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1章『始まり』
幕間:サーシャ・ロヴァネ
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ここはどこなのでしょうか…。鉄格子の隙間から見える空、森はこれまでに見たことのある景色とは全く異なっていました。
お父様、シャノンお兄様と一緒に、アイゼラの街の市場を回っていたのですが、いきなり目の前が真っ暗になって抱え上げられました。なにが起こったのかもわからず、何か魔法のようなものをかけられて意識がなくなってしまいました。
気づいたら荷台の上の檻の中に閉じ込められていたのです。隣にはシャノンのお兄様が居ました。わたくし、サーシャ・ロヴァネはシャノンお兄様と共に攫われてしまったようです。
檻の中に閉じ込められ、見知らぬ大人たちの悪意の視線に捕らわれ、見知らぬ森の中を進んでいます。
とても怖くて恐ろしくて、涙を流してしまったのですが、泣くと大人が檻を殴って怒鳴って、罵声を浴びせてきます。そして、細長い棒で私たちの体を叩くのです。
そのたびにシャノンお兄様がわたくしを抱きしめて守ってくれました。
お兄様も苦しそうにされていましたが、6歳から学んでいた身体強化の魔法が役に立っていて、あまり痛くないとおっしゃっています。
服の隙間から見えた場所には、痛々しい痣が見えました。ごめんなさい、お兄様…。
しばらく森を進み、2回ほど夜が過ぎました。大分森の奥深くに進んでいるようですが、ここはどこの森なのか全くわかりません。シャノンお兄様も分からないというのです。
「ここは少し開けているな。休憩にするぞ!」
木々もまばらな場所に出た後、この集団のまとめ役のように見える男が号令をかけて、周りにいる大人たちが思い思いに休憩しています。
「サーシャ、大丈夫か?」
一緒に捕らわれているお兄様がわたくしを労わるように声をかけてくれます。
「はい…。でも…わたくし達はこれからどうなるのでしょうか?お父様に会いたい」
周りの大人はとても怖い人ばかりです。どこかの傭兵団だと言っていましたが、少しでも泣いたら殴ってきます。泣かなくても、突然檻を叩いたり、棒で身体を凄い力で突いてくるのです。
その表情はとても恐ろしいものでした…。中には妙な視線でわたくしを見てくる方もいます。女性の方もいましたが、みな、目が血走っていて怖いのです。
「大丈夫だ、きっとお祖父様や父上が助けに来てくれる」
シャノンお兄様が私を安心させるように抱きしめてくれます。でも、お兄様も震えているのです。
ここがどこか分からず、お父様との連絡の方法も分かりません。お兄様もきっと不安なのです。
その時、『グォォォ』という、とても恐ろしい叫び声が、わたくしたちがいる場所の反対側から聞こえてきました。休憩をしていた大人たちが慌てはじめます。
「魔獣だ!迎えう…ぎゃぁ!!」
「落ち着け!この人数ならだい…ぐげっ」
「見…見たことないぞ!こんなまじゅっ…」
森の奥からゆっくりと、鎧のような筋肉、丸太のような6本の腕、猿のような顔をした魔獣が現れました。一瞬で何人もの傭兵の人たちの頭が潰され、上半身は吹き飛び、潰されました。
「に…逃げろ!!逃げるんだ!!!」
「た…助けてくれぇぇ!!」
1人、逃げ出そうとしたのですが、猿の魔獣が一際大きな叫び声をあげると、その場にいた人たちのほとんどが、まるで麻痺したように動かなくなりました。
わたくしもその声の恐ろしさに身体が動かなくなり、へなへなとしゃがみこんでしまい…失禁してしまったのです…。魔法で出ないようにされていたはずなのに…。
お兄様も同じだったようで、猿の魔獣を見て固まっています。
猿の魔獣は1人、また1人と、人を屠ることを楽しむ可能ように体を潰し、引きちぎり、その肉を口の中に入れながらこちらに向かってきます。
