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初デート(1)

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 賢人さんと付き合い始めて、三週間が経った。

 私の無茶なお願いから始まったお付き合いだったが、案外お付き合いは上手くいっていた。あの日から私達は同じ電車で出勤したり、時々終業後に食事に行くようになったり、夜電話したりするようになった。

 賢人さんは基本的には優しい彼氏だった。色んなことによく気がついて、私のことを考えて動いてくれる。

 私たちの毎朝乗る電車は結構な満員電車なのだが、賢人さんと出勤するようになって、私は随分と楽になった。背が低めの私は、いつもぎゅうぎゅうと押されて苦しいのだが、賢人さんが守ってくれるようになった。位置が悪くて吊革に上手く掴まれない時は「俺に捕まってていいよ」と腰を抱いてくれる。…少し硬くなった下半身を私の下腹部にぎゅっと押し当てるのはわざとなのか、たまたまなのかは分からないが、賢人さんも密着して興奮してるんだと思うと、私も濡れてしまう。
 内心、いつか電車の中で痴漢ごっこをしてくれないかと期待している。もう少し付き合いが長くなったら、受け入れてもらえるかな…?
 ついでに会社の最寄駅に着いてからは、別行動だ。同僚の目を気にする私を気遣ってか、賢人さんは駅でコーヒーを買って行く。…そういうさり気ない気遣いが嬉しかったりする。

 また、少し優柔不断なところのある私がレストランで迷っても急かさないでにこやかに待ってくれるし、決められない時にはオススメを教えてくれたりする。この前なんてどうしても二つで決め切れなかったら、私に何が聞きたいのか聞いた後に「俺もこれが食べたいと思ってたんだ」と私が食べたい二つを頼んで、シェアしてくれた。

 夜の電話は賢人さんがしてくれる。日中も会っているくせに今日の些細な出来事を共有して、二人で笑い合う。基本仕事の話はしないが、私が話せば仕事の相談にも乗ってくれることもある。そのアドバイスで上手くいったことを報告すれば、褒めてくれるし、自分のことのように喜んでくれる。
 あと、この前、電話した時に眠くてフワフワしてた私の声がエロいと言って、「自慰するなら、俺の感触を思い出してやるんだぞ?俺のを思い出して、イけ。」と私が大好きなあの声で言われたのは最高だった。身体がゾクゾクした。
 眠かったはずなのに電話を切った後も身体の熱がおさまらなくて、賢人さんの声を、指を…大きなアレが私を貫くのを思い出して一人でイった。
 …早く、またえっちしたいな…。

 そんなわけで、自分でも調子がいいとは思うが、賢人さんは私の大好きな彼氏になったのであった。
 …未だに私から好きとは伝えたことはないけれど。


   ◆ ◇ ◆


 桃華と付き合い始めて三週間が経った。

 桃華は付き合ってみると、本当に可愛くて、エロくて、最高の彼女だった。

 付き合ってから同じ電車で通勤するようになったのだが、腰を抱き寄せ、俺がわざと膨らんだ下半身を押し付けると「…ぁ」と小さな声を出して顔を赤らめるのが可愛い。心なしかもじもじと脚を動かしているし、あれは絶対感じていると思う。流石に電車の中で事に及ぶ訳にはいかないが…正直桃華が求めるならやってしまうかもしれない。

 一緒に食事に行っても本当に美味しそうに食べるから、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。食べるのが好きなのかアレもコレも食べたいとよく悩んでいるが、メニューを選ぶ時にコロコロと表情を変えているのが面白くて可愛くて、いつまでも見ていられる。悩んでいる時にオススメを教えたら、「じゃあ、それにします!」と迷わずそれに決めたのも嬉しかった。…そういや、元カノの中には自分でもう決めているのに、意見を聞いてきた末に「やっぱりこっちにするー」とかいう奴もいて、面倒だったな。
 この前、桃華の食べたいやつを二つ頼んでシェアした時はすごい喜んでいた。こう喜ばれるとついつい桃華を甘やかしたくなってしまう。

