脈を越えてくることがあるのです。どうやってあの山脈を超えてくるのかはわかりません。

 直近では16年前。傷だらけの雷牙狼と呼ばれる狼の魔獣が、山脈沿いの村に現れ、大きな被害を出しました。
 当時ギレーに滞在していたSランク冒険者のパーティと、ギレー騎士団で連携し、ようやく撃退することができた強大な魔獣です。

 大森林の魔獣は対処が非常に困難であることから、その特徴がイシュオリア山脈沿いの領や、他国の冒険者ギルド、冒険者に共有されています。

 狼の魔獣は多くの種類がありますが、確か雷牙狼の特徴は…黒い毛並みに足は四白、額に流星だったはず…。

 …

 ちょっと待ってください。彼の膝の上に寝ている子狼は…まさにその特徴にピッタリ当てはまるではありませんか!

「なんだって!?大森林で拾った…!?あ!まさか!おい!」

 エリオスも気づいたようです。驚きのあまりまたも叫んでいます。

「ちょっとエリオスさん!大声出しすぎですよ!サラさん!ちゃんとエリオスさんの手綱握っててくださいね!」

 ギルド受付の後輩であるリリアが消音の魔術具の許容を超えた声を出すエリオスを注意しています。私も併せて叱られてしまいました。
 …すぐさまリリアに謝罪します。

 しかし…この子狼が本当に雷牙狼なら?私は眼鏡の位置を正して話を続け、そのことを証明するもがあるかを聞きます。

 少年はどうしても証明は難しいが、手紙を持っていると言って、1通の封書を差し出しました。封に押されている紋章…そして差出人は…

 "レグレイド・ギレー…!?"

 なんてことでしょう!!ギレー領主代行からのお手紙ではありませんか!!

 冒険者ギルドはあくまで中立の立場で様々な依頼を受けています。力のない人々は言わずもがな、貴族、国、種族などに関わらず、公平な対応を行うことを是としています。
 しかし、冒険者ギルドを運営していくうえで、国家との繋がりは捨て置けません。国家に受け入れられなければ、ギルドの活動は難しくなります。

 基本的には領主や国家の首長が冒険者ギルドに関わってくることは殆どありません。しかし、このように手紙が届く場合は必然的に重要な案件となり、慎重な対応が求められます。
 私と同じように差出人を見て固まっているエリオスから封書を受け取り、急いで指示を出し、ギルドマスターの指示を仰ぐことにしました。

 全く…エリオスの早合点で大変なことになってしまいました。あとからしっかりと叱らないといけません。覚悟しておきなさい。



 レグレイド卿からの封書を読んだギルドマスターは彼らの実力を計った上での従魔登録、冒険者登録を容認しました。
 普段感情を表に出さず、常に冷静な判断を下すギルドマスターにしては、とても感情が揺らいだ日になったようです。とても疲れた顔をしていらっしゃいました。

 それも無理もありません。私も自分の目が信じられませんでした。ギルドの訓練場にある訓練用傀儡人形をあっさりと切り裂いてしまったのですから。

 この人形は訓練用の魔術具です。最低でもAランクの冒険者の全力攻撃でようやく腕が一本壊せるか、といったものになっています。
 それを、まるでバターでも切るかのように3つにしてしまったのです。

 雷牙狼の子狼は人形を粉々にしてしまいましたし、妖精種は灰にしてしまいました。

 アイゼラで登録した新人冒険者にこれほどまでの力を持った人はいませんでした。いや、大陸全土を探してもいないのではないでしょうか?



 私は彼らとエリオスを見送った後、騒がしいギルド内の喧騒を後にし、ギルドマスターの部屋へ向かいました。

 そこには手を組み、肘を机に突いてうなだれているマスターが居ました。

「サラか…」

 彼はゆっくりと顔を上げ、私を見ます。

「どうしよう…あの傀儡人形…めちゃくちゃ高いんだよ…3体も…予算が…」

 深刻な顔をしているかと思ったらそっちですか。普段は感情を揺らすことなく、いつだって冷静なマスターが動揺しているところを始めて見ます。

「彼らの実力を計る必要がありましたから、必要なものだったのではないでしょうか。私もそうですし、エリオスも、まさかあの人形が壊されるなんて思ってもいなかったようです」

「そうだよねえ。あの子達は一体何なんだろう。大森林から来たっていうのも嘘じゃなさそうだ」

 あれだけの力を見せられては、そのことを疑う必要もないかと思います。同意の頷きを返します。

「サラ、僕は彼をできるだけ早く上にあげたほうがいいと思ってる。僕の権限でBランクに設定することも可能だが、どう思う?」

 私は考えます。彼は確かに、あの年齢に見合わない大きな実力を持っているし、非常に大人びています。しかし、冒険者として何をしたらいいのか、といった部分が分かっていないように見えました。

「私はいきなりBランクへ設定するよりも、まずはEランクから冒険者としてのやり方に慣れてもらった方が良いと思います。特に、Eランクでの奉仕依頼への取り組み方で、彼がどういった人物なのかをある程度、把握できるかと思います」

 奉仕依頼はその労力に見合わないため、受注することを好まない冒険者も多いのです。昇格の為のみで受けて、必要最低限こなすだけで終わらせてしまうこともあるのです。

 また、奉仕依頼をしたくないがために、低いランクに留まりづづける冒険者もいます。Dランクの依頼は危険度も低く、そこそこのお金を稼ぐこともできますからね…。

 だからこそ、人間性が最も出る部分です。彼を知るには有効でしょう。

「そうだな。レグレイド卿からの手紙もあるが、我々は彼の人となりを知らない。サラの考えには充分な説得力がある。ではそれを採用しよう。合わせて、あの力を低ランクで埋もれさせるわけにはいかない。問題がなければできる限り早く昇格できるようにしよう。これはギルド全体で共有する。後はサラに任せる」

「承知しました」

 私はお辞儀をしてマスターの部屋を退出します。これから彼にどのような対応をしていくのか、まとめないといけません。責任重大です。

 扉の前でふぅ、と一息吐いて気持ちを落ち着けます。

(とりあえず休憩でもしましょうか。シノ少年が来てから休む暇もありませんでしたから)


 どの紅茶をいれようか、どのお菓子にしようか悩みながら 1階の休憩室に向かっていると、カウンターでエヴァに声をかけられました。

「サラ先輩、あの書類っていまどこにありますか?」

 あ…そういえば書類の整理の途中だったのでした…。私はまだまだ休むことはできないようです。
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