魔王のパン屋

心絵マシテ

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パン職人編

5-2

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 焼き窯の状態を最良にする。そのためにクレスが用意した秘密兵器は薪だった。
 純粋に火力を求めるのなら炭を使うのは一般的だ。常識を無視した型破りな行動に、サムールは首を傾げていた。

「んげなもん、すぐに燃え尽きちまうぜよ」

「心配無用、燃し木に使うわけじゃないですから」

 サムールがゴツゴツとした職人の手でパン生地をこねる。

 ぎこちない手つきだが、それも初めのうち。
 もとから手先が器用なカーペンターだ。ちょっとしたコツを教えたら、一気に上達してしまった。

「窯の用意もありますし生地は一晩、冷暗庫に寝かせてください。寝る子は育つと言いますし、適度なガス抜ききも忘れずに。抜いたら寝かせて、またガス抜きです」

「はぇええ、パンを作るのも思っていた以上に手間がかかるなぁー。粉を丸めて焼けば簡単にできっかと思ったわ」

「手間がかかるからこそ、美味しいパンができるんですよ。カーペンターだってそうでしょう? 丁寧な仕事をすれば最高の家が仕上がる。もっとも、建屋造りと比べるのは失礼だとは思いますけどね」

 苦笑するクレスの隣で、ドスンと大きな肉の塊が置かれた。
 程よい色合いと照り具合をした赤身と油が、ギュッと絞られた燻製は見ているだけで口からヨダレが溢れそうになる。

「自家製のベーコンだ。ワイもそれなりに料理すっから、クレスの言いたいことはよう分かる」

「美味そう……ですね」

「だろうっ! 今夜、馳走してやっから楽しみにしてな」

 短く刈った側頭の髪(ツーブロック)を撫でながら豪快に笑うサムール。

 手に付着していたパン生地や打ち粉で頭が真っ白になっていた。

 初心者あるあるだと、照れ臭そうに言いながら両手と頭をその場で水洗いする。
 たくましいというか、漢らしいというか一挙一動がワイルドだ。
 豪快でなければ、森の中で一人暮らしすることなど無理なのかもしれない。

 クレスはタオルを手渡しながら彼に疑問を投げた。

「サームルさんは、どうして森の近くに一人で暮らしているんですか?」

 人当たりの良いカーペンターは、その問いにしばし無言で鼻頭をさすっていた。
 自身の考えを整理しているように見える。

「理由か、あんま他の人に言ったことはねぇから上手く説明できんけど……自然が好きなんよ。それに仕事柄、森から木々を伐採しないとイケない。森はカーペンターにとって宝の山なんよ。
少なくともワイはそう考えとる。だからこそ、手入れも世話もしないと駄目さ。
刈るだけかって、そんままにして置いたら此処いら一帯が丸裸になっちまう」

 自分では、そこまで考えに至らない事を目の前の漢は自然と語る。
 視野の広さと熟慮にクレスは感銘を受けた。

 カーペンターとして木々を護ることはクレスに置き換えれば小麦を育てることに等しい。
 今までは商店で購入すれば簡単に食材が手に入った。買えばそれで済むだけの物だと思い込んでいた。

 それでいて、一流のパン職人を目指していたなど思い上がりもいいトコロだ。
 恥かしすぎてサムールには言えない。

 決してストイックが良いということではない。
 より良い物を追求するのなら、もっと幅広く細かいところまで目を向ける必要があるという話だ。

 ヘンピな場所での奇妙な出会いは、クレスに思いがけない影響をもたらした。
 今後、魔族領にて作物を育てなければならない彼にとっては、考え方を改める絶好の機会となった――――――


 翌朝になり、生地と焼き窯の調整が完了した。

 早朝から窯焚きし火を入れておいた。
 燃料となるのは炭火、用意したまきはその上段の窯内部へ投入された。
 昨晩、菌を仕込んでおいたおかげで薪にはびっしりとキノコが生えていた。