 あと、この間電話した時も最高だった。
 いつもしっかり話すのに、その日は眠かったのか、いつもよりふにゃふにゃと話していた。相槌で「…ぅん」とか「ふぅ…」とか…俺の想像力が豊かすぎるのかもしれないが、エロい声を出していた。もしかしてそういうモードなのか?と思い、俺を思い出して慰めるように命令したら慌てていたが、きっとアレは電話を切った後に一人でやったんだと思う。翌日顔を合わせた時に顔が真っ赤だったからな。ついでに俺も電話切った後に桃華を思い出して、一人で慰めた。…すごい捗った。

 あー、また早く桃華にぶち込みたい。奥を思いっきり突いて、泣かせたい。
 でも…まだ桃華から好きと言われたことは無いんだよな…。やっぱり俺はご主人様としてしか桃華は魅力を感じてないのだろうか。

 まぁ、それでも俺は諦めるつもりもないが。しかも、今日は俺たちの初デートだ。彼氏としてアピールする絶好の機会。俺はいつもの眼鏡を外し、コンタクトをつけて、自宅の鏡前で気合を入れた。

 待ち合わせ場所には少し早く着いた。桃華は来ていないようだった。スマホを見て、メッセージが来てないか確認する。…まだみたいだな。
 スマホを弄りながら待つ。予約した映画の時間を再度チェックする。今日はランチして、映画観て、お茶でもして、夕飯を食べて…帰る予定だ、多分。夜まで空いてるか聞いたら、カラダ目的だと思われるのが嫌で聞けなかった。勿論、桃華とやりたいが…やりたいだけじゃないんだ。それを伝えるには、無理に抱かない方がいいのかもと思った。


 ◆ ◇ ◆


 初デートの日、待ち合わせ場所に来てみると、私の超タイプの人がいた。少し鋭い目元はどこかセクシーで、鼻筋はスッと通っている。服装は無駄なオシャレはしておらず、シンプルながら良い物を着ているのが分かる。スマホを見つめる目つきは真剣で少し憂いてるような表情にも見える。
 ……あれって賢人さんだよね?

 この前抱かれた時に後半は眼鏡を取っていた気がするけど、ちょっと感じるのに必死でよく覚えていない。まさか賢人さんが理想の指と声だけでなく、理想のキリッとした目まで持っているとは…!完璧すぎる…完璧すぎます、賢人さん!!
 私が感動に打ち震えていると、少し離れたところで女子大生らしき二人が賢人さんを見ながら、ヒソヒソと話しているのに気付いた。

 「ねぇ、あの人かっこよくない?」

 「ほんとだー!声かけてみちゃう?」

 「うん、声かけよ!!あんなかっこいい人なかなかいないっしょ?」

 「あ、でも、彼女と待ち合わせかもよ?」

 「でもさ、男友達と待ち合わせだったら?そしたら、四人で遊べるじゃん!ね、声かけてみよ?私、めっちゃタイプなの!」

 …まずい!!賢人さんが女子大生に連れて行かれちゃう!!焦った私は賢人さんに駆け寄り、ぎゅっと腕に抱きついた。

 「おぉっ!び、びっくりした。
 今来たの?どうしたの急に?」

 私は腕にぎゅうっとより強く抱きつき、言う。

 「何でもありません。」

 「そ、そう?

 というか…桃華の私服ってそんなんなんだね。
 …すごい可愛い。可愛くて心配になるくらい…。」

 賢人さんは、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
 …嬉しい。今日は賢人さんのためにオシャレをしてきたのだ。私も賢人さんの背中に手を回す。

 「賢人さんも…すっごいかっこいいです。
 …眼鏡はどうしたんですか?」

 賢人さんは身体を離して、言う。

 「休日はコンタクトで過ごすことが多いんだ。もしかして桃華は眼鏡好きだった?」

 私は慌てて否定する。

 「いえっ!!私はコンタクトの方が良いと思います。あの…その…すごくセクシーですし…。」

 賢人さんはほんの少しだけ笑った。

 「ありがとう。

 じゃあ、行こっか。まずは腹ごしらえからだね。」

 そう言って、私に手を差し伸べる。
 …うわぁ、デートって感じ!!ドキドキするー!
 おずおずと私が手を出すと、指を絡ませてぎゅっと握られる。賢人さんは、笑顔で言う。

