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二百七十六話
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日付が変わるのと同時に、南軍が動き出した。
目指す先は、北西の蓬莱渠。
永延と続くような、兵士たちの長い行列はゆったりと進んでゆく。
騎兵も混じってはいるものの、数は全体の十分の一、五千~六千程度といったところだろう。
南の動向を対面側の湖畔から眺める者たちがいた。
ギデオンを筆頭とする北軍である。
この地に到着し丸一日の野営もあってか、兵たちの士気もそれほど下がっていない。
彼たち勇士は点呼を取りながら、隊列を成すと騎馬に跨ったギデオンの下へと集う。
己が武功を上げることを目標に、戦の装備を整える。
北軍の副将役に抜擢されたランドルフが、ギデオンの隣で声を張り上げる。
「聞いてくれ、皆! どうやら、南は予定通り西の都、蓬莱渠を攻め落とすようだ。南が、西の大門をどう攻めるつもりなのかは定かではない。非常に連携の取りにくい状態ではあるが、我々には我々の為すことがある。戦慣れしたベテラン勢も、これが初陣で右も左も分からない者も、慌てず落ち着いて作戦通りにことに当たってくれ! ギデオン、皆に出陣の合図を!」
「北での混乱が収まらない中、皆さん、よく集まって来てくれた、心から感謝を。正直、閑泉を奪い取った僕たちと一緒に戦うことへの抵抗を感じている人もいるだろう。それでも集うのは、北の守護代であったナンダ氏の仇討ちや、北域を再興するために奮起したいとう想いからだと思う。僕が……何を望んで戦場に赴くのか、誰も知らないし誰かに話したこともない。僕には為すべき使命がある、それを果たすのには、この国に充満した膿を吐き出させないといけない。もっと他に効率的で、誰も傷つける必要のない素晴らしい方法もあるのかもしれない。でも、これしか僕は知らない。戦うことでしか、問題解決の糸口を見つけられない。今回は特に厳しい戦いとなる、ついて来れない者は、すぐにでも戦線離脱をしてくれ! ついて行ける者はすまない……頼りにさせて貰う」
ギデオンの直向きな言葉に、賛同の声ををあげる者たちがいた。
まだ、互いのわだかまりは消えなくとも過去ばかりがすべてではない。
未来がある限り、進まなければならない。
怒り不満といった負の感情まかせでは、停滞したまま何も変えられない。
変化がないのなら、誰かの悲劇はそのまま幕を閉じたまま……報われることすらないだろう。
ここに集う者たちはよく理解している。
失った大事な人は戻ってはこない……けれど、すべてが無に帰るわけではない。
その者が残した生き様は、誰かの心、魂へと継承される。
それを繋げるのも断ち切るのも、今を生きるものたちの心一つで決まる。
「いざぁ!! 出陣!!」
「オオオオオオオオォォッ――――――!!!」
熱く燃え滾る戦意を轟かせ、北の騎馬ならぬ、騎龍隊が湿地を駆けてゆく。
ギデオン、ランドルフ、レプラゼーラと続き、少し隊から離れてクロオリの球体が高速回転しながら、西の軍へと迫ってゆく。
リザードドラゴンに乗ったシユウは、丁度、騎龍隊の中心に留まり他と並走している。
目の前には陣形を敷く南軍の姿があった。
銃皇が率いる二万もの部隊と、その真後ろには魔術師ジャスベンダー隊、一万六千がゾロゾロと行進してゆく。
右翼側にはパスバイン隊。反対側の左翼を務めるのはパンテノール隊。
いずれも一万となっている。
「さて、西陣営はどう出るか?」
そう呟きながら、ギデオンは都の方へと視線を向ける。
都の正面口となる東の大門……その前には、細長く緩やかなS字カーブを描く川が流れている。
唯一、陸地と都をつなげるのは、現状でアーチ状の橋一本のみ。
それ以外は北側の御美束山道を経由して、都に入るしかない。
進路の幅が限定されている為、攻める側は、大群で一気に押しかけることはできない。
が、防衛する側も門前に充分なスペースを確保することができず、防御部隊を出し切れていない。
それでも、橋の前で布陣するのは近接戦闘を得意とする南軍に対して不利とみたのだろう。
橋向の西軍部隊は主に弓兵が最前列に並んで、こちらに火矢を放とうとしている。
「ギデ殿、見なさい。あれが、南の第二王子が銃皇と呼ばれる所以です」
どこからともなく銃皇部隊の中から、巨大な鉄の塊が現れた。
台座に固定された円筒が門前の敵に方へと向くように倒れてゆく。
その先端には、無数の細長い、さらに小さな筒状の物が取り付けてある。
「銃……あれは大砲ではなく、銃の一種か! 将軍」