魔獣の雄たけびを聞いても動けた人たちが、魔獣に立ち向かっていきます。ですが…
「ぐあぁぁ!!!」
「まって…た…す…け…」
「なんだこの魔獣は!強すぎる!!聞いて無いぞこんな…あぎゃぁ!」
「うわぁぁぁぁ!!」「きゃぁぁぁぁぁ!!」
魔獣が投げ飛ばした傭兵の方の体が荷車に当たり、ひっくり返り、わたくしたちは檻ごと投げ飛ばされました。
わたくしは恐怖で身体が動きません。目の前に立つ猿の魔獣の4本の腕には…傭兵だった人達のからだがだらんとぶら下がっています。
その様子は歴史の勉強に出てきた悪魔のようでした。現実のように感じず、悪い夢を見ているかのようです。魔獣はその巨木のような2本の腕を振り被りました。
お兄様はわたくしを庇う様ように覆いかぶさってくれましたが、もうお父様や大兄様にも会えず…ここで死ぬのだ…と感じました。
(お祖父様、お父様、大兄様…ごめんなさい。わたくしはお母様のもとへと逝くようです)
恐ろしさで眼をつぶる気力もなく、死を受け入れようとしたその時でした。一筋の光が煌めき、風が走吹きけたと思ったら、目の前には1人の剣士様が立っていたのです。
魔獣が大きな咆哮を上げて後ずさったと思ったら、剣士様の足元には猿の魔獣の腕が2本、落ちていました。
信じられないことですが、あの一瞬で猿の魔獣の太い腕をいとも簡単に切り裂いたようです。
彼はわたくしたちの方へ振り向くと「無事か?」と優しい声で問いかけました。
「あ…あ…」
わたくしは驚きと恐怖で声がでませんでしたが、お兄様がこくりと頷いてくれました。
(助けが…きてくれた…?)
彼はほっと安心したような目をわたくし達に見せると、再び魔獣を見ました。すると、体に金色の光を纏って魔獣の巨体を軽々と蹴り飛ばしました。
「ウル、ルーヴァル!!この子たちを頼む!」
剣士様は魔獣の元へ飛び、戦いを始めました。わたくし達の元には、とても美しい羽根を持った妖精さんと、小さな狼さんがやってきました。
妖精さんが檻を見ると、「邪魔なのだわ、この鉄」といいながら、魔法を使ってあっさりと壊してくれました。
お兄様はこの妖精さんと、子狼さんを警戒していましたが、お兄様に手を引かれてわたくしも檻を出ました。
「わたし達がきたからもう大丈夫なのだわ!シノがあいつをササッとやっつけちゃうのを待ってなさいな」
「ワウ!」
わたくしとお兄様は顔を合わせました。あんな恐ろしい魔獣をそんなに簡単に倒せるなんて思わなかったからです。
よく見ると、あの剣士様は大兄様とあまり変わらないお歳のように見えます。
わたくし達が不安な顔をしていたからでしょうか?子狼さんが足元で私に「安心しろ」とでも言うように見上げています。
子狼さんを抱っこして、その戦いを見守りました。
すると、あっという間にあの強大な魔獣をやっつけてしまいました。わたくし達に剣を教えてくれているロヴァネ騎士団長の剣とは全く違います。
…なんて美しい剣なんでしょう。
周りにいた沢山の大人たちが成すすべなく殺されてしまったのに。何事も無いように退治してしまいました。
その芸術ともいえる剣筋は、絶望の淵にいたわたくしの心を、鷲掴みにしました。
隣ではお兄様も目をぱちくりとさせています。お兄様は、あの方をどう感じているのでしょうか。
「終わったのだわ?」
ウルと呼ばれた妖精さんは彼のもとへ飛んでいきます。こちらを向いた剣士様に、精一杯の感謝を込めて深くお辞儀をしました。
それからは驚きの連続でした。
妖精さんはわたくし達の汚れた体を魔法で洗浄してくれたのですが、剣士様の指示で、わたくし達が休むための石小屋を作ってくれたのです。どちらも異なった属性の、とても高度な魔法です。
魔法の先生が言っていたのですが、人が操れる高度な魔法は、女神様の加護を受けている属性のものだけだそうです。加護を受けてない属性では簡単な魔法を使うことはできますが、強力で複雑な魔法を使うことができないのです。