 「行こう!」

 …ちょっと序盤からドキドキし過ぎてやばいな。
 賢人さんに手を引かれて歩く私の目の端には先程の女子大生二人の悔しそうな顔が映った。


   ◆ ◇ ◆


 私服の桃華は、なんというか…やばかった。会社だと比較的露出も少なく大人しめな服を着ているのだが、今日の桃華は完全にデート服だった。綺麗な鎖骨が見えるVネックのニットからは胸の谷間が拝めそうだったし、膝下の花柄のスカートからは綺麗な脚が見えた。髪の毛も綺麗に巻いているし、化粧もどことなくいつもより可愛らしい感じに見えた(どこがと問われても分からないが)。最近は随分と暖かくなって来たからこの露出度なのか…デートだからこの格好で来てくれたのか…後者だったら、めっちゃ嬉しい。でも、こんなに可愛いと心配だ。
 俺は桃華を抱きしめた。桃華も抱きしめ返してくれる。

 桃華が眼鏡はと聞いてきたので、まずいと思った。朝どっちにしようか最後まで迷って、今日はコンタクトにしたのだが、桃華は眼鏡派だったのか?
 しかし、桃華は「コンタクトの方がいい」と言ってくれた。「セクシーだ」とも…。
 セクシーとか言われるとやっぱり桃華が俺に期待してるのは、そういう性的な部分で、彼氏としては求められてないのかと少し切なくなる。
 …いや、こんなことで切なくなっている場合じゃない。俺は気を取り直して、桃華の手を強く握り、歩き出した。


   ◆ ◇ ◆


 楽しいランチが終わり、私達は映画館に来た。今日観に来たのは、最近話題のアニメ映画だ。

 「うわぁ…結構チケット売り場並んでますね。」

 私がそう言うと、賢人さんはスマホを取り出し、何やら操作している。

 「もうネットでチケット取ってあるから大丈夫だよ。」

 「え!そうなんですか!
 す、すみません。すっかり任せてしまって…」

 私が俯くと、賢人さんは頭をぽんと撫でてくれる。

 「謝るようなことじゃないよ。でも、敢えて言うならすみませんより違う言葉が聞きたいな。」

 賢人さんを見ると、優しく微笑んでいる。

 「…ありがとうございます。」

 「うん、どういたしまして。
 ほら、じゃあ、飲み物買って、入ろ?」

 私達は飲み物を買って、中に入った。
 私の分の飲み物まで買ってくれる賢人さんの背中を見ながら、本当に素敵な人だなと思った。

 映画が始まると、賢人さんはスクリーンに集中していた。私も観ているものの、隣の賢人さんが気になって仕方なくて、横目でチラチラと盗み見る。何だか、今日はよりかっこよく見える。本当にどうしちゃったんだろう、私。

 今日のデートを映画にしたのも、こんなに長くプライベートを一緒に過ごしたことはないから、顔を合わせて話すとなると話が続かないかも、と心配で映画にしたのに。今は少しでも賢人さんを見ていたい…。出来れば、優しく触れていたい。

 …私は勇気を出して、肘掛けに置かれている賢人さんの手に自らの手を重ね、きゅっと握った。


   ◆ ◇ ◆


 映画が始まったにも関わらず、桃華は全然スクリーンに集中せず、俺の方をチラチラ見ている。
 …やっぱり、と思った。今回のデートを映画にしようと言い出したのは桃華だった。それを聞いた時、人がいるところで触って欲しいのかと思った。でも、流石に初回のデートだし、それは無いかと思い直したのだった。念のために席は一番後ろの二人席にしたが。

 しかし、いざ映画が始まってみると、桃華はいつ触ってくれるんだろうという期待の目で俺を見ているようだった。そして、我慢できなくなったのか、俺の手を軽く握った。

 …イラッとした。俺はご主人様としてじゃなく、彼氏として好きになって欲しいのに、桃華にはご主人様としてしか見えてないのか、と思ったら。

 俺は、その手を握り返すことなく、振り払った。そして、桃華のスカートをたくし上げ、その下に手を伸ばした。耳に顔を寄せ、囁く。

 「…俺が触るまで我慢も出来ないのか、変態。」

 俺はそう言って、太ももを撫でていく。内股を触ると、俺の手の侵入を拒むようにキュッと力が入る。
 …嫌がってるのを無理矢理犯す設定なのか?でも、そんなのどっちだって良かった。今の俺は桃華に優しくしてやるつもりなんて微塵もなかったから。

