魔王のパン屋

心絵マシテ

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パン職人編

5-3

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 マダムに会うためタヴァンにやってきたクレスはそこで足を止めた。

 いつになく異様な光景が視界に飛び込んできた。
 タヴァンの前で人だかりができていた。ざっと五十人以上はいる。

 クレスの知る限り、この農村で大人数が集まるのは、収穫祭の時期ぐらいだ。

 日常でもケンカや揉め事は度々起こるものの、気さくな農夫たちはいつものことだと、さして気にもしない。
 これだけ大掛かりだと、ただならぬ状況だと考えるべきだ。

 詳しい事情を聞こうにも、ここにいるのは昼間から、酒に酔いしれている飲んだくれどもだ。
 大抵、呂律ろれつが回らず、会話にならにならない。

「丁度、良かった。マダム!」

 男たちの中に混じって何かを見届ける彼女の姿を発見した。
 珍しく、表情が暗い。

 クレスの声は雑踏の音にかき消させてマダムの耳には届かない。

 無理に駆けつけてようとしても、怪人変化していないクレスの力では人の山を押し退けられない。
 逆に弾き飛ばされるクレスの目と鼻の先で一人の男が飛んできた。

 走ってきたのではなく、滑空してきた。

 意表を突く、出来事にクレスは開いた口が塞がらなかった。

 避け損なった他の者たちは、飛んできた男共々、ドミノ倒しになってしまっていた。

 その時だった。
 偶然にも、人々が散りじりとなった合間からコックコートを着た男の姿が見えた。

 年齢もクレスと変わりないように見える男は、料理人にしては非常に荒々しい雰囲気を放っていた。
 ドレッドヘアーに首元に刻まれた大蛇のタトゥー、それだけでも堅気ではないように思える。

 その手には、ゴマのついたバンズ(ハンバーガーの)が握られていた。

 他所者の暴力行為に、ギャラリーはブーイングを飛ばしていた。

 男は歯牙にもかけずに屋台の奥へと引っ込んでいった。
 どうやら、ジャンクフードを販売しているようだ。
 屋台の看板には『大好評、カジカフィッシュバーガー販売中!』の文字がデカデカと書かれていた。

「ベルベットの奴らめ、また懲りずに嫌がらせにきたのか」

 耳もとで、かすれた声が聞こえクレスは小さく悲鳴をあげた。

 心音がバクバクと高鳴る中、いつしか隣には見知らぬ男が立っていた。

 口元にパイプタバコをくわえた中年の男は、この村では見かけない顔だ。
 先ほどのコックコートの男に嫌悪感を抱いているらしく愚痴をこぼしていた。

「ベルベットとは一体何のことです?」

 質問するクレスに目をやると、中年の男は肩をすぼめて答えた。

「お前さんパン職人のくせに知らんのか? ベルベットカンパニーといえばこの辺りを牛耳る大企業よ。主にファストフードとかいう飲食店経営を生業として事業の拡大を行っている。企業としては名高いが反面、良からぬ噂をチョクチョク耳にする」

 ベルベットカンパニー以前に、クレスの素性を言い当てた中年の方が気になって仕方がない。

 ロイヤルホールディングに来店したことのある客かもしれないが、少なくとも記憶にはない。
 完全に初対面だ。

「失礼ですが貴方は? 自分はクレスと言います」

「ベックだ。お前さんのことは人伝で聞いている。パンの匂いがする若造がいるってな」

「変に目立っていたようですね……ベックさん、この混雑もベルベットカンパニーが原因なんですよね?」

「そうなるな。連中、この村のタヴァンを買収しようと仕掛けてきやがった。マダムやタヴァンの常連客連中は必死追い払おうとしているが、時間の問題だろうよ。連中、狙った店を悪質に経営妨害し追い詰めてゆく。本当に質の悪い輩だぜ」

 ベックの話により諸々の事情は見えてきた。
 要するにベルベットカンパニーはわざとタヴァンの前で屋台を開いて、タヴァンから客足を遠退けようとしている。

 この村のタヴァンは、旅行者だけではなく村人にとっても憩いの場だ。
 ジャマを入れるにしても、一筋縄ではいかないはずだ。相応に美味い料理を提供しなければならない。
 
 ベルベットカンパニーはそれを簡単にやってのけようとしている。
 自分たちの味に並みならぬ自信がなければ、できることではない。

 
 マダムは、かつてシャンソン歌手だった。
 その歌を聴きながら飲む酒は、常連客にとっては格別な一杯だ。
 労働者、貴族、役人、階級問わず皆、美声とアルコールに心地よく酔いしれていた。
 