妖精に代表される精霊も、その属性に属する魔法しか使えないと聞いています。洗浄の魔法は水の上位魔法ですし、石小屋を一気に作るなんて初めて見ました。上位というより、伝説的な魔法かもしれません。
この妖精さんは、わたくしが教えられた魔法の常識を次々と壊していきます。
食事の時には剣士様…シノ様がここは最果ての大森林だと教えてくれた時も心臓が止まりそうでした。あの強力な魔獣にも納得がいきます。
そして、次の日の移動中に聞いたシノ様の話も俄かには信じがたいものでした。
違う世界でおじいちゃんになるまで生きて、悪い神様を退治して、一度死んでしまったそうです。けれど、女神様に呼ばれて気づいたらこの森にいたなんて。そして、女神様からの使命を受けて旅を始めたというのです。
この話を聞いたときもお兄様は固まっていました。その気持ちはとてもわかります。おとぎ話に出てきそうなお話ですもの。
わたくしもとても驚いたのですが、シノ様は大兄様と同じお年頃とは思えない落ち着き方。優しそうな、お祖父様のような喋り方。そして、あの芸術的な剣。その1つ1つが繋がったようで、妙に納得してしまいました。
簡単に信用するな、とお兄様には怒られそうですが、シノ様に運命を感じてしまったのです。
なんとなく…女の感…というのでしょうか?小さいころ、お母さまに教えてもらったことを思い出したのです。
「殿方と出会って、心臓が鷲掴みにされるような感覚があったら、それはもう運命なのですよ」
心臓を鷲掴みなんて…ふふ。いかにも騎士らしいお母様の表現です。お父様と出会った時、お母様は魔獣討伐の大きな戦いで大けがをしていて、その時軍医として治療をしてくれたのがお父様だったそうです。
その時に『心臓を鷲掴みにされて』その場でお母様から求婚をしたそうです。
荷車に乗って、シノ様が魔獣と戦う姿を見ながらわたくしは考えました。
お父様はわたくしを政略結婚には使わないと言ってくれています。お母さまのように騎士団に入っても、大兄様とお兄様の補佐をしても、気に入った誰かと結婚してもいい、と。
(成人したらシノ様の旅についていけるでしょうか…)
わたくしはまだまだ子供です。シノ様とは歳も離れていますし、成人したころにはシノ様の旅も終わっているかもしれません。ひょっとしたら、傍には他の誰かがいるかもしれません…それでも。
(まずはシノ様の剣を学ぶことに決めました。あの美しい剣をわたくしの人生の指針にしたいと思います。お母様のように強くなるのです。それからですね)
命を救ってくれたあの一筋の剣閃が、わたくしのこれからを大きく変えたのです。
お父様、シャノンお兄様と一緒に、アイゼラの街の市場を回っていたのですが、いきなり目の前が真っ暗になって抱え上げられました。なにが起こったのかもわからず、何か魔法のようなものをかけられて意識がなくなってしまいました。
気づいたら荷台の上の檻の中に閉じ込められていたのです。隣にはシャノンのお兄様が居ました。わたくし、サーシャ・ロヴァネはシャノンお兄様と共に攫われてしまったようです。
檻の中に閉じ込められ、見知らぬ大人たちの悪意の視線に捕らわれ、見知らぬ森の中を進んでいます。
とても怖くて恐ろしくて、涙を流してしまったのですが、泣くと大人が檻を殴って怒鳴って、罵声を浴びせてきます。そして、細長い棒で私たちの体を叩くのです。
そのたびにシャノンお兄様がわたくしを抱きしめて守ってくれました。
お兄様も苦しそうにされていましたが、6歳から学んでいた身体強化の魔法が役に立っていて、あまり痛くないとおっしゃっています。
服の隙間から見えた場所には、痛々しい痣が見えました。ごめんなさい、お兄様…。
しばらく森を進み、2回ほど夜が過ぎました。大分森の奥深くに進んでいるようですが、ここはどこの森なのか全くわかりません。シャノンお兄様も分からないというのです。