 俺は内腿をサワサワと撫でる。すると、力が入った腿が緩まったので、その隙をついて俺は指を侵入させた。桃華から「…ゃ」と、僅かな声が上がる。

 俺はその呼び掛けを無視して、そのままトントンと陰核を軽く刺激した。桃華がぎゅっと目を閉じて俯きながら、耐えている。声も出せないから辛いのだろう。でも、そんなの構わない。無理矢理が好きだって言ったのは桃華だ。俺はその要望に応えてやってるだけだ。

 意外にもそんなに濡れてなかったが、陰核をクルクルと刺激し、徐々に擦ると徐々に湿り気を帯びて来た。本当に桃華は敏感だ。

 「…っん。」

 口に手を当て、必死に声を堪えている。そんな必死そうにして…本当は誰かに気付いて欲しいくせに。俺は陰核への刺激もそこそこに下着をずらし、蜜口へ指を添える。入口付近をクルクルと刺激すると、ピクピクと指を求めるように動いているのが分かった。まだ少し早い気もしたが、映画の音が大きくなるのを見計らって、俺は指をぐっと挿れた。

 「…っ!!」

 桃華から声にならない声が出る。そこまで濡れていなかったので、陰核を刺激しながら、中の指も動かす。すると、クチュクチュと微かな音が聞こえるまでにすぐに桃華は濡れた。やっぱりこのシチュエーションに興奮しているんだろう。

 ちょうど映画もクライマックスに近く派手なシーンが続いている。今なら下を弄る音くらいなら掻き消されるだろう。そう思った俺は、少し乱暴に指を動かした。

 桃華がいやいやと首を横に振る。桃華は俺を涙目で見て、訴えてくる。どうせ演技なんだろうと、より指を早め、陰核にも刺激を送る。

 「イけ。」

 俺が命令するとー

 「…ん…っ!」

 桃華はイった。まだ口に手を当て、肩で息をしている。その顔には涙の跡があった。


   ◆ ◇ ◆


 私が手を重ねたら、賢人さんはおかしくなった。急に「変態」と私の耳元で囁き、スカートを捲り、太腿を弄った。

 前回、賢人さんに触られすぎて、賢人さんの手にすぐに反応する私の身体はあっさりと賢人さんの手の侵入を許してしまう。賢人さんは私の陰核を弄り、その後、指まで入れた。

 確かに映画を観ながら犯されるのは憧れたシチュエーションではあるが、まさか初デートでされるとは思わなかった。……今はただ賢人さんを近くに感じたくて…この賢人さんを好きな気持ちをただ伝えたくて、手を重ねただけだったのに。

 そんな私の思いとは裏腹に賢人さんの指は止まらない。私は必死に声を殺して耐える。気持ちいい…けど苦しい。
 それに今日の賢人さんの触り方はなんというか…優しくなかった。
 前回、初めて身体を重ねた時は激しいけれど、確かに優しく、まるで愛おしい存在のように私を抱いてくれた。だから、私は賢人さんから好きだ、と言われても嘘じゃないんだ…と最後には信じることが出来た。
 今ならあんなに気持ち良かったのは、心も身体も…私の全てを賢人さんが大切に抱いてくれたからなんだと分かる。

 でも、今は…賢人さんの指の先に優しさは感じられなかった。ただ触ってるだけ。そこに愛情も何もなかった。それが悲しくて、感じたくないのに、前回躾けられた身体は反応してしまう。愛液を溢れさせ、賢人さんの指を悦んで迎え入れる。
 私は嫌だと主張するように首を振り、賢人さんを見つめる。なのに何故か賢人さんの指の動きは一層激しさを増し、陰核まで刺激され、冷たい声で命令されて、私はイった。

 私は必死に呼吸を整える。
 賢人さんは私の顔を見て、ハッとしたように鞄からティッシュを出して私の蜜口を拭った。下着のズレを直し、スカートも元の位置に戻してくれる。