「一晩でこんなにもキノコができんのか?」

「まぁ、それは置いといて。これはシールドマッシュっていうキノコで食用の物ではありません」

 さすがに菌の精霊に頼んでキノコの成長をうながして貰ったとは言えず、クレスは言葉をにごした。
 シールドマッシュについてはすでに知っているようだ。サムールも頷いていた。

 このキノコは熱を加えると膨張し破裂する性質がある。その際に防御のメギドを発動させる。
 いわば、一時的なプロテクションであり、温められたメギドの膜が窯の内部に貼りつく算段だ。
 そうすることで窯は密閉され熱を逃さない。パンを焼くには最適な条件が整った。

 窯からパンを取りだすと、黄金色のマフィンたちが姿を見せた。
 かすかに湯気を帯びたパンに海老の粉を塗してゆく。あとは粗熱が冷めるまで待つのみ…………。

「で、出来たぁぁ――――!!」

 サームルが叫びながら、トッピングしたサンドイッチを整列させる。
 完成したマルク・マフィンのサンドイッチは見た目も鮮やか、軽い食感の生地に摘みたての野菜を使用した物となった。

 種類は主に三種類に絞った。それもまた、サムールの希望である。

 ・ハムとクリームチーズのマフィン、野菜を沿えて
 ・エッグベネディクト風、自家製ベーコンのマフィン
 ・バターとシロップを塗ったデザートマフィン

 ――――以上が二人で考えた手作りサンドイッチだ。

「本当に頂いても宜しいんですか?」

「もちろんさ。うちには金さねぇが、食材なら余るほどある。お礼だと思って受け取ってくれ」

「一泊させて頂いただけでも充分なんですが……」

「貰えるモンは貰っておけ。これから村さ、行くからそこまで送るわ」

 宿泊だけではなく、お土産つきは何ともありがたい。

 田舎の人々は、客人へのもてなしがスゴイ。
 なんでもかんでも大盤振る舞いしてしまうのは、本当に相手を喜ばせようする心の表れだ。

 自分の故郷もそうであったため、クレスにとっては馴染みあるやり取りだった。
 ムゲに断るのも失礼にあたる。
 袋一杯の小麦粉とバター、加工肉に砂糖や塩などの調味料を受け取ると村まで案内してもらった。

5-2

 徒歩で一時間弱、視界に集落を捉えた。
 ここまで牧草地を進んできたが、途中で野生の動物や魔物に一切出くわさなかったのは珍しい。
 おかげで楽に辿りつけた。

「魔物が出ても、この辺りの奴らは弱っちいから問題ないんだけどな」

「へぇー、そうなんですか」

(サムールさんにとって、どこまでが弱い基準なのか、全然わからん)


「それじゃ、ワイは用があるからここでお別れだ。サンドイッチありがとーな。また縁があったら宜しくな」

「こちらこそ、サムールさんのおかげで命拾いしました。ありがとうございます」

 恩人に手を振る。少しだけ寂しく思うのはクレス自身も驚きだった。

 エルゴードの農村は、決して小規模な村ではなさそうだ。
 それなりに人の往来もある――――というか、どこか懐かしく思えるのは気のせいだろうか?

「あっ!! あああ!」

 口元を半開きにしたまま周囲を見回した。

 デジャヴなんかじゃない、気のせいでもなくこの場所には覚えがあった。
 ここは帝都セリアックスの近隣に位置する村。貪欲の壺を預けた知り合いがいる場所だ。

(この村の名前、初めて知った……いつも、皆してって呼んでいたし。取り敢えず壺を回収しよう。これでミミコたちとコンタクトが取れるぞ!)

 沸いて出てきた幸運に小躍りしたい気持ちを抑え『知り合い』の元へと足早に向かった。

 ロイヤルホールディングスで働き始めたころ、パンの配達で彼女の店には何度か足を運んだ。
 その縁あって、いつの間にかに顔を覚えられしまった。

 調理場に立てるようになった最近ではメッキリ会う機会が減っていたが、二日前に訪れた際には今までと変わらない態度で接してくれた。

 マダム・カテリーナ―。
 この村でタヴァン(飲食できる宿泊施設)のオーナーを務める彼女は、ロイヤルホールディングスのお得意様であり、クレスにとって良き相談役だった。

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