「ここは少し開けているな。休憩にするぞ!」
木々もまばらな場所に出た後、この集団のまとめ役のように見える男が号令をかけて、周りにいる大人たちが思い思いに休憩しています。
「サーシャ、大丈夫か?」
一緒に捕らわれているお兄様がわたくしを労わるように声をかけてくれます。
「はい…。でも…わたくし達はこれからどうなるのでしょうか?お父様に会いたい」
周りの大人はとても怖い人ばかりです。どこかの傭兵団だと言っていましたが、少しでも泣いたら殴ってきます。泣かなくても、突然檻を叩いたり、棒で身体を凄い力で突いてくるのです。
その表情はとても恐ろしいものでした…。中には妙な視線でわたくしを見てくる方もいます。女性の方もいましたが、みな、目が血走っていて怖いのです。
「大丈夫だ、きっとお祖父様や父上が助けに来てくれる」
シャノンお兄様が私を安心させるように抱きしめてくれます。でも、お兄様も震えているのです。
ここがどこか分からず、お父様との連絡の方法も分かりません。お兄様もきっと不安なのです。
その時、『グォォォ』という、とても恐ろしい叫び声が、わたくしたちがいる場所の反対側から聞こえてきました。休憩をしていた大人たちが慌てはじめます。
「魔獣だ!迎えう…ぎゃぁ!!」
「落ち着け!この人数ならだい…ぐげっ」
「見…見たことないぞ!こんなまじゅっ…」
森の奥からゆっくりと、鎧のような筋肉、丸太のような6本の腕、猿のような顔をした魔獣が現れました。一瞬で何人もの傭兵の人たちの頭が潰され、上半身は吹き飛び、潰されました。
「に…逃げろ!!逃げるんだ!!!」
「た…助けてくれぇぇ!!」
1人、逃げ出そうとしたのですが、猿の魔獣が一際大きな叫び声をあげると、その場にいた人たちのほとんどが、まるで麻痺したように動かなくなりました。
わたくしもその声の恐ろしさに身体が動かなくなり、へなへなとしゃがみこんでしまい…失禁してしまったのです…。魔法で出ないようにされていたはずなのに…。
お兄様も同じだったようで、猿の魔獣を見て固まっています。
猿の魔獣は1人、また1人と、人を屠ることを楽しむ可能ように体を潰し、引きちぎり、その肉を口の中に入れながらこちらに向かってきます。
魔獣の雄たけびを聞いても動けた人たちが、魔獣に立ち向かっていきます。ですが…
「ぐあぁぁ!!!」
「まって…た…す…け…」
「なんだこの魔獣は!強すぎる!!聞いて無いぞこんな…あぎゃぁ!」
「うわぁぁぁぁ!!」「きゃぁぁぁぁぁ!!」
魔獣が投げ飛ばした傭兵の方の体が荷車に当たり、ひっくり返り、わたくしたちは檻ごと投げ飛ばされました。
わたくしは恐怖で身体が動きません。目の前に立つ猿の魔獣の4本の腕には…傭兵だった人達のからだがだらんとぶら下がっています。
その様子は歴史の勉強に出てきた悪魔のようでした。現実のように感じず、悪い夢を見ているかのようです。魔獣はその巨木のような2本の腕を振り被りました。
お兄様はわたくしを庇う様ように覆いかぶさってくれましたが、もうお父様や大兄様にも会えず…ここで死ぬのだ…と感じました。
(お祖父様、お父様、大兄様…ごめんなさい。わたくしはお母様のもとへと逝くようです)
恐ろしさで眼をつぶる気力もなく、死を受け入れようとしたその時でした。一筋の光が煌めき、風が走吹きけたと思ったら、目の前には1人の剣士様が立っていたのです。
魔獣が大きな咆哮を上げて後ずさったと思ったら、剣士様の足元には猿の魔獣の腕が2本、落ちていました。
信じられないことですが、あの一瞬で猿の魔獣の太い腕をいとも簡単に切り裂いたようです。
彼はわたくしたちの方へ振り向くと「無事か?」と優しい声で問いかけました。
「あ…あ…」
わたくしは驚きと恐怖で声がでませんでしたが、お兄様がこくりと頷いてくれました。
(助けが…きてくれた…?)