 気付くと、映画は終わり、エンドロールが流れ始める。

 まばらに人が立ち始め、出て行く。それを私はぼんやりと見つめていた。

 エンドロールが終わり、明るくなるとみんながゾロゾロと出て行く。賢人さんが私の顔を覗き込むように見て、口を開く。

 「大丈夫?」

 賢人さんは眉を下げて、私の顔を覗き込む。

 私はなんとか笑顔を作り、頷いた。私達が最後のようでスタッフの方が清掃を始める。私は賢人さんに促されるまま、映画館を出た。


   ◆ ◇ ◆


 終わった後に桃華の顔を見て、やってしまった、と思った。桃華は、本当に泣いていた。感じすぎて泣くとか、演技で泣くとかではなく、あれは悲しくて泣いていた。
 きっと桃華はそんなつもりじゃなかったんだ。何か別の意図があって、俺を見つめていて、手を重ねて来たんだ。…なのに、俺は…勝手に勘違いして、一人でイラついて、その苛立ちを桃華にぶつけてしまった。最低だ。

 映画館を出て、二人とも黙ってあてもなく彷徨く。
 俺は桃華に謝ろうと足を止めて、声を掛けた。

 「桃華、あのさ…。」

 「すみません。実は今日、朝から体調が悪くて…っ!
 帰らせてもらってもいいですか?」

 俺は唖然とする。朝から体調が悪かった?
 映画を観始めるまでそんな様子はなかったが…。

 でも、そこで気づいた。
 桃華はきっと映画を観ている最中に具合が悪くなったんだ。それを伝えようと俺を見つめて、俺の手を握ったんだ、と。

 俺は最低だった。具合の悪い桃華になんてことをしてしまったんだと思った。

 「本当にごめん!俺、気づかなくてー

 ってそれより早く家に帰った方がいいよな。帰ろう、家まで送るから。」

 桃華は下を向いたまま首を横に振る。

 「いい、です…。今日は一人で帰ります…。
 本当にごめんなさい…失礼します。」

 そう言うと桃華は、俺の顔も見ずに足早に去って行ってしまった。

 俺はその場に呆然と立ち尽くした。


   ◆ ◇ ◆


 私は最低だ。
 映画館を出てから、私は後悔の念に苛まれていた。

 あんな風に何度もチラチラと見て、手を握られたら、どう考えたって誘われてると思うだろう。大体、私達はそういう関係から始まったわけで、賢人さんがそう勘違いするのは、当たり前だ。
 なのに私は一人で自覚した恋心に巻い上がって、見つめて、手まで握って…本当に迷惑な女だ。自分が自分で嫌になる。

 それに賢人さんは、私のお願いを聞いてくれただけだ。私はこういうプレイを求めてたんだもの。特に愛情もなくただご主人様の性欲の捌け口として使ってもらうことを。それでいいと思ってた。
 けれど、賢人さんが私を大事にしてくれて、愛おしそうに見つめてくれるから…愛されたくなってしまった。自分からご主人様になってほしいとお願いしたくせに、賢人さんが優しいからって…本当に図々しいと思う。

 賢人さんのことが好き。すごく好き。

 だけど…私はご主人様の賢人さんじゃなく、彼氏の賢人さんが欲しくなってしまった。でも、きっと…さっきあんな風に抱いたってことはもう彼女としては見ていないのかも知れない。集中して観てた映画も邪魔しちゃったし、自分勝手でただエロいだけの私にうんざりしたに違いない。

 でも、別れたくない…。どうしたらいいの…。

 そんなことをグルグルと考えて、歩いていたら、賢人さんが足を止めた。

 「桃華、あのさ…。」

 彼氏を辞めるって言われるんだと思った。その言葉を聞きたくないが為に、私は体調が悪いと嘘をついた。
 そうすれば、優しい賢人さんならこのまま話を続けないだろうと思った。

 案の定、賢人さんはすごく心配して、家に帰ろう、と言ってくれた。家まで送る、とも。でも、これ以上賢人さんと一緒にいるのは辛かった。顔を見たら、気持ちが溢れ出してしまいそうだったし、もし本当の彼女にして欲しいと言ったら、面倒になって関係を終わらせようとするかもしれない。

 それが怖くて、顔を上げられなかった。
 私は足早にその場を去り、家に帰った。
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