 その時だけは誰もが身分や立場など捨て去り、社会のシガラミから解き放たれる。
 差別も格差もない各々が平等でいられる。
 
 そんな光景を今まで何度と目にしてきたクレスにとっても、この店は思い出深く失いたくない場所である。

「まっ、カンパニーが派遣した【食客】をどうにかしないと問題は解決しないけどな」

「話し合いで解決できないんですか……?」

「そうさな。奴らは食にはうるさいから、奴らが唸るほどの料理を食わせたら大人しく引き下がるんじゃないのか? おっと、いけねぇー。つい、話し込んじまった。まだ仕入れの途中だから、俺はここで帰らせてもらうぜ」

 気のせいか? 去ってゆくベックの背中が物寂しげに見えた。

 タヴァンの前は未だに騒ぎが収まりそうない状態だ。とてもじゃないがマダムと話せそうにはない。

 クレスが店内に入ると、人の気配はなく静まり返っていた。
 無断でタヴァンに入るのも悪い気がしたが、今は貪欲の壺を回収するのが先である。

「いくらなんでも不用心すぎるでしょ。壺は……あった、置き場が変わってなくて助かった」

 貪欲の壺を担ぐと、クレスは厨房に立ち寄った。

 テーブルには作りかけのコロメナ風サラダが置かれていた。
 チーズにハーブを混ぜ合わせ、バルサミコ酢にコショー、オリーブ油をくわえた一品は、この店の名物料理だ。

「マダム、調理場をお借りします」

 軽く頭を下げて、キッチンに立つとサムールから貰った小麦粉を取りだした。

 今、この店のために自分ができることは何か、クレスなりに考えを模索し答えを出した。

 丸めたパン生地を壺の中へと投入する。こうすることで瞬時に生地を発酵させることができる。
 ガス抜きをし再度、発酵――――そうしてできた生地にメギド・アスターレアでパンの実へと進化させる。

 黄金色をした禁断の果実。それを食した時、彼は魔族として覚醒する。


5-3

「いい加減、立ち退いてちょうだい! ここで屋台を出されても、コッチはいい迷惑よ」

「そーだ! そーだ!」

 外ではマダムの言葉を皮切りに、ベルベットを糾弾する声が広がっていた。
 カンパニーの食客であるドレッドヘアーの男は彼らの要求に応じようとしない。

「烏合の衆がいくら叫んでも、会社の決定は絶対だ。それをくつがえしたいのなら我がバーガーを越える一品を出して来い! フッ、無理だろう。この【カジカ】を使ったフィッシュバーガー以上にエール(酒)に合うモノなど存在しないのだからな」

 自信満々に語る食客の手には、出来立てホカホカのカジカフィッシュバーガーが握られていた。

 カジカとは沖で取れる巨大魚のことである。その赤身はほど良く油がのっていて生食でもいける。
 
 衣をつけて揚げると淡白でありながらもジューシーなフィッシュフライとなる。

 そこに柑橘類のエキスを混ぜた特製のタルタルソースくわえ野菜とともにバンズに挟む。
 ガッツリと食べ応えがあるがサッパリとしていて小食の人でも、あっという間にたいらげてしまう。


「おいおい、この俺に料理対決を持ち掛ける奴は誰もいないのかよ? 俺はてっきりマダム、カテリーナが名乗りだすと思ったんだなぁ」

 イヤらしい笑みを浮かべて挑発する男に、常連客たちは歯ぎしりしていた。
 力づくでどうにかしようとしても、並みの兵士より手強い相手に勝てる見込みもない。
 さきほどのように、返り討ちになるのが関の山だ。

「その勝負、俺が受けよう!!」

 響き渡る声に食客は周囲を警戒していた。

「ここだ」と声をかけると、彼は真後ろを振り返りと目をギョッとさせていた。

 驚くのも無理はない。頭にパンを被った怪人が自分の屋台の上に乗っているのだから。

「いつの間に……」

 思わぬ、存在の登場に食客だけではなくマダムたちも沈黙した。
 が、数秒経つとすぐにヤジが飛んできた。

「っざんけな! お前みたいな変な生き物にマダムの店の命運を任せられるかぁ―――」

「そーだ! そーだ!」

 身勝手な罵声を浴びるながら怪人となったクレスはスッと右腕を上げた。
 たちまち常連客たちがゴホッゴホッと咳込み、声をだすこともままならなくなっていた。
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