彼はほっと安心したような目をわたくし達に見せると、再び魔獣を見ました。すると、体に金色の光を纏って魔獣の巨体を軽々と蹴り飛ばしました。
「ウル、ルーヴァル!!この子たちを頼む!」
剣士様は魔獣の元へ飛び、戦いを始めました。わたくし達の元には、とても美しい羽根を持った妖精さんと、小さな狼さんがやってきました。
妖精さんが檻を見ると、「邪魔なのだわ、この鉄」といいながら、魔法を使ってあっさりと壊してくれました。
お兄様はこの妖精さんと、子狼さんを警戒していましたが、お兄様に手を引かれてわたくしも檻を出ました。
「わたし達がきたからもう大丈夫なのだわ!シノがあいつをササッとやっつけちゃうのを待ってなさいな」
「ワウ!」
わたくしとお兄様は顔を合わせました。あんな恐ろしい魔獣をそんなに簡単に倒せるなんて思わなかったからです。
よく見ると、あの剣士様は大兄様とあまり変わらないお歳のように見えます。
わたくし達が不安な顔をしていたからでしょうか?子狼さんが足元で私に「安心しろ」とでも言うように見上げています。
子狼さんを抱っこして、その戦いを見守りました。
すると、あっという間にあの強大な魔獣をやっつけてしまいました。わたくし達に剣を教えてくれているロヴァネ騎士団長の剣とは全く違います。
…なんて美しい剣なんでしょう。
周りにいた沢山の大人たちが成すすべなく殺されてしまったのに。何事も無いように退治してしまいました。
その芸術ともいえる剣筋は、絶望の淵にいたわたくしの心を、鷲掴みにしました。
隣ではお兄様も目をぱちくりとさせています。お兄様は、あの方をどう感じているのでしょうか。
「終わったのだわ?」
ウルと呼ばれた妖精さんは彼のもとへ飛んでいきます。こちらを向いた剣士様に、精一杯の感謝を込めて深くお辞儀をしました。
それからは驚きの連続でした。
妖精さんはわたくし達の汚れた体を魔法で洗浄してくれたのですが、剣士様の指示で、わたくし達が休むための石小屋を作ってくれたのです。どちらも異なった属性の、とても高度な魔法です。
魔法の先生が言っていたのですが、人が操れる高度な魔法は、女神様の加護を受けている属性のものだけだそうです。加護を受けてない属性では簡単な魔法を使うことはできますが、強力で複雑な魔法を使うことができないのです。
妖精に代表される精霊も、その属性に属する魔法しか使えないと聞いています。洗浄の魔法は水の上位魔法ですし、石小屋を一気に作るなんて初めて見ました。上位というより、伝説的な魔法かもしれません。
この妖精さんは、わたくしが教えられた魔法の常識を次々と壊していきます。
食事の時には剣士様…シノ様がここは最果ての大森林だと教えてくれた時も心臓が止まりそうでした。あの強力な魔獣にも納得がいきます。
そして、次の日の移動中に聞いたシノ様の話も俄かには信じがたいものでした。
違う世界でおじいちゃんになるまで生きて、悪い神様を退治して、一度死んでしまったそうです。けれど、女神様に呼ばれて気づいたらこの森にいたなんて。そして、女神様からの使命を受けて旅を始めたというのです。
この話を聞いたときもお兄様は固まっていました。その気持ちはとてもわかります。おとぎ話に出てきそうなお話ですもの。
わたくしもとても驚いたのですが、シノ様は大兄様と同じお年頃とは思えない落ち着き方。優しそうな、お祖父様のような喋り方。そして、あの芸術的な剣。その1つ1つが繋がったようで、妙に納得してしまいました。
簡単に信用するな、とお兄様には怒られそうですが、シノ様に運命を感じてしまったのです。
なんとなく…女の感…というのでしょうか?小さいころ、お母さまに教えてもらったことを思い出したのです。
「殿方と出会って、心臓が鷲掴みにされるような感覚があったら、それはもう運命なのですよ」
心臓を鷲掴みなんて…ふふ。いかにも騎士らしいお母様の表現です。お父様と出会った時、お母様は魔獣討伐の大きな戦いで大けがをしていて、その時軍医として治療をしてくれたのがお父様だったそうです。
その時に『心臓を鷲掴みにされて』その場でお母様から求婚をしたそうです。
荷車に乗って、シノ様が魔獣と戦う姿を見ながらわたくしは考えました。
お父様はわたくしを政略結婚には使わないと言ってくれています。お母さまのように騎士団に入っても、大兄様とお兄様の補佐をしても、気に入った誰かと結婚してもいい、と。
(成人したらシノ様の旅についていけるでしょうか…)
わたくしはまだまだ子供です。シノ様とは歳も離れていますし、成人したころにはシノ様の旅も終わっているかもしれません。ひょっとしたら、傍には他の誰かがいるかもしれません…それでも。
(まずはシノ様の剣を学ぶことに決めました。あの美しい剣をわたくしの人生の指針にしたいと思います。お母様のように強くなるのです。それからですね)
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