「ええ、あれこそガリュウ軍が誇る、火力兵器ナタク。現状、西軍は一ヶ所に留まっており、あれを受けたら一網打尽となるでしょうな」
目指す先は、北西の蓬莱渠。
永延と続くような、兵士たちの長い行列はゆったりと進んでゆく。
騎兵も混じってはいるものの、数は全体の十分の一、五千~六千程度といったところだろう。
南の動向を対面側の湖畔から眺める者たちがいた。
ギデオンを筆頭とする北軍である。
この地に到着し丸一日の野営もあってか、兵たちの士気もそれほど下がっていない。
彼たち勇士は点呼を取りながら、隊列を成すと騎馬に跨ったギデオンの下へと集う。
己が武功を上げることを目標に、戦の装備を整える。
北軍の副将役に抜擢されたランドルフが、ギデオンの隣で声を張り上げる。
「聞いてくれ、皆! どうやら、南は予定通り西の都、蓬莱渠を攻め落とすようだ。南が、西の大門をどう攻めるつもりなのかは定かではない。非常に連携の取りにくい状態ではあるが、我々には我々の為すことがある。戦慣れしたベテラン勢も、これが初陣で右も左も分からない者も、慌てず落ち着いて作戦通りにことに当たってくれ! ギデオン、皆に出陣の合図を!」
「北での混乱が収まらない中、皆さん、よく集まって来てくれた、心から感謝を。正直、閑泉を奪い取った僕たちと一緒に戦うことへの抵抗を感じている人もいるだろう。それでも集うのは、北の守護代であったナンダ氏の仇討ちや、北域を再興するために奮起したいとう想いからだと思う。僕が……何を望んで戦場に赴くのか、誰も知らないし誰かに話したこともない。僕には為すべき使命がある、それを果たすのには、この国に充満した膿を吐き出させないといけない。もっと他に効率的で、誰も傷つける必要のない素晴らしい方法もあるのかもしれない。でも、これしか僕は知らない。戦うことでしか、問題解決の糸口を見つけられない。今回は特に厳しい戦いとなる、ついて来れない者は、すぐにでも戦線離脱をしてくれ! ついて行ける者はすまない……頼りにさせて貰う」
ギデオンの直向きな言葉に、賛同の声ををあげる者たちがいた。
まだ、互いのわだかまりは消えなくとも過去ばかりがすべてではない。
未来がある限り、進まなければならない。
怒り不満といった負の感情まかせでは、停滞したまま何も変えられない。
変化がないのなら、誰かの悲劇はそのまま幕を閉じたまま……報われることすらないだろう。
ここに集う者たちはよく理解している。
失った大事な人は戻ってはこない……けれど、すべてが無に帰るわけではない。
その者が残した生き様は、誰かの心、魂へと継承される。
それを繋げるのも断ち切るのも、今を生きるものたちの心一つで決まる。
「いざぁ!! 出陣!!」
「オオオオオオオオォォッ――――――!!!」
熱く燃え滾る戦意を轟かせ、北の騎馬ならぬ、騎龍隊が湿地を駆けてゆく。
ギデオン、ランドルフ、レプラゼーラと続き、少し隊から離れてクロオリの球体が高速回転しながら、西の軍へと迫ってゆく。
リザードドラゴンに乗ったシユウは、丁度、騎龍隊の中心に留まり他と並走している。
目の前には陣形を敷く南軍の姿があった。
銃皇が率いる二万もの部隊と、その真後ろには魔術師ジャスベンダー隊、一万六千がゾロゾロと行進してゆく。
右翼側にはパスバイン隊。反対側の左翼を務めるのはパンテノール隊。
いずれも一万となっている。
「さて、西陣営はどう出るか?」
そう呟きながら、ギデオンは都の方へと視線を向ける。
都の正面口となる東の大門……その前には、細長く緩やかなS字カーブを描く川が流れている。
唯一、陸地と都をつなげるのは、現状でアーチ状の橋一本のみ。
それ以外は北側の御美束山道を経由して、都に入るしかない。
進路の幅が限定されている為、攻める側は、大群で一気に押しかけることはできない。
が、防衛する側も門前に充分なスペースを確保することができず、防御部隊を出し切れていない。
それでも、橋の前で布陣するのは近接戦闘を得意とする南軍に対して不利とみたのだろう。
橋向の西軍部隊は主に弓兵が最前列に並んで、こちらに火矢を放とうとしている。
「ギデ殿、見なさい。あれが、南の第二王子が銃皇と呼ばれる所以です」
どこからともなく銃皇部隊の中から、巨大な鉄の塊が現れた。
台座に固定された円筒が門前の敵に方へと向くように倒れてゆく。
その先端には、無数の細長い、さらに小さな筒状の物が取り付けてある。
「銃……あれは大砲ではなく、銃の一種か! 将軍」
「ええ、あれこそガリュウ軍が誇る、火力兵器ナタク。現状、西軍は一ヶ所に留まっており、あれを受けたら一網打尽となるでしょうな」
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